第27話 檻の中

 冒険者ギルド地下室、大型の魔物を拘束するための檻のなかでフジノはいる。あの儀式場で気を失ってから目が覚めると町中を捜索隊の冒険者に運ばれていた。

 この地下室に閉じ込められから少し後、冒険者ギルドの支部長や捜索隊を名乗る冒険者が聞き取りにきた。

 フジノは儀式場に残っているグロリア達三人の危機を伝えたが、彼らは半信半疑だった。彼女が山奥の魔物を切り刻んだ技の再現をすれば、彼らはその言葉を信用するという条件だったが妖精を失った今はそれはできない。

 だがフジノの事情など知らない彼らにとって怪しさは消えない。だから以降は沈黙を保っている。お互いに話しても無駄だと思ったからだ。


 今は冒険者ギルドの職員二人に離れた位置から監視されている。空も見えないこの場所でフジノはじっと考えていた。

 町に運ばれてすぐに檻に入れられたから服装はそのまま。殺人鬼に取られた武器や荷物は別として、町に戻ってからは何もとられていないのは不思議だが、今は納得している。


「あのー!」

「なっ! なんだ!? 静かにしてろ!」


 年を重ねたベテラン職員が怯えた様子で返事を返す。

 支部長を含めたベテラン以上の職員や冒険者が見せる敵意と恐怖から、なんとなく予想できた。魔術で強化されたこの檻はイワザルの捕獲用で人間相手には過剰なものだ。

 縄で縛られたこんな小娘を警戒する大人達から漏れ聞く会話によれば、私が魔物をバラした現場が見つかったらしい。私を怪物のように言うのはそれが原因だろう。


「喉かわいちゃってー! 水とか貰えないんですかー?」

「朝食までない。次に声かけてきたら支部長に言うからな。大人しくしててくれ」

「わかりました……」


 大声で話すフジノに臆すること無く近付いてきた若い職員が淡々と断る。フジノの返事を聞いて元いた場所へ戻っていく。監視というには随分と離れた位置へだ。

 身体強化魔術を本気で使えば腕を縛る縄は切れる。しかし、檻を破るには別の手段が必要だ。ニタカから貰った魔術の触媒である小さな袋だ。

 それを首飾りにしていたフジノ。殺人鬼は囮である袋の中身は取ったようだが、本命であり物隠しの魔術の触媒である袋はとらなかった。

 だが、ニタカの短槍はまだ使うタイミングじゃない。


「お前はあいつが怖くないのか」

「先輩、あの映像だって加工かもしれないんですよ? 今どきは妖精の記録映像だっていじれるんですから。似たようなの誰かがやってましたよ。見ます?」

「ほんとかあ? いや、でもなあ。俺には妖精とかわかんねえからいいよ」


 ベテラン職員と若い職員が小声で会話しているのをフジノは聞いている。ここまで会話が聞けるのもフジノが魔術師として目覚めた事を隠していたおかげだろう。妖精持ちなら聞こえない距離でも、純粋な魔術師なら別なのだ。


 これまで盗み聞いた話によると、私を双子山の怪物だと主張する人達がいる一方で、そうでないと反対する人もいるのだ。見張りの若い職員の中には世間話をする余裕がある人もいた。おそらく若い世代は私が怪物だという噂を信じてはいないのだ。

 私を敵視する高齢の支部長が嫌そうな顔で言ってきた事と、若い職員から聞いた話の内容は一致している。おそらく事実だろう。私の処遇はまだ話し合いの最中のようだ。


 強行突破をためらう理由は他にもある。捜索隊が儀式場に辿り着くための鍵として拘束した私を連れて行く計画を立てているらしい。

 場所を知っている私がいれば誰であっても入れるはずだ。今度は見逃されることはない。最後の手札はまだ取っておくべきだ。






 場所は変わってフジノがいる地下室より上。冒険者ギルドの館、その三階にある支部長室。そこでは部屋の主と捜索隊の冒険者カエンが話している。


「テツザエモンはまだ帰ってこれないそうだ。彼の追跡をかわすほどの実力者がいるらしい。君が捜索隊を代わりに取り仕切るようだが、頼んだぞ」


 こんな報告だけなら支部長自らではなく他の職員に任せても良いことだが、厄介な事情が絡んで見たくもない顔を合わせる事になっている。

 最新の行方不明者の家族の一つから呼び出しがかかったのが始まりだった。外人二世のグロリアはいまだ両親が帰国していないために既に連絡員を走らせて問題はない。妖精の所持以前に国外への伝達は人間しかないのは仕方ない。

 しかし、セイドウとコトネの兄妹は離縁していても歴史ある一族の出身。そこからの呼び出し。彼らの尺度で見れば新参者の支部長は足を運ばねばならない。今後のこの町の生活に関わる一大事だ。


「今日、セイドウ兄妹の実家に行ったんだがね。アレの始末を君に任せるとのことだ」


 支部長は彼らの家で和服の若い女性に案内されて、無駄に長い廊下を歩いて大広間につけば、南大門に根を張る古い一族達の重要人物がいた。

 双子山の奥深くで行われてきた儀式の勝利者達。どこから聞きつけたのか、フジノが儀式場の仕組みについて話したことを掴んでいた。

 そして彼らは要求してきたのだ。彼女の命を断つことを。彼らの頼み事のためにここにカエンを呼ぶことになっている。

 処理する人物のことを名指しで指名されたときには驚いたものだが、疑問や動揺を表に出さなかったのは積み重ねた経験だろう。支部長が生き抜くために身に付けた能力だ。


「お任せください」


 カエンに捜索対象三名とフジノの資料を渡して、彼がそれを読み込んでいる様子を観察する支部長。

 引っかかるものがあれば気になってしまうのは人の性。それを取り繕う必要もない相手ならば油断もする。妖精持ちの中でもためらわずにオート機能に頼るタイプは基本的に鈍いのが常識だ。


「ところで三名の捜索でよろしいのですか? あと一人、仲間がいたはずですが」


 捜索対象三名の資料を読み終えたカエンは支部長に確認をする。ナツキという少女は今回の事件の関係者として重要な人物だ。ここで聞いても不自然ではないと内なる妖精の助言に従った質問だ。

 それを聞いた支部長はカエンから視線を外して、窓の外にうつる沈んでいく太陽を見つめる。その姿はカエンであっても悲しそうに見えた。無感情で淡々としている印象を支部長に持つカエンにとっては唐突すぎて固まる変化だ。


「……それはもういい。今朝、あの子の遺体が山で発見された。まだ確定ではないが傷跡からみて魔物の仕業だろう。本当に残念だ。いい子だったのに……」


 カエンにはそんな感傷はどうでもよく、サエコが頼まれた仕事を果たしたことが重要なことだった。これで残るは一つ。フジノを始末すればこの騒動も決着だ。

 それにしてもこんな爺にも好かれているとは恐ろしいものだと、カエンはナツキに感心していた。

 自分の妖精に読ませた本の一つに弱者は友人を作りやすいとある。支部長もあの弱さに毒気を抜かれたのだろう。カエンは必要な情報を手に入れた後、支部長室を出ていった。

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