幼馴染が俺を、寝かし付けてくれるらしい
篤永ぎゃ丸
今日もいつもの睡眠不足
「真壁。お前、何で此処に呼ばれてるか分かるか?」
ああ、分かるとも。ここは放課後の生徒指導室、そして目の前にいるのは
「分かりません」
「この期に及んで、とぼけるんじゃない!」
「眠いのか、真壁」
「全ッ然、眠いっす」
「お前なぁ……最近、学校でずっと寝ているだろう? 各教科の先生から授業態度が悪いと指摘が来てる。それだけじゃない、今回の期末テストもいくつ赤点取ったと思ってるんだ」
「はい……、すいません」
「このままだと、本当に進級出来ないぞ」
これは真面目な話だ。最近の俺は授業中居眠りしまくっている上に、単位取得が危ぶまれるくらいには成績も落ちてる。勉強自体が苦手な訳じゃないが、とにかく頭に入っていかないし、学業全てに意欲が湧かない。
「何かあったのか? 得意な現代文まで、点数取れてないじゃないか」
「何にもないっすよ……今、スマホゲームにハマってて寝不足なだけで。成績に関しては危機感持ってます」
「目のクマ濃くした状態じゃ、先生の話も頭に入らないだろう。とにかく、追試は何よりも真剣に取り組んでくれ。今日は早く帰って寝た方がいい」
先生は環境的要因を心配してか、これ以上怒る様な事をしてこなかった。そりゃそうだ、今まで普通に授業受けて、普通に赤点回避する俺が突然ガクンと成績が落ちたんだ。何かあったと探りを入れるのは当然だろうけど、スマホゲームのせいで寝不足なのは紛れも無い事実なんだよ。
生徒指導室から解放された俺は、リュックを背負って昇降口に向かう。時間は16時くらいだろうか、吹奏楽部の金管楽器音と坂ダッシュしてる運動部の声が起きろって騒がしくしてくれるが、眠くて仕方ない。でも家に帰ったら帰ったで急に目が冴えて、結局早朝近くまでスマホゲームしちまう。
「ふ……ああぁ〜あ……眠」
「やっと終わったの? お説教」
ゲッ、なんで帰ってねぇんだ。階段の踊り場に同い年の幼馴染である
「ていうか一時間も、残ってたのかよ。暇人か?」
「私からも一言、康介に言いたい事あるしね」
「言いたい事ってなんだよ?」
「何であんたそんなに寝不足気味なの?」
「スマホゲームにどハマりしてっからだ」
「このままだと進級出来なくない?」
担任にも言われた事を復唱する由衣。説教に説教重ねられて普通ならメンタルボコボコだが、それより眠気が強くて何言ってるか分からないレベルだ。早く横になりたい。俺が先に行けば並ぼうとするのが幼馴染ってもんだ、そのまま階段を降りて昇降口に向かう。
「待ってたんなら、さっさと帰ろうぜ」
「なんでスマホゲームにのめり込んでるの?」
「だからスマホゲームにどハマりしてるからだろ」
「そうじゃなくて。なんでスマホゲームにのめり込む事になってるのかって聞いてるんだけど」
ボーッとする頭でも今の言葉の意味は理解できてしまった。スマホゲーム自体にめちゃくちゃハマってるのは間違いないが、由衣の奴が聞きたいのはそうなっちまった経緯なんだろう。
正直言うと、俺なんかに構ってないで由衣には自分の事に集中して欲しい思いがある。俺と由衣は両親共働きという境遇上、保育園と学童で長い時間一緒に過ごしてきた——その中で由衣は、子供に好かれる保育士に憧れたんだ。
「お前、ボランティアとピアノは?」
「今週は祝日絡んでるから、そこまで予定は。で? 訳を聞かせてよ」
「流石にしつけえって」
話を逸らしても無駄っぽいし俺はイラつきをバネにして、足を少し加速させる。訳なんかない、スマホゲーが面白いからのめり込んでるんだ。やればやるだけ達成感を得られるから睡眠時間削ってやってんだ。
「はぁ……康介の事だから、概ね予想はつくけどね」
「あ? なッ、何の事だよ」
焦って振り向くと、由衣は足を止めてスマホを操作し始めた。それだけで嫌な予感がしたが、多分その予想は当たってる。こいつは気付いてるんだ、俺がこうなっちまった訳を。
「これでしょ、康介がそうなった原因」
紋所のように見せつけてきたスマホの画面には、SNSのまとめサイトが表示されていた。記事のタイトルに【ネット民の心を惹きつけた『雲を夢見る羊』がバズった3つの理由】とある。
「この前ネットで話題になった創作絵本。作者は、中学一年生の男子」
「……」
「絵本作家を目指す康介が嫉妬するには十分だよね」
何も言えなくなっちまった。そうだ俺は絵本作家を目指す男子高校生、
「嫉妬とか意味わかんねーなあ……」
「違うんだ?」
全て見透かしたような目で俺を見るな。嫉妬するに決まってんだろ、俺より歳下で、ネットで評価されて、親子界隈にも人気があって、こんなあっさり作家として認められるとか本気で地道にやってるモンからしたら気が狂って当然だろうが。だから現実逃避でスマホゲームにのめり込んでるってオチだよ。——ああダメだ、普通に俺がみっともないだけだな。ここは男らしく、潔く開き直ろう。
「どーせ俺は、クソザコメンタルだよッ!」
「潔く開き直ってどうすんの」
「とにかく、才能と運に押し潰される俺なんかに構うなよ。こういうのは別のモンに意識向けりゃあ時間が解決するからよ」
由衣のような確実に夢へ近付いてる奴は、俺みたいなメンヘラに構うべきじゃない。誰だって納得出来ねぇ事に直面するだろうに、こんな風に上手くいってる奴から目を逸らして——認めもしねぇで。
「康介は読んだの? 雲を夢見る羊」
「……読んでない」
「読んだ方がいいよ、素敵な絵本だから」
「なら、是非読み聞かせて欲しいもんだな」
今が一番嫉妬した瞬間だったのもあって、勢いでそう言ってしまった。俺だってそう言って貰える絵本が描きたいからこそ、悔しくて仕方がないってのに。毎日色々考えちまって、寝たくても眠れないんだ。
「じゃあ、私が読み聞かせてあげよっか?」
「……。お前さ、自分で恥ずかしい事言ってる自覚ある?」
「あるよ。でも『絵本』だけはそういうの、持ち込むつもりないから」
俺はそこで振り返った。後ろにいた由衣は照れる事なく、真剣な顔で読み聞かせる意思を示してくる。保育士を目指すなら、子供と一緒に触れるであろう絵本。それに対して真剣なのは由衣だって同じ。
そんなの——俺が一番よく知ってる。
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