興味深い話です。
アラバマと言うとマリリンモンローの映画を思うのです。
南部になるのですか?
だから、差別に対して敏感なのでしょうか?
作者からの返信
菜の花のおしたし様、
又もやのコメントありがとうございます。逆に読んでいるので、これが三つ目の返信となります。
はい、アラバ州、やばいところです。
アラバマ州は南部のど真ん中で、その中でも最も保守的な州と言えます。映画、フォレスト・ガンプのガンプの生まれた州でもありますし、黒人差別を扱った映画「アラバマ物語」の舞台でもあります。今でも、人種差別の激しい所です。
そんな州なのですが、妻の父方の伯母の一人は、ご主人がアラバマ州で最初にホンダのディーラーを始めた人で、日本へ訪れた事もあったカップルでした。ですから、私への偏見はなかったようでした。ホンダ県警で出会った日本人は皆いい人だったと言っていました。アラバマ州は、黒人への強い偏見はあって黒人に対する差別は根強いかも知れませんが、日本に対するものはそれほどでもないのでしよう。現在はトヨタの工場もあるはずです。
いろいろアメリカの複雑? いや、お国柄的なことが見え隠れするシリアスな後半でした
とはいえ、それも含めて人と人との出会いは奇跡的なものが確かにありますね!
私もご縁は大切に考えています
人によって傷付けられた私ですけど、でも人によって助けられている、支えられて今は生きていられているので
わりと大げさではなく
作者からの返信
歩様、
いつもコメントして頂きありがとうございます。
妻は、家族が複雑で、今でもそれに悩まされています。義父も義母も、なんでそんなになったと思わざるを得ない人達です。そして、継父。彼もとんでもない男でした。今では、義家族に対するハラスメントは、犯罪レベルでしたが、母の協力なしではなかっっと言う事実も、妻に余計に心の負担をかけています。米国の60年代、70年代は、ヒッピーや学生運動なふぉと、もっと自由に生きることを楽しむ若者が増えた時代でしたが、それと共に、社会の問題が複雑になってしまった時代だとも思えます。妻の家族はその落とし穴にハマってしまいました。未だに抜け出せない面も多くあります。
私の妻の場合は、もっと若いうちから私が気づいて、カウンセリングをしておけばよかったと後悔しています。カウンセリングに通い始めたことは何度もあったのですが、カウンセラーが、深いところを突き始めると、辞めてしまっていました。今で思うと、もっと続ける様に促しておけばよかったと思っても、後の祭りです。
歩様の心もお散歩やカクヨム等の活動で、できるだけ穏やかであることを祈っています。
@fumiya57さま
こんにちは。
奥さまと出会った確率がとんでもなく低いものだったというのも面白いですが、そのきっかけをくれた方々の生きざまも、興味深いです。
「昔から、頭の隅にあった牧師になりたかったという欲望」という表現に、なかなか辛辣なだなあと思いましたが、読み進めるうちに、なるほど、とうなずきました。夫婦関係が荒れて家庭崩壊しかけた頃の彼と、牧師になろうとした彼、牧師として活動を始めた彼は、ほぼ変わっていないのですね。牧師になることは、言い方が悪いですが、免罪符のようなものなのかもしれないなあと思わされました。
アラバマと言えば、「おおスザンナ」を思い出すのですが、この歌、実はあまり明るい歌じゃないかもしれないのですね。
https://note.com/t16/n/n06991a56b4ad
@fumiya57さまの「黒人に対する差別の激しかったアラバマ州」からもそれがうかがえます。
作者からの返信
佐藤宇佳子様、
いつもコメントをありがとうございます。
この方のご主人は、本当に良い人です。南部で生まれ育った為、黒人に対する偏見を持っていましたが、牧師になってからは、人種差別は、神の教えに反していると、その思いを断ち切った様でした。奥さんの方は、ワイルドな性格を若者、特に学生の手助けをすることに方向を変えていました。一応、夫の教えは守っていましたが、若い頃の生活習慣は、娘達に影響を与え過ぎたのでしょう。それとも、人間、そう言う時期がある者もいると言うことでしょうか?
この歌の作者は、フォスターですよね?もうひとつの曲、遥かなるスワニー川〜と言う曲のこの川は、ジョージア州から、フロリダ州の妻が育った街の割と近くを流れる川です。実は、生まれは北部のペンシルベニアだったとか。
米国の歴史をみていくような気持ちになりました。
奥様と出会えたのは、本当に薄い糸だったのですね。こうして拝読していますと、奇跡のようにも思います。
作者からの返信
雨 杜和 様、
いつもコメントをありがとうございます。
このシリーズを書き始めたのは、先々週、私達がカップルになる確率は物凄く低かったと思ったことからでした。私が高校の留学生となり、その後、大学も米国へ行くこと。妻がこの街へ引っ越して来たこと。そして、二人が同じ家族にお世話になっていたために、出会ってしまった事実もかなり確率の低い話だと思います。
編集済
アラバマとアトランタ、ディープサウスもディープサウスですね。60年代の公民権運動は偉大ですが、住んでいる当事者の方々は暴力にさらされてしまうこともあったとは。
我らがマーティン・ルーサー・キングJrも、アトランタとアラバマ出身のようですね!
あ、あと、フィクションですがアラバマ物語のアティカスは、私の中で永遠のヒーローの一人です。
作者からの返信
蜂蜜の里様、
いつもコメントをありがとうございます。
MLK Jr.と言えば、アトランタで生まれ育ったことは有名ですよね?彼の母校であるモリハウスカレッジは、今でも黒人学生の間では、一目置かれていると思います。そして、ボストン大学で博士号をとったあとに、最初に牧師として就任したのがアラバマ州モントゴメリー市の教会でした。後にも、アラバ州での人種差別への抗議では、何度も暴力沙汰になってしまいました。南部の州の中でも、アラバマ州が1番差別が激しかったと言えるでしょう。そんななかでも、妻の生まれたアラバマ州バーミンハム市は、差別が酷いことで有名でした。そんな彼女が、有色人種の私と結婚する可能性も低かったと思いますが、そんな事も余り考えてもいなかったのが私の妻です。
縁は異なものとはよく言ったもんだな、とつくづく思います。
北海道の人と九州の人が結ばれると、ずいぶん遠く離れていた人が、って縁の不思議を感じますが広いアメリカではもっともっとですよね。
昔「アラバマ物語」や「ロング ウォーク ホーム」を怒りながら涙しながら観たことを思い出しました。
ずいぶん昔の出来事の話でしたが、今でもまだ差別的な所は変わらないのでしょうか。
作者からの返信
@88chama AKA ローバ様、
いつもコメントをありがとうございます。
今でも根津用差別は残っています。ゲットーと呼ばれる地域も多くあります。数年前、差別、その時の引き金は、警察による黒人虐待(逮捕中に殺される)でした、に抗議してデモが頻繁に起こっていました。お陰で、色々と対策も取られました。しかし、それに不満を持つ白人も多くいて、去年の大統領選の結果となりました。今の大統領は、今までの平等化の結果を書き換えようとしています。この先、どうなることやらです。