第126話 開店

 こうして孤児院救済の計画が動き出した。


 おばあちゃんには寄付金は全部使っていいから、取り敢えずご飯をちゃんと食べるようにお願いしておいた。まともに食事を取れていない人が食べ物を売るって何か歪だもん。


 そして飲食物を売るんだから、身綺麗にしなくてはならない。服は古着屋で綺麗目な物を買えばいいけど、問題は子供達自体がきちゃないのだ。お風呂とかシャワーを導入できれば一番良いけど、住んでるところがボロボロなのに風呂なんか作るなら修繕しろって話だよね。


 井戸水で洗うとしても、濡らした布で拭くにしても、一度汚れきった体を洗わない事にはどうにもならない。

 

 私は一度だけあの子達にお風呂を貸してあげてとリリにお願いした。当然、不審者達を屋敷にあげることになるので屋敷の人達は反対寄りの意見だったけど、私がちゃんと面倒見ると言えばリリが「それならいいですわよ」と許可を出してくれた。


 これで問題を起こすようならリリを裏切る事になっちゃうからね。子供達には悪いけど厳しく行くよ!


 ●


「はい、というわけでしっかりと私の指示に従ってください。もし従わない様な子がいたら、私が目玉をくり抜いて飴で包んであげる。わかったね?」


「はいっ!」


「但し! 私も鬼じゃないから、そうなった時は右目か左目か選ばせてあげる」


「ありがとうございます!」


 私は御屋敷に入る前に、メイドさんや執事さんの前でデモンストレーションをする。この子達は悪いことしませんよー、良い子にしてますよーと上手く伝わったかな? 私は子供達とはそれなりに打ち解けて、たまにイタズラを仕掛けてきたりするくらい懐いてくれている。


 ただ、魔力を練り上げた時は私を上位者として敬ってふざけたり気安く接したりはしない。その辺が躾の成果だね。


 この短期間で子供達を立派に育て上げた私に、御屋敷の皆様は驚きの表情を向けている。驚きを通り越して、畏れすら感じる程だね。超絶美少女教育者ノエルの誕生だ!


「それじゃ皆行くよー! しっかり隊列組んでね。ぜんたーい、進めっ!」


 私の合図に合わせて皆がザッザッと歩調を合わせて進む。足並みを揃えて列からはみ出すことも無くしっかり前を見つめて歩いていく。この統率が取れた動きを見て、御屋敷の皆様も認識を改めた事だろうね。この子達は最早ただの孤児ではないのだ! 聞き分けの良いお利口さんたちなのだ!


「歩調! 歩調! 歩調! 歩調! ぜんたーーーーい、止まれっ!」


 ザッザッと足を鳴らしてお風呂付きのお部屋に到着した。楚々としたメイドさん達の前で、軍靴を鳴らすように歩いていた子供達がビシッと止まる。


「本日お世話になるメイドの方々に敬礼! ご挨拶!」


「よろしくお願いします!」


 どんな躾のなっていない子供達がこの栄えあるベルレアン辺境伯家の御屋敷に来るかと思えば、予想に反してしっかり統率のとれた良い子達が来たのだ。そりゃメイドさん達も引き攣ったような笑みを浮かべるってもんだ。


「じゃあ申し訳ないですけど、この子達を順番にお風呂に入れてあげてください」


 私がメイドさんに頭を下げれば子供達も頭を下げる。まるで親鳥に付いていく雛の様だね。メイド部隊はシュークリームを振舞ってから私に対する接し方がリリに対するものと同格になった。きっとこの子達にも丁寧に接してくれるだろう。


 ●


 そんなこんなで迎えたオープン初日。おばあちゃんが裏方で経営をして、子供達が店先に立つ。基本的に全て任せるつもりで居るけど、私だって初日くらいは様子を見るよ。


 朝も早くからやってきた孤児院の前には、既に人集りが出来ていた。正確にはしっかり整理された列の周りを、野次馬が何だ何だと囲んでいるような感じだね。まさかこんなに人が集まるとは思ってなかった。


 というかしっかり列を整理出来るなんて思いもしなかったよ。そんなにお客さん来るだなんて思ってなかったから、私は整理の指示を出していない。


 列の先頭は豪華な馬車が止まっていた。どう見ても高位貴族だ。


「あなた、もう少し端に寄りなさいな。スイーツショップミジュキの前でみっともない姿を見せないで頂戴」


 馬車から降りてきた高位貴族の奥様は扇子とアダマンタイト製のロングスプーンを手に持って列の整理をしていた。言われた平民は当然指示に従うし、お貴族様も素直に指示に従う。他にも同じように周りに道を開けろと指示を出すお貴族様もいる。


 綺麗に列を成していたのはあの方々のお陰のようだ。そして指揮を執るお貴族様はどの人も手にアダマンタイト製のロングスプーンを持っているのだ。

 

 あのスプーンは私がちょくちょく配ってるやつだね。スイーツを素敵な笑顔で食べていたり、気絶しそうになりながらも何とか耐えた人とか、他にも凄くスイーツを褒めてくれたりした人なんかに配っている。言わばスイーツ同盟の証みたいな物だね。


 特に深い意味がある訳ではなかったんだけど、あのスプーンは社交界で一種のステータスになってるらしい。あげた時に感極まって泣いてしまう人がいるくらいだ。


 スプーン貰って感動して泣くとか私にはわからないけど、お貴族様界隈では価値ある物なんだろうね。


 そしてあのスプーンを持つ人達には共通のルールがある。


「すみません、お手数お掛けしてしまって……」


「いえ、とんでもないです。私共が勝手にやっている事ですのでお気にならさず」


 私が先頭のお貴族様に話し掛けると、彼女はロングスプーンを片手に持って顔の前に立てるのだ。これが共通のルール。私が近くに居たり、話し掛けると、何故かこのポーズを取る。


 眼前に掲げるその姿は、まるで主の前で剣を掲げる騎士のようだ、とスプーンを持たない人達はもてはやしているけど、私にはあれにしか見えない。視力検査だ。


 真面目な顔してスプーン掲げてるから、私も厳かな雰囲気で頷くけどなんのこっちゃわかっていないよ。私が配ったスプーンなのに私を除け者にして遊んでるのを知った時は切なくなった。


 今日のこのスイーツショップミズキ王都出張所の開店の噂を聞いて祝いに来てくれたみたいで、結構な人がロングスプーンを掲げている。集団視力検査だ。成立しなかろうそんなもの。


「それでは申し訳ないですけど、もう少しだけお待ちください」


 私は奇妙なお貴族様文化にはついていけないので、頭を下げてからさっさと孤児院に入った。


 孤児院の中では子供達が車座になって何かを話し合っている様子が見えた。その表情は皆強ばっている。

 これから開店するに当たって緊張や不安でいっぱいなんだろう。


「おはよー。今日は頑張ろうね」


「ノエルさん来てくれたんですね!」


「さすがに初日くらいは様子見に来るって。だからそう怖い顔しないで落ち着きなよ」


 私の言葉を聞いて、皆がお互いの顔を見合った。自分たちがどんな顔をしてたかもわかってなかったんだろうね。


「おばあちゃんもおはよう。おばあちゃんの今日のお仕事は閉店してからのお勘定だからそれまではゆっくりしててよ」


「わかってるよ。アタシは平気だから子供達についてておやり」


 それじゃ、お客さんも待ってる事だしそろそろ始めますか!

 スイーツショップミズキ、王都出張所開店!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る