第19話「バスジャック」

 仙術学園は土曜・日曜・祝日はお休みである。

 ともえしずかは、S市で行われるアイドルグループのコンサートを見るため長距離バスに乗っていた。


「あたしコンサートって初めて、静ちゃんは何回も行っているの?」

「私は、お父さんが音楽が好きで小さいころから連れていってもらてたの」

「いいな〜あたしのお父さんは映画にも連れて行ってくれない」



「皆さん、このバスは私が乗っ取りました。残念ながらS市には向いません」


 サバイバルナイフを持った若い男が運転手の横に立ちバスのマイクを使って乗客に向い話している。


「えっ、なに? 巴ちゃん、バスジャックだって」

「バス乗っ取ってなにするの!?」


「私は中学校でいじめられていました。高校に入ったら頑張ろうと思っていたのに不合格でした。皆さん、一緒に死んでください」

 バスジャックの犯人は乗客に向いエアガンを撃ちまくった。

 前の席に座っていた男性が逆上して犯人に襲いかかったがサバイバルナイフで刺された。

「私は本気です。向って来る人は殺します。男性は後ろの席に移動してください。前の方に女性が来てください」

 バスの中には5名ほどの男性と15名ほどの女性が乗っていた。


「なに、あいつ気持ち悪い。静ちゃん仙丹持ってない?」

「あるよ。学校でもらった試作品の仙丹入りガム」

「あーっ、そういえば、校長先生が女子だけにくれたね。これがあれば、あんな犯人は軽く倒せるね!」


 犯人は運転手のハンドルを曲げ横を走るトラックにぶつけた。

 ガタッと揺れるバス。


 静が持っていた仙丹入りのガムが手からこぼれ落ちた。

「あっ、やばい、どこかにいった……巴ちゃん、落としちゃった」


 バスは蛇行を繰り返し周りの車にぶつけながら走っている。

 長距離バスにはバスジャック対策用にハザードランプの高速点滅や行き先表示に、

『緊急事態発生』の表示がある。

 運転手は密かにそれらを出して周りの車に知らせていた。



 しばらくするとパトカーがやって来た。


「皆さん、終わりの時間です。次の停車駅は地獄、地獄、地獄……ヒャハッハハハハハハ……」

 犯人は、またエアガンを撃ちまくった。


「痛い!」

 座席に隠れていた巴の額にエアガンの玉が当たった。

「巴ちゃん、血が出てる!」

 普段おとなしい静も、さすがに怒っている。


 犯人が静の側にやってきた。

「君、可愛いね! もうすぐ死ぬのが残念だ、君のような女の子といろんな事をしたかった」

 犯人は静のほっぺたに手をふれた。


「ア〜〜〜ッ!」


 静がバッグから何かを出した。

 音叉おんさである。


 犯人が嫌がっている。


「ア〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 静の声に音叉が反応している。


「ヤメロ! この、腐れ人間!」

 犯人が激怒している。他の乗客は特に何も感じないようだが、犯人は静の声を嫌がっている。


「巴ちゃん、こいつ魔物だ! 能除のうじょう先生の授業で言ってたじゃない!」

「あっ、あれ! あたしも音叉持ってるよ!」

 静と巴は音叉を出して叫んでいる。


 ❃


 事件の数日前、能除先生の授業。


「魔物は非常に耳がいい、それで、これだ!」

 能除先生は音叉を出した。

「これは音叉に見えるが特別な金属を使っていて超振動を起こすんだ。見てろ……」

 能除先生は長い音叉の槍を改良して、生徒がもてるようコンパクトな音叉を作っていた。


阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼだい

 能除先生の前にコンクリートのブロックが置かれている。音叉が触れただけでブロックは粉々に崩れた。


「これは武器として使えるが、魔物の嫌がる音を出すように作られている。仙丹を使って声を振動させると音だけでカラス天狗ぐらいなら嫌がって逃げていくぞ」

 クラスの全員に音叉が渡された。

「みなさんは、魔物に狙われることもあるので外出の時には音叉を持っていると低級な魔物なら安心です」

 能除先生は具体的な使い方も教えてくれた。

「魔物かなと思ったら『ラ』の音を出すと反応します。さらに『シ』の音を出すと怒り出します。『ド』の音で逃げ出します」


 ❃


 バスの中。

「巴ちゃん、ガム!」

 静が落した仙丹入りのガムを見つけた。

 通常の授業では仙丹入りの飴をもらい仙術を使うが、飴だと仙術が使えるまでに5分ほどかかる。

 ガムなら30秒で仙術が使える。


「モグモグ、モグモグ」

 巴と静はガムを噛んだ。


『ラー♬』

『ラー♬』

 巴と静が音叉を鳴らす。

「やめろ! 変な音を鳴らすな!」

 バスジャックの男が嫌がっている。

 サバイバルナイフを静に向けている。


『シー♬』

『シー♬』

 仙丹を食べた巴と静の声がシの音を出すと音叉は超振動を起こし、静が音叉をサバイバルナイフに向けると刃先を粉々にした。

「うあっ、凄い! 仙丹を食べたら桁違いの振動になった。こんな凄い武器だったの?」

 授業では見たものの初めて使ってみて、その威力に驚いた。


「巴ちゃんドで決めよう」

「うん、わかった!」

 巴と静が音叉を構えてた。

『ドー♬』

『ドー♬』


 バスジャックの男はドの音を嫌がり、なかから黒い者が出てきた。


「静ちゃん、見える?」

「見える! あの子、取り憑かれてる……カラスみたいな人間?」

「あれが、カラス天狗だよ、役野くんが言ってたのとそっくりだ」


「カーーッ! へなちょこども、引き裂いてやる!」

 カラス天狗が静に向かってきた。

「え〜っ、なんで!? 逃げていかないの?」

「あーのくたらさんみゃくさんぼだい! 阿耨多羅三藐三菩提、阿耨多羅三藐三菩提!」

 巴が般若心経を唱えると音叉は超振動を起こし先端は見えなくなり音叉から異様な波動を放っている。バスの座席に触れた音叉は座席を木っ端微塵にした。

「どうなっても知らないんだから!」

 カラス天狗は音叉に触れればただでは済まないとさとり、バスをすり抜けて逃げて行った。


「やった、静ちゃん、勝ったよ……」

「巴ちゃん、般若心経を唱えられるんだね!?」

「ヘヘヘ、あたし小学校の時に不登校になって、お父さんと一緒に四国の霊場を歩くお遍路さんをやったことがあるの、お寺の札所を巡ると般若心経を唱えるから覚えちゃった」


 ❃


 いたや食堂。

 二郎坊は、また味噌ラーメンを食べている。

「おやじ、さゆりの調子はどうだ?」

「それが、病院の検査で腎臓の機能が落ちているらしいんですよ」


「腎臓? 腎臓の機能が落ちるとどうなるんだ?」

「腎臓はオシッコを作っているんで、オシッコが出ないと体がだるくなるらしいんですよ」

「オシッコなんて自然に出るものじゃないのか?」

 二郎坊は腎臓について知識が無かったのでスマホを使いネットで勉強を始めた。


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