第102話 リリの傷
リリの氷魔法については取り敢えずは先送りになった。大々的に発表してベルレアン辺境伯家、ひいてはリリの力を見せつけるのも良いし、厄介事を避けいざと言う時の切り札にするも良しだそうだ。
結局の所どう扱うにしても、もう少し考える必要があるみたい。私としては味方の水魔法使いにやり方教えればいいんじゃないかと思った。勿論そんな人がいるなら、だけど。
リリは努力していたし、才能もきっとあるんだろうけどそれが世間的にはどの程度かわからないから、比較対象ができるし水魔法が同じ物かどうかわかるかもしれない。
どちらにしろ今は広まったら困るという事で、知ってる人には喋ったらどうなるかわかるよねとお話したみたい。
そんな話をヘレナ様とのお茶会で聞いている。今日のお茶会参加者はヘレナ様、リリ、私の三人だ。お呼ばれして参加するお茶会だから私は簡単なお菓子を用意したよ。なんちゃってブルーベリータルトだ。
作り方は簡単で、クッキーの上にカスタードクリームを塗って生クリームを絞り、その上にブルーベリーソースとブルーベリー一粒乗せるだけだね。わざわざタルト生地を作るわけでもないし、クッキーはたくさん焼いちゃえば良いしね。簡単だけど恐ろしく悪魔的だと思う。何せ既に完成しているクッキーというお菓子に、更にカロリーをのせていくのだ。……だが私は知っている、高カロリーな物ほど美味しいのだ!
今回は生クリーム絞り用のアダマンタイト製の口金をゴレムスくんに作ってもらった。ビニールやラップなんて便利な物は存在しないから、布を代用した絞り袋にシンプルなギザギザタイプの口金でオシャレに生クリームを絞る事ができる。
これによって盛り付けの美しさが格段にあがったよ! 前まではボトッと乗せるか塗るしかできなかったからね。だから包んじゃうクレープとか薄く塗るだけのミルクレープを作ったんだよ。お菓子作りはやっぱり見た目も大事だと思う。
例えばパフェなんかはやっぱり高いグラスにモリモリ盛ってる方が素敵だし、綺麗な層が出来ている方が夢いっぱいだ。そこにチョコとベリー系の赤いソースがかかっていたら完璧だよね。
なんちゃってブルーベリータルトは一口サイズと言うには淑女の方々にはちょっと大きいかも知れないけど、私はそんなのお構い無しに大口開けてひょいパクだよ! 二人はたくさん並んだなんちゃってタルトをお上品に食べているけど私はどんどんひょいパクだ。シャルロットと新しい女王蜂のミカエラにも食べさせてるからどうか睨まないで欲しい。
「ヘレナ様はそれを伝える為に今回のお茶会を開いたんですか?」
「いえ、今の話は雑談みたいな物ですよ。本題は別で、ちょっと二人に相談したい事があるの」
ヘレナ様は大口開ければ一口で食べれるなんちゃってタルトを切っていた手を止めて話始めた。
「本格的に暑くなり始めたら、近隣の方々を招いて我が家でお茶会を開こうと思っているの」
タルトを夢中で食べていたリリもしっかり話は聞いていたようで、お茶会というワードに反応していた。トラウマとまではいっていなくても、少なからず苦手意識はありそうだ。
ヘレナ様もそんなリリの様子をしっかりと見ていた様で少しの間だけど、悲しげな表情を浮かべていた。
「もう少しゆっくりでも良いかなとは思ったのだけど、収穫祭が近くなればどの領地も忙しくなるし、それが過ぎれば万が一雪が降った時に身動きが取れなくなってしまうの。だからやるならもう今くらいしかないのよ。……どうかしら?」
私とリリは二人で顔を見合わせる。どうと言われても、正直私は勝手にしたらどうですかと言いたい。ベルレアン辺境伯家主催のお茶会がどれくらい大きな規模でやるのかはわからないけど、私はあまり関係ないよね? もちろんやるなら手伝うけど、やるかどうかは知らない。お茶会って言っても女子会みたいな話じゃなくて、政治的な意味合いとか駆け引きがあるんでしょう? 私にはわからないよ。
ただ気になるのはリリの事だ。開催するとなれば、リリは私と違って参加する事になるだろう。主催者側として挨拶回りをする必要があると思うけど、それができるかどうか確認したいからこの場で聞いたんだろうね。
私はリリの口の端に付いた生クリームをナプキンで拭いてあげてから意見があるならちゃんと言いなよと目線で促した。
「えっと……わたくしは……わたくしも……」
リリは何かを言おうと口を開くが、上手く言葉に出来ないのか後に続かなかった。そのまま徐々に視線が落ちて、今ではすっかり自分の膝を見ている。
ヘレナ様もまだ無理だったと判断したのか目線を下に落とした。
三人中二人が俯き加減になってしまったお茶会は気まずさでいっぱいだ。私は助けを求める様に周りのメイドさん達に視線を送る。お茶会初心者の私にこんなのどうしようもないから助けておくれ?
しかしメイドさんたちは皆私を助けるでもなく、目を逸らすのでもなく力強く頷くのだ。そんな私の想いもあなたに託します、みたいにされましても……。
「リリ、やりたいの? やりたくないの?」
困った時はシンプルに、だ。できるかどうかはさて置き、やりたいかどうかを聞こう。
「……お母様の力になりたいです。でも……」
できるかどうか不安だって事かな。具体的には知らないけど、ご令嬢に悪口を言われたリリはそれで傷付いて人との間に壁を作ってしまった。その直接的な原因というか、場面がお茶会だったから怖いのかな。
「ねぇリリ、お茶会で何があったか聞いてもいい?」
私は今まで避けていた話題に踏み込むことにした。きっとここを知らなければどうしたって薄っぺらい精神論みたいな事しか言えない。きっと大丈夫だとか、なんとかなるとか、なんの根拠もない励ましの言葉を一方的に投げつけるだけになってしまう。
リリは戸惑いを見せながらもため息を吐いて諦めたように話し始めた。
「去年参加した他家のお茶会です。わたくしは御手洗に行きたくなって席を外していたんですけど……。戻ってきた時に話を聞いてしまったんですわ。最初はベルレアン辺境伯家の特徴的な髪の色とは違うから妾の子とか拾われ子なんじゃないかーって、噂話というかちょっとした悪ふざけというか……そんな話をしていましたの。アリアンヌ様の事を知らない方々は、以前から良くそんな事を言っていましたから特に何とも思っていない……はちょっと強がりですけどそこまで気にはなりません。どのお茶会もそんなものですしね」
お茶会ってそんな悪口大会みたいな場なの? 私嫌だな……。もっと優雅に可愛らしくキャッキャしながら美味しいお菓子を食べて楽しめばいいのに。いや、そういえば美味しいお菓子はないのか……。だから心が荒むのかな。
「そんな場所に本人が出ていってもお互いに気まずいでしょうから、話が終わるまで隠れて待っていたんですの。そしたらとある令嬢が言ったんです。『あの人はいつも私を見下してバカにしてる』って。そのご令嬢は引っ込み思案な性格をしておりましたから、お茶会ではいつも端の方に一人でいたのでよく話しかけていたんですのよ。それが彼女には見下してバカにしている様に感じていたようです……。そこからはもう、大盛り上がりでしたわ」
リリは力無く笑ってティーカップの持ち手を指で撫でた。人と仲良くなろうとする時に誰かの悪口を言う人はどこにでも居る。本人は胸襟を開いて距離を縮めているつもりなんだろう。そのアピールとして悪口が選ばれる。普通思っていても言わないから、心の壁を取払った様に見せられるんだろう。
「わたくしは自分が困っている時に助けて貰えたら嬉しいです。なので困っている人を見掛けたら助けていましたけど、どうやらそれは見下していると思われるみたいですわね。そう思ったらわたくしは人との接し方がわからなくなってしまいましたの。良かれと思ってやった事が、相手に嫌がられるのだとしたら何を基準に人と接すればいいのでしょう? ……だからいっそ見下す様に振る舞うことにしましたの。これなら今度見下してるって言われてもその通りですけどって言えますからね」
リリはフフっと乾いた笑い方をして、それっきり話さなくなった。もう言う事はないのか、言葉が出なくなってしまったのかはわからない。
率直な感想としては、可哀想だと思う気持ち半分、よくあるトラブルだなって気持ち半分だ。私も前世では似たような経験があった。結局は戦うか聞かなかった事にするしかないんだよね。
ただ、前世と違って身分制度があるこの世界では私の感覚とは違うのかもしれない。なんか文句あるならやるけど、なんて言おうものなら貴族間で戦争みたいな事になるのかも知れない。
……そう考えると私から言えることって何も無い様な気がしてきたわ。
かっこよくビシッと励ましたり、アドバイス出来れば良かったんだけど、考えれば考える程言える事が無くなった。バカの考え休むに似たり、かな。
「あのね、なんていうのかな……。私はリリが好きだよ。不器用だけど優しいのは知ってるし、いつも勉強とか魔法の練習とか頑張ってるのも知ってる。私が間違った時とかもちゃんと指摘したりもしてくれるしね、それって結構難しかったりもするんだよ。真面目で優しくて頑張り屋で不器用で寂しがり屋なリリが好きだよ。だからまぁ……うん。好きだよ」
気にするなって言いたかったけど、無理な話だし、そんなヤツぶん殴れって言っても家同士の繋がりとか考えると難しかったりするんだろう。そうやって悩んだら適切な言葉は浮かばなかったから、何度も好きって言う変なオチになってしまったよ。
リリはポカンと大きく口を開けて固まっていた。私はその隙になんちゃってブルーベリータルトをリリの口に放り込むと、リリは白い肌を真っ赤にして何か悲鳴の様な声をあげた。けれどヘレナ様の教育の賜物か、口に物が入っていると喋れないから何を言っているのかは全然わからない。
ヘレナ様は立ち上がり、特に何を言うでもなくリリを抱き締めた。きっとヘレナ様もそういう経験を経て大人になっているのだろう。同じような経験をしたからと言って、傷の深さは違うはずだ。それを他人が何を言ったところでどうにかなるものでもない。たぶん心はそんなに単純なものじゃないよね。だからきっとヘレナ様も何も言わなかったのだと思う。
「ノエルちゃんもおいで」
ヘレナ様が何故かそう言って私に手招きしたので、ミカエラを生贄として差し出した。
私はまた、なんちゃってブルーベリータルトをひょいパクする。お上品に食べるのも良いけど、やっぱりちまちまみみっちく食べるよりもかぶりつく位の方が美味しいよ。
「そうだ! 今度お茶会に来たら、リリをバカにした子達だけにはスイーツ作ってあげない! うん、そうしよう!」
我ながら良い考えが浮かんだと腕を組んでうんうん頷いていると、周りの空気がザワついた。
「それは……とっても面白そうですわね! ではわたくしもアイス作りを手伝って仕返しとしましょう!」
「じゃあ豪華なパフェ作ろうよ! でっかいヤツね! そんでバカにした子達は料理長特製の盛り塩パンみたいなヤツ出すの。あれだって私は認めないけどデザートだしね」
リリも仕返しすると決まったらテンションが上がってパフェとは何か、どんな物を作るのかと矢継ぎ早に話しかけてきた。心の傷が癒えたとは思わないけど、少しでも元気になったなら良かったよ。
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