第12話 不幸体質


 俺の中で違和感がある出来事があった。

 心のボディガードとして日々を過ごす俺だったが、しばらくの間、ボディガードらしい活動はなく普通に学校生活を送る毎日だった。

 仕事をしていないのに報酬を貰う形がどうも罪悪感があった。


「心。俺、ボディガードとして活躍できていない気がするんだけど」


「そんなことありませんよ。桃矢さんは役目を果たしています。私の傍から離れず万が一の場合に備える。それがボディガードの勤めですよ」


 そうは言ってもその【万が一】がなければ基本、仕事をしていないのと同じだ。

 それが最近苦痛になっていた。

 しかし、ついに俺にボディガードとしても役目が訪れることになった。

 それは学校の校庭を歩いている時である。

 カキーンと野球部の練習場から聞こえてきた。

 するとホームランの球が心に目掛けて飛んできたのだ。


「心! 危ない」


 俺は身を盾にして球を素手で受け止めた。


「桃矢さん。ありがとうございます」


「いや、これくらいなんでも……」


 その直後である。今度は四階の窓がある化学室から爆発が起こる。

 その衝撃で窓ガラスが割れて心の頭上から降ってきたのだ。


「ぐっ! 心!」


 俺は心を押して危険を回避する。

 瞬間的に危険を察知できたおかげで心は怪我をすることなく無事だ。

 ただの偶然か。それにしても連続で危険が迫るものだろうか。

 それだけで終われば気にするほどでもなかったのだが、その日に限って心の身が危険に晒される出来事が度々起こる。

 廊下で人とぶつかりそうになったり、通路にあった剥き出しの画鋲を踏みそうになったり、鳥の糞が頭に掛かりそうだったりと俺の活躍により事前に回避することに成功した。


「一体、どうなっているんだ? 今日に限って心の身が危なくなるなんて」


「今日はアンラッキーデーですね」


「え、まぁ、そう言う日もあるさ」


「違うんです。私には度々そう言う日があるんです」


「どう言うこと?」


「そういえば、桃矢さんにはハッキリ言っていませんでしたね。私がボディガードを必要とする理由はなんだと思いますか?」


「それは金持ちのお嬢様なんだから命を狙われることもあるだろうし」


「それも間違っていません。でも、私には昔からある体質があるんです」


「ある体質?」


 すると心は靴下をめくって生足を晒した。

 俺は興奮を抑えるために見ないようにしていたが、チラッと見えた傷が直視してしまう。


「そのふくらはぎの傷」


「これだけではありません。体の至る所に私にはこう言った傷が残っています。これらは不運にも日常的な不幸から出来た傷です。私は不幸体質を持ち合わせています」


「不幸体質?」


「ある日を境に私に不幸を呼ぶ日が来るんです。それがいつなのか私には分かりません。ですが、その日が来てしまうと私は絶対に痛い目に合うんです。そのために桃矢さんにボディガードになってもらったわけです」


「確かに今日だけでもあれだけの不幸が続くのは異常だよな」


「酷い時には命の危険に晒されるのも珍しくありません。そのせいで私に死にかけました。あの時の誘拐は不幸体質故の最悪の事態です。またいつあのような不幸が訪れるか、私は自分に怯えながら生きているんです」


 そんなことが実際にあるのだろうか。だが、実際に心は被害を受けている。

 俺はそんな不幸から守らなければならないのだ。


「安心してくれ。心は俺が守り抜く。もう二度と怪我なんてさせないからさ」


 俺は笑顔で親指を立てながら言った。


「桃矢さん。自分が危険に晒されるかもしれないのに思い詰めないのですか?」


「何を言っているんだ。俺は心を守りたいと思うからボディガードの話を受け入れたんだ。今更どんな不幸を呼び込もうと俺が全部守りきってみせる」


「ありがとうございます。桃矢さん。私が思った通りの人で本当に良かった」


 そんな会話の時である。

 階段から大量のノートが落下して心の方へ飛んで来た。

 俺は瞬時に身を呈して庇った。


「悪い。足を踏み外して職員室に持っていくノート落としちまった。怪我はないか?」


「桃矢さん。大丈夫ですか?」


「なーに。問題ありませんよ」


 正直痛かった。でも痛がる様子を見せたら格好悪い。

 俺は多少強がっていた。

 だが、これで俺が何をするべきか明確に分かった気がする。

 心のこの不幸体質の原因を調べつつ、俺は心に降り掛かる不幸を守ること。

 女の子がこれ以上、傷を残すのはあまりにも可哀想だ。

 だから俺がボディガードとしている。

 その後も俺は寝るまで心の不幸を守り続けた。

 今日だけで心に降り掛かった危険は十回を超える。

 これは偶然とは考えられないくらい異常だろう。

 心は優秀が故に自身ではどうしようもないものを抱えている。

 もしかしてこれが心の弱点というやつではないだろうか。

 美紗都の顔が浮かんでいた。


「まぁ、いいか」と俺はボディガード活動に疲れて早めに就寝した。

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