第8話 1日目~肆~

「残り時間:9日21時間1分」


 時計が少しずつ動いた。

 そして、ぴったりと一分進む。


「二時間経過、ね……」


 海は退屈そうに頭をかく。

 海がいるのは暗い倉庫。


 見通しが悪いが、敵には見つかりにくい。

「呪縛者」として、動けないながらも隠れるのには最適だろうと、海が選んだ場所だ。


「にしても……何かトラブルでも起きてほしいかな。まぁそんな大ピンチにされたら困るけど……退屈過ぎるし」


 海は片方の足をたてて、もう一方の足をそこにのせる。

 そして両腕を頭の後ろに回して組んで、壁にもたれかかった。


「あ、そういえば、朝から全く食事とトイレしてないな。このゲーム内では必要がないとか…ありがたい仕様だ」


 独り言でも言っていないと、退屈で死んでしまう。

 しかし眠気は来ない。


(能力発動してるから、寝てもいいくらいなんだがな……一向に眠くならない。こっちは嫌な仕様だ)


 自分の能力は不便だ……と、つくづく海は思う。


(もし水とか植物とか操れたら、暇つぶしにもなったろうに)


 しかし、ない物ねだりをしていてもないものはないのだ。

 敵が襲ってくるまで、なんとしてでもこの退屈をしのぎ切らねばならない。


 そんな時。


 バンッ!


 と音をたてて、倉庫の扉が開かれた。

 扉がはじけるように吹き飛んでいったあと、何者かがぬっと姿を見せる。


 その人物は扉を蹴った足をそのまま浮かせて……海に、拳銃の銃口を向けた。


「……誰だ?」

「俺の名前か?」

「他に誰がいると思っている」


 海はその人物に名を聞く。

 もちろん、うっかり撃たれないように手を上げながら。


「……空風そらかぜ凛空りくだ」

「あっそう。で、今俺に銃を向けてる理由は?」


 拳銃の真っ暗な銃口を見つめながら、恐怖をものともせず、凛空りくに問う海。


 凛空りくは無言で人差し指を動かす。

 拳銃からカシャッと乾いた音が鳴る。


「殺す以外にあるとでも思うか? 残念だが、俺はお前を殺す使命があるんだ。抵抗しなければ、仮死状態で済む。そうすれば、全員が生き残れる」


 凛空りくは、自分の持っている銃と海の額の距離を詰めながら、「だが、」と海に言う。


「抵抗したら終わりだ。その瞬間、お前の命は消えると思え」

「やだね」


 海はあっさりと断る。


「俺は俺で、群れるのは嫌いなんだ。弱い奴ほどよく群れる……そう言うだろ? で、話はもう終わりか?」

「ふざけやがって……」


 凛空りくが拳銃の中に銃弾をねじ込む。


「完璧に殺す。所詮、鬼陣営と参加者陣営は争い合う仲だ」

「何だ、結局ただの脅しかよ。つまんね」


 海がじりじりと凛空りくから離れ、蹴り飛ばされた扉に向かって走る。


「待て!」


 凛空りくが手に持った拳銃の引き金を引く。

 ドン! という鈍い音がして、その銃弾は海の髪をかすめた。


「ちっ、射程範囲か」


 海は後ろに飛び上がり、壁を盾にして息をひそめる。

 凛空りくが何発か発砲するが、倉庫なのでびくともしない。


 弾切れになって役に立たなくなった銃を投げ捨てると、凛空りくが自分の能力を発動する。


「疾風!」


 風が吹いたかと思うと、その風は風速を上げ、壁に激突。

 壁によって多少勢いは殺されたが、壁は吹き飛び、後ろにいた海まで巻き込む。


「何て風だよ!」

「能力を甘く見ないことだな!」


 凛空りくが手を動かすと、凛空りくの手に風で作られた頑丈な剣が現れる。


「これでチェックメイトだ!」


 風の力で飛び上がり、剣を振り下ろそうとする凛空りく、それが目の前に迫り、海はため息をついた。


「まさか、ここまで能力を使いこなせるとはね。まぁ、」


 海の声が低くなった。


「それも意味ないんだけどさ。能力」


 海の、凛空りくにのばされた手の人差し指が……頑丈な風の剣を、壊した。

 跡形もなく、散り散りに。


死率しりつ、0%」


 風がフッと消えたかと思うと……みるみる弱い風になって、海の足が地上についた途端、完全に止まる。


「何を……⁉」

「無駄だよ、そんな能力全部」


 海の手が……凛空りくの動きを止める。


「俺の能力、『死率しりつ』の前には」


 そして、何か見えない力が、凛空りくを吹っ飛ばした。


「あ、俺が完全に死なないためには、こいつが完全に死んだらいいって判断されたのか、なるほど」


 海のたった一つの能力、「死率しりつ」。

 自分が死ぬ確率と他人が死ぬ確率を、操れる。


 つまり自分が死ぬ確率を「0%」にすれば、何があっても海は死ぬことはない。

 そして、他人の死ぬ確率を「100%」にすれば……選ばれた他人は、必ず死ぬ。


 常に狙われ続けるゲーム能力「呪縛者」にとってはうってつけの能力というわけだ。


「これは殺しに入らないよね、だって相手が先に殺しに来たんだから」


 のんきなことを言ってのびをした海は、もう裏切り者である凛空りくには、少しも目をくれることなどしなかった。




「うわっ、今度は凛空りくが殺されたんだけど⁉」


 凛空りくを裏切り者にした真の裏切り者、とでも言おうか。

 その裏切り者は、凛空りくの生体反応が無くなったことに驚いたらしかった。


「なにこれ、参加者強すぎじゃない? こっちだって頑張って仲間を増やしてんのに……あ、朱蘭しゅらん!」


 今度は空中公園に朱蘭しゅらんが戻ってきた。一人の女を抱えて。


「持ってきたよ、参加者。名前は水無月みなつきかの、ゲーム能力はただの逃走者。能力は……分かんないけど」

「ありがとー!」


 気絶している逃走者に、裏切り者は触れる。

 すると、裏切り者の視界の中に、「水無月叶が裏切り者となった」と表示される。


「本当便利だね、あたしらにはないけど、本物の裏切り者にはあるこの能力……『触れた相手を裏切り者にする』って能力は」


 朱蘭しゅらんがつぶやく。


「弱い奴ほどよく群れるって言うけど……数の力に今は頼るか。どうせ、こいつらは捨て駒だし」


 朱蘭しゅらんかのを、ただの人形でも見るような目つきで見下ろした。


 すると、いきなり辺りに鐘が鳴り始める。

 不吉な、鐘の音。


「残り時間:9日21時間00分」

「経過時間:0日3時間00分」


『皆様……ゲーム開始から3時間が経過しました。よって、一回目の特別イベントを開催します……イベント名は』


 アナウンスの声が一瞬途切れ、続きが話される。


『ボール鬼』

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