私に塩対応な副団長、本当は私のことが好きらしい

平瀬ほづみ

01.私はあなたの助手ではありません!

 この世界は魔法に満ちている。けれど、誰でも魔法が使えるわけではない。


「エレン様! 私、あなたの助手じゃないんですけど!?」


 大がかりな実験装置の前で、栗色の髪の毛を振り乱し、琥珀色の目を見開いて、フェイ・リベリスは悲鳴を上げた。前身頃に横向きの飾紐が複数本ついた黒いジャケットには肩章と騎士団所属を示す胸章、黒いひざ丈のスカートに黒い靴下、そして黒いヒール。

 どう見ても、何もかもが雑然と置かれて足の踏み場がだんだん狭くなってきている魔術研究所にはふさわしくないかっこうだ。

 それもそのはず、今年で二十歳になるフェイは、第三騎士団の事務官だからだ。


「うん、知ってる。でも僕の実験に付き合えるのって、はっきりいってフェイちゃんくらいしかいないんだよねー」


 実験装置の反対側から明るい声音で答えるのは、エレン・シルベスター。二十六歳になる彼は長い赤毛をゆるい三つ編みにし、丸いレンズの眼鏡をかけ、よれよれの白衣を着ているが、非常に美しい顔立ちをしている。シルベスター侯爵の長男にして、この国に四人しかいない国家魔術師の一人だ。


 史上最年少の十八歳で魔術師国家試験に合格し、今は魔術研究所の研究棟をまるまるひとつ与えられている、この国きってのエリート魔術師、なのだが。


「そんなわけないでしょう! 魔術研究所で働きたい人は山ほどいるんだもの、そこから選べばいいじゃないですか。私は第三騎士団の人間です!」

「僕がほしいのは強い魔力を持った人間じゃなくて、とにかく魔力耐性が高い人間なの。人事院にもそう頼んで人を送ってもらったけど、フェイちゃんほど魔力ににぶちんの人間って、見たことないんだよね。そんくらいにぶちんじゃないと、僕の実験の助手は務まらないんだよ」


 言いながらエレンが魔法石の粉末を無造作に装置に放り込んでいく。

 目の前の装置のガラス管の中に、ポッと明るい光が灯る。


「にぶちんって……魔力がないだけです。この世界のだいたいの人は魔力がないんだから、私は普通ですー!」

「魔力が少ないのと魔力耐性は別物だよ。フェイちゃんのその魔力に対する鈍感力は一種の才能だから!」

「褒められてる気がしない~~~~!」

「めっちゃ褒めてるのに! あ、ちゃんと圧力見ていてよ。0.7で安定させてて、1.3超えたら爆発するからね。これ壊したら超高いよ、やっすい事務官の給料なら一生かかっても弁償できないよ」

「うっ」


 やる気がないことを見抜かれていたようで、フェイは慌てて視線を手元のスイッチに戻した。確かに自分の不注意で爆発事故なんて起きたら大変だ。


「事務官の給料なら無理でも、僕の助手なら払えると思うよ。どう、グレアムなんてやめて僕に乗り換えなよ。楽させてあげるから」


 装置の向こう側で丸眼鏡をかけた美形がニンマリ笑うのが見えた。


「ちょっと、変な言い方しないでください!」


 グレアム、というのはフェイの直属の上司、第三騎士団の副団長、グレアム・ハンスティーンのことだ。

 エレン・シルベスターとグレアム・ハンスティーンは同級生かつ、寄宿学校でずーっとルームメイトだった腐れ縁の仲でもある。


「私、別にハンスティーン副団長のことなんてなんとも思ってませんし!」

「フェイちゃん助けてくれたの、あいつなんでしょ?」

「覚えてませんよ、竜の炎に焼かれて意識が朦朧としてたんだもの」

「グレアムは覚えていたけどね。フィルニーで自分が助けた女の子が騎士団の事務官の面接に来たって、僕に言いにきたもん」

「……え? そうなんですか?」


 隣国との国境に広がる火山の地下から噴き出した瘴気で、その周辺に住む竜が狂って暴れたことがあった。フィルニーはそのドラゴンに襲われた町の名前だ。

 騎士団が駆けつけ竜の駆逐には成功したが、町は人が住めないほどに荒らされ、多くの人間が命を失った。

 フェイも家族を失った一人だ。十二歳の出来事だった。

 救出され王都で治療を受けたあと、国民保護法によって指定の寄宿学校に入り、二年前に卒業。騎士団に就職して現在に至る。


 家族を、故郷を失ったことは覚えているのだが、実はあまり実感がない。どこか他人事のように感じてしまうのだ。

 それはフェイの体を焼いた竜の魔力の影響かもしれないし、神様の計らいなのかもしれない。


 この世界には魔法が満ちている。でも誰でも魔法が使えるわけではない。

 この世界の人間はみんな大なり小なり魔力を持って生まれてくる。魔力が強ければ魔法が使えるし、弱ければ何もできない。魔力が強い人間はとても少なく、ほとんどの人間は魔法が使えない。

 だからどの国も、一定以上の魔力持ちは国が囲って大切に育て上げる。


 ここアリアデウス王国では、小さいうちに魔力の強さを調べ、「魔力あり」となった子は専門の学校で特別な教育を受ける。その中でも特に強い力を持つ者は、魔法で国を守る魔術師か、剣と魔力で国を守る騎士になる。魔術師、騎士になれなかった者も魔力の特性を生かした職に就くことが多い。魔力有りの人材は少ないから、どこでも引く手あまただ。


 逆に言えば、特に魔力が必要ではない職種は、騎士団だろうが魔術研究所だろうが採用される。フェイがまさにこれだった。


「まあとにかく、騎士団より魔術研究所に乗り換えるべきだよ♪」

「いやですー! 私は私を救ってくれた騎士団に尽くしたいんですっ」

「そうはいっても騎士団の事務官って給料安いじゃん。生活、楽じゃないでしょ。魔術研究所に来てくれたら倍額出してあげるよ」

「ば、倍……」

「うん。倍。だってほら、僕の助手って半年以上続いた人がいないんだよ。でもフェイちゃんは二年続いてる。貴重な人材だから、人事院もきっと僕の言い値で給料出してくれるよ」


 エレンの実験では強い魔力が出るものも多い。どうもみんな、それに耐えられなくて半年もたずに辞めていってしまうのだ。

 けれどフェイはこの二年間、エレンの安否確認といえば聞こえはいい雑用係をやっているが、体調を崩したことはない。


 エレンの安否確認。

 それは、魔術研究所を悩ます大きな問題だった。

 というのもエレンが一度実験を始めると、何日も実験室から出て来なくなるためである。この実験室には誰も(エレンの実験によって発生するヤバイ魔力の影響力で)近づけない。しかし貴重な国家魔術師が実験中に不慮の事故で冷たくなっていたら大変だ、誰か様子を見に行かなくては。

 こうなったら魔力が弱めの人間を片っ端から行かせてみよう。

 そうして魔術研究所の人間が一巡した結果、全員が脱落。基本的に魔術研究所の人間は、魔力が強いため実験の影響も受けやすいのだ。


 次に魔術研究所が目を付けたのが、エレンの親友であるグレアムである。

 グレアムは魔力も強いが魔力耐性も強い。

 だが彼はすぐに副団長になってしまい、エレンの安否確認に付き合えるほど暇ではなくなった。

 そこでグレアムは自分の代わりに第三騎士団の事務官を安否確認に行かせることにした。騎士に行かせないのは、エレンの実験の悪影響が出てはいけないからである。それに事務官は基本的に魔力を持たないため、一般的には魔力の影響を受けにくい。


 というわけで、第三騎士団の事務官にはなぜか、「エレンの安否確認」という業務が追加されていた。

 この業務は文字通り、エレンの安否を確認するためだけの業務で、たいしたものではない。それでも気分が悪くなる事務官が多く、最近は最初の一回だけで、あとは魔術研究所の人間がくじ引きをしたりじゃんけんをしたりして当番を決め、意を決して様子を見に行くことが常態化していた。

 だから騎士団の事務官にとって「エレンの安否確認」は、配属早々の歓迎行事のようなものだったのだが。


 フェイは、平気だった。


 何事もなく帰還できる人間がいようとは!

 魔術研究所も騎士団も驚いたが、何より喜んだのはエレン本人だった。フェイを「助手にくれ」と言い出すのは当然である。

 しかしそれを、第三騎士団が蹴っている。

 やはり、フィルニーの生き残りであることと、採用面接時にこれでもかと助けにきてくれた騎士への感謝と憧れを語ったのが効いているらしい。

 ちなみにフェイの面接担当は、第一騎士団の団長と第三騎士団の団長だった。そしてフィルニーでの竜討伐と救助作業を行ったのは第三騎士団だったこと、だからフェイに運命を感じて採用した、と、第三騎士団の団長があとでこっそり教えてくれた。


「そ、そうですけど……私、魔法については何も知らないので、エレン様のお役に立てるとは思えなくて」

「僕の指示通りに動いてくれたらそれでいいんだよ。別にフェイちゃんに魔法開発をしてもらおうなんて思ってないしさあ。グレアムなんかのもとで書類整理したり、掃除したり洗濯したりするより、ずーっと楽だと思うけど」

「ら、楽? いや楽じゃないでしょ……というか、この実験はいつ終わるんですか? もうお昼休憩終わっちゃいました。私、まだお昼食べてないんですけど」


 エレンの助手なんて、肉体的にはともかく、精神的には絶対疲れると思う。それくらいなら昼休憩もあって残業もない事務官のほうがよっぽどいい。薄給だけど。


「すぐ終わるよ」

「その言葉を聞くの三回目ですよ。遅くても昼休憩中に終わるって言ったのに」

「魔法石の配合に手間取っちゃったからね。実験が始まったらすぐだって。五分もあれば終わるから。……たぶん」

「たぶんじゃ困りますー!」


 フェイの叫びを無視してエレンが魔法石の粉末を追加投入していく。目の前の明かりが鮮やかな緑色に輝き始める。

 やたら種類がある魔法石にはいろいろな特性があり、組み合わせることで新しい魔法を生み出せる。エレンのお仕事は、つまるところ、新しい魔法の開発なのだ。そしてこの魔法石の反応時に発生する魔力に、多くの人が耐えられないらしい。


「今日はね、今日は、私が週に一度のお楽しみにしているこだわり野菜のサンドイッチのキッチンカーが来る日だったんですよー!」

「ああ、王宮の前の広場に来るよね。まだいるんじゃないかな」

「いたとしても、絶対売り切れてる……! 週替わりのスープが絶品なんですっ。このためにっ、私は昨日の晩も今朝もパンとチーズだけにしてきたんですからっ」

「……フェイちゃん、食生活にもう少し気を付けたほうがいいよ……」


 装置の向こう側から、美貌の丸眼鏡が不憫そうな視線をよこしてきた。


「あなたに言われたくないですぅー! 誰からも差し入れがなかったら、お菓子で一日過ごすくせにっ」

「さすがの僕も毎日お菓子で生きてるわけじゃないよ。実験中だけだよ。ここから離れられないんだもん。誰も手伝ってくれないからさあ」


 エレンがさらに魔法石の粉を追加する。ボッと、明かりが緑色から紫色になる。

 きれいではあるが、ボッボッ、と何か不完全燃焼を起こしているような音がする。


「あれえ、思った反応が出ないなぁ。おかしいな……」


 エレンが首をひねったその時である。

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