背後の川

 十代の頃、自転車が好きだった。横浜市旭区の住宅地に住んでいた中学生時代、自転車であらゆるところに行った。

 三ツ境から中原街道をつかって桜ヶ丘や寒川町に。北上して二子玉川、西に行けば厚木川、横浜まで行く道はいくつも発見した。

 横浜市南部は坂道が少なく、海も近くてお気に入りだった。さらに足を延ばして横須賀や鎌倉にも自転車で行った。

 あれは鎌倉の名所をまわった帰り。

 金沢街道をつかって峠を越えて、県道23号線で帰る予定だった。

 鎌倉の中心地から離れ、杉本寺の前を過ぎ、滑川を越えていく。

 もう日が暮れかけていた。季節はよく覚えていない。

 光触寺に続く脇道の前を過ぎると辺りは途端に寂しくなる。

 人家が減り、雑木林や小山が増えてくる。

 鎌倉の賑やかさとは無縁の雰囲気だ。

 もう少しで鎌倉霊園に続く長い坂道というところで休憩をすることにした。

 広い駐車場がある蕎麦屋のまえで自転車を停めた。

 反対車線には電話ボックスがあり、その奥に遊歩道のようなものが見えた。

 あそこで休憩しよう。

 水分補給をしたのか、何かを食べたかは覚えていない。

 電話ボックスの横を通りすぎ、遊歩道らしき野老に行くと、そこは車道から一段低くなった川沿いの歩道だった。

 木が鬱蒼と生い茂り、日暮れも相まって暗がりだった。

 休むにはちょうど良いと、中学生の僕は思ったはずだ。

 川に沿って設えられた柵に腰掛け、川を背にして休憩をした。

 覚えているのは、背後の川がとにかく気になる、ということ。

 柵に腰掛けていると、背後が気になって落ち着かない。何かがいる、ような気がする。誰かにじっと見られている、ような気がする。

 振り返ってみるが、もちろん、そこには何もないし誰もいない。ただの川だ。

 しばらく背後を気にしながら休んでいたが、姿勢が悪かったのか、自転車の疲れが出たのか、首筋に痛みが出てきた。

 うなじのあたりが鋭く痛む。

 長居したくない。

 なぜかそう思って川沿いの歩道をあとにして、電話ボックスの横を通り、自転車に戻った。

 その日は無事に旭区の家に辿り着いた。

 数年間、川沿いの歩道のことは忘れていた。

 不意に思い出したのは数年後。

 深夜番組の心霊特集を見ていたときだった。

 ロケバスにスタッフと芸人、そして霊能者が乗り込んで東京から稲村ヶ崎を目指していた。朝比奈で高速を下り、鎌倉霊園を通りすぎたときだった。

 霊能者が急に言った。

「あそこの電話ボックス、あれ変よ」

 ロケバスが停められて、霊能者の言うがまま、一団は道沿いの電話ボックスに近づいていった。

 あのときの電話ボックスだった。

 間違いない。

 霊能者が震えを両手で抑えながら言う。

「この電話ボックスも変だけど、あっちよ、あっち。あの川は駄目だ、いっぱい首が転がっている」

 霊能者が自分の首を両手で抱えた。

 僕が中学生の頃に休憩したのは十二所の電話ボックスの奥にある歩道だった。

 背後の川は太刀洗川。

 川上にはかつて斬首場があり、罪人の首を斬り落とした太刀を洗ったのだという。

 これが十二所、太刀洗川、朝夷奈切通との長い因縁の始まりだった。

 

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