2-2 紅玉系王子様
それからいつもの様にマリアをボコボコに打ちのめした翌日。
「うむっ! 知っているとは思うが余がミカエル・ルビーだ! 相変わらず貴様は顔が怖いな、ルシファー・ダークネスよ!」
「……ルシファーでいい。オレもお前をミカエルと呼ぶがな」
「実に不敬な態度! しかし豪胆極まるその性格、マリア嬢と似て実に余好みだ! ……うぅむ、貴様が男であるのが惜しいほどだな!」
厄介ごとを持ち込んできたバカを中継として、午前と午後の中間に位置する中休みにオレは校舎の屋上で『ミカエル・ルビー』と対面していた。
――ミカエル・ルビー。
炎のように赤い逆立った髪と光り輝く紅の瞳が特徴の、正に赤としか表現できない『エデン』の第一王子にして『失楽園と夢幻郷』の攻略対象の1人。
性格は王族でありながら選民意識や差別意識が低く、豪放磊落な快活児といった風情。自身の責務に対する矜持と責任は認識しつつもそれはそれとして己が生きたい人生を歩むことを信条とした、文字通り火炎を意識させるほど明るく熱い男だ。
ゲームの性能、という点で見れば『万能型』。全てにおいて秀でており、逆に言うと突出した個性はあまり持たない。物理、魔法攻撃共に優秀で耐久力もそこそこ、補助や回復の魔術も扱える、あらゆる状況に対応できる優秀なユニットだ。魔術適正は分かりやすく炎。
彼の優秀さはこの世界でも同様らしく、男子のみの総合成績ではオレことルシファーに次いで学年2位、女子を入れた全体においても4位。剣術、魔術、乗馬に座学とこの1ヶ月ほどであらゆる科目において優秀な成績を修めている。
それだけあって、さらには本人の甘いマスクもあって女子生徒にはモテモテだ。王族という立場故に側室を持つのが当然だからなのか本人も女好きを公言している、正直言ってオレの前世の価値観からすれば性に奔放過ぎるキライのあるヤベーヤツだ。
……だからこそ、『ミカエルルート』において主人公たるマリアのみを愛し一切の側室を作らないことがより映えるのであろうが。
「さて! 3人揃ったことですしとりあえずお昼にしましょう! 仲良くなれるようにと今朝は早起きしてお弁当作ってきたんでごふっ!?」
そんな妄言を垂れるバカことマリアの腹に膝を打ち込んで黙らした。
お前の『料理という名の毒物』については原作で散々履修済みだ。誰がそんなモノ食うか。
「はっはっはっ、怖い!」
そしてそんなオレの様子を笑いながら怖がるという謎の芸当を見せるミカエル。
「一食程度抜こうがそう変わらんだろう。午後から動き回るような科目もない」
「ワタシは放課後師匠と特訓があるじゃないですかっ、それまでお腹ペコペコだなんて――」
もう一撃。気絶した訳ではないがそれでバカ女は完全に沈黙した。
よし。スムーズに話が進められる。
「……もしかして2人は仲が悪かったりするのかい?」
「良くも悪くもない。それに、オレとこの女の関係などどうでも良いだろう」
「どうでも良くはないさ、それにどうあろうと暴力的なのは良くない!」
「なんだ、お前は女に手を上げることは悪だとでも言うのか」
「そうではない! 余は不要な暴力が悪だと言いたいのだ!」
「そうか……そうか」
……そうか。
考えてみれば、統治者――国を治める王族としては、暴力は侵略や防衛のための道具であるのと同時に反乱の因子にもなり得る。管理されていない、秩序無き暴力を忌むのは当然の話か。
確か原作シナリオでも、不要かつ不当な暴力を批判するような言動をこの男は取っていたな。
そう納得するオレだったが。
「いえ、いいんですミカエルくん……これはワタシが望んだ関係なのですから……」
――マリアが余計な口を挟む。
「――――」
「なっ……」
信じられないものを見るような目でミカエルはオレとマリアを交互に見やる。
この世界は乙女ゲーだ。前世と比べ人々の思考は基本的に恋愛脳に染まっている。
つまり、コイツは今の発言を……。
「おい、待て。待つんだ。お前は今、とんでもない勘違いをしているミカエル」
「キミは……マリア嬢は、彼に暴力を振るわれることを望んでいる、と言うのか……!?」
「……? えっと、ある意味そう、ですかね?」
誤解を加速させる発言をバカが繰り出す。
「黙れマリア」
「事実ではありませんか? ルシファーくんが放課後とか休日ワタシをボコボコにしていることもそれをワタシが望んでいることも。……え、何かおかしなことを言いましたかワタシ」
「……………………」
ミカエルは絶句していた。
ドン引きしていた。
完全に違う生き物を見る目でオレのことを見ていた。
完全に誤解しているヤツの視線だった。
マリアのバカを黙らせることは簡単だ。だがそれをすればますます誤解は深まるだろう。
そう見切りをつけたオレは、ヤベーヤツにヤベーヤツだと思われたままなのは不本意だが、完全に意識を切り替えバカ女を無視して本題に入ることにした。
「端的に言う――お前が王族として『龍退治』に挑むことは知っている。だが、この女と2人で試練に臨むなど、オレが認めん」
それだけで。その一言だけで。
彼の纏う雰囲気が変わる。
「――ほぅ。立場を差し置いたとしても、余にそれだけの大言を投げるか」
バチリ、と神経が灼けるような感覚を覚える。これは敵意だ。
前世でも経験した覚えのある――女を求めて争う男同士の敵意の眼差しだ。
やはりか、とオレはそれで確信した。
おそらくマリア自身に自覚は無いのだろうが……この女、たった1ヶ月でミカエルを完全に落としてやがる。
いや、完全にという言葉は不適切か。正しくは『原作でミカエルルートを選択した場合』と同程度にはコイツの心を掴んでやがった。
男誑しめ、と内心で暴言を吐く。
きっとそう言われようと、彼女は間の抜けた表情で『誰が男誑しですかっ』と抗議するのだろうが。無意識に、それも自分の『勇者』でもない男を惚れさせるだなどと、魔性が過ぎるぜ。
「勘違いするな。オレとこの女はお前の想像しているような関係ではない」
「そうか。ではどのような関係だ? 何故余の試練の邪魔立てをする?」
オレとコイツはアニキ分と子分の関係で、原作シナリオをぶっ壊すためだ。
そういった所でミカエルは理解も納得もしないだろう。
「オレにとってコイツはただの……妹。そう、妹のようなものだ」
「……妹ってなんですか。同年代じゃありませんか、ルシファーくんとワタシ」
ぼやく声が聞こえた気がしたが努めて無視する。
「それに、お前の『龍退治』を邪魔する気など毛頭ない。オレが認められないのは、この女がそれを手助けするというただ1点のみだ」
「ふむ。それは、妹を思う兄としての情、ということか?」
「違うな。この女が『龍退治』如きで傷つくだなどとは思えん。心配など無用だ」
「ならば、それこそ何故だ」
「お前には関係のないことだ――それに、戦力ならばマリアなどいなくとも十分だろう」
オレの言葉にミカエルは疑問の色をさらに強めた。
「戦力は十分だと? 余の『聖女』たるエヴァ嬢は余への強力を拒み、かつマリア嬢の強力は貴様が阻む。まさか余単身で挑めと?」
「違うな」
……いや、実際は多分ミカエル単身でも『龍退治』程度余裕だろうが。
事実、マリアがミカエルを選ばなかった場合この男はどこの誰とも知れぬモブ女を『聖女』としてこの試練を乗り越えるのだから。
エヴァやマリアの協力などなくとも、この男にはそれだけの能力がある。
しかし、それは気に入らん。
いくら表舞台で語られないとはいえ、ミカエルが独力、あるいはモブ『聖女』と協力して試練を乗り越えるのは原作シナリオの範疇だ。
オレの認識外の出来事なら良い。オレの心の平穏が保たれるからだ。知らなければ、裏で原作通りのシナリオが進んでいようとオレには関係ない――特に今回のようなキャラクター個別の、メインストーリーには関わらないエピソードであれば尚更だ。
だが、知ってしまったとなれば話は別だ。
どこかのバカ女がちょっかいを出し、それをオレが知った時点で話は別だ。
オレは、ゲームシナリオ通りの運命など認めない。断じて認められない。
故に。
「安心しろ。このバカ女などよりも強力な戦力がお前にはいる」
「――なんだと?」
"またバカって言いましたねーっ!?"
そんな抗議の声を無視してオレはミカエルへと歩み寄る。
「……聞こうではないか。その戦力とやらは何処にいる? この『エデン』の民であれば知ってのことではあるだろうが、試練に我が国の兵は使えんのだぞ」
「貴様の眼球はガラス玉か。それとも無能なのは脳髄の方か。考えれば分かるだろう――エヴァよりも、そしてそこのマリアよりも優秀な存在がこの学園に、お前の目の前にいるだろう。試練は必ず『聖女』と共に乗り越えなければならない、などという決まりはなかったはずだが」
まさか、とミカエルが息を飲む。
「喜べ。そして感謝しろ。このオレがお前の試練を、『龍退治』を成してやる」
――男女で試練を乗り越える。そんな乙女ゲーとしてのシナリオをぶっ壊してやる。
龍は、オレがぶちのめす。
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