無表情の裏側
「身元不明の少女…か」
机の上に置かれた書類を手に取り、目を通す。
これはグラムロックが夜を徹して書いた報告書だ。
彼はこれを提出して即問題の彼女を呼びに行った。
この報告書には発見した経緯、状況、行った対処、それにあの少女のわかっている情報とそれに対するグラムロックの意見が書かれている。
報告書によれば黒龍が潜んでいるという報告があった森の中にて悲鳴を聞き発見。
その時には既に右腕が無く、黒龍に襲われた可能性もある事から保護し離脱、その際ラウムが魔法で意識を奪ったとの事。
気になるのは彼女がかなりの力量を持つ魔法使いであろうという事か。
グラムロックの報告では彼女の周りに誰もいない場合、急激に魔力が高まる事があるという。
それが攻撃的になったのは保護当初の混乱していた時だけと言うが……。
グラムロックも対応に困っているようだ。
保護した手前放り投げる訳にもいかず、かと言って全く危険性が無いかと言われればそうではない。
そう書いてはいるが、彼は彼で大概お人好しだ。
体格と口の悪さで恐れられる事もあるがその根は何かと面倒見がいい。
大方見捨てる事ができなかったのだろう。
それはいいとして、問題は彼女をどうすべきかだろう。
私個人の意見としては彼女は危険だ。
魔法の技術?
それもあるだろう。
だが私が危機感を持つのはそこでは無い。
一度目にしただけだが、彼女が何を考えているのかがわからないのだ。
自惚れるわけでははないが、騎士団長からクラナハという重要な拠点の支部長を任されるくらいには人を見る目には自信がある。
だが、それを持ってしても彼女の底が見えない。
表情は変わらず、口も開かず、一挙一動も見逃さんとする私に対して冷たい目を向けていた。
まるで全て分かりきった上で無駄な努力をすると嘲笑うかの様に。
特段彼女が危険だと感じる訳では無い。
だかそれが既におかしいのだ。
高度な魔法を使う力量があり、その上で底を見通せないという事実。
普段の私なら追放は確実に検討するだろう。
それが危険そうなら投獄や最悪処刑まで考えられる。
だがそれすら思い浮かばないのだ。
だからこそ、私は彼女をどうすべきか確かめなければならない。
追放か、処刑か。
はたまたこのままグラムロック達に預けて経過を見守るのか。
どれを選ぶにしろ、それはこの後決まるだろう。
と、結論を出して背もたれに背中を預けた所で執務室の扉がノックのされた。
グラムロックでは無い。
彼ならノックなどせずズカズカと入ってくる。
「失礼致します」
入ってきたのは屋敷のメイドだった。
「グラムロック様が少女とラウム様を連れていらっしゃいました」
「ラウムもか? ふむ…そうか。わかった」
メイドが扉を閉めて下がる。
ラウムも来るのは想定外だったが、この際彼女に協力してもらおう。
別の者に頼む予定だったが、それなら丁度いい。
「入るぞ」
と、グラムロックが申し訳程度の挨拶をして部屋に入ってきた。
やはりな。
「連れてきたか」
「余計なのまで着いてきやがったが」
「いや、構わない」
余計なの呼ばわりされたラウムが牙を向いてグラムロックに突っかかるが、グラムロックが慣れた様子であしらっている。
猫と飼い主のようだな。
「さて、昨日の今日で申し訳ございません。確かめたい事があり来ていただいたのです」
フードを被った彼女の表情は窺い知れない。
だが口元を見る限り、何か感情を表しているわけでは無さそうだ。
「グラムロックより話は聞いております。貴女は記憶を失っており、覚えている事と言えば西のどこかから来たということだけ。間違いありませんね?」
確認の形を取れば頷く。
だがそれ以外では微動だにしない。
そうと知らなければいっそ人形だと言われても信じてしまいそうだ。
「西と言えばそこには帝国があり、現在我が祖国は帝国と友好な関係を築けているとは言えません。もし帝国より来たのであればこちらにも考えようはあるのですが。思い出したりはしませんか?」
少女が首を捻る。
隠しているのか、それとも本当に記憶を失っているのか。
私としては五分に見ている。
だが、ただ怪しいというだけで処罰をする訳にもいかない。
それならそれで確たる証拠を掴まなければ。
「分かりました。それでは何故森の中にいたのかは?思い出せますか?」
それが分かれば、可能性は高くないが彼女の痕跡を辿りその身元を判明させることができるかもしれない。
そう期待しての質問だったが、それも首を振る。
難しいか。
だがまだ判断はつかない。
「困りましたね……しかし疑わしいというだけで罰することはできません。あと一つだけ、確認してもよろしいですか?」
少女が頷いた。
それは当然だろう。
隠したい事があるなら付け込む隙を与える事になるし、無いのなら特に拒否する理由も無い。
だが、これを聞いて心変わりされる事もあるだろうな。
「ラウムと一度手合わせしてもらいたいのですが」
「うぇ!?」
動揺を誘うつもりで終わりから説明する。
ラウムの方が動揺が大きい様だが。
さて、少女の様子は……おや、動揺を誘う事には成功したようだ。
ほんの少しだけだが、訝しむようなたじろぐような素振りを見せている。
「ナタールさん!?どういうこと!?」
「落ち着けラウム。黙ってろ」
詰め寄るラウムをグラムロックが引き止める。
こういう時、制止してくれるのはありがたいな。
「もちろん命の取り合いをしろと言っているのではありません。命を賭しての決闘は傭兵が好む物です。そして我々は騎士です」
少女がこの部屋に来てからの一挙一動を見逃さんとしているのだが、その中でも一番動揺しているのがこの時ではあるまいか。
少なくともそれが分かる程度には少女に衝撃を与えているのが窺い知れた。
「しかし騎士であるからこそ、一般人が望まないことを強制する事はできません。貴女は右腕分不利ですし、拒否なさるのならそれはそれで結構です。その場合にはまた別の手段で貴女の力量を測らせていただきますが……」
それには一瞬の逡巡を見せた後頷いた。
ほう、これは意外だ。
てっきり断られる物かと思ったのだが。
記憶喪失のフリをして潜入したのなら力量は隠した方がいい。
万が一の時に警戒されないからだ。
いや、保護された時点で思わず魔法を使う程には取り乱していたようだし、その時点で既に潜入員としてはお粗末か。
ならば、目的は別の所にある?
それはなんだ?
おいおい探るしかないか。
「ありがとうございます。ラウム、構わないな?」
「えー、うーん……あーい。殺しは無しで軽くですよね?」
「そうだ」
「ちょっと不満だけど、わかりました。魔法使い相手はそんなに経験ないんでやってみたいですし」
不満なのは命の取り合いでは無いことか。
やはり根は傭兵なようだな。
「では、訓練場の方へ参りましょう。ご安心下さい。万が一怪我をされても、騎士団の回復魔法の使い手が傷など無かったかのように治してみせます」
机から離れ、案内をするべく歩きだし執務室を出る。
私の後ろに少女、そのさらに後ろにラウムとグラムロックの順に並んで歩く。
「そうだ。手合わせが終わったらお茶にしましょう。つい先日ですが、いい茶葉が入りましてね。お茶菓子も用意させておきましょう」
緊張を解すべく振り返って話を振る。
ところで、お茶菓子と言ったところで少女のやる気が出たように見えたのは気の所為だろうか?
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