20.
「
頭を守るラピスさんを襲う大斧の刃は、届きません。ガキンッ、金属が弾かれる音は、開戦の合図となったあの時と全く同じです。ラピスさんを守る盾は、まさに今、アルカさんが使った魔法なのです。
「な、なんで……?」
当のアルカさんはやはり驚いている様子でした。ただ、呆気にとられている場合ではありません。わたしはすぐにアルカさんの手を引いて、右方向からの重い攻撃を一緒に交わします。
低姿勢から、しかし状況の飲み込みが早く、ラピスさんはタッタと間隙を縫って外へと飛び出します。当然逃がす気はないと後を追い、お宿の外、今にその姿を捉えて……そして扉の外、追いすがった彼の脳天に、重たい銃身が叩きつけられます。
「来た連中の対処くらいならいいのだろうか」
ウォーレンさんの陰に隠れ、しがみつきます。こうなればもう安心です。しかしウォーレンさんは、中の様子を見つつしまったか、という顔をしました。一つ縋った作戦がどこの誰とも分からぬ第三者に、簡単に邪魔された挙げ句仲間の一名が昏倒して動かない、とくれば、静まった空気にもなります。ウォーレンさんは、うまく場を収めなければと考えたらしく、
「……そこの魔術師の呼び掛けに応じ、灰の底へと沈んだアムシースから蘇った」
ちょっと設定に付き合ってくれるようです。
「この村での悪行、もう決して行わないとここに誓え。でなければ……」
銃身を向ける姿は、お化けや怪物なんかと比べものにならないでしょう。
「見せしめだ」
一発の弾丸は、正確にゴロツキさん一人のこめかみの真横をかすめます。静寂さの中、敵意を削ぐ音としてその一発はあまりにも利き目が良かったと言えます。もはや、倒れる仲間を引きずってでも、自分たちの場違いさを理解したと伝えたいようで、連中は、最初の威勢の良さはどこへやら、ぞろぞろと逃げ帰ってしまったのでした。そうして争った跡だけが残り、事が全て終えたことを意味しました。
「……や、やった……!」
アルカさんはロッドを持った手のままわたしに抱きついて、
「やったぁー!!」
顔をぐりぐりとこすりつけて……うぅ、ちょ、ちょっと痛いのですが。他のみんなも皆さんの作戦の大成功を喜びます。
「……確かに、結局その程度な連中だったわね」
ナイフをクルクルさせながらハーツさんが口を開きます。見えなかった姿も見えるようになりました。とはいえやっぱりウォーレンさんがボコッとやって終わってしまいましたが。
「そうでもない」
ウォーレンさんは、ゆっくりと手を引き、カルタさんを宿の中に案内します。もう歩ける程にはなったようです。
「これは、君たちが勝ち取ったものだ。君たちが始め、君たちが望んで道を拓き、君たちが果敢に戦った。私とハーツ、そしてマリーはそんな君達にただ喚ばれただけだったのだろう」
わたしはまだ壊れていない椅子を持ってきて、カルタさんをそこに誘導しました。
「わたし達は君たちの召喚に応じ、遥々あの秘術の街から来ただけだ」
結論から始めれば、宿のご主人はかなり怒っていました。自慢の一階食堂が半壊にまでなったのですから当然です。もちろんわたし達としてもこの被害状況はある程度は織り込み済みで、むしろこれは魔法というものの便利さで、修復にはさして労を費やさないだろう、という見積もりでした。しかしそもそもご主人もご主人で危険な目に遭ったのは事実です。本格的な喧嘩に発展したのを見て厨房奥に逃げ隠れたため何事もなかったわけですが、気が気でなかった心中はお察しします。
とはいえ厄介事の解決に一役買ってくれた子どもたちを頭ごなしに怒鳴りつけることもできず、かなり歯痒そうな顔をなさっていました。ここで労力が合計で六人、加えてわたし達三人もいるわけで、ご迷惑のお詫びとして修理からお掃除までみんなで行っています。ロッドの代わりに箒を持つアルカさんの姿はなぜかとても様になっています。魔法の道具にするなら実は収まりがとても良いのでしょうか。棚の食器はラピスさんの担当です。破片を集め、正しい形に組み合わせ、コンコンッと手の甲で軽く叩くと、ヒビがはじめから無かったように元通りです。すごい!
「ふふんっ、でしょ?」
わたしに気付いて得意気にこちらによく見せてくださいました。ところで、大丈夫でしたか?
「大丈夫って?……あ、確かに最後はちょっと怖かったかもだけど、でも、仕返ししてるときとっても楽しかったし!」
特に、何されてるかも分からないままただ悲鳴を上げたりうろたえたりしてるあの姿!……が、ぐっと来たそうです。勧善懲悪は確かに心地の良いものですがそちらの情緒には合致しそうにはなく、どうもわたしの理解を超えた感情の話をしている気がします。
「それに、スリリング、っていうか、あーゆう緊張感、攻められてるって感じも、むしろクセになりそう……」
こっちの感想もわたしには難しいです。早くおとなになってこういう細やかでわたしの知らない感情の機微も理解してゆきたいものです。
「それで言えば、私も一緒に戦いたかったかも……」
傷一つなく元に戻ったテーブルの上の拭き掃除は負担が軽めなのでカルタさんの担当です。元々、作戦段階でも自分も参加したいと強く進言されてはいたのですが、ハーツさんに思い留められていました。しかしだからといって何もしていなかったわけではありません。あの光るお札を作ったのもカルタさんでした。
「逆に、それだけといえばそれだけなんだよね……。私もあんな連中に一発叩き込んでやりたかったかも」
布巾をぎゅっと握ってファイティングポーズを取ります。もしかすると思った以上に怒らせると良くない人かもしれません。
小さな陰が二つ、足元を通りかかったと思えば、カナさんとカノさんが雑巾がけで競争をしています。そろそろ床もピカピカです。元から綺麗なお宿でしたが、まさに文字通り、磨きがかかったと言えるでしょう。
「ねぇ」
テーブルの近くを離れて、手持ち無沙汰にできることがないかとフラフラしていると、アルカさんに捕まりました。まだ箒を手に持っていますがどちらかと言えばお掃除自体はあまり軌道に乗っていないようです。
「その、途中の
わたしは首を縦に振ります。自分にその実感があり、それを意図的に行使した記憶があり、実際にその現象が発生した……。魔法というのは掴みどころがなく、あくまで、世界の反対側の火事をわたしが起こしたのか、みたいな問答と同じなのかもしれませんが、それでも少なくともわたしという原因がなければ起きなかった現象だとは思います。わたしの魔法の『効能』とも結果が合致しています。
「ふーん……ねぇ、どうやったの?」
どう、と聞かれると返答に困ります。わたしのそれは理論に基づいた発想ではなく、感覚や直感に従ったような動作でしたので。呼吸や咀嚼の方法を問われているような気持ちです。しかし、ここの言語化はわたしとしても望むところです。わたしは自分の感覚を最初の方から順に洗い出し、それらに一つずつ語彙を割り当てます。
「……うーん、よくわかんないかも」
ほとんど常なことで、この手の説明で成功した覚えがありません。頭蓋をこんこんと叩いて思考を整理されてもアルカさんにはちんぷんかんぷんのようで、大きな手ごたえのある伝わり方はしませんでした。
もしかして、マリーちゃんのあの魔法のこと?と、思い当たりがあるのはカルタさんで、そういえばあのとき何かを一緒に感じていました。わたしは、きっとこのお姉さんならば堪能な表現をもってわたしの不可思議に説明文章をつけてくれるのではないかと期待を持ちました。
「うーん、私もさすがに、少し整理する時間が欲しいかも。なんというか、知らなかった知識が急に、名前付けもされてないのにいっぱい流れ込んできた感じで……」
申し訳なさそうな表情で首を傾ける様子はわたしの期待を粉々に砕いてしまうものでしたが、むしろ逆にわたし個人の説明能力の欠落が原因ではないようだと把握できたことは安心感がありました。
「僕らの理解も及ばない魔法……」
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