2-5 珍道中
師匠がまともに戦ってくれない。
師匠が、まともに、戦って、くれない。
それどころか自分もまともに戦わせてもらえない。
その事実に不満を抱きつつ、今日幾度目かのため息を吐くマリア。
今の彼女の状況を端的に、簡潔に、それこそ一言で表すならば『荷物持ち』だ。
ルシファーが用意した――厳密には『教会』に用意させた――食料や様々な用具の入ったおっきなバックパックを背負い、マリアは男2人の後を追う形で『龍退治』の試練へ同行していた。
男が前衛女が後衛。確かにその在り方は正しい『聖女』と『勇者』の戦い方だ。しかし、それはマリアの望んでいた形ではない。想像していたそれではない。
この1ヶ月。ルシファーにボコボコにされ続けた1ヶ月で自分が大きく成長したことをマリアは実感していた。肉体面も精神面も、入学当初と比べ結構タフになったと自覚している。それに学園の授業だって真面目に受け続けていたのだ。フィジカルやメンタルだけでなく、しっかりと『聖女』として『勇者』をサポートできるよう魔術を使えるようになった。
なのに。それなのに。
マリアの役目はただの荷物持ち。
「師匠のいじわる」
小声で呟く。当の師匠には聞こえない程度の小声。
いや、仮に小声でなくとも聞こえなかっただろう。
「クシャアァッ!」
なぜなら今の彼ら、ルシファーとミカエルはスラッシュリザードと呼ばれる魔物と交戦中であったからだ。
スラッシュリザード。魔物の中では比較的弱い。けれど、尾がブレード状になっているためにそれに気を付けなければ怪我を負いかねない、この近辺ではそれなりに危険な魔物だ。
叫び声を上げながらルシファーに飛び掛かり、空中で一回転。刃の尻尾を叩きつけるようにしてスラッシュリザードは襲い掛かった。
「プラングっ!」
マリアはその攻撃からルシファーを守るべく、初歩的な防護魔術を唱えた。彼の正面に半透明な薄い膜が現れる。
しかし――
「ふん」
不機嫌そうな鼻息1つ。
ルシファーから謎の、凍てつくような凍えるような感覚の謎の波動が広がり、折角の防護魔術が霧散する。
そして、当然のような風体で彼はスラッシュリザードの斬撃を首で受けた。
血の一滴も零れない。どころかどういう訳か鋭いはずの尾の刃は彼の薄皮一枚とて破れていなかった。
攻撃を完全に受け止められ無防備になったスラッシュリザードに。
「はぁぁあっ!」
雄叫びと共に一閃。火炎を纏った剣によって彼の魔物は一太刀の元に切り伏せられた。
火炎魔術を得意とするミカエルの一撃だった。
断末魔の叫びを上げる暇すらなくスラッシュリザードは黒焦げとなりつつ両断され地に落ちた。地面に肉が落ちる音と共に、タンパク質の焼ける匂い。正直美味しそう……。
……いや違う。そうじゃない。
漂う匂いから意識を逸らしつつ、マリアは不満げな表情を浮かべて己が師へと食って掛かった。
「師匠っ! どうして先ほどからワタシの邪魔ばかりするんですかっ! 前衛で戦えないっ、サポートすら妨害っ! これじゃあワタシが付いてきた意味がないじゃありませんか!」
「……師匠と呼ぶな。それに意味ならある」
「なんですかっ!?」
「荷物持ちだ」
感情の無い冷淡な声に、マリアはますます膨れた。このままじゃフグにでもなってしまいそうだ。
「良いではないかマリア嬢! そも、『聖女』は『勇者』の背後にて支援に徹するのが定石であろう!」
「その支援すらまともに受けてくれないのが問題なんですよ! というより、あのブワーッてやつなんですか!? なんで補助や支援の魔術を掻き消すんですか!?」
「お前の気にするようなことではない」
それだけ言って、ルシファーは先に行ってしまった。
――ここは、『龍退治』の試練の場である洞窟と学園とのおよそ中間ほどの位置にある森の中。季節は春、とはいえ鬱蒼とした森林の中は湿度が高く、気温はさほどでもないがどうにも不快指数が高めなのが現状だった。
その中をマリアはただ、男2人に守られるようにして彼らの後を追うばかり。荷はそう重たくはないがそこそこかさばるので運ぶのは大変だ。そんな彼女の歩調を無視してルシファーはスタスタと先行する。
度々魔物と遭遇し足が止まるため離されることはないのだが……。
「むしろ、それがヤキモキします」
「おや。それはどういう意味だ、マリア嬢」
「……ワタシだって戦えます。戦いたいのです」
マリアは決して好戦的な性格などではない。
村育ち故に作物を荒らす害虫や害獣を駆除したり、時折村に入ってくる魔物を大人たちが倒すのを見ていたりと、そういった経験があるために害ある存在を殺めることに抵抗はない。だが、進んで戦いに飛び込むような気質は持っていない。
そんな彼女でも、1ヶ月の特訓の成果を試してみたいという人並みの好奇心はあった。
というか、ありまくっていた。溢れまくっていた。
自分が強くなっていく実感がありながらも毎回ボコボコに叩きのめされる特訓によって、彼女は自覚こそしていないながらもフラストレーションが溜まりまくっていた。
いい加減ボコボコにされる側ではなくする側に回りたいと。
しかし現実は非情かつ無情なるかな。ここまで数度の魔物との遭遇の中、彼女の活躍の機会はことごとく師によって潰されていた。
「それに師匠の態度も変です。魔物相手に一切手を出さないで、それも攻撃も躱さないで。普段から分からない人ですけど、今回は特によく分かりません」
「おや、そうなのかい? 普段からマリア嬢は彼と共にいると聞いていたのだが、そんな貴様でも彼が分からぬと?」
「分かりませんね……というか、分かる人いるのでしょうか?」
普段から感情を表に出さず、その上言葉も少ない。そんな彼の考えや性格は……マリアは考えてみたが、やっぱり分からない。分かるのは精々彼が理不尽かつ荒唐無稽な存在であるということくらいだ。
……あと、超が付くほど身勝手。授業は選り好みしてサボるし放課後や休日の特訓も気分で色々変わるし。
……一度だけ彼の笑顔を見たことはあるけれど、それはあの『選定式』での決闘の一幕の最中だった。やっぱり、分からない人だ。
「……ふむ。これは余の所感だが。確かに彼の行動は謎が多い。しかしそれは貴様とは関係のない何かが所以であると、そう思うぞ、マリア嬢」
「関係のない、何か、ですか?」
「うむ。ルシファー……奴の視線はどうも余に向けられておる。特に戦闘中は目の前の魔物よりも余に注目しておると感じるほどだぞ」
"故に、奴は余に関して何かを気にしているのでは、とな"
仔細は不明だが、と付け加えたミカエルの言葉にマリアはより一層分からなくなった。
ルシファーがミカエルとまともに接したのは今日が初めてだったはずだ。それ以前に交友があったとは聞いていないし、そんな態度も見受けられなかった。王族に関して思う所がある様子もなし。
ミカエルの推察が正しいなら……何故?
彼の謎の行動に関しては疑問符が増えるばかりだ。
と、そんな会話をしていると。気が付けば立ち止まったルシファーの背に追いついていた。
すわ戦闘かと身構えたマリアとミカエルだったが。
「じき日が暮れる。野営の用意をするぞ」
――――
行きに1日と少し。洞窟内で数時間。帰りにまた1日と少し。
オレのその目算は正しかったらしく、洞窟手前まで広がる森林の中で日没を迎えることとなった。
当然野営の準備は日が没してから始めては遅いので、それを行ったのは少しばかり余裕をもったタイミングだ。魔物避けの結界を張り、寝床と焚火を用意する。ゲーム内で見た覚えのある簡素なキャンプ地だ。違いがあるとすれば、オレという異物の存在によって寝床が2人から3人になっていることくらいか。
日程の目算がついたのも、このキャンプの存在が故だ。
『龍退治』イベントでは、試練に向かう道すがら洞窟までの距離が一定に達すると野営イベントが強制で挟まっていた。
このイベントは行きと帰り、計2回。序盤というだけあって内容は大したものではなく、少しばかり主人公様がミカエルと親睦を深める程度。
あぁ、しかし。
こういった時間進行……というか距離までゲームと同じなのか。本来の『龍退治』よりも数日ほど早く行動に移したとはいえその程度では世界の運命からは逃れられないらしい。
イライラする。焚火には少しばかり心が踊るが、今はそれ以上に神経が逆立っている。
さっさと寝てしまおう。
適当に食事を済ませ寝袋に潜り込み目をつぶる。数分ほど、マリアとミカエルが会話をしていたがそれも僅かの間。しばらくすると、辺りは静寂に包まれた。
…………。
………………。
……………………。
眠れない。
森林の中での野宿だからか、それともあの『ホムンクルス用の機械』の中でないことが原因なのか。一向に眠気がやってこない。
「……師匠。起きていますか?」
入眠の仕方すら知らない今世の肉体に苛立つ中。囁くような声音。
「……師匠と呼ぶな、と何度言えば分かる。アニキと呼べ」
「良かった、起きていたんですね」
声の主は、オレが入っている寝袋のすぐ横に腰を下ろした。
「気になることがあるんです。気になって気になって、それはもう気になって。夜も眠れないほど気になって。だから、直接聞きに来ました」
「何の話だ」
「昼間……とはいえ、出発は放課後でしたから、夕方と言ってもいいくらいの時間でしたけど、とにかく日中の話です。……どうしてワタシを戦わせてくれなかったのですか? どうして魔物の攻撃を躱さなかったのですか? どうして、魔物を殺さなかったのですか」
「…………」
「関係ない、は無しですよ。関係ありまくりですから。それに、師匠のことを少しは話してください。もう1月の付き合いなんですからね」
「……別に、なんてことない。お前が戦う程の相手ではなかった。攻撃も、オレが躱す必要がなかっただけだ。それに、ミカエルの動きを見ておきたかった。それだけだ」
ミカエル・ルビーは作中の攻略対象キャラだ。この世界がゲームそのものではないとはいえ、そしてシナリオ通りに進ませる気など無いとはいえ……アイツはオレと敵対する可能性のある存在だ。生で戦力を知りたいと思うのは当然だろう。
「……ワタシよりミカエルくんが気になるのですか。そこは嘘でも、ワタシを守っているとか言ってくれてもいいじゃないですか」
マリアは聞き取れない程の小声で何かを呟くと。
「……何だ」
「何でもありませんよ。いじわる」
脇腹に軽い衝撃。殴られるか蹴られるかしたらしい。
「……それで。魔物を殺さなかった理由はどうしてですか。傍若無人で理不尽の権化みたいなルシファーくんが手を出さないなんて。ミカエルくんを見るためだけとは思えません」
「…………」
オレは彼女に沈黙を返した。
攻撃しなかった……殺さなかった理由なんて、単純だ。
オレの価値観が前世のオレだからだ。
この世界はゲームだ。魔物がいて、人々はその脅威に晒されて、だからこそ簡単に魔物を殺す。
それに、魔物を倒して強くなるのがRPGゲームの定番だ。そして倒すと言葉を濁しているが、それは殺すと同義である。
羽虫を叩き潰すような感覚でこの世界の人間は魔物を殺す。それはいい。ゲームをプレイしていた時のオレ自身もまた、ゲームなのだからと魔物を倒しまくっていたのだ。非難する資格などないだろうし、する気もない。
だが、オレ自身の手で殺すとなると話は別だ。
食べるため、あるいは殺されないためとなればまた違うのだろうが、脅威足り得ない生命を殺すことにオレは抵抗を感じていた。
痛めつけるのはいい。ぶちのめすのもいい。
だが、殺すのは。
「……いつか、師匠について聞かせてくださいね」
静寂の後。それだけ言い残して気配が遠ざかる。
眠れずに瞼を開けて空を見た。広がった枝葉によって天は隠され、星はおろか夜空さえ見えない。
そして、数時間ほど。
夜の帳は消え去り朝日が昇り始めた。
オレは一度も眠ることが出来なかった。
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