第22話 1人目の…… 前編

 俺は食堂へ行く途中でタオルを持って来てしまった事に気付き、先に野間を行かせて一度職員室に戻った。


 タオルを干してから再び食堂へ向かうと、なぜか野間は食堂の前で俺を待っていた。


「あ、おはよう野間君、志摩君」


 野間と連れ立って食堂へ行くと、ひまりがエプロン姿でせっせと朝食をテーブルに運んでいた。


「おはようである」


「お、おはよう……」


 エプロン姿のひまりは初めて見るが、グンバツで可愛い。


 だがそれより気になるのは、俺より先に野間へ挨拶した事だった。


 やっぱりひまりは、野間に気があるんだろうな……


 イケメンで金持ち、中身はアレだが、たまに鋭い事も言う。


 野間本人は恋愛沙汰には全く興味を示していない様子だけども、今後はどうなるかなんてわからない。


 もし2人がくっつく事になったら、俺は素直に祝福出来るだろうか?


「お? 起きたな、2人共。もうすぐ出来るから、席に着いて待っていてくれ」


 エプロン姿の奈月先輩がお盆を持ちながら現れた。


 お盆にはご飯やみそ汁が乗っけられており、見た目だけはゲテモノ料理とは思えない。


 ひまりが調理して、奈月先輩は補助をしていただけなんだろうか。


 それとも、本当に料理上手になってしまったのか。


「我輩も手伝うのである」


 野間は奈月先輩からお盆を強引に受け取ると、テーブルに並べ始めた。


 こんな姿を見せられちゃ、俺だけ何もしないというわけにはいかない。


 俺は料理なんて出来ないが、割りばしや小皿を並べる事くらいは出来る。


「そういえば、下津井達はまだなんですか?」


 俺は皿を取り出しながら、卵焼き作っていたミオナ先輩に訊いてみた。


「下津井君達には崎山君を呼びに行ってもらったわ。せっかく作ったんだし、彼にも食べてもらおうと思って――よっと」


 先輩はフライパンに乗っかっている卵を器用にひっくり返していた。


「へえ……ミオナ先輩、料理上手なんですね」


「あら、見直しちゃった? ワタシに惚れるとケガするわよ……? なんてね~♪」


 何が楽しいのか、鼻歌交じりに料理をしていた。


 俺はふと視線を感じて背後を振り返ると、案の定、野間とひまりがこちらを見ていた。


「見ーちゃった、のである」


「わたしも、見ーちゃった」


「うるさい、黙れ、俺は何も見てない」


「しかし、聞いちゃった、のである」


「わたしも聞いちゃった、のである」


「な、何をだよ……」


「いつから『ミオナ先輩』なんて呼ぶようになったのであるか?」


「であるか?」


「野間、てめぇはさっき聞いてたろうが。それとひまり、一々野間の真似をしなくていいんだよ」


 そこへ奈月先輩が現れた。


「ほら、お前達。そんな所に突っ立ってられると邪魔だぞ。もう朝餉あさげの支度はほぼ終わったから、早く席に着け」


 奈月先輩に促された俺達は手を洗い、テーブルに着いた。


 やっぱりなっちゃん、こっちでは料理下手を克服してたんだな。


 そんな事に感心してたら、ほどなく両先輩も席に着いた。


 あとは下津井と高輪、それと崎山を待つのみとなった。


「野間君、屋上キャンプはどうだった?」


 ひまりが野間に訊いていた。


「フッ……とてもロマンティックな夜なのであった。人工の明かりがない夜は、月明かりと星明りがとても美しい時間を演出してくれていたのである」


 出来損ないの詩人かなんかか、お前は。


「へえ……わたしも今日、屋上で寝てみようかな」


「虫もいないのであるから、防寒対策さえしっかりしておけばオススメなのである」


「へえ……お、俺も今日、屋上で寝てみようかな」


 2人の良さげな雰囲気に負けじと、俺も強引に会話に加わってみる。


「では、キミは我輩と一緒のテントに――」


「却下だ」


 すげなく断った。


「つかお前は今日、職員室で鍵番をしろよ。俺ばかりがやってたら不公平だろ」


「それで夏泊君と屋上で2人きりになろうという魂胆であるな?」


「バッ、違ぇよ!」


「ほほぅ、お前は夏泊狙いだったのか?」


 奈月先輩がニヤニヤしながら俺を見ていた。


「あら、そうなの? 残念だなぁ。ワタシ、朔真君ちょっといいかな~って思ってたんだけど?」


 ミオナ先輩が挑発するような笑みを浮かべて言った。


「き、君達、食事前に不謹慎なのだ! 食前は静かにするべきなのだ!」


 俺はわけもわからず叫んでいた。


「――た、大変っス! 先輩方、大変なんスよ!!!」


 俺の叫びをかき消すように、下津井と高輪が食堂に駆け込んで来た。


 確か、昨日もこんな事があったような……


「何だお前ら。食前は静かにするべきなのだ」


「そ、そんな事言ってる場合じゃないっスよ!」


「そうよ、大変なのよ!!」


「どうしたの2人共、そんなに慌てて……」


 ミオナ先輩が立ち上がって、彼らの元へ歩み寄っていた。


 仕方なく俺達も席を立ち、ミオナ先輩に続く。


「お、落ち着いて聞いて下さいっスよ?!」


「まずはお前が落ち着け」


「いいから聞いて下さいっス!!」


 下津井の迫力に負けて、一瞬たじろいだ。


「今、崎山先輩を呼びに行くために体育館に行ったっス」


「それは知ってる」


「そ、そしたら崎山先輩が、先輩が――」


 そこまで言って、下津井は黙ってしまった。


 何なんだ、こいつは……


 聞いて欲しいのか欲しくないのか、どっちなんだよ……


 高輪は高輪で顔を真っ青にさせて、俯いたまま何も言わない。


「下津井、一体何があった? 一度、深呼吸をしてゆっくり話してくれないか?」


 奈月先輩が言った。


 下津井は素直に深呼吸を始めた。


「すぅ~、はぁ~……す、すみませんっス」


「……それで、何があった?」


「はいっス……その、体育館に行ったら崎山先輩が――」


 俺達は、下津井の次の言葉を聞いて、思わず絶句した。


「先輩が、亡くなってたんス――」

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