第55話 ただいま、名も知らぬ村
もうそろそろ日が暮れる頃になって、ようやく村が見えてきた。たった数日間だけだったのに妙に懐かしく感じるのはやはり帰るべき故郷、って事なのかな?
「アレクシアさん! やっと村が見えてきたね!」
「あぁ、やっと帰ってきたな! 街での数日も楽しかったが暫くは村でのんびりしよう。うん、そうだ。何者にも振り回されずのんびりしよう」
「何をブツブツ言ってるの? シャルロットもそろそろ降りておいでー! あそこに見えるのが私の住んでる村だよ!」
私の声を聞いて、空輸をしていたシャルロットが降りてくる。シャルロットがずっとぶら下げていた生クリームと牛乳の容器を受け取って荷台に乗せた。結局シャルロットは最初から最後まで休むことなく飛び続けたね。荷物を下ろして軽くなったシャルロットはまた私の背中に張り付いた。
「シャルロットもお疲れ様。ここまで運んでくれてありがとね。魔力食べてゆっくり休んでて」
せっかくだからドーンと魔力をあげたいけど本気で嫌がるから流石に学んだ。少しずつ、好きなだけ食べなさい。
村が見えた事で足取りは軽くなって、荷車を押す腕にも力が入る。ガタゴトガタゴト荷物を揺らしながらどんどん近づいて行く。門番さんもこっちに気が付いたみたいで手を振って迎えてくれた。見た感じ今日の当番はモリスさんじゃなくて知らない人だね。
「門番さんはモリスさんじゃないみたいだね。残念だった?」
「子供じゃないんだ、そんな事気にしちゃいないよ」
たった数日とはいえ案外寂しかったりするんじゃないかなーって思ったんだけどそうでもないみたいだよ。
あと少しでゴールだと思うとさっきまで何気なく歩いていた距離すら妙に遠く感じる。家に帰るまでが遠足だから気を抜くんじゃないよ!
「おぉー、アレクシアさん帰ってきたか! モリスが首を長くして待ってたぞ。毎日毎日今日じゃないみたいだとか言ってよぉ」
出迎えてくれた門番のおじさんによると、数日間とはいえモリスさんは寂しかったみたいだね。
「ニヤニヤしながらこっちみるな」
アレクシアさんは照れ隠しなのか文句を言いながら私の首をグギッと回した。
「そっちの子がノエルちゃんか? 村の外はどうだった? 怖くなかったか?」
「ノエルがその程度の事で怖くなるタマかよ……。寧ろ何しでかすかわからない分私の方が怖かったくらいさ」
「確かに怖くはなかったけど、いつまでも変わらない景色を見続けてるのは退屈すぎて今考えてもゾッとするかなー」
次街に行く時までに暇潰しを考えるか、私だけ走って行こうか真剣に悩むよ。音楽もなしに壁を見ながらルームランナーで一日歩き続けてごらん。そうすれば私の気持ちが少しは理解出来るはずだ。トレーニングにもならないし、進んでる実感すら得られないんだから本当に辛いものがあったよ……。
「子供にはキツイだろうなぁ。おっと、ここで俺が引き留めてちゃモリスに悪ぃな。早く顔見せてやんな! それとおかえりだ!」
門番のオジサンは悪ガキみたいな笑顔を見せながら門を通してくれた。村の門からはアレクシアさんの家の方が近いから先ずはそっちに行こう。荷物を配達してあげないとね。
数日ぶりに帰ってきた村は当然と言えば当然だが、特に何も変わっていなくてほっとする様な、ちょっと残念な様な複雑な心境だ。それでも村に帰ってきたんだと思えばさっきまでとほとんど変わらない景色でも、退屈さは感じないのが不思議なものだね。アレクシアさんも鼻歌交じりに上機嫌で荷車を引いている。何のかんの言いながらもやっぱり家族に会えるのは嬉しいらしい。
アレクシアさん家に到着すると、直ぐさま中からオルガちゃんが飛び出してきた。
「母ちゃんおかえり! ウチ良い子で待ってたぞ! 約束の土産は? 土産はあるか?」
「ただいまオルガ。良い子にしてた子には土産はあるが、久し振りにあった母にもう少しなんかないのか?」
「んー? 久し振りだな!」
オルガちゃんは周りをキョロキョロ見てばかりでアレクシアさんに対しての接し方はおざなりだ。あれはたぶん自分の土産はどこにあるのかを探すのに夢中なパターンだね。荷車の裏にいる私にすら気付いてなさそうだよ。
「そうだ! 父ちゃんが時間稼げって言ってた! なんか母ちゃんまだ家に入っちゃダメなんだって言ってたよ!」
「ほぉー? それじゃあオルガは時間稼ぎに何か私と話さなきゃならないな? ほれなんか言ってみ?」
「えっとー……。あ、そうだ! 母ちゃんが居ない間ね、父ちゃんが凄いことに気がついたんだよ! 毎日片付けしないで纏めて片付ければ面倒な掃除はたったの一回で済むんだって! だからウチらは限界まで纏めてからやる事にしたんだぞ! その方が効率的? って父ちゃんが言ってた!」
「あーもうわかったわ。モリスの悪い癖が出たな」
アレクシアさん同様私も家の中がどうなっているかの想像がついた。きっと今頃モリスさんは家の中を必死に走り回って掃除をしてるんだろう。
アレクシアさんは溜め息をついてから、自分家用の土産を荷台から降ろした。
「ほらオルガ、これが土産だぞ! たくさんあるだろ? どんどん家の中に運んでくれ」
「母ちゃんすごい大量だな! 任せて! ウチどんどん家に入れるぞ」
モリスさんが片付ける傍からドンドンお土産が追加で運ばれれば家の中は中々片付かないままだろうな。アレクシアさんはちょっと面倒ななお土産の片付けも押し付けることにしたみたいだね。
きっと終わらない片付けがモリスさんへの罰なんだ。でも私は知っている。罰を受けたからといってお説教が無くなるわけじゃない。強く生きるんだよ、モリスさん。
「さて、ウチの事はおバカ二人に任せてノエルの家に向かいますか」
「もう一人で帰れるよ? 村の中だし」
「保護者としてそういう訳にはいかないんだよ。ほら行くぞ」
結局最後まで私に気が付くこと無く、家と外を一生懸命往復してるオルガちゃんを尻目に荷車を動かした。
察しの悪いオルガちゃんにはわからなかったみたいだけど、数日振りに我が子と会う親が欲しいリアクションというのがどういうものかわかったのはかなり大きな収穫だ。感動の再会、みたいなものが欲しいんだろう。なんだかんだ言ってもまだまだ子供ね、みたいな? 任せて下さい! 親子の感動の再会なんてテレビや映画で、あぁはいはいこれね、と思うくらいには沢山見てきたからね。
荷車を押して、愛しの我が家が見え始めた頃、私はアレクシアさんに協力してもらって一計案じる事にした。
荷物の中から着替えが入った袋を手に持ってスタンバイ。後はアレクシアさんが家のドアをノックするのを少し離れた所で待つだけだ。
アレクシアさんがウチのドアをノックして少し、ガチャりとドアを開けたのはお母さんだった。私はそれを少し離れたところから見て、お母さんが私に気が付くまでジッと待つ。……お母さんと目が合った。アクション!
私は手に持った着替え入りの荷物をボトリと地面に落とし、両手で口を隠す。驚きに目を見張る私の目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「お、お母さん……。お母さんっ!!」
私は脇目も振らず走り出し、何度か躓きながらも必死にお母さんの所へ走る。当然身体強化を使って一瞬で辿り着いたりはしない。そんなのは台無しだ。子供が小さな体で必死に走るから感動するのだ。
「お母さあああああんっ!!」
私は大声を上げながらお母さんに力いっぱい抱き着く。……完璧だ。これぞ親子の感動の再会だ……! きっと全米が泣いている!
あの……な、何かお母さんが言ってくれないと終わらないんですけど……?
「ノエル、その背中の蜂は何?」
「あ、この子はシャルロットだよ! 宜しくね! ほらシャルロットもご挨拶!」
ガチガチ!
「よし! ……お母さああああああああん!」
「なんでやり直した? もう無理だろ……」
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