ゆる花令嬢

アイララ

第1話

マリーユランは一刻も早く、イスマエル伯爵の夜会から逃げ出そうとした。

夜会の主である伯爵子息のルブラスから、能力を知られる前に。


……見られて、ないよね?

まぁ、私みたいな貧乏男爵を気にする人なんていないと思うけど。


テラスにある門を通り、そっと庭へと歩き出す。

秋空の下、涼し気な風が頬を撫でた。

そのまま姿を隠そうと、生垣に囲まれた庭園の奥へ向かう。


背丈より少しだけ高い生垣は、赤白黄色と様々な花が並ぶ。

緑の絨毯に輝く、令嬢のドレスが如く。

一輪、貰えないかしら?

……ダメね、庭園の持ち主はルブラスなのよ。


そのまま進むと、噴水が見えてきた。

月の光に輝く女神の彫刻は、手に持った瓶から永遠に水を流している。

それが円形の湖に溜まり、一部が川となって続いていく。

ふと、下を見ると川の中で悠然と、銀色の魚が泳いでいた。


垂れる音、泳ぐ音が耳に心地よく流れ込む。

聞き入りながら、のんびりと庭を歩いていた。

川沿いなら靴の音も消えるし、丁度いいわね。


そうして歩き続けると、ちょっとした広場が見えてきた。

中央には模様の彫られた木の小屋が、静かにそっと佇んでる。

少し歩き疲れたから、あそこで休憩しましょうか。


そう思って中に入ると、既に先客が一人。

椅子に座り、頭を膝に付けながらジッとしていた。

……怪我? ではなさそうですし、疲れてるのかしら?


「……あの、どうかされました?」


そっと膝に手を当て、優しく囁く。

けれど、男の態度は素っ気なかった。


「邪魔するな。一人にしてくれ」

「そう、言われましても……」

「放っておいてくれ……頼むから……」


顔を下げたまま言い放ち、マリーユランを遠ざけようとする。

何だか知らないけど、可哀想ね。

そう思った彼女は、そっと側に座ったままになった。


声は一応、大丈夫そうだけど……疲れてるみたい。

夜会で大勢の令嬢を相手にして、ヘトヘトになったのかしら?

それなら、ちょっとだけお手伝いしようかな。


そっと、木製のベンチに手を当てる。

そのまま大きくなれと念じ、木から一輪の花が咲いた。

労わりながら切り取って、男の膝に優しく乗せた。


「アジサイです。これで少しは気分も晴れるかと」

「アジサイ? ……どうしてここに?」

「夜会で疲れている様に見えたので。お節介でしたら?」

「いや……もしかして、君が花使いなのか?」

「……!」


顔を上げ、見えたのは……一番、見たくない男だった。

錬金術師のルブラス、この夜会の主催である。

顔を見られた、その恐怖からすぐさま立ち去ろうとする。

すると、花を持っていた手を引っ張られた。


「……えぇと、いや、いいんだ。花使いが錬金術師と会うなんてイヤだよね。でも、その……もう少しだけ、いて欲しい」

「……分かりました」


何が分かりましたなのか。

相手は花や草、木を元に薬を錬成する錬金術師。

自在にそれらを生み出せる私は、彼が一番、欲しいモノ。

過去には花使いが奴隷になって、永遠に働かされた時代もあったのに。

相手は伯爵、男爵の私は逆らえないのに。


「その……今はどうしてここに」

「折角の誕生日を、令嬢のご機嫌取りだけで過ごしたくなかったから。それだけ」

「……ですよね」


彼の気持ちが、ほんの少しだけ伝わった。

見た目だけは煌びやかで、内心は政治的な駆け引きに満ち溢れる。

そんな集まりが苦手で、彼女はいつも壁の花になっていた。

誰にも相手されない、壁に寄りかかり会場を彩るだけの存在に。


「今日も令嬢に群がられ、歩くだけでも一苦労だよ。そんなに珍しいのかな、錬金術師って」

「珍しいとは思いますよ。王国でも一番だと聞いていますし」

「偶然だよ。人より少し薬が好きだったから上手くなれただけ。それに、身の丈に合わない称賛って、思ったより辛くてさ」

「私もです。父から、目立ったら利用されるだけだから、隠れてろって……」


そして、二人は黙り込んだ。

ほんの少しだけ身体を寄せあって、秋空の肌寒さを和らげあった。

次に話す時は、別れの挨拶だと思うと、口がどうにも開かなかった。

渡した花を、ただ見つめ合った。


「……綺麗だね」

「……土は水はけがよく、湿ったのがよいかと。表面が乾いたら、水やりをして下さい」

「ふふっ、何それ。そんなに僕、育てたいって顔してた?」

「えっと……はい」

「なら残念だね。アジサイは夏の花なのに、今は秋だし」

「秋だから選びました。もう見れなくなった花なら、少しは元気になるかと思い……」

「へぇ、僕の為に……」


そしてまた、黙り込んだ。

今度は彼が、ジッと顔を覗き込んで来たからである。

堪らなく恥ずかしくなり、そっと顔を背けた。


「……あの、もうそろそろ、戻った方が宜しいかと」

「僕が主催だから? それとも、錬金術師は嫌いだから?」

「嫌い、ではないのですが……父上から、秘密にしろと言われてまして」

「そっか……アジサイ、ありがとうね」


渡した花を胸に差し、そのまま立ち去っていく。

彼の足音が遠く離れるまで、そして消えてからも。

彼女はジッと、ベンチに座り込んでいた。


それから数日後、父の執務室に手紙が届いた。

ルブラスから、婚約の手紙が。


「……最初から、行かせてなければな」

「……ごめんなさい。あの日、ルブラスと出会って」

「もうよい、起きた事は覆せない。問題はこの婚約をどうするかだが……」


マリーユランの父は、夜会の時にワザと地味なドレスを着させた。

彼女が外に出かけ、人に顔を見せる時はいつもだ。

花使いである事を隠す為に、親切からの行為だった。

……それで娘と結婚する人がいなくなる覚悟の上で。


けれど、そんな努力も無駄に終わる。

ルブラスからの婚約、それ自体は簡単に断れるだろう。

だが、侯爵家からの頼みを断って、貴族社会で生きられる保証はない。

それ程までに、この婚約の条件は素晴らしいから。


「……持参金はいらない。結婚式その他の費用は向こうが出す。これを断ったら、どんな噂を流されるだろうな」

「物凄く、怒るでしょうね」

「あぁ、それにマロアンの結婚にも支障が出る。漸く、侯爵家と婚約が結べたのに……」


妹はこの先、婚約が結べない可能性がある。

そう考えた父は、マロアンに全てを託す事にした。

姉が侯爵家と結婚すれば、マリーユランが独り身でも問題なくなる。

もし、錬金術師と結婚する話が来ても、侯爵家を後ろ盾にすればいい。

その為に、高い金を払ってまで、顔も見てない男と結婚させたのだ。


「……前の夜会で、ルブラスと会いました。そんなに悪い人には見えないと」

「男なぞ、目的の為なら幾らでもよい顔が出来る。裏で何を考えてもおかしくはないぞ」

「それでも……断れないのでしょ?」

「……」


執務室の机に座る父は黙り込み、手元にある手紙を睨んだ。

婚約をどうするか決めかね、無言の時間が過ぎゆく。

その緊張感が耐えられなくなり、彼女が声を上げた。


「……お父様、私は覚悟が出来ています。姉に無理な結婚をさせておいて、私だけ断れません」

「だが……話は終わりだ。後はこちらで考えておく。外してくれ」

「でも……」

「……大丈夫だ、悪い様にはさせん」

「……失礼します」


それだけを言い、執務室を後にする。

扉を開けると、近くにマロアンが立っていた。

……話、聞いてたのかしら?


「随分と暗い顔してるじゃない。お茶でもどう?」

「……そうする」

「チャービルが採れたのよ、少しはリラックス出来ると思うわ。まぁ、貴女のお陰だけど」


時々、テラスでお茶会をするのが二人の楽しみであった。

客を呼んで行うお茶会とは違い、マナーを気にせず楽しみながら。

……今日も楽しめるといいのだけど。


テラスに来て、お茶を入れる準備をしようとし、姉に止められた。


「父上の長話で疲れたでしょ? 少し休んでなさい」

「でも……」

「いいの。それより……どうだったの? 夜会で会ったでしょ」

「ルブラス? ……項垂れてた。頭を膝に付けて」

「ふふっ、何それ。詳しく聞かせて」


そうして彼と私の出会いを、姉は笑いながら聞いていた。

普段、噂で耳にする姿とかなり違うのが面白いみたい。

……錬金術しか興味のない、冷たい男か。

出会った時の彼は、優しそうに見えたけど。


「それなら実際、どう思ってる訳? 婚約を結ぶの、反対?」

「……難しいな。いい人とは思うけど、一回で決められないし」

「私なんか0回、手紙だけのやり取りよ。それでも彼をいい人だと思ってるわ。……信じたいの方が正しいかな?」

「……だよね」

「大丈夫よ、何かあれば別れたらいいの。もし向こうが文句を言っても、私が嫁ぐ家を盾にすればいいわ」

「……ありがと、姉さん」


姉の応援を聞き、出したハーブティーを飲み、少しだけ気分がよくなった。

そっか、断ればいいのね。

花使いとして永遠に、薬草を提供するのがイヤなら、断ればいいのね。

……出来るかしら?


可能かはさておき、その覚悟だけで気分が楽になった。

間近で見た彼は優しそうだったし、断っても大事にはならないだろう。

そう気分を切り替えて、私はお茶会を楽しんだ。


それから数日後、あっという間に婚約が決まった。


父曰く、これ以上ない程の好条件らしい。

婚約の時は暗い顔だったのに、今ではすっかり笑顔のまま。

どんな条件だろうと思ったけど、私が無理強いをしなくていいみたい。

期待で胸を膨らませ、少し残った不安を抑え込み、私はルブラスの家へ行く準備をし始めた。


いつもなら、外に出る時は地味な服とメイクで身を固める。

婚約の話が舞い込まない様に、錬金術師と会う時は特にだ。

それが今、家にあるとっておきのドレスで飾ってもらえてる。

姉さんも、折角だからと私にとっておきのメイクをしてくれた。


「……やっぱり、元が綺麗だとメイクの乗りも違うわね。羨ましいわ」

「そんな、姉さんの方が綺麗よ。……それで条件って?」

「話をしてのお楽しみだって。娘が不安なんだから、しっかり言った方が嬉しいわよ」

「……まぁ、悪い話じゃないと思うし」


そこまで父が後押ししてくれるなら、きっと悪くない条件だろう。

不安は全て消えてないけど、何とか安心して会いに行ける。

それに花使いの力をハーブティーの為だけに使うのも気が引けてたし。


「それでは、行ってきますね」

「行ってらっしゃい。何かあったらすぐ帰ってくるのよ」

「心配するな、きっとよくなるさ」その言葉を最後に、馬車が走り出す。

ルブラスの屋敷へと、マリーユランを乗せて。


長い旅を終え、夕方になって屋敷へ辿り着く。

真っ白で荘厳な屋敷は、陽の光に照らされ、温かく感じられた。

まるで、彼女を優しく出迎えるかの様に。


「ようこそいらっしゃいました、マリーユラン様」


門番から、屋敷へ出迎える執事まで。

玄関に入る前から、丁寧にお辞儀で出迎えられる。

男爵家の令嬢なんて、ぞんざいに扱われると思ったけど……随分、優しいのね。

これがずっと続けばいいのだけど。


緊張する心を抑え、そっと屋敷へ足を進める。

芽生えた希望と、少しの不安を抱えながら。


「イザベル男爵家の娘、マリーユランと申します。皆さん、今後ともよろしくお願いいたしますね」


そう挨拶する彼女を迎えたのは、屋敷の使用人達。

それも総出での出迎えで、少し首を傾げてしまった。

わざわざ男爵家の娘を、どうしてそこまで歓迎するのかしら?

気にはなるが、迎える笑顔は本物に見える。


「よろしくお願いします、マリーユラン様。では、旦那様の友へ案内しますね」


メイド長に案内される途中、他のメイドがひそひそと話をしていた。

聞いていた以上に可愛いだとか、優しそうな方で良かったとか。

不思議と、花使いの事は聞こえてこなかったが。

ルブラスから伝えられてないのかしら?


気にはなるが、今から戻って聞きに行く訳にもいかず。

そのままメイド長に連れられて、彼がいる場所に連れられる。

辿り着いた所の扉には、薬草庭園と書かれていた。

流石は国一番の錬金術師、屋敷の中にも庭園があるのね。


「失礼します。マリーユラン様がお見えになられました」

「どうぞ、入ってくれ」


扉を叩き、入室の許可が出る。

どんな様子で待っているのだろう?

薬草を作ってくれるのを待っているのか。

もしくは婚約者として歓迎してくれるのか。

気になりながら部屋に入ると……机にあるアジサイの鉢を、不安げに眺めていた。


「ようこそ、マリーユラン。歓迎するよ。所で……その、何から話せばいいかな?」

「……そう言われましても」

「あぁ、ごめんごめん。最初は君がくれたアジサイの話をしようと思ってたけど、その……見惚れてしまって」

「見惚れる……私に?」


言ってる意味が分からなかった。

確かに彼と出会った時は、メイクもドレスも野暮ったいまま。

正直、誰に見せても恥ずかしいものだった。

まぁ、それが錬金術師と仲良くならなくて済む方法だから、仕方なかったのだけど。


でも、見惚れる程、美しいかと言われると違うと思う。

例えば、私の姉は自画像を送っただけで、侯爵家と婚約を結べた。

他にも自身の美貌だけで、政界を渡り歩いてる令嬢だっている。

なのに……私に見惚れて?


「そんな……私はただの男爵令嬢ですよ」

「関係ない、それに……君の事を思うと、実験に身が入らなくなる」

「……」

「でも、良かった。あの時、もう二度と会えないと思っていたから」


他人から褒められ慣れてなく、思わず赤面してしまう。

私なんか、別れを惜しむ程の価値はないのに。

あるとすれば、花使いとしての能力だけ。

でも……それを今日、断りに来たのだから。


「……アジサイ、大切にされてるのですね。良かったです」

「君にそう言われると、やっと安心するよ。僕の手違いで枯らさないか、不安なままで」

「ですか、それだけです。薬草を咲かせる予定はありませんから?」

「……その話なんだけど、花はダメかな?」

「花……ですか? 薬草でなくて」


正直に言うと、少しは咲かせてもいいと思ってた。

私が咲かせた薬草が誰かを救う薬になるなら、無理をしない程度にと。

真摯にお願いしてくれれば、多少は構わないと。

けど、彼の提案は予想と少し違っていた。


「そう。君がくれたアジサイを見て、メイド達が欲しがって。こんなに綺麗なら私もって」

「それは……まぁ、構いませんが」

「よかった。あっ、でも、無理はしなくていいからね。嫌なら今からでも断っていいから」

「いえ……別にそれぐらいは」


こうもアッサリ要求が通ると、逆に申し訳なく思ってしまう。

薬草は咲かせなくていい、花を咲かせるのも自分次第。

それなら、何の為に私と婚約したのかしら?

純粋に私が好きとか……それはナシ、有り得ないし。


「ありがとう、マリーユラン。では、この鉢植えに咲かせてくれ。メイド全員分を咲かせるのは大変だから、適度に休憩するといい」

「分かりました。でも……アジサイだけでよいのです? ナノハナやポピーとか、あっ、桜も咲かせますよ?」

「桜も? なら、それは庭に咲かせたいな。丁度、庭園に空きがあるんだ」

「それならチューリップもいかがです?」「いいね、気に入った」


そうして彼女は鉢植えから庭まで、ありとあらゆる場所に咲かせてしまう。

あっという間に屋敷中が、花の薫りに包まれた。

その後、室内の庭園に戻る途中、メイド達の喜びの声を聞く。

お礼をされ、花使いなのですねと驚かれ。

……やっぱり、知らされてなかったのね。なぜかしら?


「……普段、薬草しか扱ってなかったけど、花もいいものだね。ありがとう、マリーユラン」

「いえ、私も楽しみましたから。それと……どうして、メイド達に花使いの事を話してなかったのですか?」

「約束したからね、君の父と。……聞いてなかったのかい?」

「父からは好条件だから安心してくれとだけ。聞いてのお楽しみだと言っておりました」

「好条件か……君の父と約束したんだ。花使いの技を強制させるなと。出来るだけ秘密にしろとも言ってたね」

「……いいのですか? それで」

「構わないよ。紙にサインまでしてるから、途中で違えたりしないし、絶対にさせないから」


そこまで言われると、心配にすらなってくる。

望んだ薬草を好きなだけ出せる花使いの技は、錬金術師が最も必要とする。

だから私と婚約したと思ったのに、使わないなら男爵家の令嬢でしかない。

国一番の錬金術師なら、もっといい相手がいると思うけど……。


「どうして……そこまでするの?」

「君が好きだからだよ。あの日、君の優しさに心を奪われてね」

「……はい」


真っ直ぐに見つめられ、笑顔で告白され、その台詞しか言えなくなる。

もし彼の言葉が嘘だったとしても、今だけは信じたかった。

花使いでなく、私として見る人がいるなんて。


「夜会で出会った令嬢達は、皆が僕に近寄ったよ。婚約の為にね。でも、僕の側にいてくれたのは君だけだった」

「そう……ですか」

「だから、今度は僕が君の側にいてあげたいなって。何があっても、僕が守るから」


私という人を守るなんて言われても、まるで実感が湧かない。

けど、その目は真剣その物だし、迫ってくる意思が感じられた。

そこまで本気になられると、悪い気もしないかも。


「結婚の事とか……そもそも守るとかは、よく分かりません。けど、せめて夫婦になれる様に頑張りたいと思います」

「その言葉が聞けて嬉しいよ。本当に……僕を信じてくれて」


そうして彼は、ポツリと花使いの事を話し始めた。

どうして守る必要があるのかを伝える為に。


「昔、君みたいな花使いが奴隷の様に酷使された話を学校で聞いたんだ。錬金術師として、正しい道を歩む為に」

「その話は私も知っています。だから、私を守ろうと?」

「実を言うと、それだけでは思わなかったな。先生の前では花使いを守ります、なんて言ったりもしたけど」

「なら……どうして?」

「見たんだ。奴隷となった花使いが、どれだけ悲惨な目に遭うのかを」


学生時代、ルブラスにはライバルがいた。

共に一位を競い合う仲で、最高の錬金術師となる為に。

朝から晩まで研究し、薬を作り、それを先生に報告する。

そんな日々を、二人は過ごしていった。


「そんな時、気付いたんだ。彼の作る薬の量が異常に多いと。そして彼に婚約者がいた事を。だから僕は確かめる事にしたんだ」

「それで彼が無理やり、花使いの技を強制させていたと」

「いや、見つからなかったよ。窓の外から覗き込んだり、他の人に聞き込んだり。探偵も雇ってね。……それでも、見つからなかった」

「……では、どこに」

「何としても一位になりたい僕は、コッソリ忍び込んだんだ。人を眠らす香を焚いて。……地下に、足がない状態で」

「……!」


驚きで、声が出ないまま悲鳴を上げた。

思わず、大丈夫な筈の足を触ってしまう。

……そこまで悲惨な目に遭うなら、父さんが結婚に反対する訳ね。


「すぐさま、学園に報告したよ。人の家に侵入した罰を覚悟で。けど、罪に問われたのは彼だけ。こうして僕は学園一の、やがて王国一の錬金術師になれた訳」

「……彼女はどうなったのですか?」

「王様が直々に保護してるよ。僕もたまにお見舞いに行ってる。錬金術師は世の為、人の為に使われる技。それを忘れたらどうなるか戒める為にね」

「だから、私を守りたいと」

「勝手な我が儘だけどね。でも、もし君をも守れなかったら……僕は腕を切る」


真剣な目線はどこまでも優しく……そして僅かながら涙目だった。

彼の気持ち本物だろう。

だから契約書を交わしてまで守ろうとした。

でも……腕を切るまでするのは間違ってると思う。


「腕を切ったら、誰が薬を作るのですか。私を思ってくれるのは嬉しいですが、それは違うと思いますよ。その、何というか……」

「いや、いいよ。例え話という事で。その代わり、君を絶対に幸せにする。約束する」

「……私も、そうしたいです。花使いとして、誰かに為に使えたらと考えてましたから」

「そう? なら……一つ、頼んでいいかな? ハーブティーが飲みたいなって」

「どうして急に、そんな事を?」

「君の父と話してた時、花使いの技でハーブを咲かせ、姉とお茶会を楽しんでたって聞いてね。……頼める?」

「その程度なら。場所はここで?」

「あぁ、お願いね」


屋内にある庭園の隅、そこにカモミールやルイボス、他にも様々なハーブを咲かせる。

そして早速とばかりにメイドを呼び、お茶会の準備をさせた。

庭園に用意されたテーブルに着き、薬草の香りを楽しみながらハーブティーを待つ。

夜会の時に見た花々も綺麗だけど、こういうのもアリね。


「それじゃ、改めて……僕と結婚して欲しい。何があっても君を守るから」

「もう既に婚約はしてますよ。……こちらこそ、お願いしますね」


これが大陸中に広まる偉大な錬金術師と花使いの、幸せな生活の始まりであった。

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ゆる花令嬢 アイララ @AIRARASNOW

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