第142話 王女様、初めてのお泊まり会
無事、と言えるかはわからないけど時間に追われながら手土産のお菓子作りをした。
厨房をフル稼働させて作ったお菓子は、大きなバスケット三個分にもなった。
遅れてしまう訳にもいかないから急いで、けれどバスケットは揺らさないよう慎重にお空を飛んで学園に向かう。もう面倒だし、手続き上私はたぶん学園に入ったままになってるからこのまま空から侵入しちゃう。
これは仕方がないことだよ、出てってないのにまた入ってきたらおかしな事になっちゃうからね。
ちゃんと正門から出れば良かった? 私は常に前を見る女だよ、過去は振り返らない!
貴族の女子寮前にシュタッと降り立つと、衛兵さんが驚いた顔をした。
「こんばんは。えっと後で平民寮からエマちゃんっていう世界一の美少女が来るから、そしたらベルレアン辺境伯家のお部屋に知らせて貰えますか? あーあと! エマちゃんに親切にするのは良いけど、可愛いからって色目使ったら……ね?」
私は威圧感を出すために魔力をどんどん練り上げた。シャルロットもエマちゃんの為に一肌脱いでくれて虹色の大きな羽をキラキラと出している。
小さい頃は好きな子にちょっかい出すのが男子だけど、大きくなったらアピールの仕方が多岐に渡るからね。優しいエマちゃんは断り切れず……なんて事がないように気をつけなければならない。
衛兵さん達はビシッと敬礼をして応えてくれた。きっと精鋭なんだろう。
●
リリの部屋でお風呂を借りて出ると、エマちゃんがもう来ていた。リリと何やら楽しそうに話している。
「おまたせー。エマちゃんもいらっしゃい! 私の部屋じゃないけどいらっしゃいで良いのかな?」
「ノノノノノノエルちゃん! なんて格好を……も、もしかして良いって事ですか……?」
私はお菓子の準備と、とある物の準備でパジャマを持ってくるの忘れちゃったから下着姿のままだ。この部屋には女子しかいないし、そもそもが女子寮だからね。気にする事もない。
「はぁ……ノエル。わたくしの服を貸してあげますから着てくださいまし! でもその前にお腹触ってみても良いですわよね? 少しだけですから」
リリが手をワキワキしながら近付いてくる。自慢では無いが、私のお腹は薄らと、本当に薄らとだけど割れている。前世は割とバキバキ気味に割れていたけど、今世では身体強化があるからしっかりとは追い込んでない。バッキバキに腹筋を割ると筋肉的な美しさは際立つけど、女性的美しさが損なわれていくから控えめだ。
「良いよー。ほら、うっすらと線が見えるでしょ? これが腹直筋の形だよ」
私は両手を頭の後ろで組んで、腹筋を収縮させる。これでより見やすくなるでしょう。リリもエマちゃんもしゃがみ込んで食い入るように見ている。私は人体模型にでもなったような気分だよ。
「い、いきますね」
「わ、わたくしも」
二人は人差し指を伸ばして私の腹筋をツーっとなぞる。少し擽ったいけど我慢だ。
しばらく二人が私の腹筋に釘付けになっていると、だんだん二人の目付きがいつものメイドさんに近くなったのを感じた。
「はいおしまーい。なんか二人がいやらしい目付きになったからおしまいね。リリお洋服貸して」
「仕方がないですわね。ミレイユ、ノエルに合うものをお願い」
私の全身を舐め回すように見ていたメイドさんも、主人の言葉を聞いて動き出した。
持ってきたのはシルクっぽい生地で出来た黒のレースのネグリジェ。ガウンもセットで渡してくれたけど、リリはこんなえっちいの持ってたっけ?
「あら? わたくしそんなの持ってましたか?」
「失礼ながら私の私物でございます。そちらがお似合いかと」
少し大人っぽ過ぎるけど、さっきまで下着でいるつもりでいたのだ。大人っぽくても着るだけマシでしょう!
サッと着てみてると、やっぱり透けてるけど着心地は悪くない。ガウンもちゃんと羽織ってからくるっとターンした。
「どう?」
「ええ、似合ってますわよ」
「ふごくほとなっぽいでふ」
エマちゃんは持ち前の鼻の悪さが出ちゃったのか鼻を抑えている。
というか私はさっさとお風呂入っちゃったから着替えたけど、二人はまだ普通の部屋着だ。もしそれで寝るつもりなら私だけ気合い入れ過ぎてネグリジェ着ちゃったみたいになるじゃん!
二人をどうやってえっちなネグリジェに着替えさせようか悩んでいると、部屋がノックされた。
「お客さんですか?」
エマちゃんが首を傾げてる。そういえばもう一人居るって言い忘れてたよ。
「うん、王女様も参加することになってるの。だから王女様が来たんじゃないかな?」
「そうなんですか」
「わたくしは少し胃が痛いですわ……」
驚くかと思ったが、エマちゃんは平然とした様子で頷いていた。
メイドさんに招かれる形で部屋に入ってきたのは件の王女様。ミスコン優勝者の様な豪華な赤いマントで体を覆いながらの登場だ。さすがは王族、貫禄が違うね!
「皆さんお揃いね。わたしが最後じゃない」
「いらっしゃい王女様」
「ようこそおいで下さいました。ベランジェール様」
「ええ。あら? 一人知らない子もいるのね」
王女様はエマちゃんを見て首を傾げた。リリが私に目線を送り一歩前に出た。どうやらエマちゃんの紹介をしてくれるみたい。
「ベランジェール様、この子は私達の友人でエマです。セラジール商会会長の曾孫ですわ。エマ、ご挨拶を」
「ベランジェール様、エマと申します。お会いできて光栄です」
エマちゃんは膝を着いて頭を下げる。むぅ、しかたないとはいえ私のエマちゃんが跪くのはなんか嫌だなぁ。
「ええ、よろしく。それにしてもあなた、平民の割に堂々としているわね。悪い意味ではないわよ? ただ、貴族でも私を前にすると萎縮する子が多いのよ」
へー、そうなんだ。私は王女様クッキー欲しがる食いしん坊の印象だから特に何とも思ってなかったけど、さすがは王族って事なんだろう。
「エマちゃんはなんで平気なの?」
私の問いかけに、エマちゃんはそっと耳打ちしてくれる。
「えっと私の中では世界には二種類の人しか居ないんです。ノエルちゃんと、私の二種類だけです」
それは二種類ではなく二人だよ。私にだけ聞こえるように耳打ちしてくれたけど、下手したら打首じゃない? 人間として見てません宣言だもん。
王女様付きのメイドさんがサッとミスコンマントを取ると、王女様もえっちいネグリジェを着ていた。仲間おるやんけ!
私はササッと並んでエマちゃんとリリにピースする。
「見てみてー。私達だけえっちい服着てる。さすがは王女様、寝る為の服なのに真っ赤だなんて派手だね」
「しかたないじゃない。お泊まり会の礼儀作法がわからなかったんだもの」
王女様はツンと唇を尖らせてそっぽを向く。お泊まり会の礼儀作法なんて私も知らないよ。お菓子はなるべく零さない、とかそんなんじゃない?
「ベランジェール様は皆様と別れてから図書室でお泊まり会や女子会について調べていたのですが、残念ながらなんの成果も得られず気合いを入れて空回りした次第です」
王女様付きのメイドさんが突然暴露しちゃったよ。
「はぁ……。イルドガルド、貴方は黙っていなさいと何度言えば……」
「これは失礼」
イルドガルドと呼ばれたメイドさんは悪びれた様子もなく軽く頭を下げて壁際に立った。これまたメイドさんとは思えない綺麗な容姿をした人だ。王女様付きのメイドさんだからご実家はどこかの貴族家なんだろう。
私の野生の勘が告げている。イルドガルドさんは戦闘メイドだ! それも結構強い方の人じゃない? 少なくとも辺境伯家の騎士ジャックではアダマンタイト装備がなきゃ絶対に勝てないと思う。
「イルドガルドも私付きから外したいんだけど、父がダメだと言うのよね。言う事を聞かない騎士と、言う事を聞かないメイドだなんて嫌になるわ」
「でもイルドガルドさんは強いでしょ? そばに居てくれたら安心じゃない?」
「え? そうなの?」
「そちらの方に比べたら私など赤ん坊と大差ないかと。どうか変な気を起こさないでくださいね、無駄死にしたくないので」
イルドガルドさんは私を見てそう言った。何のかんの言いながら王女様を守る為なら命を投げ打つって言ってるみたいだ。
「大丈夫ですよ。私は私の大事なものに手を出されなければわりと寛容です。だからどうか私の大事なものには手を出さないでくださいね」
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