19.

 チェイムさんの作る薬は様々です。その中には……

「体が透明になる薬?」

「うん」

 聞くところ飲めば体表周辺に魔法効果の……えーと、その、何かすごいものが展開され、最終的にはその姿が目に見えなくなる、そうです。

「それ飲んだら服だけ浮いて見えるとかいうオチじゃないの?」

「言った。体表周辺の空気屈折を操作する。服くらいなら見えない」

「その説明でもよくわかんないんだけど」

 荷物は最低限にすべきだそうですが、効果は絶大です。

「でも、どっちにしろ危険なのは同じでしょ?あたしは反対したいんだけど……」

 小瓶をカラカラと振って、ハーツさんは眉をひそめました。わたしの所感では過保護というものです。身の丈が人間の能力を定義するのなら、このさきずっと舐められっぱということになります。もっとわたしのこと、頼ってほしいです。

「……」

 黙ってそっぽを向いてしまいました。悩ましげな顔でちらちらとわたしの顔をのぞいた後、ハーツさんは肯定の頷きを返してくださいました。

「足音で違和感を持たれちゃいけない。僕とマリーがまず中で騒ぎを起こす。物音が大きくなったところで他のみんなは入ってもらって、完全に不意をつく。それで僕が……」




「見ろっ、嘗てのアムシースの同胞たちよっ!傲慢不遜たる彼らに、魂を再び蘇らせて僕らの威厳を見せてやれっ!!」

 転んだのは台本の外でしたがでしたが、すっくと立ってロッドを掲げ、アルカさんは叫びます。向こうが先にお名前をお借りしたんです。むしろこっちは関係者としてより近いはずですから。

 透明組の皆さんはお互いがお互いに見えないとは思いますが、それでも十分戦いやすいはずです。そして彼らからすれば、見えない敵への直面はひいては恐怖を生み出すはずです。これでボコボコすればきっと懲りて悪いこともしなくなるでしょう。


 視界に映らない子供というのは大人よりも遥かに強いです。柱の陰から絶えず宝石の魔法が飛んできていても、急に現れる二本の木の棒でぽこすかと叩かれても、怪しげな液体を振りかけられても、誰もその出所を見つけられません。おまけにハーツさんも付いてます。単身ではこの人数は大変でしたでしょうが、この状況ではむしろ単身ですら負けることが難しかったことでしょう。ふっとばされたゴロツキさんの手からは鉄斧が滑り、積まれた小麦粉の包装を突き破ります。柱に叩きつけられて呻く彼も、やや戦意を失っているとも見えました。しかし考えずとも当然、狙うべきはこのわたしとアルカさんであるとなるもので、依然としてわたしたちの周囲には四五名が群がっています。ただわたし達も簡単にはやられません。元からこの展開を望んでいただけにアルカさんは防御や回避のパターンをいくつも作っていて、仮にそれで危なくなっても、そもそもその過剰な攻撃を許さないハーツさんの役があります。焦りや底知れなさから、相手の動きにも迷いが出ています。

「灰の底深くへ葬られ、その我らに畏敬の念も抱かずむしろ嘲笑するかのような態度!さぁっ!その怨嗟を晴らせっ!」

 セリフはただそれっぽくみえるようにしたい、というものだそうです。相手をただ戦闘不能にするのではなく、心をポッキリと折ることが目標でもありますから。むしろ尋常な魔術師というよりお化け使いのようになっていますが、当人がかなり気分良さそうなので良いとしましょう。……あとちょっとかっこいいです。

簡易衝弾インパクト・デルタ!!」

 お腹の痛そうなところに当たった重たい衝撃が、そこに遭った内容物を軽く吐き出させます。わたしは得意げに口角を釣り上げます。奇襲とはいえ、こうしてふんぞり返っていた方々にお仕置きするのは気分がいいです。みなさんもきっと、今までの大変な日々の反動でとても清々しい気持ちを抱いていることでしょうか。そう思って、皆さんの様子をちらと見ます。柱の陰、ラピスさんは次に使う宝石を取り出そうとして……



 クチュンッ!騒動の中、実際には聞こえはしなかったものの、あまりにもそう聞こえてきそうでした。くしゃみです。さっき開いた小麦粉の袋から、舞い上がっていたようです。発生源は空気中に溶けていました……ついさっきまで。

「……やばっ……」

 アルカさんも少しして事態に気が付きます。仲間が何人もいれば、もちろん、一人くらいは気付きます。これまでは、見えなかったから気付かなかっただけです。

 ラピスさんの姿は、もう見えているのです。彼女にかかっていた透明化の魔法は、もうありません。

 見つかってしまえば話は簡単です。誰の目にも、それこそがこの異常さのタネに映り、そして、魔法とつくものは、仕掛けを見破られたときが一番弱くなるのです。

「ひゃっ!」

 統率を失っていた彼らに、一つの攻略手段が生まれてしまい、そしてラピスさんは自衛の手段をまるで持っていません。身代わり石はわたし達が持っています。

「外まで逃げてっ!!」

 大鉈の一撃はなんとか避け、振りかぶった大剣はしゃがんでかわし、ぴょんぴょんと危なっかしくも、今にも壊れそうな橋を渡っていきます。数が数なだけに、すぐさま介入に来たハーツさん一人では全員を瞬時にふっ飛ばすことはできず、他の皆さんまで束になってもまだ足りません。わたしたちの行動も二人ほどにマークされています。多少の隙はつけますが、これでは距離が……。このままでは、命がいくつあっても足りないというものです。少なくとも、一回でも攻撃を弾き返せれば……そう、防御の魔法を……。

「……くっ!どうしよう、マリーちゃん……マリーちゃん……?」

 動きを併せてアルカさんとステップを踏みながら、わたしは、むしろ当然とも言えた解決策を心に得ます。そう、わたしの常識の話です。

「……えっ?いや、で、でも、防御の魔法は自分にしか……」

 いいから早くお願いしますっ!!

「わ、わかった!」

 右の邪魔者を、隙をついて吹き飛ばし、これで詠唱ひとつ分の時間稼ぎです。無理な態勢で横跳びをしたものですから、ラピスさんもついには狙いの内側に入りました。先程のわたし達と違って、絶対安全という根拠はありません。時間を惜しんでいる場合ではありません。できることをしなければ。

 今のわたしは、皆さんのいる場所がわかります。透明になっている皆さんもそうですが、公然と晒されているラピスさんの場所ももちろんわかるのです。普通、視界のど真ん中にあるその情報は不要です。しかし、『魔法』はそのことを知らないのです。わたしがなすべきことは、ただ、『魔法』に別の『魔法』のことを。


―――ᛋᚣᚾᛏᚻᛖᛋᛁᛋ

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