第122話 孤児院

 必要そうなら多少孤児院に寄付とかしようと思って、早速冒険者ギルドで聞いてみた。


 やはり王都は人口が多い分、孤児の人数も多いらしい。事故や病気で親を亡くした子や、単純に捨てられてしまった子など、事情は様々らしいけど、全ての孤児を受け入れられる程孤児院がある訳ではないそうだ。

 それでも幾つも孤児院は存在していて、教会が運営している所や国が運営している所、裕福な人が運営している所など違いが結構あるらしい。冒険者ギルドでも孤児院の手伝いって依頼があったりするそうだ。


 私はもう一生家族を養っていけるだけのお金は稼いでいるけど、それでもお金はいくらあったって困らない。命の危機に瀕していたり、ある程度であれば迷わず寄付出来るけど、全ての孤児院が余裕を持って運営出来るほどの資金提供をしようとは思えないよ。

 お金は無限にある訳じゃないから、王都の孤児院を援助するってことは、他の街の孤児院には援助しないのを意味する。世界中の孤児を救えない以上、どこかで取捨選択をするしかないんだよ。悲しいけどそれが現実。


 だから私は、冒険者ギルドで教えて貰った孤児院を回ってどんな運営がされているのかを調べて回った。一口に『孤児院』と言っても、中身は全然違っていた。ちゃんと調べて正解だったね。


 教会運営の孤児院は、シスターさんはふくよかでとても身綺麗な格好をしていたのに、孤児は小汚く痩せ細っていた。

 私の訪問を快く受け入れて、運営が大変だとか、恵まれない子供がどうだとか仕切りに言っていた。

 私の身なりからいい所の出だと思ってお金を貰おうと思ったんだろうね。この孤児院の子供達には可哀想だけど、援助した所で、シスターさんが着服して終わりだろう。私にはシスターさんを肥えさせる為のお金はないよ。

 

 このシスターのやり方では孤児達が充実してしまえば寄付金が集めらんないだろうから、子供の待遇を改善する気はないだろう。

 お金ではなくて、お腹一杯ご飯を食べさせてあげるとかそういう形で今度援助するから頑張ってくれ。


 次に行ったのは裕福な人が運営しているという孤児院。ここがまぁ面白いところで、その名もエリーズ孤児院って言うんだって。なんか変に親近感湧いちゃったよ!

 

 比較的最近出来た孤児院で、建物は小さく、受け容れている孤児の人数も多くはなかったけど、その分皆身綺麗にしていたし、楽しそうに笑っていた。

 贅沢な暮らしではないけど、少なくとも村にいた頃の私よりはマトモな生活をしてるね。


 それと驚いた事に、孤児達のリーダー格の男の子は教養を感じさせる振る舞いをしていた。なんでも、この孤児院では私の作った知育玩具や絵本から文字を学び、算術なんかも勉強してるんだってさ。そのおかけで働き口には困らないと笑っていた。


 言い方は悪いけど孤児がそんな良い暮らしをしていて、周りの住民から嫌がらせを受けたり、軋轢が生まれていたりしないかと思ったらその辺も上手いことやってるみたい。定期的にご近所さんを集めて、皆で遊んで勝った人達にはお酒を振舞っているから仲良くやれているんだってさ。地域住民からは大層可愛がってもらってるらしい。

 

 その少年は全てエリーズ様のお陰だと、手を合わせて祈っていた。随分と徳の高い人みたいだけど、そんな人がしっかり運営してるのなら私が援助する必要はなさそうだ。


 そしてやってきたのは国が運営する古くからある孤児院。敷地も建物も広くて大きい。が、古めかしい建物は傷みが激しく、穴が空いていたり、ドアが外れていたりと半分廃墟に近い。

 ノックしようものならそのままドアが壊れてしまいそうだったので、申し訳ないけど勝手に入る事にした。壊さないようにドアを押すと、外れ掛けていたのかザザーッと床を擦りながら開いた。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」


 ドアを開けた先は広めの玄関ホールになっていて、埃っぽさは感じられず外からの見た目に反して綺麗に掃除されていそうだった。勿論内装自体は外と変わらずボロボロではあったけど、長い間騙し騙し使っていたのだろう不器用な修理を重ねてきた痕跡が至る所に見られた。


「はい、どのようなご用件で?」


 そう言って現れたのは杖を付いた痩せ細ったおばあちゃん。年齢的にこの人が責任者なんだと思うけど、弱々しい立ち姿から凄く頼りなく見えてしまう。衣服もボロボロで、外で会ったらスラム街の人だと勘違いしてしまいそうだ。


「突然きてごめんね。取り敢えず立ってても大変でしょ? どこか座って話せる所はある?」


 おばあちゃんは「折角お客さんが来たのに悪いね」と言いながらヨロヨロと奥へ案内してくれた。今のところ孤児の姿は見えないし、気配も感じられない。中も外もボロボロだし、もしかしたらもう運営していないのかな?


 案内されたのは食堂の様に見える広間だった。壁に空いた穴から外の光が射し込んでいて、窓を開けていなくても十分明るい。おばあちゃんは今にも壊れそうな椅子にそっと腰掛けたので、私も折れて三本足になってるイスにバランス良く座る。


「こんな所ですまないね。それでお嬢さんはどうしたんだい?」


「えっと私は必要そうなら寄付をしようと思って孤児院を回ってたんですけど、ここってまだ運営してる? 孤児の姿も見えないし、その、建物もあれだし」


「一応運営してますよ。運営していると言うと大袈裟だけどね。身を寄せ合っているって言った方が適切ですかね」


 おばあちゃんの表情は悲しげに曇った。資金繰りが上手くいっていなくて孤児院としての体をなしていないんだろうな。


「うん、それじゃあ少額だけど寄付するよ。他の孤児院は必要なさそうだったりする気になれなかったしね。ここって国が運営してるって聞いたけど、お金は貰えてないの?」


「そんなもの何年も前に止まってしまったよ。それに正確には国の運営じゃないよ。国の援助を受けて運営していただけさね。国は金にならない孤児院は潰して、土地を有効活用したいんだろうね」


 王都は狭くて土地が高いって言ってたもんね。この孤児院は古くからあるから土地だってかなり広い。そりゃ国としても他に使い道があれば使いたいだろう。


「じゃあ困ってそうだし取り敢えず、少ないけどこれ寄付するね」


 私は持っていたバッグから袋を取り出してドサッと置いた。中は金貨五十枚。日本円にして約五十万円だね。個人で寄付すると考えると滅茶苦茶高額だけど、孤児院の運営資金として考えると雀の涙だろう。何人いるのかもわからないけど、どんなに頑張っても一年は持たないと思う。


「大切に使わせて貰うよ。両親のお使いか何かなのかい?」


「ううん。それは私の稼いだお金だよ」


「若いのに大したもんだね」


 おばあちゃんは別の部屋から箱を取ってきて、袋をそのまましまった。それにしても国も酷いもんだよね。この場所が欲しいなら別の小さい場所でも用意して引越してもらえば良いじゃん。建物もボロボロだし、広さだけのこの場所より、小さくても綺麗な場所なら喜んで移転するでしょ。


「というかこの土地を売り払って小さい所に引っ越せばいいんじゃないの? これだけ広い土地なら高く売れるんじゃない?」


「そう思うだろう? どこの誰が悪さしてんのか知らないが二束三文さ! 猫の額ほどの土地だって買えやしないよ!」


 おばあちゃんは相当ストレスが溜まっていた様で語気が荒くなっている。資金援助は切られて、土地を手放せば住むところすらなくなると。正に八方塞がりだね。

 

 王都の事情に明るくない私が無闇矢鱈に首を突っ込むとベルレアン辺境伯家に迷惑がかかるかもしれないから助けてあげられないよ。そういう事情がなかったとしても私にできるのはブン殴るくらいだしね。


 私はおばあちゃんの地雷を踏み抜いてしまったようで、延々と語られる私の若い頃はトークに曖昧に頷き続けた。もうほとんど首振り人形と化していると、玄関の方からザリザリっと引きずる様な音と子供の声が聞こえた。


「おばあちゃんただいまー。野菜クズはなんとか手に入ったよ」


「そうかい、世話かけるね」


 私はおばあちゃんのよくわからないウンチクトークから逃げ出す口実を得たと思って立ち上がった。


「じゃあおばあちゃん。皆んな帰ってきたみたいだし、私はそろそろお暇するよ!」


「そうさね、親御さんも心配してるだろうしまた遊びに来な」


「う、うん。それじゃあね!」


 前世ではお婆ちゃんに厳しく躾けられたから、私はお婆ちゃんには滅法弱いのだ。おばあちゃんという種族にはあまり強く言えず、言われた事は出来るだけやろうとしてしまう。それは感謝であり、苦手意識であり、恐怖でもあるんだろうね。

 バカなんだから頭じゃなくて身体を鍛えろとよくわからない理由で山籠りをさせられた事もあった。山籠りは何年経っても良い思い出にはならないね。


 三本足のイスから立ち上がってからおばあちゃんにお辞儀をして部屋を出ると、孤児達とすれ違った。


「あぁー! あの時のすごい人!」


「ああ、あの時のお姉ちゃんじゃん!」


 そこに居たのは弟探しの香ばしい少女だった。今日も香ばしい。

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