┣傾く世界のクリエイト┨
よもぎ
第1話 クリエイト
ある初夏の日。時刻は丑三つ時に差し掛かってきた頃だ。
俺は、動かない足を伸ばしながら、ベッドの上で大学の課題のレポートを書くためにパソコンに向き合っていた。
今日はやけに蒸し暑い。
レポートを書き終え、エンターキーを叩くように押すと、俺は足を引きずりながら、ベッドの横にある車椅子に乗り込んだ。
「少し寝る前に、気晴らしに外に出るか」
部屋のドアを開け、廊下をカラカラと車椅子のタイヤを回し移動していると、俺の真横のドアが開き、母さんが顔を出す。
「こんな時間に外出するの?まあ良いけれど一時間以内には絶対に帰ってくるのよ」
「この病気にかかってから、もう五年も経つんだよ。言われなくても分かってるって」
そう、俺、
症状は二つ、一つは下半身の麻痺、これによって、俺はここ数年歩くことは疎か、立つこともできずに、ほとんどをベッドの上で勉強やゲーム、趣味で様々なプログラムを組んだりして生活している。
だが、最近は車椅子の扱いが慣れてきて、家の中での移動や、近所への外出ができるようになり、若干退屈な時間が減ってきた。
そして、もう一つの症状は外に長時間出ると、呼吸が困難になるというものだ。そのため、学校に通うこともできず、家でリモートで授業を受けている。
しかもこの病気は、今まで誰もかかったことがなく、治療方法すらない難病ときた。
『あ~不自由なく、色々なところに行って、友達とかと遊んだりできたらなぁ』
それが今の一番の願いだ。
まあ、それが叶わない気も薄々してきている。
そんなことを思いながら、俺は家を出た。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「あ、もう着いたか」
俺は、近所のある店で回るタイヤを止める。
その店は小さな古本屋で、夜にだけ営業してるっていう変なところだ。でも、売っている本はどれも安めだし、なんせ品揃えがいい。
そんな事もあって、結構お気に入りの店で、たまに気が向いては好きな作家の本を買うためにここに来ている。
「おう、いらっしゃい」
店内に入ると、元気なおっちゃん‥髙橋さんが入口付近のレジから声をかけてきた。
「久しぶりです!あ、いつもの作家さんのありますか?」
「あるぞ、確かその棚の奥の方だったかな?」
俺は、髙橋さんの指差した方の棚に向かうと、周りを見渡した。
「お、あったあった」
何冊ぐらい買おうか。まあ、今はお金には困ってないからたまには10冊ぐらい大人買いしてしまおう。
まあ、なんでお金があるかって言うと。
暇潰しで作ったブラウザゲームが、なぜかそこそこ流行って、そこからの広告収入が意外と多かったからだ。
俺は、棚から本を取り出し、レジまで運んでいった。
「合計で4000円だけど、常連さんだから少しおまけして3500円にしてやるぞ」
髙橋さんが急にそんな事を言いだした。
「いや、大丈夫ですよ!そんなに割引されてもこっちが困ります!」
「いいって、いいって」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「また来てな〜」
俺は押し負け、なかば強制的に割引で本を買うことになった。
ありがたいことだけど、そんなに儲かってる店じゃなさそうだし無理しなくても…ってか俺以外の客が出入りしているの見たことないな。
俺が考えることではないが、経営が少し心配になってきた。
もう少しこれから店に行く頻度を上げるとしよう。
帰路につくと、スマホに一件の通知が来た。
学校のクラスのグループチャットだ。
俺は、些細なきっかけで、このグループに入ったが、
学校に友達がいるわけでもないので、気まずいこともあり一回も発言したことはない。(まあ、いつも何を話しているかは見ているけど)
話の内容は丁度さっき俺が書いていたレポートの提出期限のことだった。
「あ、やべぇ今日までなのか。確かパソコンとファイル繋いでたよな」
スマホのファイルアプリを開くと、新しい順からさっきのレポートを見つける。
「お、これだ。じゃあこれをここに送れば…ってあれ?」
刹那、世界がぐにゃりと歪む。そして俺はバランスを崩し、車椅子ごと地面に倒れ込んだ。視界が段々とフェードアウトしていく。あれ、これ死ぬかも…
―――――――――――――――――――――――――――――――
予想とは裏腹に、俺はもう一度目を覚ますことになる。
だが、そこには異様な光景が広がっていた。
耳を
そう、俺は空に落下していたんだ。さっきまで俺が持っていたスマホ、そして車椅子が俺と一緒に空に吸い込まれていく。
「うあぁぁぁぁ〜マジで何だこりゃぁぁぁぁ」
とりあえず、まだ近くにあった宙に浮くスマホを手に取る。
続いて、車椅子を保持しようと思ったが、手が届く寸前で、急に重力の向きが戻ったかのように、地面に向かって落下していった。
だが、それに反して俺はどんどん空高くに落ちていく。
そして、雲を超えたぐらいの高さになったとき、近くで花火が開いたかのような眩しい光が俺を包んだ。
そして瞬時に宇宙のような空間に飛ばされる。
周りにはキラキラと輝く複数の粒、そして遠くにはそれらが固まった星雲のような見た目のものまである。
だが、そんな中でも俺は落ちて、落ちて、落ち続けた。
「ピピッ…キュイーン」
脳内に突如、機械音が流れてくる。
すると、また先程の光に包まれた。
「おい、またかよ!」
俺は目をつぶる。
そして再び目を開けたときには。俺はまた上空にいた。
だが、感覚的に分かる。今回は地面に向かって落ちていると。
「ピピッ…ここに来るのは久しぶりだなぁ」
脳内にではなく、横から先程の機械音が聞こえる。
ふと見ると、そこには銀色に輝く球体があった。
「傾く世界〔パラレラ〕にようこそ!あっ、その顔はなんだコイツって思ってるね。ボクはヘビィ、どこにでもいるプロトコアさ。あ、まずプロトコアを知らないよね。まあ、今は知ってもらわなくていいや。なにか質問ある?あるなら、ちゃちゃっと済ませちゃったほうが良いよ、そこまで時間もないし」
前には、やたら饒舌に喋るヘビィと名のる球体、その時点で質問したいことは山ほどあるが、俺は現在も落下し続けている。ヘビィの言葉から読み取るに、恐らく質問している暇はないのだろう。
「質問はないかな?それじゃあ、とりあえずキミをこの世界に順応できる身体にするよ。【■■■■■】」
なにやら、ヘビィがよくわからない言葉を唱えると、 一瞬意識が飛ぶ。そして、俺がここ五年以上失っていた感覚が戻ったことに気づく。そう、下半身の麻痺が無くなっていたのだ。
何が起こったか分からないが、久しぶりに足が動く。その事実だけで、感極まってきた。
だが、その感動もつかの間、広大な草原がすぐ見えるところまで迫ってきていた。
「結局死ぬじゃねえかぁぁぁぁ」
「ありゃ、君にも宿っちゃったか」
ヘビィがなにか呟いた。でも今はそれどころじゃねぇ。
「おい、ヘビィ!これやばくねぇか?」
「大丈夫!大丈夫!」
やたら脳天気な機械音で答える。全く信用にならん。
今度こそ死を覚悟する。時間の流れが遅く感じ、なにやら走馬灯のようなものまで見えてきた。
(ああ、せっかく足が動くようになったのにどこにも行けなかったな。最後まで俺の病気で母さんを困らせてしまったし、急に居なくなって心配もかけてしまうだろう)
そんなことを考えてるうちに、もう俺の体は地面スレスレの所まで来ていた。
もうだめか…
「ベチャ」
地面に叩きつけられたかと思いきや、俺の体はベタベタしたものに乗っかっていた。
「あれ?生きてる?ってなんじゃこりゃ気持ち悪」
「だから、大丈夫って言ったでしょ。あ、でもそこからは離れたほうが良いよ。下にいるのスライムだから」
「え?スライム?」
ついさっき死にかけたこともあってか、頭の整理が追いつかない。
「うわ、危ないって。俺立てないから!ってそうだったわ」
下半身の麻痺の症状が治っていたのを忘れてた。
相当久しぶりに地面に足をつけて立った。そして俺は前に一歩を踏み出す。
「おお!歩ける、歩けるぞ!」
最後に歩いたのは五年も前なのに、なぜかリハビリもいらず、すぐに歩く事ができた。少し感動して泣きそうになってしまう。だが、そんな俺を現実に付き戻すかのように、強い衝撃が背後に加わった。
数センチだが吹き飛ばされ、受け身を取るように倒れ込んだ。
「っ痛え。なんだ?」
顔をあげると、高さが2m程ある大きな紫色のゼリー状の物体がプルプルと
確かヘビィはスライムって言ってたか、スライムが動くってゲームやマンガじゃあるまいし、どうなってんだこれ。
「ピキィィィィ」
スライムが甲高い声を上げる。
「ありゃりゃ、これはそうとう怒っちゃってるね」
横にいる銀色の球体は楽しそうに宙で回転しながら、他人事かのように話している。
「ヘビィ、これは…どうすれば良い⁉」
「さっき、質問はないって言ってたじゃん」
少し煽るように答える。
「なんも応答しなかっただけで無いとは言ってねぇよ」
なんかムカつくなコイツ。そもそも質問させる気なかったくせに。
「しょうがないな、すぐそこにある森まで行って」
少し遠くに森が見える。
「いや、すぐそこって200mはあるぞ」
「バシーン」
後ろでスライ厶が触腕のようなものを生やし、俺の横の地面を叩いた。
危ない、もう少しで当たるところだった。地面が少しえぐられ、土煙が立つ。
これは当たったらまずいな。ヘビィを信じて、森まで走るしかないか。
俺は全速力でダッシュする。もともと運動はできる方だ。久しぶりだとしても200mぐらいは走り続けられるだろう。
後ろからスライムが追いかけてきているが、幸いにもそこまで速くはない。
暫く走ると、すぐそこに森が見えてきた。
「で、このあとはどうすればいいんだ?」
「そこにある折れた枝を拾って」
「何いってんだヘビィ、あれでどうしろと⁉」
「良いから速く」
後ろからスライムがすぐそこまで迫ってきている。もう少し差をつけたかと思っていたが。そうではなかったようだ。
「あ~分かった。死んだら呪うからな!」
俺は素早く枝を拾う。
「"クリエイト"って叫んで!」
「なに言ってるか分からないが、しょうがない、ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ!」
【クリエイト】
そう叫ぶと、枝を持った俺の手が青白く光り始めた。
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