ア・プレイス・ホウェア・リトルバーズ・プレイ

七国山

第1話:鴉の濡れ羽色の再会

  三日間ぶっ通しで雨が降っていた。

 勢いが強まったり、弱まったりはしていたけど、止んだことは無い。ねずみ色の雲が空を覆い、日の光を遮り、止むことなく雨を降らせ続けている。


 とはいえ。もう六月ではあるし、梅雨の時期だ。別に珍しいことでもなんでもない。

 去年もそんな日はあったし、一昨年もそうだった。多分来年もそうなるだろう。

 知らんけど。

 

「悪い。しばらく泊めてくれないか」


 知らんけど。それでも。

 『彼女』が再び私の目の前に現れるとは、本当に知らなかった。何の予兆も予告も予約も無かったし、こちらも準備ができていない。

 残業を終えて帰ってきて、部屋着であるジャージに着替えた所だった。そこでいきなり呼び鈴チャイムが鳴ったので、宅配と勘違いして慌ててドアを開けてしまったのだ。


「しばらくって……具体的にいつまでよ。ええと、アイリ……?」


 オウム返し。

 時間稼ぎ。

 疑問符がついてしまったのは、別に名前を忘れていたわけじゃない。ただ自分が『彼女』のことをどう呼んでいて、どういう関係だったのか、イマイチ自信が持てなかったからだ。


 烏丸アイリ。

 180cm超の高身長と、セミロングの黒髪。そして見ている方が眠くなりそうなタレ目に、金色の瞳。

 私の方も身長160cmなのだが、目を合わせて話そうとすると、首が痛くなりそうな身長差だ。


 けれど彼女は、傘を持っていなかった。レインコートも無いし、帽子すらも被っていない。

 髪の毛は頬に首にべったり張り付いていて、白いシャツも、スカートも、ストッキングやブーツすらぐしょぐしょに濡れている。

 私の記憶の中では、アイリはいつも眠そうなタレ目をしていたが。今この時に限っては、本当にへとへとに疲れて、困り果てているように見えた。


「頼む。この雨が止むまででいいから。泊めてくれると助かる」

「……ウチ、狭いんだけど」


 言いつつ、私はよそ見をした。特に何か気になることがあったわけではない。ただ話題をズラして、時間稼ぎをしたかった。

 まともに話していると、すぐに了承してしまいそうだったから。


 アイリの髪は、いわゆる鴉の濡れ羽色だ。単に黒いわけではない。髪のつや・・とか光の加減で、黒の中にも青や紫、そして赤色が煌いているのだ。

 金色の瞳も凶悪だ。太陽のように輝いていて、長い時間見つめていると吸い込まれそうになってくる。

 いずれにしても、ちょっとばかし。人が持つべきでないレベルの美しさに足を踏み入れている。うっかりしていると、正体を失ってしまうほどの。


「そうか。迷惑なら他を当たる。ありがとうな」


 踵を返し、立ち去ろうとするアイリ。


「……待って! まだノーとは言ってないでしょ!」


 ああ、引き留めてしまった。

 せっかく向こうから諦めて立ち去ってくれると言っていたのに。こんな女を迎え入れても、きっとロクなことは一つも起こらないというのに。

 このまま無かったことにすればいいのに。どうしても、できなかった。


「……いいよ。中に入って。とりあえずシャワー浴びなよ」

「助かるよ。小鳥遊ユウ。唯一無二ナッシングモアの友人よ」


 そこで初めて、名前を呼ばれた。

 私の方は、彼女がどんな関係だったか忘れていたけど。彼女の方は私を憶えていたらしい。唯一無二ナッシングモアの友人だなんて。大げさな呼び名だけど。


 私はドアをさらに押し開けて、アイリを迎え入れた。

 彼女は軽くお辞儀をして――いや、単にドアの天井が低いから身をかがめただけかもしれない――私と入れ替わりになって、短い廊下の途中にある風呂場へ向かっていった。


「……血の匂いがするけど」

「生理なんだ。風呂場汚したらごめんな」


 濡れた汗の匂いに混じって、わずかに。アイリから錆びた鉄のような匂いを感じた。

 だがそれを指摘してもアイリは振り返りもせず、狭い脱衣所で服を脱ぎ始めた。


「いいよ別に。自分で掃除してくれるなら」


 だから。私はそれ以上は何も言わず、開けっ放しになっていた脱衣所のドアを閉めた。


 大丈夫。大丈夫。

 昔の知り合いの、少し変な奴をしばらく泊めるだけ。

 雨が止んだら、すぐに元の日常に戻ってこれる。

 知らんけど。

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