02 ペイントライアー
あたしは嘘つきだ。
屋上はあたしの場所。合鍵は職員室でくすねたが、誰も何も言ってこない。バレたことも一回もない。
パパ――もちろん本当のじゃなくて、いわばパパ活ってやつの営業相手だ――に買ってもらったタバコに火をつけて、口にくわえる。
吸って、吐いて――タバコの先から煙が空に上がっていくのを、ぼうっと見ていた。
いつかはこうなるんじゃないかって思ってた。
なにもかも嘘で塗り固めて、順風満帆な私の人生。
その裏で五人と浮気して貢がせてたり、ヤクザ屋さんに体売ってたり、友達売ってたり。
暗くて汚いB面を隠して、キラキラしたあたしを表社会には見せていた。
――妹や弟を食わすために必死だった、なんて言い訳は通じやしないのはわかってる。
嘘で覆い隠した裏面がバレるのは、きっと時間の問題だった。
虚栄。ハッタリ。嘘、嘘、嘘。
笑顔の仮面で取り繕った内面。
ドロドロで汚くて、欲望に飢えた腹の内。
誰もあたしを愛さない。誰を愛する権利もない。
本当のあたしは醜くて汚くて見苦しくて――だから、隠してた。
虚しくて虚しくて虚しくて虚しくて――。
誰も傷つけなければそれでよかった。たとえ私が苦しむとしても。
結局、嘘がバレてしまえば相手を傷つけることになる――なったのだけど。
吸い終わったタバコの吸い殻をかかとで踏みつぶし、あたしは屋上のドアを開け、階段を下りる。
廊下に戻ると、妙にざわついていた。
あたしに向けられる怪訝な視線は、いつも通り。でも、それだけじゃない。
なんとなく、胸騒ぎがする。
走って教室に向かい、ドアを開け――。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
首を押さえてうずくまる少女がいた。
黒髪でちんちくりんの女の子。いつも保健室にいる彼女。
「ミキ!」
板野 ミキ。いつも保健室にいる彼女が、ここにいた。
「くる、み。会いたくて――きちゃった」
「来ちゃったって」
大丈夫なの、と聞きたくなって、やめる。明らかに大丈夫じゃない。
ざわざわと騒がしい教室。あたしに対する黒い噂の数々。根も葉もない憶測。
唇を噛む。――あたしのせいだ。
「とりあえず保健室に戻ろ――」
彼女を立たせようとして。
襟をつかまれた。油断した。
体重をかける彼女。ぐっと引き寄せられる。顔が、近くなる。そして。
「ずるいよ、あなたは」
目が合う。黒い瞳にへらへらとしたあたしが映る。
「ずるい、って、なにが」
「――なんで、私のそばからいなくなったの」
「それは……」
答えに窮した。
――言えない。醜いあたしを見せたくなかったからだなんて。
あなたの前だと、素の自分になってしまいそうで。
怖くて、逃げただなんて。
「言えない。――知らないほうがいいことも」
「知りたいっ! っ、げほっ」
鬼気迫る表情で叫んだ彼女。咳き込んで、うずくまって、しかしあたしから目を離さないで。
「知りたいよ。……たとえ、知らないほうがよかったことだとしても――知らずに納得なんてできない!」
その叫びに、あたしは――あたしまで、胸が締め付けられる。
――嘘、つけばいいじゃん。
悪魔が囁く。
適当な嘘ついて逃げりゃいいじゃん。
いつものように。
あたしは嘘つきだから。
許されないけど、踏み倒してしまえば問題ないだろう。
逃げて逃げて逃げて、もう会わなければいい。
空しくなっても、虚しくなっても、苦しくなっても、辛くなっても。
――相手が傷つかなければ、それでいい。
はずなのに。
「――あなたには、きれいなままでいてほしかった」
どうして、嘘をつけないんだろう。
ぐちゃぐちゃの言葉。嗚咽まみれの声。支離滅裂。――きっと、半分も伝わってない。
でも、彼女は聞いた。聞いてくれた。それだけで、心の中の鈍色の雲が少しずつ青空に変わっていくような錯覚を覚えた。
「ありがと」
言って、ぎこちなく微笑んだ彼女。硬い表情筋が生み出した僅かな笑みに、彼女の優しさを感じた。
「……嘘。人を傷つけるから、だめだっていう。――説教するつもりはないけど」
彼女はあたしの頬に手を添えた。
「私は、あなたの嘘に、絆されてたから」
「……」
「あの笑顔がたとえ嘘だったとしても、それが私をいやしてたのは『本当』だから」
「…………」
「おねがい。……私の、そばにいて」
真剣なその顔に、切実な息遣いに、声に、すべてに。
あたしはただ、息を呑んだ。
くしゃくしゃに歪んだ顔で、あたしは首を縦に振った。
*
Liar
嘘つき。嘘を吐く人。
Pain
痛み。(肉体的な)苦痛。
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