第2話 推しの配信探索者が新しい動画上げたようです「スライムの簡単な倒し方」編
「あ、真神さんが新しい動画あげてる」
登録したチャンネルの新作動画がアップロードされたお知らせがスマホに届いた。
誰のチャンネルかと確認してみたら、新宿ダンジョン29階をソロでクリアした配信探索者の真神英夢のチャンネルだった。
「グリモアを使用せずにスライムを簡単に倒す方法? 何言ってるの、この人は」
新しい動画のサムネイルタイトルを見て私は思わず首を傾げる。
これ無しでダンジョンに挑むのは自殺行為でしかない。
いったいどんな内容なのか私は早速動画を再生した。
「皆さんおはこんばんにちわ、はじめましての方は初めまして。ダンジョン配信探索者の真神英夢です!」
今回も真神はジャージに便所スリッパ、ボサボサの長髪に不精髭と相変わらずダサい。
まだ動画数やチャンネル登録者は少ないから収益化はまだ無理にしても、新宿ダンジョン30階到達の国からの褒賞金とベビードラゴンの死骸の売却金が手に入ってるはずなのに装備もなにも変わっていない。
コメント欄もダサいや装備買えよと突っ込みがじゃんじゃん書き込まれていく。
「今回はグリモアがなくても出きるスライムの簡単な倒し方を教えます! 今回の為に特別ゲストをお呼びしています! 特別ゲストの
………えーっと、名前なんだっけ?」
ドローンカメラの向きが変わると、リストラの最優先候補みたいな覇気のない顔立ちのメガネをかけた中年サラリーマン風のおっさんがカメラに映る。
「あ、多々野卓三です。えっと、皆さん初めまして?」
多々野と名乗った中年おっさんはペコペコと頭を下げて自己紹介を始める。
「この多々野さんは、俺がダンジョンに行く途中の橋で身投げしようとしていましたので、今回の動画のためにスカウトしました!」
パードゥン?
私の聞き間違いだろうか? 今身投げしようとしていたとか不穏なワードが聞こえたような?
「せっかくですから視聴者の皆さんになぜ身投げしようとしていたか説明して上げてください」
「あ、はい。実は私、小さいながらも製造工場を経営していたんですが………お恥ずかしながら、経営に失敗して倒産させてしまい、負債返済の為に自殺して保険金で支払おうとしていました………アハハ」
この真神って探索者、サイコパスか何かかしら? なんか陽キャの飲み会のノリで多々野さんに自殺しようとしていた理由を視聴者に説明させている。
多々野さんも笑ってるけど、どう見ても楽しんでると言うよりどうにでもなれという自暴自棄な笑いにしか受け取れない。
「それよりも本当にグリモアを持ってない私でもスライムを狩れるのですか?」
「勿論です! 危ない時は俺が助けに入りますし、万が一失敗して怪我したり、死んだら負債は俺が全額払いますし、残された家族もちゃんと最後まで面倒見ますから安心してください。公文書で取り決めたでしょ?」
多々野は不安そうな顔で真神に話しかける。
真神は多々野との取り決めをした公文書をカメラに見せつける。
コメント欄に行政書士や弁護士やってると言うアカウントが現れて正式な公文書だと教えてくれる。
「今回挑むのはこちらのダンジョン! スライムランドです!」
場面は何処かのダンジョンゲート前に変わる。
其処は東京近郊にある1階層しかなく、スライムしか出ないダンジョンだった。
探索者の資格を取ったばかりの本当の初心者が挑むダンジョンで、グリモアさえあれば怪我することはなく、安全に狩れるダンジョン。
「今回のスライム退治の為の秘密兵器をはこちら!」
ドローンカメラがスライドすると多々野さんがタワーシールドを地面に立て掛けて持っている姿が映し出される。
そのタワーシールドには無数のスパイクが溶接されており、よく見ると返しがついていた。
「どう使うかは見てのお楽しみ、早速ダンジョンに挑みたいと思います!」
「ちくしょー! やってやらー! 加代子ーっ! 隆ーっ! 父ちゃんは生き残って見せるからなー!!」
真神はピクニックに行く感じで、多々野さんは決死の覚悟と言う顔でダンジョンに入場していく。
無事にアップロードされているってことは多々野さんは無事だったんだろうけど、大丈夫か心配になる。
コメント欄では多々野さんを応援してる人もいた。
ダンジョン内は洞窟のようになっており、壁が発光して意外と明るい。
「お、早速一匹だけのスライムがいましたね」
先頭を歩く真神がスライムの姿を見つけると指を指す。
ドローンカメラが真神の指先の方向に向くと、其処にはバスケットボールサイズのゲル状のアメーバーことスライムが徘徊していた。
「スライムの特色として、こちらから攻撃しない限りはなぜか側を通っても反応しないんですよね。主な攻撃方法は体当たりです。これが結構すごいんですよ。瞬間速度約50キロでバスケットボールサイズの硬式野球ボールのような固さで体当たりしてきます。グリモアや鎧がないと骨ぐらい簡単に折れます」
真神がスライムについて解説していると、多々野がひぃっ!と小さな悲鳴をあげる。
「ドロップ品は魔石と体液や被膜です。魔石はエネルギー資源で、体液はローションなど潤滑液の原材料、被膜は防水シートになります。さて、多々野さん準備いいですか?」
「はっ、はいっ!!」
真神はスライムについての解説を終えると、多々野に声をかける。
多々野はスパイクのついたタワーシールドを掲げて支える体勢をとって返事を返す。
「ではまず最初にスパイク付きのタワーシールドをたけかけます。続いて適当な石を拾ってスライムにぶつけてヘイトをかせ───あれ?」
真神はスライムの倒し方を解説しながら、手頃な石を拾ってスライムに投げると、命中した瞬間ボチュンと鈍い水音と同時にスライムが弾け飛ぶ。
ベビードラゴンの逆鱗を突き破るアンチマテリアルライフルクラスの威力を持つんだもん、そんな投石を受けたスライムなんかは破裂するに決まっている。
コメント欄も「うん、知ってた」「お茶吹いた」「そらそうだ」「ですよねー」「確かに簡単に倒せるな、真似できないけど」とかいろんなコメントが流れていく。
「えーっと………多々野さん、次お願いしていいですか?」
「あ、はい」
真神は気を取り直して、新しいスライムを見つけると多々野に石をぶつけるようにお願いする。
「それでは行きますよ! それっ!!」
素人である多々野が石を投げると徘徊していたスライムに命中する。
石をぶつけられたスライムはどうやって見分けて認識しているのか不明だが一目散に石をぶつけてきた多々野に向かっていく。
「多々野さん、しっかり支えて堪えて!」
「はいぃぃぃっ!!」
スライムはある程度近づくと跳躍して多々野に体当たりしてくる。
そして、ブスリとタワーシールドから無数に延びているスパイクに自ら串刺しになる。
「やっ………やったか?」
多々野は恐る恐る串刺しになったスライムを覗き込む。
コメント欄にはフラグーっ!と叫ぶ人が次々と書き込んでいく。
「うっ、うわっ! まっ、まだうごいてる!?」
フラグ通りスライムはまだ絶命しておらず、うねうねと動いてスパイクから抜け出そうと踠く。
「落ち着いて! スライムは返しで抜け出せないから、そのままシールドを倒して上に乗っかって体重をかけるんだ!」
「はっ、はい! こんにゃろ! こんにゃろー!!」
真神のアドバイスを貰って多々野はタワーシールドを倒して上にのし掛かると体重をかけてスライムを押し潰す。
「倒せましたね」
「こんにゃろ! こんにゃろ! まだしな………え?」
スライムは絶命すると破裂する。
タワーシールドに押し潰されたスライムも破裂したのか盾の隙間から体液が溢れて広がっていく。
「こんな感じで常に一対一を心がければ簡単に倒せるんですよ」
「たっ………倒した? 俺がスライムを? グリモアもなしに?」
真神はカメラ目線でスライムが死んだ時の状態を説明してドロップ品を回収する。
多々野はタワーシールドの上でスライムを倒せた実感がわかないのか呆然としている。
「多々野さん、しっかりしてください。借金返済までまだまだですよ」
「あ、はい………」
動画は多々野さんが次々とスライムを串刺しにして、押し潰していく。
そして唐突に場面が変わると、何処かの町工場みたいな建物の前で作業服姿の多々野が移っていた。
「えー、動画配信を視聴している皆さん、多々野卓三です。私はあれから毎日ダンジョンで狩りを続けて、スライムのドロップ品売却で借金を完済できました。それどころかまた工場を再開することさえ出来ました。これも皆、視聴者の皆さんと真神さんのお陰です。ありがとうございます! よろしければ真神さんのチャンネル登録と高評価よろしくお願いします!!」
最後は多々野が深々と頭を下げるシーンで動画は終わっていた。
コメント欄には「イイハナシダナー」と言うのもあれば「本当にグリモアなしで狩らせたのか?」と疑問をのべる人もいた。
この動画が配信されてから数日後、とある情報番組で真神のスライム狩りの動画が紹介されていた。
動画を見てスライム狩りを始めたグリモアを持たない探索者のインタビューもあり、安定して狩れるのかスライム関連の商品などが値下げされたり、スライムのドロップ品の買い取り額が下がったとコメンテータが述べていた。
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