第35話 人見知り

(もう、レオナルドさんたら心臓に悪いんだから。あんなことされたら、私じゃなかったら絶対勘違いするでしょ)


 契約結婚だっていうのに、唐突に勘違いするようなことをしてくるからタチが悪い。

 そう思いながら、シアがレオナルドの言動によって乱された心を落ち着かせるようにドリンクを選んでいると、不意に一人で壁に佇んでいる少女が目に入ってきた。


 恐らく、背丈的にフィオナとあまり年が変わらないくらいだろうか。

 緊張しているような、ちょっと寂しげな表情をしながら俯き加減で佇んでいる姿に、お節介焼きなシアが声をかけないはずがなかった。


「ご機嫌よう、お嬢さん」

「へ? あっ、ご、ご、ご機嫌よう」


 シアが声をかけると、あからさまにびっくりした様子で飛び上がる少女。かなり緊張しているらしく、驚かせてしまって申し訳ないと思うほど彼女は縮こまっていた。


「ごめんなさい。突然声をかけてしまって。貴女が一人でいるのが見えたから、つい気になっちゃって。もしかして、ご両親とはぐれてしまった? もしよければ、探すのお手伝いしましょうか?」

「え? あ、いえっ、両親はあそこで踊ってて……」


 少女が指差す先には、ダンスフロアで踊りながらこちらを見て笑っている両親。シアが会釈をすれば、母親らしき人が手を振って応える。


「あら、そうだったのね。ごめんなさい。私ったら早とちりしてしまって」

「いえ、いいんですっ。その、あの、私……こんな感じで人見知りで。だから、えっと、あの、両親から交友関係を増やせって言われて、ここに置いていかれちゃって……でも、どうしたらいいかわからなくて……。だからその、ずっと一人で、すごく不安だったので、声をかけてくれて嬉しかったですっ」

「そうだったの」


 さすがに人見知りの子を放置するのは荒療治すぎるのではないか、と思いつつも、家庭の判断にむやみに首を突っ込んでもいいことはないことは経験済みなので、シアはグッと堪える。

 そして、だったらと少女の目線に合うようにしゃがんだあと、彼女に手を伸ばした。


「だったら、もしよければだけど、私達と一緒にお話しない?」

「へ?」


 シアが少女を誘うとキョトンとした表情をしていた。突然の誘いに、どうやら理解が追いついていないらしい。


「私、ちょうど貴女くらいの娘がいるの。だから、できれば相手をしてくれると嬉しいのだけど」

「え? で、でも、私なんかが行っていいんですか?」

「いいのいいの。今絶賛姉妹喧嘩中だから、むしろ他の子が入って来てくれたほうがありがたいわ。それに、来てくれたら貴女も交友関係が増えるし、そうしたらご両親も納得するだろうし、一石二鳥……いえ、三鳥かしら。すごくいい考えだと思うのだけど、ダメかしら?」


 シアが上目遣いでお願いする。

 お願いされることに慣れていないからか、少女は顔を真っ赤にしながら俯いたあと、きゅっと口を引き結んでから顔を上げ、シアの手をそっと握った。


「え、っと……じゃあ、私でよければ……その、よろしくお願いします」

「よかった! じゃあ、決まりね。そういえば名乗ってなかったわね、ごめんなさい。私はシア。貴女の名前も聞いてもいいかしら?」

「あ、えっと、わ、私はマルタです」

「マルタ! いい名前ね。では、早速だけど、マルタ行きましょうか」


 シアが立ち上がり、声をかけるとパッと顔を明るくさせるマルタ。やはり気丈にはしていたものの相当心細かったようだ。

 シアはすぐさまマルタの両親に挨拶すると、「どうぞどうぞ」と呆気なく許される。どうやらマルタの両親は放任主義らしい。


「ちなみに私の末っ子が十才なのだけど、マルタは何才?」

「わっ、私も十才です!」

「あら、奇遇ね! 娘と同い年だなんて」

「そうですね。えっと……シアさんは、その、すごく若い、ですよね?」


(あぁ、そうよね。そう思うわよね)


 確かに、マルタ達の母の年代からしたら異様な若さだろう。実際にフィオナを産んでいたら十七で産んでいることになる。

 セレナに至っては九才で産んでいることになるので、そう考えると後妻と知らない人からしたらびっくりするのも無理はないかもしれない。


「あぁ、私は後妻なの。だから、娘達の本当の母親ではないのよ」

「え!? あ、ごめんなさいっ! 私ったら、とんだご無礼なことを……!!」


 顔を青褪めさせて震えるマルタ。

 今から取って食われるのではないかと思うくらいの震えように、シアは気にするなと言わんばかりに笑って話しかける。


「あははは、気にしてないからそんなに恐縮しないでちょうだい。というか、マルタは人見知りって言うけど、話すと色々お話上手にできるじゃない。気遣いにも長けてるし、きっかけさえあればきっとお友達が増えると思うわよ?」

「そ、そうですかね? そうだといいんですけど……」

「そうよ。うちの娘にももうちょっとマルタの語彙力を分けてほしいくらいだわ。悪い子ではないのだけど、話すことが少なくてね」


 実際、以前に比べて話すようになったとはいえ、かなり語彙力は少ない。辛辣な嫌味に関してはかなりバリエーションに富んでいるが、普段のフィオナとの会話はほぼ言葉少ないことが多かった。


「そ、そうなんですね。私もちゃんと話せるといいんですが」

「大丈夫よ。ちょっと無愛想なとこはあるかもしれないけど、悪い子ではないから。って、あぁ、着いたわ。あそこにいるのが私の娘よ」


 フィオナ達が座っている椅子の近くまで来たシアはマルタに紹介する。

 すると、どうやらフィオナも気づいたようで、こちらを見ていた。

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