青森から来た男、最難関ダンジョンで美少女配信者を助けてバズる ~東京の人ってドラゴン倒したことないの? 龍飛崎に普通にいるけど?~

年中麦茶太郎

第1話 東京のモンスターって大したことないぁ

 地球のあちこちに突如としてダンジョンが出現したのは二十世紀の末だ。

 その現象は『大変異』と呼称された。

 ダンジョンには危険なモンスターが生息するが、貴重な素材やアイテムが眠っている。

 それを目当てに政府機関や企業がこぞってダンジョンを探索した。

 やがて個人でダンジョンに潜るようになり、そういった人々は『冒険者』と呼ばれた。


 近頃は、電波が届かないダンジョンからでも魔力波でインターネットに繋げる技術が普及し、ダンジョン探索の様子を実況配信する者が増えてきた。

 星野拓斗もダンジョン配信者の一人である。


「くそ……こんな弱いモンスターばかり倒しても、人気なんて出るわけねーよなぁ」


 拓斗はホームセンターで買った金属パイプでモンスターを撲殺しながら、ダンジョンを下へ下へと潜っていく。

 その様子を超小型ドローンで撮影し、動画サイトで生配信している。


 拓斗がチャンネルを作って、まだ一ヶ月も経っていない。

 そうすぐに人気が出るとは思っていないが、視聴者がいつも一桁というのは悲しい。コメントもまるでつかない。


「高難易度ダンジョンに挑戦すれば、それなりに話題になると思ったんだけど……やっぱ俺みたいな普通の男が戦ってるところを見たがる人はいないか。つーか、どこが高難易度なんだよ。この程度のモンスター、青森県ならそこら中にいるぞ」


 拓斗はついこの前まで、青森県の高校生だった。

 とある事情から人気配信者になりたかった。

 しかし青森県のような田舎にいては無理だと思い、東京に出た。

 貯金もコネもなかったが、ダンジョンで得たものを換金すれば、生活費には困らない。


 田舎と違って東京はさぞ凶悪なモンスターが多いのだろうと身構えていた。

 初心者向けのダンジョンから探索し、中級者向け、上級者向けと堅実に潜ってきたが、どこのダンジョンも肩すかしだった。

 今探索している新宿ダンジョンは『超上級者向け。最深部への到達者なし。生きては戻れない』という評判だ。冒険者ギルドのパンフレットにも、ネットの情報にも、そう書かれていた。


「ネットはともかくギルドの情報が間違ってるのは問題じゃねーのか? ギルドって国でやってるんだろ? こんなダンジョン、小学生でも楽勝だろ……」


 拓斗はボヤきながらダンジョンの深部に向かっていく。


        △


 中村明日香はダンジョン配信だけで生計を立てられる程度には人気があった。

 まず二十歳の若い女性がダンジョンに潜っているというだけで、それなりに話題性がある。

 まして明日香は屈指の実力者で、普通の冒険者が近づかないような高難易度ダンジョンで配信している。

 配信者になってすぐに口コミで人気がつき、いまや万単位の視聴者がつくようになった。


「はーい、どうも明日香チャンネルです。今日は新宿ダンジョンを探索します。日本最高難易度といわれている場所なので、いつも以上に気合いを入れたいと思います。新宿駅で迷子になっちゃう私ですが、ダンジョンでは迷子にならないように、視聴者のみなさん、見守っていてくださいね」


〝明日香チャンネルはじまった!〟

〝明日香ちゃん頑張って〟

〝新宿ダンジョンってマジかよ〟

〝オイオイオイ死ぬわ〟

〝言うて剣聖なら大丈夫だろ〟


 明日香は自分で名乗っていないが、いつの間にか視聴者から剣聖と呼ばれていた。

 戦闘スタイルが剣を主体しているのと、服装がファンタジーものに出てくる女剣士風だからだろう。

 現実世界が半分ファンタジーのようになっても、ヨーロッパ風ファンタジーの需要は相変わらずで、明日香はそれ系のゲームやアニメが好きだ。

 なので、それに似せた服装で配信している。

 ただのコスプレ衣装ではない。ダンジョンで出土した特殊な生地で作っているので、鎖帷子より頑丈だ。モンスターに少々ひっかかれたくらいでは破れない。


 ところが剣聖明日香の自慢の服は、配信開始から一時間半が経った頃、見るも無惨にボロボロになっていた。


〝ヤバいヤバいヤバい! マジで死ぬんじゃね!?〟

〝新宿ダンジョンのモンスターってここまで強いのかよ〟

〝しかも群れてるし。十匹以上いるぞ〟

〝いっつも出てくるアドバイスおじさん今日はどうしたんだよ! こういうときこそアドバイスで明日香ちゃんのピンチをなんとかしろよ!〟

〝ここまで潜れる配信者が明日香しかいないから情報がない〟

〝明日香たん無事に逃げてくれえええええ!!!!!〟


 言われるまでもなく逃げるしかない。

 しかし振り返ると、そこにもモンスターがいた。完全に囲まれている。

 斬撃をまともに当てても、まるで刃が通らない。

 このままでは明日香がモンスターに食われるところが配信されてしまう。

 ニュースになって明日香の知名度は更に上がるだろうが、死んでから再生数が増えても意味がない。


 これまでもダンジョンで危険を感じたことは何度もあった。

 しかし、これほど濃密に死を意識したことはない。

 死ぬ。

 どう足掻いても助からない。

 オオカミ型モンスターの爪が、剣を弾き飛ばした。

 その衝撃で明日香は背を壁に強打した。呼吸が一瞬止まる。


「誰か、助けて……」


 頑張れ。死ぬな。

 そんなコメントがコンタクトレンズ型デバイスに表示される。

 言われなくても頑張っている。死にたくない。

 一万人以上がライブ視聴しているのに、明日香を助けられる人は、地球に一人もいない。


「大丈夫ですか? こんなモンスターにやられるなんて体調が悪いんですか?」


 若い男の声。

 それが聞こえると同時に、モンスターの群れが全滅した。

 明日香が視認できないほどの速度で、声の主がなにかをしたのだ。


〝あんだけいたモンスターがいきなり全部細切れになった!?〟

〝なんか画面の中を影みたいなのを横切ったような……〟

〝いや、なんも見えねぇ〟

〝男の声がしたよな。凄腕冒険者の集団が通りかかったのか?〟

〝とにかく明日香たんが助かるならなんでもいい〟


 ドローンのライトがダンジョンの暗闇を照らす。

 その光の先にいたのは若い男だった。

 まだ少年といっていい、あどけない顔立ち。

 特に巨漢でも筋肉質でもない。むしろ男性としては華奢な部類。

 しかし彼の右手にある金属パイプから、真新しい血が滴っていた。


「あの……モンスターを全滅させたのは、あなたなんですか……? 危ないところをありがとうございました……」


「どういたしまして。俺の動き、見えませんでしたか? もしかしてメガネを落としたとか?」


「いや、あの、視力はいいほうなので……速すぎて見えなかったというか……その鉄パイプ、よほど強力なエンチャントが施されてるんですね。私の剣で傷一つつかないモンスターを簡単に倒してしまうなんて」


「ホームセンターで買った普通の鉄パイプですけど」


「え!? いや、嘘ですよね! 普通の鉄パイプでモンスターを力一杯殴っても、グニャって曲がるだけですよ!」


「そこは手首で上手く力を吸収してやればいいんですよ。俺の地元なら誰でもできるけど……東京じゃあんまり使われない技なんですかね」


「じ、地元って……」


「それより、あんな雑魚モンスターに苦戦するなんて、よっぽど調子が悪いんですね。急にお腹が痛くなったとか? 地上まで送りましょうか?」


「雑魚って……ここは国内最高レベルの高難易度ダンジョンですよ。雑魚なんか一匹もいませんよ!」


「そういうことになってるみたいですけど、現に雑魚しか出ないじゃないですか。ギルドの情報って本当にいい加減ですよね」


〝ねーよ!〟

〝日本の冒険者ギルドは優秀だって世界的に評判だぞ〟

〝リアル『俺なにかやっちゃいました』か!〟

〝つーかこいつの強さ壊れ性能すぎだろ〟

〝地元ってどこだよ!〟


「いや……あのですね。私は明日香チャンネルって名前で配信していて、自分で言うのもなんですけど、結構強いって評判です。その私が手も足も出なかったんですよ。ギルドの情報は正確です。あなたが強すぎるんです!」


「明日香チャンネルですか。ダンジョン配信で検索すると上位に出てきますね。サムネを加工して盛ってると勝手に思ってましたけど、本物はもっと綺麗ですね」


「え、あ、いえ、どういたしまして……」


〝明日香たん照れてる〟

〝メスの顔しやがって……〟

〝いや実際、殺されかけたところを助けられたら惚れるだろ〟

〝分かる。俺ホモじゃないけどキュンってしたもん。ホモじゃないけど〟


「俺も配信してるんですけど、まるで再生数が増えないんですよ。やっぱ地味な男がダンジョンに潜ってるだけの配信なんて需要ないですよね」


〝お前の強さは地味じゃないだろ。顔は地味だけど〟

〝いや顔も悪くないだろ。可愛い系じゃん。俺ホモじゃないけど好みだわ。ホモじゃないけど〟

〝なんて名前で配信してるか聞いてよ〟

〝実際、男のソロ配信って中身が面白くても人気が出るまで時間かかるからな〟


「あの。私の視聴者のみなさんが、あなたの配信を見たがってます。私も気になります。なんて検索すれば出てきますか?」


「星野拓斗です。本名で配信してます」

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