第26話 聖地へ

「……ごめんなさい。ちょっと座標がズレてしまったかも……です」


「そう肩を落とさないで。日本に帰れただけで十分だよ。スマホで位置を確認してみよう……あー、割と遠いな。南部地方と下北半島の境目だ」


〝マジで遠いな〟

〝どこ?〟

〝下北半島って青森県の右上〟

〝あの斧みたいになってるとこか〟

〝太平洋側か。拓斗さんが済んでる弘前は日本海側だから確かに遠い〟

〝そうか、青森県って日本海と太平洋に跨がってるのか。そう考えると広いな〟


「ん? 電話? ばあちゃんからだ」


〝電話も配信して〟

〝スピーカーモードで出るんだ〟


「もしもし、ばあちゃん? アマゾンの荷物、受け取れた?」


「間に合ったわよ~~。それよりも、あなたたちが大変じゃないの。配信見てるけど遠いところに出ちゃったわね~~」


「ごめんなさい、シルヴァナさん……私が失敗したせいで……」


「いいの、いいの、気にしない。でも晩御飯には間に合わなそうね。こっちに帰る交通費ある?」


「それは心配しなくていい。なんとか今日中には帰れるかな?」


「ふふ。せっかくだから、どこかで一泊したら? それじゃあね~~」


「はいはい、じゃあな。……というわけです。どっか泊まりますか? クレジットカードあるんで、お金の心配はしないでください」


「そこまでしてもらうわけには……いえ、せっかくなので泊まりましょう!」


〝遠慮よりも拓斗さんと外泊するチャンスを選んだか〟

〝けど東京ではずっと一緒だったんだろ?〟

〝あれはダンジョン庁の事情聴取のためだからな。今回は旅行だ〟


「分かりました。なら浅虫温泉辺りに……いや待てよ。この時期なら横浜に行くべきか」


〝横浜!?〟

〝どうした。急に中華街で中華料理を食べたくなったのか〟


「あの……私、まだ日本の地理に疎いですけど、横浜って東京の下ですよね……?」


「いや。青森県にも横浜があるんだ」


〝そんな馬鹿な〟

〝待て。検索したらあったぞ!〟

〝すると青森の上に東京があるのか?〟

〝青森の上は北海道に決まってるだろ!〟

〝北海道は大きいから東京くらいあるだろ〟

〝ねえ、青森の横浜に中華街はある?〟

〝中華街はないな〟

〝そうか……アミーリアたんのチャイナドレス姿を拝めると思ったのに……〟


「タクトさん。青森県の横浜とは……? 時空が歪んで、横浜へのポータルが開いているとかですか……?」


「たまたま同じ地名ってだけですよ。東京の下にあるのは横浜市で、青森県のは横浜町です。あっちはビルが沢山ある都会だけど、青森県の横浜は、菜の花畑が広がる田舎です。確か、今が見頃のはずです」


「へえ、菜の花畑ですか。それは楽しみです」


〝思い出した。横浜町の菜の花畑、マツコデラックスの番組で紹介してたわ〟

〝俺も知ってる。クラナドのアニメの聖地〟

〝クラナドの菜の花畑のモデルって青森県にあったのか〟

〝クラナドってなに?〟

〝エロゲ〟

〝エロゲじゃねーよ〟

〝エロゲじゃなかったらなんなのよ〟

〝人生……かな?〟


「えーっと、横浜町はこっちか……ホテルも、あるな。空き部屋があるか、電話して聞いてみます」


〝ホテルの予約を電話でしたことないな〟

〝基本ネット予約だもんな〟

〝今調べたんだけど青森県のホテルでもネット予約対応してるところ結構あるな〟

〝予約できても辿り着けんわw〟

〝県内旅行者オンリーか……〟


「……二人、泊まれることは泊まれるみたいです。けど、ダブルベッドの一部屋しか空いてなくて……アミーリアさん、俺と同じベッドでもいいですか? って、いいわけないですよね……?」


「同じベッド!? 望むところ……あ、いえ……その部屋しかないなら仕方ないと思います。大丈夫です。同じベッドで。ええ、はい。同じベッド!」


〝この食いつきよw〟

〝そんなに同じベッドがいいのか〟

〝困った魔女さんですねぇ〟

〝拓人さんよ。同じベッドと聞いて大喜びのアミーリアたんを見ても、お前さんはまだラブコメじゃないと言い張るつもりかい?〟


「いやいや。大喜びしてるわけないだろ。むしろ苦笑いだよね」


「え、えーっと……」


「大丈夫。俺はソファーで寝るから」


「そ、そうですか……」


〝せっかく童貞捨てるチャンスなのに!〟

〝アミーリアたんも弱気になるな。肉食系女子になるんだ!〟

〝襲えよ! 寝込みを襲えよ!〟


「襲うわけねーだろ! 俺とアミーリアさんの友情を引き裂こうとするな」


「襲う……?」


「なんかリスナーたちが、寝込みを襲えとか騒いでて。困った人たちだよ、まったく」


「寝込み……襲う……それも一つの手段……いえ、勢いでやってしまえるので、起きているときより、むしろやりやすいのでは……?」


「アミーリアさん、なにをブツブツ言ってるの?」


〝おお、こっちはやる気だ!〟

〝応援してるぞ!〟

〝がんばれ、がんばれ〟


「……なんかコメントが、アミーリアさんを応援しまくってるんだけど、なにを応援してるんだ? 俺にはサッパリ分からないんだけど、アミーリアさんは分かる?」


「はい! 頑張ります! けれど、なにを頑張るのかはタクトさんには内緒です! まだ!」


「……まあ、何事も頑張るのはいいことだ」


〝お、言ったな?〟

〝じゃあアミーリアたんの頑張りを拒絶するなよ?〟

〝受け入れろよ? 絶対に受け入れろよ?〟


「当たり前だ。アミーリアさんの努力を否定なんて、するわけないだろ」


〝しゃぁっ!〟

〝今夜が楽しみだ〟

〝さすがに実況配信はせんだろw〟

〝それでもだよ!〟

〝配信切り忘れ希望〟

〝青森県の横浜町ってとこまで分かってるんだから誰か突撃しろ〟

〝ダンジョン庁の特殊部隊でも無理w〟

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