第23話 共感したいんだ

 被害者3人組と話しているとき……僕は彼女たちの顔色なんて見ていなかった。


 彼女たちが真実を話してくれるなんて思っていない。見ていたのは……他のクラスメイトの顔色。


 僕が伊刈いかりさんの暴力事件を調べていると知れば、関係者は平静ではいられないだろう。そう思って正面から目立つグループに声をかけたのだ。


 まんまと、策に乗ってくれた人がいる。その人は青い顔して教室を急ぎ足で出ていった。


 追いかけて、僕は彼女に声をかけた。もう少しで階段を降りられるところだったので、捕まえられてよかった。


「待って」

「……っ……!」声をかけるなり、彼女は小動物のように体を震わせた。そしてゆっくり振り返って、「な、な……なにか、用……ですか……?」


 消え入りそうな震え声だった。明らかに怯えられている。


 ……どうやら、かなりの人見知りらしい。大人しそうだし……これは情報を引き出すのが大変かもしれない。


伊刈いかりさんのことを調べてるんだけど……」

「い、伊刈いかりさん……」ものすごくわかりやすく動揺してくれた。「ししし……知りません……なにも、私は……!」


 完全になにか知っている口調だった。本当に何も知らないのなら、ここまで怯える必要はない。

 

 この怯えをなんとかしないと……会話どころじゃない。


「一応言っておくと……僕の目的は真実を暴くことじゃないよ」なんとなく真実は見えているけれど、誰かに伝えるつもりはない。「伊刈いかりさんが突然被害者たちを殴った……表面上の真実はそれでいい。伊刈いかりさんも、それで納得しているからね」


 というより……伊刈いかりさんはその状態を望んでいるのだ。ならば、真実なんてどうでもいい。

 

「じゃ、じゃあ……なんで……?」

「それは……」


 答えようとして、自分でもよくわかってないことに気がつく。

 

 真実を暴くつもりがないのなら、なぜ僕はこうして調査している?

 生徒会長の依頼だから? いや……そんなもの無視すればいい。


 強いて言うのならば……


「共感したいんだ」そうだ……共感だ。「彼女は……孤独な人だから。強い人だから……」


 クラスメイトのために罪をかぶって平然としているくらいには、強い人だから。我慢できてしまう人だから。


「僕くらい真相を知っていても……良いと思う。今、彼女に共感してあげられるのは……僕だけだから」


 ただそれだけ。真相を知って誰かに言いふらしたいとか、生徒会長の依頼を成し遂げたいとか……そんなのはどうでもいい。


 ただ……少しくらい彼女に共感したいのだ。きっと彼女が求めているのは、それだけ。


「だからお願い。先生に言ったりとか、そんなことはしないから。キミの生活は何も変わらないから」


 そう……目の前の彼女の生活は変わらない。それだけはしちゃいけない。


 だってそれが……伊刈いかりさんが守ろうとしているものだから。

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