主様の後妻様

青柳花音

神隠し

異形 対面

 





 ハッとした時には、もう何処だか分からなくなっていた。



「おお!」

「参られた! 参られたぞ!」



耳に飛び込んできた喧騒は、何やら嬉々としているように思われた。

 目に入るのは、緑。それから……


「お嫁様が参られた」

「なんと! そ、そのお姿……」

「……お姫様ひいさま?」

「お姫様ひいさまではあらぬか?」


 目の前の光景に私の喉は縮み上がり、心臓は大きく跳ねた。

 溢れる緑の他に目に映ったもの。二足歩行の動物や変なお面を付けた人、そして明らかに今までに見た事がないような異形。それらが私を囲うようにひしめき合っている。

“ナニコレ……怖い……”

そりゃ喉も縮み上がるというもので、明らかに異様な光景だった。唯一の救いだったのは、彼等から一切の悪意を感じなかった事だ。



「お姫様ひいさま、よくぞ戻られた」

「お待ちしておりましたぞ」



 異様なギャラリーがどよめく。中には、泣いているものもチラホラ。私は、声も出せぬまま身体を強張らせるしか出来なかった。



 これは夢か? 現実か? 夢ならば、あまり良いものではないな。それから現実……って事はあり得ないに決まっているけれど……決まっているけれど、なぜだろう? 緊張で背中の筋肉が強張る感じとか、ぽーんと飛ぶように一歩踏み出して、着地した左足の感触とか、着地に失敗して足が痺れるように痛む感じとか……全部が全部、リアルすぎる。

“いや、待てよ。待て待て”

と、ゆっくり整理するように記憶を辿ろうする。



「お姫様ひいさま……? どうなされた?」

「我らが分からなぬのですか?」




なんとか落ち着いて考えたいのに、嫌でも視界に入ってくる異形や絶えず耳に入ってくる声に思考を邪魔される。これでは、全然集中できない。

 ひとつ深呼吸して、気持ちを切り替える。緊張で渇いた口と喉を少ない唾液で湿らせて、恐る恐る口を開いた。



「あの……どなたかと勘違いされていませんか?」





 私の言葉に異形達がシーンと静まり返る。私は焦った。早く解放されたいあまり、人違いなんて口走ったけど、解放されるどころか、人違いなら尚更、命が危ういのでは!?しかし、焦ったところで後の祭り。青くなる私の不安を煽るように次の瞬間、異形達は再び、どっと騒ぎ出した。




「お姫様ひいさま! 人の子では、ありませぬか!」

「人の子じゃ! 人の子じゃ!」

「おいたわしや……主様ぬしさまも、お姫様ひいさまも……」

「なんと嘆かわしい。主様ぬしさまになんとお伝えすれば……」




弁解しようと、慌てて口を開くけれど、彼はそれどころじゃないようで……



「あ、あの……!」

「いえ! いえ! お姫様ひいさま、申し訳ございません。こうして再び、お会いできるだけで、嬉しゅうございます」

「同じ姿で会いに来てくださるとは、なんと慈悲深いお方だ」





どうしよう……誰も話を聞いてくれない……。

 緊張とか、恐怖とか、そんな物が身体の中でぐるぐると渦巻いて気持ち悪い。気持ち悪いと言えば、これだけ目の前に、異常で、あり得ない光景が広がっているにも関わらず、言うほど怖がっていない自分にも同じ事を思ってしまう。普通なら悲鳴をあげて、ひっくり返るんじゃないか? ギリギリとはいえ、よく正気を保っているなと自分にツッコミを入れている所で、私の斜め左前から、大きくて二足歩行の白いうさぎが『お姫様ひいさま』と言いながら一歩前へ出てきた。




「お姫様ひいさま一比古いちびこにございます。以前、お姫様ひいさまの世話役を任されておりました。わたくしを覚えておいでではありませぬ?」


首を横に振れば、一比古いちびこと名乗ったうさぎは、耳をぺしょんと下げて、俯いた。



「やはり、ご記憶が……」

「お姫様ひいさま! 千萱ちがやにございます。お久しゅうございます」



 一比古いちびこの小さな言葉を遮って、今度は、白くて長い髪で、顔を半分隠し、後ろで緩く結んだ子供が一歩前へ出た。




主様ぬしさまは?主様ぬしさまの事は覚えておりませぬか?」



さっきからチラホラ彼らの口から出る“主様ぬしさま”とは誰なのか、こちらは見当もつかない。さっきと同じように、首を横に振ると、千萱ちがやと名乗った子供は、めそめそと泣き始めてしまう。



「そんな……おいたわしや、主様ぬしさま

「試練じゃ……」

「しかし、お姫様ひいさまが戻られたのだ。めでたい事に変わりはない」

「今度こそ、正式な祝言を!」

「めでたい! めでたい!」

「さぁ、お姫様ひいさま主様ぬしさまのもとへ参りましょう」

「誰か! 籠を持って参れ!」

千萱ちがや! お前は、ひと足先に主様ぬしさまのもとへ行き、お姫様ひいさまが戻られたと、お伝えせねば」

「はい!」

胡蝶こちょうは、湯の準備を。お召し物は、私が用意する」

「あの、私は人違いで……!」





 このままでは、どこかに連れて行かれてしまう。誤解されても、誤解されていなくても危うい事を悟った私は、一か八か誤解を解く方に賭けようと声を上げるが、彼らは既にお祭り状態で、私の声は、全く届いていないようだ。

 その時、上空にきらりと光る物が翻るのが見えた。それは凄い速度でこちらへ来て、あっと思った時には突風が巻き起こった。巻き上げられた砂から、目と口を守るように腕で顔を隠す。


 風が止んで、恐る恐る目を開けると、白い着物に淡い菫色の羽織を着た男の人が立っていた。







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