TS転生したおっさん、最年少VTuberデビューしてみた 〜清楚系お嬢様キャラで売り出すつもりが、配信中に前世のオッサン臭さを隠せず無事ネタにされる〜

かにぃ=しょーん(3代目)

第1話 「二度目の人生」


「……今朝、スタッフとの会話の中で『夢樹むつきありすをBuzzライブに移籍させる』って話が出てきたんだが、一体どういうことか説明してくれるか?」


 VTuber事務所『ポプリエ』でプロデューサーを務める俺は、バンッ!とイラ立ち混じりに机上を叩き、向かいの席でくつろいでいる蛭間海斗ひるまかいとに尋ねた。普段は温厚な俺が怒りをあらわにしたことに驚く蛭間だったが、すぐにいつものおちゃらけた態度を取り戻す。


「ちょ、なになに、いきなりどしたの梶原サン?」


 『Buzzライブ』はポプリエと並ぶVtuber界屈指の大手事務所で、因縁のライバル。あろうことかその事務所に、ウチの専属VTuberである"夢樹むつきありす"を移籍させるという話が持ち上がっていた。蛭間は、プロデューサーである俺に一言も相談せずこの案件を進めていたのである。


 ──夢樹ありすは、ポプリエの設立当初から所属している最古参のVTuberだ。


 現在、チャンネル登録者は18万人。活動はゲーム配信が主で、その可愛らしい声と、操作ミスでゲームのエンディングをスキップしてしまうほどのド天然っぷり、視聴者のコメントを熱心に拾い上げようとする真摯な姿勢から、多くのリスナーを獲得している。


 企業の広告を飾るような後輩たちと比べると、その注目度はイマイチだが、今も堅実にファンを増やし続けている。集客数こそ少ないものの、一度ついたファンは絶対に離さない。「ファン第一」がモットーの彼女だからこそ為せる技だ。


 ちなみにチャンネル登録者第1号はこの俺。

 夢樹ありすしか勝たん。


 夢樹ありすのことを、後輩VTuberたちと比べて「地味」だと言う人もいる。正直この意見にはあまり反論できない。黎明期からの古参で、今生き残っているのは彼女ぐらいなものだ。強烈な個性が求められるようになった現在、夢樹は個性に欠けていると言わざるを得ない。


 だけど俺はまだ彼女に可能性を感じている。プロデューサーという立場上、一人のライバーに肩入れするのは如何なものだが、それでも俺は信じている。夢樹ありすならこの業界で天下を取れる──と。ファン第1号の俺が言うんだ。間違いない。


 俺はこれから先も彼女を支え続けようと思った。

 それなのに……。


「なんでそんな怒ってんの〜? 更年期?」


 蛭間はポプリエの社長である。今は亡き社長の一人息子(年齢は俺の一回り下である)で、社長の座についてからというもの、事務所の金で豪遊したり、業務をサボったりと好き勝手に振る舞っていた。いわゆる"ドラ息子"というやつだ。


 正直な話をすると、実績を考慮すると俺が社長を継いでもおかしくはなかった。いや、べつに社長になりたかったとかそう言うんじゃない。だが、こいつが社長になるぐらいなら、俺がその座につくほうがマシだと思った。


 なぜ、こんなことになってしまったんだ……。


「Buzzライブの社長がねぇ、夢樹ちゃんのこと欲しがってたみたいだからさ、んじゃあげるよ〜って、俺ね、ジョーダンで言ってみたのよ? いや、ホントにただのジョーダンのつもりだったんだけどね? そしたらさ、社長がねぇ〜、移籍金っつ〜の? めっちゃくれるって言うからさ〜。よっしゃその話乗ったぜ! 的な感じなワケよー。これで納得してくれる?」


 そんな簡単に決めていいはずがない。

 子供同士の、軽い口約束じゃないんだぞ……!

 腹の底から湧き上がる怒りを抑えつけながら、俺は口を開いた。うっかりコイツを殴り飛ばさないように顔は合わせず、視線を下に向ける。


「……本人は、納得しているんだろうな?」


「え~?」


 なに言ってんの、と蛭間が目を丸くした。蛭間は机の棚から1枚の用紙を取り出すと、俺の前にそれを差し出した。馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言う。


「それはプロデューサーの仕事っしょ?」


「どういう意味だそれ」


「夢樹ちゃんを説得すんのが、梶原サンの役目でしょ? あ、ちなみにコレが同意書ね。今日中にサインさせて、俺んとこに持ってきて」


 いくらなんでもそれは──。


「あまりに勝手すぎないか?」


「移籍すんのは"決定事項"だから! えっ、もしかして、社長であるこの俺に歯向かう気? それはやめといたほうがいいよ〜マジで。後悔、したくないっしょ?」


 コイツは正気じゃない、狂っている。本人が前向きじゃないのに、先方と勝手に話をつけやがって。どこまで独りよがりなんだよ。我慢の限界を感じた俺は、震える拳を握りしめながらその場を後にした。


     ▼▽


「と、言うわけなんだ。本当にっ……本当に申し訳ないっ! 俺が不甲斐ないばかりに、鈴木さんを、こんな目に巻き込んでしまった……!」


「いえいえ、そんな……! わたし、気にしてませんから! と、とりあえず、頭を上げてください……!」


 そして俺は、移籍についての事の経緯を説明し、鈴木玲奈すずきれいなに頭を下げた。彼女は夢樹ありすの演者──いわゆる中の人というやつだ。艶のある黒髪と切れ長な目が美しい、現役の女子大生である。


 しかし、美人という自覚が本人にはないらしく容姿を褒めてみても「ううっ、お世辞はやめてください……。どうせ私なんて……」と謙遜ばかりするのだ。また、何に怯えているのかは知らないが、配信では普通に喋れるのに、リアルで対面すると急にたどたどしくなる。


「鈴木さんは、どうしたい?」


「どうって……言われても……」


「ウチに残る気はあるの?」


「あ、あの、わたしは……」


「気を遣わなくていいよ。本音を言ってほしい」


 すると玲奈はポロポロと涙を流した。

 ぶどうジュースの入った缶を両手で握りながら。その手は震えていて、今にも缶を落としそうだった。うつむき、俺に涙を見せまいとしている。

 でも、声音で泣いていると分かってしまう。


「梶原さんには今までたくさんお世話になりました。だから、できることなら、恩返しをしたいです……。この事務所に残って、お役に立ちたいです。それに、わたしにとってポプリエのみなさんは、家族ですから。もっと、一緒にいたいです……!」


「……鈴木さん……」


 玲奈と初めて会ったときのことを思い出す。


 当時の俺はニートで、10年間務めたブラック会社を退職したばかりだった。寝っ転がって動画を視聴していたら、偶然、生配信をしている彼女を見つけた。


 シンプルすぎるサムネ、捻りがなくてつまらないタイトル。顔出しもせず、声だけの実況。誰がこんなの観に来るんだよ、というのが俺の正直な感想。

 

[ コメント ]

:初見です


 性格がひねくれている俺は、冷やしのつもりでコメントを投稿した。すると玲奈は意気揚々とそれに返事をした。おどおど慌てふためきながら、しかしその動揺を悟らせまいと必死に声を上げる。


 ちなみに、当時の俺のハンドルネームは『たまたまんぽこちんのすけ』である。彼女が名前を読み上げるとき、恥ずかしがってくれたらいいな〜と思って名付けた。今思えばとんだセクハラ野郎だな、当時の俺って。


「こ、コメント! ありがとうございます! えーっと、ち○ぽこたまたま○このすけ、さん? で、いいんですかね? ど、どうぞ、こんな配信でよければ、ゆっくりしていってくださひいぃ……!」


 なんか余計卑猥になってんだけど。

 それに、全然恥ずかしがってもいない。

 俺の悪意に気づいていないのか?

 よほどの天然さんなのか? 


[ コメント ]

:あ、後ろから敵来てる



「──えっ? うひゃあああああ!?」


 まさか、俺のコメント1つでこんなに喜んでくれるとは思わなかった。それからというもの、俺の存在が気になるせいで玲奈はゲームに集中できなくなり、俺がコメントを投げる度にそれに気を取られて毎回ゲームオーバーになっていた。

 

[ コメント ]

:草


 気づけば、俺は彼女のファンになっていた。

 相談を持ちかけることもあった。就職先が見つからないこと、家族と仲が悪いこと、不思議と彼女には話せた。それを鬱陶しがる様子もなく、玲奈は真剣に答えを考えて、またゲームオーバーを繰り返す。



[ コメント ]

:隣の席の女子とよく目が合うんだけど、脈アリ?

:最近ウチの娘が冷たくて──。

:部下を叱ったらパワハラだと言われて──。


 そんな感じで配信を続けていると、俺以外のファンも悩みを打ち明けだした。両親と喧嘩した小学生、恋に悩む中学生、娘の扱いに困るお父さん、部下の世話に手を焼くサラリーマン、などなど。みんなの悩みに答えていくうちに、彼女は徐々にファンを獲得していった。


 それから間もなく、"VTuber"という概念が生まれ、3Dモデルや2Dイラストに表情をトレースさせる新たな配信スタイルが確立された。


 これは、チャンスだと思った。俺はついに固く閉ざされた自室の扉を開けて、外に出た。スーツを新調し心機一転、人生を再スタートさせた。それから俺はVTuber事務所の設立に加わり、翌年に『ポプリエ』が誕生した。


 俺はポプリエの第1期生に、玲奈を推薦した。そして彼女は夢樹ありすとしてデビューを果たす。ちなみに、俺が"たまたまんぽこちんのすけ"だということは彼女には伝えていない。だって、名前が名前だしなぁ……。


「か、梶原さんは、どう思ってらっしゃるんですか? わたしの、えっと、その、移籍のこと……。するべきだと思いますか? よければ、教えてほしいです……」


 行ってほしくないに、決まっている。

 この事務所に残って欲しい。頼むよ。

 もっとお前をプロデュースさせてくれ。


 でもそれは俺のワガママだ。


 玲奈が同意書にサインしなければ、蛭間の機嫌を損ねることになる。最悪の場合、俺はクビにされ、社長の意向に逆らった玲奈にもなんらかの形で"災い"が降り注ぐかもしれない。いや、俺が解雇されることについてはこの際どうだっていい。覚悟はできている。


 でも、玲奈を同じような目に遭わせたくはない。

 そのために、玲奈の意思も曲げさせたくない。

 事務所に残りたいという気持ちを俺は尊重する。

 彼女はこの事務所に残るべきなんだ。

 

 じゃあ、どうやってそれを実現させるのか。

 俺の頭に浮かんだのは、ある1つの回答だ。

 答えはいたってシンプル。

 子供にだって分かる単純なこと。


 ──蛭間海斗を、社長の座から引きずり下ろしてやる。

 

     ▼▽


 芸能界には闇がある。

 枕営業、性加害、裏金、反社会的勢力との関わり、数え切れないほどの不祥事を抱えている。


 なぜ闇が生まれるのか。

 大金が動くからである。

 金が集まる場所に悪意は集中するものだ。

 

 この数年で、VTuber業界もかなり大きくなった。

 生配信における即時翻訳の精度向上。

 それにしたがって急増する海外リスナー。

 爆増する収益と、さらなるメディア露出。

 業界の発展は留まることを知らない。


 ──そして、金のある場所に闇は生まれる。


 俺は知ってしまった。

 この事務所に存在する闇を。


 蛭間糾弾のため、経費の不正使用についての証拠を探していたとき、俺は"接待交際費"という記載に不信感を抱いた。これを掘り下げていくうちに、蛭間が"反社会的勢力(反社)"と会合していた事実が明らかになった。


 蛭間は反社から出資を受けていたのだ。


 反社が社長個人への資金提供や、会社に株式の過半数を超えない出資や融資を行い、表向きは元の社長が在籍しているように見せて、その裏では契約の締結を行うことで──反社が実質的な"経営者オーナー"になるケースがある。


 そうだと仮定するなら……。


 蛭間海斗は反社の操り人形ということだ。移籍の件にも彼らが関わっているかもしれない。なんなら、Buzzライブ側も反社と繋がりを持っている可能性がある。真っ黒じゃないかこの事務所!


「……ふざけんなっっっ!!!」


 迷いはなかった。俺はこの不正を暴露することにした。事件が明るみになったことで事務所は多少の信用を失うかもしれないが、それでも不正を放置しておくわけにはいかない。許せなかったんだ。


 独善的だとは理解している。

 俺は、昔からいつもそうだった。


 前の会社を辞めたのも、会社の違法行為を告発したことが原因だった。自分が正しいと思ったことに、必ずしも周りが同調するとは限らないのに。告発をきっかけに同僚たちは俺をのけ者扱いするようになった。仕打ちに耐えきれなくなった俺は自主退職。しばらくはニート生活を続けていた。


 それでも告発したことは後悔していない。正しいことをしたのだと自信を持って俺は主張する。今回の件もそうだ。この事務所を守るために、俺は俺の正義を貫かせてもらう──。


     ▽▼


『間もなく、3番線に、電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください』


 不正の証拠はすぐに見つかった。あとはこれを然るべき所に持っていくだけ。長期戦は覚悟の上だったが、これなら早く決着がつきそうだ。


 電話がかかってきた。

 着信相手は玲奈のようだ。

 用件はなんだろうか。


『あ、どうも……。あの、もしかして、仕事中でしたか? お忙しいようでしたら、また後でかけ直しますので……』


「いや、その必要はないよ。仕事ならもう片付いたから。それで、用件はなんだい?」


『あ、あの、べつに、仕事の話がしたいとかそんなのじゃなくて……。えっと、梶原さんのことが心配で、その……。なんか最近、張り詰めてたみたいだったので……』


 玲奈の言うとおり、ここ数日の俺は身体面でも精神面でもまったく余裕がなかった。ただでさえ多忙な仕事の合間を縫って、不正の証拠探しに奔走していたのだから当然である。


『……身体には気をつけてほしいです。う、上から目線ですみません。でも、梶原さんに何かあったらと思うと、居ても立っても居られなくて。それに……』


 それに?


『スタッフさんたちが話してたのを小耳に挟んだんです。『梶原さん、そろそろクビにされるんじゃないか?』って……。もちろん、冗談ですよね? ポプリエを辞めたりしませんよね? そうですよね梶原さん?」


 しゃくり上げて泣く彼女の顔が、電話越しでも見て取れた。俺のことをかなり心配してくれていたようだ。他人に同情しがちなのは玲奈の良いところだ。お悩み相談配信でも、リスナーに同情しすぎてよく泣いていた。頭を撫でるように俺は優しく言い聞かせる。


「心配しないで。大丈夫だから」


『もしかして、わたしが移籍を断ったのが原因ですか……? だったら、わたし移籍の件受けますからっ! だから辞めないでください。お願いしますっ……!』


「関係ないよ。移籍の件と、俺のクビの話は。それに、鈴木さんが思っているようなことにはならないから。俺は、絶対にプロデューサーを辞めたりしないよ。もちろん、鈴木さんの意志も曲げさせない。俺は、鈴木さんのプロデューサーだからね」


『……どうして、そこまでしてくれるんですか?』


「プロデューサーとしての責任とか、理由は色々あるんだけど、やっぱり1番の理由は俺自身の夢のためなんだ」


『夢、ですか……?』


 俺には、夢があった。


「ここだけの話ね、俺は動画配信者ストリーマーに憧れてたんだ。そんで有名になって、お金がっぽり稼いで、チヤホヤされたかった。……でも、現実はそう上手くいかないものじゃん? 年寄りで、魅力もない中年オヤジですし。トークは多少できたけど、人を惹きつける才能には恵まれなかった。ブラック企業で働きながら頑張って配信活動を続けたけど、日の目を見ることは結局一度もなかったよ」


 努力しても結果は得られなかった。

 自分が無力だと思い知らされた。


「……でも、俺は夢を諦めたわけじゃない。鈴木さんやポプリエのみんなの夢を、俺の夢にしたんだ。みんなの夢は、俺の夢なんだよ。だから絶対に叶えてほしいし、全力でサポートしたいんだ」


 自分で言っててちょっと恥ずかしくなってきた。

 いきなり俺の夢を語られて、玲奈もリアクションに困るよな。なんて思っていると、スピーカーからすすり泣く声が聞こえてきた。


『うぇ、ひっぐ、ぐぅっ、ううっ……』

 

 泣ける要素あったかな?

 玲奈は、俺の話にいたく感動したらしい。

 相変わらず涙もろいなぁ……。

 ずずっと鼻水をすする音が聞こえる。


『わだじぃ、もっど、もっど頑張りまず!!』

「お、おう……これからもよろしくな?」


 俺は改めて決意した。

 これからも玲奈を──夢樹ありすを支えてゆこうと。


 自分の頬を叩き、顔を上げて前を見る。向かいのプラットホームには、電車を待つ大勢の人がいた。仕事に疲れたサラリーマン、部活帰りの学生、夜はこれからだぜと言わんばかりに元気が有り余った若者。彼らの目には、自分はどういう風に映るのだろう。


 俺は誇れる自分になれたのだろうか……。


「○○○○」


 後ろから声がした。


 いったい何を言ったのか、誰の声だったのかは分からない。一瞬のことだった。俺はその何者かに背中を押された。過度な疲労のせいで踏ん張れず、身体が前のめりに倒れる。


 真っ直ぐ前を向いていた視線が線路上に落ちた。

 ホームから「きゃー」と叫び声が聞こえる。え、なに。 

 訳も分からずふと横を見ると、急行電車が迫っていた。 


 あれ? 線路の上に落ちてんじゃん俺……。


 さすがにやばいなと直感したときには遅く、


 ドォンッッッッ!!!


 俺の肉体は線路上にバラバラに飛び散った。


『……梶原さん?』


 消えゆく意識の中。最期に聞こえたのは、

 スピーカー越しに俺を呼ぶ玲奈の声だった。


     ▽▼


 加賀美有栖かがみありす。それが今世での俺の名前だ。

 電車に轢かれて絶命した俺は何の因果か、加賀美家の一人娘として転生を果たした。前世の俺──梶原洋助の記憶を引き継いだ状態でだ。


 この少女に生まれ変わってから3年余りが経った。階段をスムーズに上がれたり、三輪車をこげるぐらいには運動機能が発達し、出生時と比べて一人でやれることが格段に増えた。


 生後間もなく言語を話したとき、両親と医者はいたく驚いたものだが、この年齢になれば多少語彙力が豊富なだけで、喋ること自体は怪しまれないだろう。両親に心労をかけまいと今まで遠慮してきたが、その鎖は少しずつ外してもよさそうだ。


「おふくろー、スマホかしてー」


 また、やってしまった。

 母親のことを"おふくろ"と呼んでしまった。

 前世からの癖でついそう口走ってしまう。

 母親──真理子まりこが苦笑を漏らしつつ答えた。


「"ママ"って呼んでくれたら貸したげまーす」

「ママ!」

「うん、グッジョブ。よくできました」


 真理子は自分のスマホを俺に手渡し「一時間までだからねー?」と、にこやな笑みともに注意を付け加えた。俺はリビングのソファに寝っ転がり、手慣れた動作で、ロック画面を突破する。パスワードは『1025』。父親の誕生日だ。父親は出勤していて今は家にいないが、この夫婦、かなりのラブラブである。


 俺は気づかないふりをしているが、両親は毎晩のように互いを激しく求めあい、情事の音ががっつり聞こえてくる。そのうち妹か弟ができるかもしれない。


(玲奈……)


 いつものように夢樹ありすの過去のアーカイブを見直す。


 1年前に彼女──鈴木玲奈はVTuberを引退した。


 理由は、炎上による誹謗中傷で精神を病んだためだ。

 俺の死後、玲奈はBuzzライブの専属VTuberになった。ポプリエに残らなかったのは、蛭間海斗の圧力に屈したからだろう。結局、蛭間は3年経った今も社長の座に居座っている。


 夢樹ありすは、転属をきっかけに暴露系VTuberにシフトチェンジした。それが驚くことにかなりの注目を集めた。天然でいかにもお人好しな彼女が、視聴者からのタレコミを暴露するというギャップが人気を生んだのである。


 Buzzライブの運営は、バズらせるためには手段を選ばない。その毒牙にかけられた玲奈は配信の趣向を変えざるをえなかった、と俺は考えている。


 Buzzライブの内情は詳しく知らないが、夢樹ありすの配信スタイルの変化は彼女自身の意思によるものではないことは確かだ。アーカイブを視聴した限りだと、玲奈は今まで通りに振舞っているように見えた。


 だが実際どうなのだろう。アバターの裏に隠れた彼女の表情は一体どんなものだったのだろう。どんな心境だったのだろう。俺には分からない。だが、たった一つだけ確かなことがある。


 玲奈が、好きでこんなことをするはずがないということだ。


 他人を思いやれる心優しい彼女は、自ら進んでこんな人を傷つけるような真似をするはずがないんだ。俺の知っている鈴木玲奈は、ファンを愛する夢樹ありすは、他人の痛みを自分のものだと思っている超がつくほどのお人好しなんだよ!


 俺の見立てでは、玲奈はBuzzライブ運営に配信スタイルを変更するよう強制されていたと考えている。すべてはプロダクションの利益のため。VTuber夢樹ありすは、Buzzライブに使い潰された。だとしたら……。


(ふざけやがって……)


 絶対に、許してなるものか。自社の利益のために配信者を蔑ろにした"Buzzライブ"運営と、玲奈に不幸をもたらした大本の元凶である"蛭間海斗"を、俺は許さない。かならず悪事の証拠を見つけ出して、糾弾してやる。


 まず、2つの事務所にどうやって潜入するか。

 就職できる年齢になるまで待つのは時間がかかる。

 悠長なことはしたくない。やるなら今すぐにだ。

 となると、考えられる限りではこの方法しかない。


 俺がVTuberになってチャンネル登録者を稼ぎ、事務所に売り込む。成功する確率はかなり低いが、これが1番手っ取り早い。それに俺には"若さ"という最大の武器がある。既デビューの中で最年少のVTuberは、ポプリエ所属の『白雪しらゆきらびぃ』だ。彼女は現在11歳。そして俺は、3歳と9ヶ月。


 幼すぎるのも考えものだが、最年少という肩書にはバリューがあるし、注目を集めるだろう。


──────────────

【あとがき】


初回なのでシリアス多めになりました。

次話以降はコミカルになるのでよろしくお願いします。

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