第26話 押し付ける人

 南大門町の冒険者ギルドの責任者である支部長が、館内にある支部長室の奥にある椅子に座り、カエンは支部長と机を挟んだ位置に立っている。

 カエンは双子山を荒らしてきた怪物と思われる一人の少女を拘束して連れて帰ってきた。


 冒険者ギルドに所属していた人間が悪事を働いたとなれば、南大門を拠点に活動する冒険者達への風評被害が出る可能性がある。

 フジノが単独行動ばかりの嫌われ者であれば軽視したかもしれないが、山で行方不明になり町に帰ってきた彼女は以前よりも社交的になりつつあった。良い印象を持つようになった依頼人も確認している。


「なるほど。君の言葉を疑って悪かった。殺されたばかりの魔物の死体に、消えた冒険者三名。信じられないが本当のようだ」


 支部長は苦い顔を浮かべている。正直いって彼女には悪い印象しか持っていなかった。この町で長く暮らしてきた支部長は老人達が語らない昔話を知っているのだ。

 その一つである人斬りトウジロウの話、フジノの祖父の若き頃の逸話だ。刀一本で多くの敵を斬り殺してきた鬼の血。最終的に陣営を乗り換え、かつての味方も殺した非情な剣士。お咎めなしと国がしても人の心はそんな単純ではない。

 トウジロウの魔物討伐についていったアレが魔物をいたぶり、幼少期に片鱗を見せた時からいつか社会に危険をもたらす存在だと思っていたのだ。


「いえ、この目で見るまでは僕も疑っていました」


 カエンの嘘くささを感じる返答を聞き流し、支部長は捜索隊の一人として事情を聞きに来た若者に事務的に情報を伝える。

 駆け出しの頃に気を配ってやったというのに連絡の一つもよこさず、中央で得た立場を前面に出して接してきたカエンに失望したのは昨年のことだ。もはや支部長の心に怒りはなく、この時間が早く終わることを望んでいる。


「今朝、匿名だがイワザルの群れをフジノが奇妙な技で倒す記録映像が提供された。信頼できる妖精持ちからの情報で信憑性は高い」


 妖精の視覚共有を活用した記録の提出は証拠の一つになりうるものだ。

 カエンは机に並べられた資料のうち、妖精持ちの人間が模写した絵を見る。中央には記録映像を一枚の絵として瞬時に出力できる魔導具もあるが、支部長の方針でそれは導入されていない。

 カエンは非効率なやり方を変えない支部長を内心で見下しながら、匿名だとぼかされた情報提供者の顔を思い浮かべる。

 フジノがイワザルの群れを切り刻んだ夜、カエンの策略によってサエコは目撃者であり、爆破の手伝いをさせられて殺人鬼の共犯でもある立場に追い込まれていた。オート機能を使う人間の心理をついた罠にはまったサエコは良いように利用されている。


「そうですか……フジノの映像記録はどうでしたか?」


 カエンにとって最も重要なことだ。理論上は問題ないが前例のない事象には不安になるもの。普段であれば妖精を抜いた後は命を奪うまでが流れだが、フジノの妖精は破壊できているはずだが確証が欲しかった。

 支部長は手元の資料から目線を外さずに記録を読み上げていく。最初は目を疑った内容だがフジノの妖精は反応せず一切情報を取れなかった。そのため、一度書き直すように突き返した報告書には推測しか書かれていない。

 サエコの映像を確認した妖精持ちの話から、アレは妖精のステータス画面を投げているらしい。どうやって妖精システムの魔術を解除したかは不明と短く書かれている。


「アレの妖精の記録は閲覧ができなかった。原因は調査中だが見たこともない症状だ。いい結果は望めないだろう。わかってるのはここまでだ」


 支部長は読み終えた資料から目線をカエンへ向ける。背もたれに体重を預け椅子に深く座り直して腕を組み、薄目でカエンを見る。しばしの沈黙のあと、カエンが口を開くと同時に支部長はため息を鼻でする。


「残念です。しかし、見たこともない技を使う以上、そういう能力もあるのかもしれません」

「君の推理は結構だ。テツザエモンから聞くから必要ない」

「すみません。悪い癖が。気をつけます。失礼しました」


 なお話を続けようとするカエンの言葉を遮る支部長。謝罪の言葉を一礼と共に置いて、扉へ向かうカエンだが、最後の質問を思い出して振り返る。


「そういえば、リーダーはどちらにいるかご存知ですか?」

「国境付近で不法入国者が確認された。その応援に行ってる。ついでだ、この情報は君が捜索隊に共有してくれ」


 支部長は、空気の読めない人間に小さな仕事を押し付けた。魔導具の仕組みを理解することが難しい支部長がこの手の伝言を部下に頼むと嫌がられるのだ。

 部下の心に優しく、手間も省けていいと、去っていくカエンを見届けてから支部長は鼻で笑った。


 冒険者ギルドを出て商店街の通りを歩きながら、カエンは妖精を通じて後輩と通話をする。


「サエコ。頼みがあるんだが。君にしかできない事だ」






 ナツキはグロリアの屋敷を目指して町中を歩いている。

 負傷した右腕を包帯で巻かれた姿のまま、商店街や冒険者ギルドなど人目に付く場所を歩いた後、フジノの秘密を知ってから用意していた小道具で変装をしていた。

 肩を越える長さの髪を大きな帽子の中に隠して、一度も来たことのない防寒着を着込み目立つ右腕を隠す。国外から来た観光客から手に入れた服だ。


 町の大通りから離れた場所にあるグロリアの屋敷までもう少しの道で、ナツキの先輩であるサエコが門の近くで誰かを待っているようだった。

 来た道を戻るか迷うも、それはかえって不自然だとサエコから出来るだけ離れて屋敷の門の前を通り過ぎようとする。


「待て。ナツキ」


 正体を言い当てられて肩がはねる。鈍いと侮っていた相手に見破られれば動揺してしまうのは無理もない。


「あの子のことで話がある」


 戦う前のような張り詰めた空気をまとうサエコに、ナツキは逃げられないと判断して話に応じることにした。

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