薬草摘みのフォーアスさん

ふみんちょう

第1話 風の足跡を辿る街

今日は何でも無い一日。日が高く昇って、気持ちのいい朝。小鳥のさえずりと風の吹く音を聞きながら水桶を運んでいた。少し立派なお墓の前にそれを置いて、私はいつも通り話しかける。

「おはよう、お父さん」

お墓に刻まれた名前は『ライト・フォーアス』。この星を救う、あと一歩まで迫った唯一の人。その名前は私、『レスト・フォーアス』として受け継いだ。使っていた剣とバンダナは、今でも左腰にある。

水桶を少しだけ傾けて、周りの草花に水を撒く。お父さんは花が好きだった。最期に立ち会えた時にこう伝えられた。「日当たりの良い、花に囲われた場所に」。この場所のお世話は私の唯一の仕事で、欠かしてはいけない事だ。

色取り取りの花が咲くこの墓地で、特に好きなのはミントの花。目立たない、華やかさはないけれどお母さんが好きだった花。雑草の中から一つ、見つけて採った時にはすごい喜んでくれた。そんな思い出がある花。お母さんが亡くなる前に言われたのは「お父さんのお墓に一輪だけでいいから、置いて」、だからお墓の周りに咲いている花は名前も知らない花。わざわざ摘んできたミントの花を、切り取って一輪、お墓の上に置いた。

風が吹いている。墓地の奥、一面の草原がたなびいている。その遙か向こうには空へと伸びる、かつて伸びていたであろう塔。うっすらと青い、金属で出来たここからでも圧倒する塔はその威容を無くして折れている。ここ『カントリーヒル』から臨める景色でも有数の物だ。ここからその塔へ向かって足跡が一つ、二つ。風でたなびいた草が倒れていく事からあの街は昔々の首都であった、なんて事は私の予想でしかなかったりする。

「レスティ。おはよう!部屋にいなかったから心配しちゃった」

声に振り返ると、そこには私の親友『ベクル・シード』がいた。前髪で片目が隠れた可愛い同居人だ、年上ではあるから本当は敬わないといけないのだけど。

「おはよう!ベック!えへへ…ちょっと早く目が覚めちゃって」

頭を掻きながら傍に寄る。私を見下ろすその目は優しい黒色だ。見上げなければ見えないのがちょっとした難点ではあるけれど。

「今日は何食べる?たまには変わった…」

「ううん、トーストと牛乳!それさえあればバッチリ!」

私は出来る限りの満面の笑みで答えた。それがいつもの返事であることを知りながら。ベクルは困ったような笑顔を返してくれた。

「はいはい。元気でよろしい、先に待ってるからね」

頭にポンと置いてくれた手がベクルの優しさを表していた。暖かくて大きい手、彼女にそれを褒めたら少しだけ怒られた。私は良いところだと思っている。颯爽と立ち去る後ろ姿と、左腰に差した剣の柄に巻かれた鉢巻きがなびいていた。


ちょっとだけ街を歩こう、そんな気になった。


ここ『カントリーヒル』はこの星で唯一機能している街、そう教えられている。他に大勢の人が住んでいる街はないらしい、なにせこの星はやがて死に行く定めらしい。予言にそう記され、実際にその兆候はある。…らしい、予言書の全てを私は把握している訳じゃ無い。聞いただけの話だと永遠の黄昏が訪れ、全ての生物が死に至る…なんて事が囁かれている。信じるか信じないかで言えば信じている、だってお父さんは星を救う為に戦っていたから。

空高く、かつてあの塔が繋がっていた空に浮かぶ島があるらしい。お父さんはそれに近づいた、乗り込むあと一歩のところで引き返してしまったけど、その島に星を救う何かがある、らしい。全部聞いた話で、私の手柄ではない。

ふと、足が止まった。それはベクルの両親が経営している図書館だ。特別、大きい訳では無いがそれなりに人気がある。私はこっそりと、忍び込むようにゆっくりと扉を開けた。

館内は外からみるより広く、それでいて小綺麗だった。もちろん、埃を被った本は何冊か、でも手入れは行き届いている。磨かれた机の上には一冊の本、それに視線を落とした時、少しだけ、イヤな予感がした。

「レスト!レストじゃないか!こんな所で会うなんて」

幼さを感じる高い声に思わず体を震わせてしまった。相手は畏れ多くも『大魔導士』の異名を持つ人。

「ミリル…!さん。あっ、えーっと。…こんにちは」

目の前にいるのは『大魔導士』、『ミリル・アートヴァンス』だ。姿こそ幼いが実際には齢百に近いとも言われてるくらいすごい人だ。大人の中で特別小さい私よりも小さいくらい、まるで少女だけれどその知識は確かだし、何よりお父さんと一緒に旅をしていた事だってある。

「勉強かい?珍しいねぇ。てっきり興味がないかと思ってたんだけど」

「いえ、そのー。何となくで来てみただけで…」

図書館に来るとこの人がいるんじゃないか、と予感していた部分はある。そしてこうなるという事も。

「何となく?いいじゃないか!切っ掛けは何でもいいのさ、その本に興味があるんだろう?」

「う…は、はい。そうですね…」

「好奇心は止めちゃダメだ。誰にも止められてないなら尚更ね!」

ミリルさんはウキウキで席に着いた。私はその隣に座る。本の背表紙には見慣れたタイトルが描かれていた。

「『フォーアス伝勇記』、私も執筆に携わった古代の冒険譚だな!うむ!やはり気になるか!?」

目を輝かせながらこちらに問いかけている。それに対する答えは一つしかなかった。

「は、はい…」

「君にはちゃんと読んで貰ってなかったからな。是非とも知って貰いたい!遙か昔!本当は語り継がれるはずだった冒険と波乱の数々を!」

ミリルさんは変わり者、らしい。本当はその名を継ぐはずではなかった、っていうのは噂で聞いたけれど皆が認めているのだから『大魔導士』を名乗れているのだろう。

「君の名前、その由来は知っているな?確か教えたはずだ」

「でもそれって、どの文献にも書かれてなくって…」

独自解釈だ、というのはこの人の言い分だし皆の意見でもある。

「そうだな…。だが浪漫を感じる事は出来る、そうだろう?」

私も、それが嫌いという訳ではない。だが独自解釈以外では説明が付かない事なのだ。

「…そうです、ね。」

「よし!それでは説明しよう!『フォーアス』とは即ち、『名無し』である!」

威勢良く啖呵を切る、が、あくまで独自解釈だ。

「名前を分解し、フォー、『あ』。つまり『あ』が四つで『ああああ』…」

「やっぱり独自解釈が過ぎますっ!!」

ミリルさんが言うには『ああああ』とは『名無し』という意味らしい。どうしてそうなるのかは、彼女の感性に聞くしかないのだ。

「何故だ?私は名も無き勇者達を『フォーアス』という姓に纏めたのだと思っている。そうであればバラバラで残った文献に説明が付く」

「だって、その。余りにもこじつけが…過ぎるような気がするんです?」

「この星にはこれでもかと言うほど強大な魔との戦いが残され過ぎている…。その者達の意思や想い、それらを一つの姓に纏める事で光が紡がれたのだ!という事だろうと予測を立てたのだが…」

その話が本当であるのなら光栄な話だ。なにせ、私も『フォーアス』だ。お父さんが偉大な勇者であったのは遙か昔からの血を繋いだ証明であり、兄さんが『陽光の救世主』なんて言われたりする事を強く裏付ける。

「それと『ああああ』が『名無し』になる事にどう繋がりがあるんですか…」

「むぅ…。…あれだ!文献を残した作家が苦し紛れに『ああああ』という文字列を書き出してから適当な形に直して…」

それでもその話には浪漫がある。嫌いではない。私の家族が誇りあるものになる、何よりも、ずっと。

「ともかくっ!他にも気になる記述があってだな…特にこのゆう」

「あっ!確かシードもいるんですよね?ベックの名字の!」

少し話が長くなりそうなので割って入って自分の話にする事にした。申し訳無い気持ちでいっぱいだが、話はそこそこにして帰らないといけない。ベクルが家で待っている。

「ああ…そうだよ。これについても明確な名前は分からないのだがな?」

喋りながらページを捲る、ミリルさんはある所でその手を止めた。指差したのは一振りの剣を握る手とそれに被さるように逆側から伸びる手。左手で剣を掴む手に右手を被せる絵だ。

「うーん…。これは違うと思うのだが『フォーアス』を支える一族がいた事は確かなんだ。ただこれが表している訳ではないと思うのだが…」

「なんで納得してないのですか?」

「他の有識者が言うにはこれが証拠だと言うのだがな?それだとしたらだ、被せているだけというのがおかしい。共に持っているべきだ!この手は明らかに持っていない!…と発言はしたが、その方が都合が良いという事で押し切られてしまった」

残念そうに語ったが、ミリルさんは『フォーアス』の解釈について押し切ったからこそ、ここを妥協したのだろう。

「君の父にも確認はとった、だがそうした方がいいだろう、と笑われたよ」

「…シードにしたのは、何か意味があるんですか?」

ミリルさんは苦笑いしながら俯いた。何かイケない事でもあるのだろうか。

「いや…その時たまたまベクルくんが才覚を表わしていたから…」

『ベクル・シード』。私の同居人であり、『心眼の剣聖』と呼ばれていた事もある、これまた偉大な冒険家である。将来は彼女がこの星を救うかもしれない、と言われたくらいにはすごい人だ。

「いや!ちゃんとした根拠はあるんだ!!その勇者を支える一族というのが目覚める時期というのがあって!これによればこの世を席巻する力の持ち主、『フォーアス』が現れた時に呼応するように産まれるという記述が…確か…!」

ミリルさんは本を閉じて、本棚に向かった。その後をこっそり追って囁いた。

「あの~…。私これからちょっと用事があるので次に…」

「ああ!次会う時までに見つけておく!確かどこだったか…」

上手く抜け出せた。時間に厳しいタイプではないが、怒らせると…。そう言えば怒った所を見た事がない。どんな顔をするだろう、そんな事を考えながら外へ向かった。


『カントリーヒル』はこの国『ガーランド』の首都である。昔々に今よりもずっと豊かな時代に人が作った物を再利用して、継ぎ足しで作られた国。新しい建物も作られるけれど、昔に作られた物の方が長持ちしてしまうから皆は外に出たがらない。汚れて、穴が空いて、歪んでいたりしても新しく作るより良い。そういう価値観で生きている。なんでそうなっているかは誰にも分からない、詳しく調べている専門家もいるけれど…。

しばらく歩くと噴水広場に着いた。そこからちょっと曲がった所にある第4番地に私の家がある。お父さんとお母さんが作った、ちょっと寂れた、木で出来た家。そこでベクルが待っている。

ふと、風を感じた。風の行く先に視線を移すと、私にとって見慣れた船の帆が遠くに見えた。地上に停泊されたそれは、空を泳ぐ『小さな翼』。私にとって思い出深い、特別な船だ。

それはお父さんが昔に使っていた船で、今でも使われている船。その船が今、ここに泊まっているという事は。

「兄さん…」

いつの間にか口から零れ出た言葉。『陽光の救世主』と呼ばれるくらいのすごい人。『ノーエル・フォーアス』、近くの人混みがざわつき始め、その列を拓いていく。長い黒髪をなびかせながら、多くの勇士を引き連れながら、私と違って大きい背の男がこちらを見ていた。

ゆっくりと、こちらに歩み寄ってくるその人は私を確かに見下ろしていた。

「レスト。何をしている」

私は思わず俯いた。何の理由も無くとも、目を合わせる事が出来なかった。

「え、えっと…。これから家に帰って…」

「鍛錬はしたのか」

ノーエルの右腰に差された『陽光灼乱』、その黄金の鞘が輝いて私の目に入った。

「まだ…。でも、ベックがしてくれるから…」

「俺が稽古を付けてやろうか」

その言葉に思わず飛び退いた。余りにも次元が違いすぎるから。

「そ、そんなっ!いいよ…。兄さんは忙しいでしょ…?」

「まだ時間はある。抜け、父さんに託された『天光斬月』を」

お父さんが私に、と残してくれた『天光斬月』。柄に巻いたバンダナが静かに風に揺れて、抜けと誘っているような気がした。

何故、私に。ずっとそう思っていた。お父さんは兄さんにではなく、私にこの剣を託した。理由は聞いたけれど、答える前に事切れてしまった。あれこれ考えてはみたけれど、この剣が私を護ってくれる…、そう思ったからだとしか解釈出来なかった。

静かに、私は『天光斬月』を抜いた。刀身が光輝き、噴水の水面に反射している。この剣を磨かなかった日はなかった。それくらい大事な物だから。きっと、私の命よりも大事なはずだ。あのお父さんが使っていた物なんだから。

兄さんは『陽光灼乱』を抜いた。『天光斬月』に負けないくらいに輝く刀身は私を圧倒させた。それを見ただけで一歩、後ずさるくらいに。迫力はどう考えても兄さんの方が上だ。右手に持ち替えたそれを後ろに構えると、


一瞬、風が吹いた。


「ガキィン!!」

弾ける様な剣戟の音が響く。私の剣は持ったままだ、手に力は入っていない。思わず閉じてしまった目を開けると、そこには見慣れた剣が二本、交差していた。

「冗談じゃないよ、まさか妹相手に抜いたのか?」

ベクルだ。『フラムベルク』と『陽光灼乱』が重なり合い、火花を散らしていた。周りから歓声が上がった。二人共、知らない人はいないくらいの有名人だ。『心眼の剣聖』と『陽光の救世主』、名前を並べるだけで世界を救えるくらいの強さを持った人達。

「お前が稽古を付けているのなら、一合でも打ち合えるはずだ」

「結果は見りゃ分かるだろ」

私の腕は動かなかった。それは残酷だけど、真実だ。踏み込みすら見えなかった、咄嗟に防ごうとも、避けようとも、何も出来なかった。

「見なければ分からなかったさ。だから抜いたのだ」

「それで、どうしようってんで?」

「冒険家を引退してから、腕がなまったんじゃないのか?だから成果が出ていない」

「へぇー。それで、どうするつもり」

「俺が鍛えてやる」

ベクルが剣を弾き、ノーエルは距離を取った。私はベクルの後ろに、情けない様に隠れた。そこにしか居場所がなかったから。

「遅いから迎えに来てみれば、まさかノーエルが帰って来てるなんてね」

「ご、ごめんね。ベック…。私が弱いから…」

少しだけ、こちらに顔を向けてベクルは笑ってくれた。

「大丈夫。レスティ、あなたは私が護るわ」

言葉が終わるや否や、素早くノーエルが動いた。彼が剣を振る度にその光が辺りを照らしていく。一合、二合、と打ち合うと次の振りを少し大きく取った。

その隙を見逃さずベクルが踏み込んだ、踏み込んで突きの体勢を取り、そのまま一息に突いた


はずだった。


ノーエルは左腕の篭手で『フラムベルク』を弾くとその勢いのまま剣を振り、ベクルの首筋、そのすぐ傍にピタリと止めた。

――勝負は決まった。

「…気に食わんな。『心眼の剣聖』は未だ健在…。という訳か」

弾かれたはずの『フラムベルク』の剣先は、ノーエルの鎧の僅かな隙間に刺さっていた。思わず本当に刺したのではないか、と思ってしまうほど正確に。一瞬、弾かれて体勢を崩した後、踏み込む事なく体の捻りだけでノーエルの剣より早く突いたのだ。

「すげー…!今の突き見えたか!?」

「分かんねぇ!突きが見えない、かつ正確に敵の急所を。本物だ…!」

周りはざわざわと色めき立っている。こんな世紀の対決を間近で見られるなんて他には無い。どちらも超が付くほど一流の冒険者だ。近くにいる私の色眼鏡なしに凄い対決だった。

「私が一本。でいい?まだやりたいってんなら相手になるよ。次は本気で…」

考えたような素振りを見せたあと、ノーエルは剣を収めた。

「いや、もういい。…レスト。しっかりと鍛えておけよ」

ベクルは溜息を吐いたあと、『フラムベルク』を収めた。ノーエルは仲間の元へ向かうと、こちらを見ないまま呟いた。

「…お前にも父さんの血が流れてる。忘れるなよ」

忘れてないよ。忘れられないよ。…言葉に出せなかったけれど、思いだけはしっかりある、つもりだった。

「…レスティ。その…」

ベクルはどこかばつが悪そうに話しかけた。大丈夫、私は大丈夫。それを伝える為に精一杯の笑顔を作って答えた。

「…お腹空いちゃった。ベックのパン、食べたいな!」

「…はいはい。美味しく焼いてあるから、いっぱい食べなさい」

頭に置いてくれる手がとても暖かくて、頼もしかった。『天光斬月』を大事に収めると、ベクルの左手を取って家に向かって歩き出した。


第4番地の外れにある、林の中に建てられた小さな家。そこが私の家。そのすぐ傍にお母さんのお墓がある。「あの人は私と一緒だと恥ずかしがるから」と違う所に埋めてくれ、とお願いされていた。遠くに行って欲しくなくて、近くにいて欲しかったから、私の我が儘でここにいて貰ってる。お墓の上には一輪のミントの花、しっかり行ってきたよ、と心の中で報告した。

家の中に入ると美味しそうな匂いで鼻の中が満たされた。香ばしい、甘い、きっと今日はジャムトーストだ。大きな机に駆け寄るとそこにそれはあった。少し視線を逸らすと、暖炉の中に吊り下げられた、温められた瓶が置いてある。その中身は真っ白だ。

「牛乳!」

「新鮮なのを届けて貰ったから。待ってて、今入れるわ」

何を隠そう、私の一族は牛乳が大好き。お父さんも、お母さんも、兄さんも口には出さないけれど好きなはず。お父さんに聞いた話ではお爺ちゃんも、ひいお爺ちゃんも好きだった…らしい。飲めば大きくなれる、そんな話をずーっと聞かされて育ったんだとか。私はそんなのよりもなによりも、あのこってりとした味が大好きなのだ。背が小さいとかそういうのはどうでもいい。

ベクルが瓶を取ると、カップの中に手慣れた様子で一つ、二つと入れてくれた。仄かに立つ湯気がちょうど良い温度に温められた事を示している。椅子に座ると少しだけ冷めたトーストを手に取り、思いっきり囓ってみた。

「…んむんむ、おいひぃ」

口の中でトーストを噛み砕きながら、ちょうど良い柔らかさになった頃に牛乳を流し込む。これが私の大好きな食べ方なのだ。口の中で更にパンが甘くなっていくのを感じる、とても幸せな一瞬だ。

「…ふふ、子供みたいね。まったく、いい大人が」

ごくり、と飲み込むと目の前の席にベクルも着いた。一緒に食べる時間は何よりも楽しい。

「あはは…。仕方ないじゃない、だって好きなんだもん」

薬草摘み15年、もう26か。私も立派な大人の年齢だ、やってる事は未だ薬草摘みだけだけれど。ずっとこんな日々を送れたら、いいんだけどな。子供みたいな考えだけれどそう思わずにはいられなかった。

ふと、戸を叩く音がした。コンコン、と気持ちよくならされた音は聞き覚えがある。きっとあの人だ。私が椅子を下げて立ち上がろうとするよりも早くベクルが立ち上がった。私を手で制すると、少しだけ早足で扉へ向かった。

「どちらさま…。はーっ…」

「レストさんはいらっしゃいますか?久しぶりに帰って来たので挨拶を…」

声は聞いたことがある、兄さんが帰ってきたのなら、間違い無くあの人も帰ってきたのだろうな、という人。私は椅子を少しだけずらして、ベクルの向こうへ視線を向けた。ベクルより少し背の低い、ローブを着た男の人だ。

「レストさん!!お久しぶりです!僕ですよ!!」

「リオンさん!久しぶりー」

ベクルは何だか呆れたような目でこちらを見ている。『リオン・クロムナイト』、兄さんと一緒に冒険をしている冒険家で『朝露の魔術師』の異名を持ってる凄い人だ。

リオンはベクルを押しのけるとこちらにツカツカと歩き出し、私の目の前で跪いた。パンを持ってない私の手をとって、私の目を真っ直ぐに見つめて言葉を出した。

「今日こそは頷かせてみせます!レストさん!僕と結婚してください!!」

聞き慣れた言葉を耳に入れながら、私はパンを囓った。

「ん~。ほめんえ~。…ごくっ。まだそういうのは…」

「何故ですか!?僕の事が嫌いなんですか?!そうでないなら何故!?!」

「ほら、駄目って言われたんだから下がる」

ベクルはリオンのローブを掴むと思いっきり引っ張って後ろに投げた。リオンはこちらの目を見つめたままドカッと音を立てて壁に打ち付けられた。ちょっと乱暴すぎる気がする…。

「ベック、お客さんなんだからもっと丁寧に扱わないと」

「そうだけど…。はぁ。レスティも断るならきっぱり断りなさい」

中途半端な態度が駄目だ、と言いたいのだろう。でもリオンは素敵な人だ。実際、性格も良い人で強くて非の打ち所が…しつこいくらいしかないくらいの人だ。冒険に出て、帰ってくる時は必ずここに足を運んでくれる。だから兄さんを見かけた時は来るんだろうなと思っていた。

「断れないよ、こんな良い人の申し出なんだから…。ベックだってそうでしょ?」

「私だったら問答無用で手を切るかな」

「何故!?僕の手が何をしたと!!」

「人の手を気軽に取ろうとするのが気に食わない」

笑いながら言っているが、言葉の奥は本気だ。ちょっとした凄みを感じた、そんなに嫌なのだろうか。人の手、というより私の手、に言っているような気もするけど。

「ははは…。手厳しい、しかし!僕は諦めませんよ!こんなにも可愛らしく!愛らしい!そして優しい人はこの世にいない!!」

褒めすぎな気もするけどリオンはこういう人だ。明るく、爽やかでこんなに言われても笑顔を絶やさない素敵な人。私には絶対に似合わない、それくらいの人だ。

「レスティ…。そろそろ追いだしていい?」

「駄目だよ!折角来てくれたんだよ?良かったら牛乳飲む?」

「飲みます!お話出来るのなら何時間でも!!」

ベクルは呆れ顔で一脚、椅子を持って来て適当な所に置いた。カップをドン!と勢いよく置くとリオンを睨みながら牛乳を注いでいく。

「それで!何をお話しましょうか!僕の冒険譚でもお聞かせしましょうか?」

「いいですね~。それ、是非!お聞きしたいです!」

冒険という物から遠い私にとっては良い機会だ。ベクルは普段、私を気遣ってなのか冒険の話はしない。昔は名の通った冒険者だと言うのに、その偉業を鼻にかけない所が良いところではあるのだけれど。

リオンはまだ睨んでるベクルを横目に見つつ、カップを手に取り、語り始めた。

「そうだな…。今回は『マギニカ』に行ってきたんですよ。『星の左手』の視察にね」

聞いた事はある。『魔法特区マギニカ』、古代の魔法都市であり、今もなお動き続いている不死の街。どういう理屈かは分からないけど、常に街の家々は光輝き、暗闇に呑まれる事なく動いている…と言われている。

『星の左手』は『マギニカ』のすぐ近くにある渓谷地帯だ。魔導機械が掘削作業を今でも続けていて、星の中身まで達する…と言われているくらい深くまで掘り進んでいるらしい。何本にも分かれた谷が上空から見ると手の形に見えるから『星の左手』。魔物が多く、危険地帯の最前線だ。そこには…きっと…。

「『星の心臓』、まだ見つからないんです。それさえあれば星を救えるのに」

リオンは溜息交じりに話した。『星の心臓』、それさえあればこの星に存在する『天界』に到達出来る唯一のエネルギー、…と言われている。予言書に書かれてる事だ。『天界』に星を救う方法が残されていて、『星の心臓』がそこに辿り着く鍵だと。お父さんも、兄さんもそれを探して旅してる。

お父さんは『星の心臓』無しで『天界』への到達を試みた。その先で、『天界』の存在だけは確認して生還した。そのしばらく後に、病気を患ってしまったけど。スケッチが今でもお父さんと、兄さんが所属している冒険者ギルド『エーワンス』に飾ってある。

「成果無しで帰ってきたって事?まったく、大層な二つ名がついてる癖に」

「それは…!ベクルさんだってそうじゃないですか…」

「私は最初っから本気で探してた訳じゃないわ。予言は予言よ」

ベクルはトーストを囓りながら呟いた。

「えっ、本気じゃなかったの?」

私の口から思わずこぼれでた。

「当然でしょ?私は…。私は、皆が勝手にもて囃すから、他にやりたい事も無かったし…。今、こうしてるのが答えよ」

兄さんと打ち合う時に言った、「私が護る」。それが答えだと言ってくれるのなら、これほど嬉しい事は無かった。

「…私、あなたの生きがいになれてるのね」

ベクルは何だか恥ずかしそうに目を逸らした。こういう所が可愛い所だ。思わずつっついてやりたくなるのを抑えながらトーストを口に運んだ。リオンは何だか不機嫌そうだけど、何か悪い事を言ってしまったかな。

「ご、ごほん!ともかく!『星の左手』には潜ったんですけど…。成果は…あ!そうだ!気になる報告を現地の調査隊から受けてて…」

「あの調査隊の言う事を真に受けるの?よっぽどネタが無いのね」

聞く限りではかなりの変人が隊長らしい。変すぎて…ベクルが思わず鼻で笑うくらい。それでも実力があるから調査隊の任務に就いているはずだ。話を聞くだけなら価値があると思う。

「えーっと…。魔力の異常消費が検出された場所があって…次はそこの調査に…何処だったかなー?」

「レスティ、摘みの時間よ。行きましょう」

ベクルは腕に巻かれた時計を見て呟いた。もうそんな時間、慌ててトーストを頬張るとそれを牛乳で流し込んだ。ぷはぁ、と息を吐くと立ち上がってリオンに向かい頭を下げた。

「ごめんなさい、もう行かないと」

「あ、いえいえ。僕は今日、あなたに会えただけで幸せです!」

「はいはい、お帰りはあちら。真っ直ぐ行って飛んでってー」

「まだ飛びませんっ!!船の修理にちょっと時間が…」

有無を言わさずにベクルはリオンの裾を掴むと扉を開けて外に放りだした。私は裏口から外にある厩舎に向かうと、馬の背を撫でながら空を見た。日が高く昇っている、絶好の草摘み日和だ。手綱を持って、荷車の傍につけると嗅ぎ慣れた草の匂いがした。

「レストさん!今度は僕が手料理を披露しますからね!!」

「さっさと行きな!ノーエルに怒られるよ!?」

苦笑いをしながら、リオンを見送った。さぁ、薬草摘みに出かけよう。


『カントリーヒル』の風車地帯を抜けた先、街の南西の方にそこはある。霊峰『ドラゴニア』から吹き下ろす風を受けて、のびのびと育った草花がそこにある。名も無き草原地帯、誰もが知っているけれど、誰もが行かない場所。そこには何も無いから、そこには誰も来ない。

薬草の群生地なら他にもあるし、何より誰かが既に市街地の近くで栽培している。わざわざこんな遠くまで来る必要なんてないのだ。でも、私はここが好き。お父さんと、お母さんと、家族の思い出がここに詰まってるから。この仕事振りを怒る人もいないし、笑う人もいない。だから私は今日もここへ足を運ぶ。

大きな一本木、丘の上にあるそれが見えたらすぐそこ。その下に、どこまでも広がりそうな草原と、色取り取りの花が舞っている。そこが私の仕事場所。

歩みを止めて、馬をいつもの場所に置いておくと、『天光斬月』の柄に巻いたバンダナを解き、自分の頭に巻いた。

「さ!仕事しよう!」

「ええ。始めましょう」

ベクルも、柄に巻いた鉢巻きを解いて自分の頭に巻いた。二人の仕事へのスイッチが入った瞬間だった。と言っても、ただ草を摘むだけの仕事だけれど。


何故こんな事をしているのか、それは私が、それ以外、何も出来ないから。私は兄さんのように強く生まれなかった。いくら剣の修行をしても、魔法の修行をしても、どちらの才能も目覚めなかった。そんな私にお父さんが教えてくれたのが薬草摘み。ただ草を摘むだけだけれど、このいっぽん一本を摘み取る時間がとても愛おしい。

その中で、ミントの花を見つけた。雑草の中に生えた、たった一輪の。この花を何となくで見つけた時、お母さんの顔が浮かんだ。だからあの時、選んで持っていったんだ。大好きになった理由はたったそれだけ。名前も分からない草花の中から、お母さんを見つけ出せたような気がして、目を少し逸らせばそこかしこに咲いてるのも愛嬌だ。でもあの時は、この花しか見えなかったんだ。無数に咲いた名も無き花の中から、あなたを見つけられたよ。

私が少し、物思いに耽ってるのを見たのかベクルが傍にいた。キラリと光る、腕に巻いた時計がちょっとだけ気になった。

「その時計…。腕に巻けるなんて珍しいね」

ベクルはちょっと驚いた様な顔で時計を見た。私が今までそういう事を言わなかったのもあるけれど、変な言い方をしてしまったのもあるかも。

「ああ、これ…?よく分からないけれど、代々伝わるものらしいの。何回も直して直して…」

きっと私にとってのミントの花と同じくらい大切なものなのだろう。そっと外すと私に手渡してくれた。手の中で、時が一秒、刻まれていく。不思議な感覚だ、これが正確だと言い切れないはずなのに体の奥底の時計と同じ動きをしているような感じがする。この時計には、何か、不思議な力が…。

私がぼーっと見ていると、風の足跡が一つ、二つ、草原を駆けていった。違う、確かに感じた、今のは風じゃない。確かに人の足跡が、一つ、二つ。思わず自分の目を疑って視線を動かす。走る足跡が、草を踏みつけて一つ、二つ、三つ。誰?私の手が思わず緩んだその瞬間。

「ガサッ!」

「きゃっ!!」

白い何かが、勢いよく飛び出した。それは私の手にぶつかって、草むらの中へ隠れていった。よく見えなかった、兎?思わず私は手を付いて崩れた。

「レスティ!大丈夫!?」

「う…うん…。あ!あれ!?時計!!」

手のひらを見てみても時計が無い、さっき手を付いた場所をかき分けても無い。周りを見渡すと、草むらの中で何かがきらりと光った。間違い無い、時計だ。でも素早く動いている。さっきの兎が体のどこかに引っかけたんだ、追いかけなきゃ、言葉に出すよりも早く体が動いていた。

「レスティ!?」

まずい、森の中に入っていく。そうしたら見つけられなくなる。大事な時計なのに。私が見つけなきゃ、足は驚くほど軽く、自分でも訳が分からないほど早く走っていた。光はまだ見失ってない、ゆらり、ゆらりと揺れながらこちらを誘うかの様な光は暗い、暗い森の中にその身を投じていく。

こんなに道を外れた事は無い。広い、広い草むらから離れて森の中に入ったのは初めてだ。少しだけ息が苦しい、光は足元でこちらを見上げている。どう絡んだか分からないが小さい首に時計が綺麗にはまっていた。驚かせない様に、ゆっくりと手を伸ばした。あと少しで触れそうな所で、光は逃げていった。駄目、掴まえないと、あれは私の。


暗闇に逃げる光に手を伸ばした時、暗闇から伸びる手が見えた様な気がした。


――「レスティ!!」


私の目の前には――ベクルがいた。

ハッとした。自分が何をしていたか分からないけれど、いつの間にか『何か』に囲まれている。気配を感じる、それも多くの。

「ベ、ベック」

「私の後ろから離れちゃ駄目…!分かった?」

かさかさと暗闇から何かが這い出てくる。『魔物』、植物に擬態したものから虫に擬態したものまで、生物とは異なる『魔力で生きる物』。ずっとあの草むらを選んでいたのは『魔物』が少ないから。こんな森深くまで足を運んだ事なんて一度も無かった。ベクルがいればなんて事はない、けど。

時計が、あんな遠くにある。ベクルに返さなきゃ、大事な物。あの時計が刻んでる、刻んできた時は何より大事な物だから。取り戻さなきゃ、『私が』。

「でも、時計が…!」

「いいから!作り直せばいいだけ!」

ベクルは『フラムベルク』を抜いて臨戦態勢だ。正面からこちらに寄ってくる魔物を切り払い、私の方へ向かってくる魔物は見えない何かで貫かれ、消えていく。私が足を引っ張っている、そんなのは分かっている。ベクルは目で見て無くても敵の気配を察知して、そこに突きを正確に放っている。魔物がいくら格下だとしても囲まれたこの状況は芳しくない、私も、戦わなきゃ。


(…お前にも父さんの血が流れてる。忘れるなよ)


『天光斬月』を抜いた。息が荒い、実戦なんて始めてだ。打ち合いなら何度かやった事がある、ベクルにかなりの手を抜いて貰って。でも、あと一歩が、あと一歩が出ない。

「レスティ?!無茶しなくていい!ここは私が!」

必要なんだ、力が。違う、ただの力じゃない。特別な、特別な何か。言葉に出来ない。呼吸がますます荒くなる。必要なんだ、何か。今ここにはない、何か。視界が霞む、思考がぼやける。駄目だ、こんなんじゃ駄目だ。

風の足跡が、一つ、二つ。迫って来る。それが私を通り抜けた時、答えがその先にある気がした。

振り向いたその瞬間、光が闇に呑まれそうになっていた。あんなに遠くにある時計の一秒を、はっきりと目で捉えた。止まれ、止まれ――止まれ!!


「お父さん、ほんの少しでいいから――」

「私に――『勇気』を…」


指先がちりちりする。

体の奥から何かが溢れて来る。

腕と『天光斬月』が併せさり――弾ける!

初めて味わう感触なのに、まるで懐かしい感覚。


剣身から突如あふれ出た光は。

時計回りに『一閃』の内に辺りをなぎ払うと。

全ての魔物の動きが『停止』した。


何が起きたか分からなかった。

分かったのはその『停止』した魔物を瞬時にベクルが倒してくれた事だけ。

私は思わずその場にへたりこんだ。

何をした?何が出来た?分かったのは『天光斬月』が光輝いた事くらい。剣身を見つめるも、それはいつも通り、ピカピカに磨かれた見慣れた剣だ。

「レスティ、今のは一体…。レスティ?!」

ベクルが慌てて私を助け起こそうとする。なおさら何が起きたか分からない筈だ。私にだって分からない。

「私が…やったのかな…?」

自分の腕が信じられない。いくら見直しても、いつもの腕だ。剣はいつも通り重いし私には何の力もない。

「わ、分からない…。ただ、魔物の動きが…まるで一瞬、死んだかのように止まった…」

私にもそう見えた。まるで、何かに圧されるかの様に、決して抗えない何かの様に、それは力と呼ぶには余りにも圧倒的すぎて、止める事の出来ない『現象』と呼ぶのが相応しいと思った。黒雲から落ちる雷の様に、山が怒ると揺らぐ大地の様に。少なくとも、私の力ではなかった。

「…そうだ!時計!」

慌てて駆け寄ると、体のあちこちに傷を負った一羽の兎がいた。倒れ込んでいて、傍らに外れた時計がある。いつの間にか痛めつけられていたみたいだ、それでもまだ息はある。

ついさっきまで摘んでいた薬草をすり潰し、布に染み込ませたあと丁寧に巻いた。効果があるかどうかは分からない。人には効果があるけれど、きっと良くなると信じて手当するしかない。何でかは分からないけどこの子には大切な何かを貰った気がするから。

一回、二回と頭を撫でてやると目を覚ました。驚いて逃げてしまうのかと思ったけど、こちらを見ると、差し出した手に頭を擦りつけて怯えた様子はない。この子はこのままでいいのだろうか。

「君は…どうしようか」

「外れた所とはいえ、こんなに魔物が増えてるなんて…。安全ではない、かもね」

予言書の一部には魔物が増える事について書かれている。永遠の黄昏、なんて大袈裟な文句も信じてしまいそうになるくらいにはその通りになりつつある。昔々には人で星を埋め尽くしていた、なんて事が書かれていたのだが信じられない。人も星も、死に行く直前だ。

「…一緒に来る?」

その言葉に反応したのかどうか分からないが、言葉が終わるや否や私の肩に飛びついてしがみついた。まだすり潰していない薬草を一つ、口の前に持っていってやると威勢良く食べ始めた。これが主食になると困っちゃうけど。

「時計、壊れてないわ。不思議なくらい頑丈ね」

「良かった。昔から今まで刻んできた大事な物だもの」

ベクルは腕に時計を巻くと、不思議そうな表情で私を見つめた。

「…そんなに大事な物ではなかったんだけど。護ろうとしてくれて、ありがとう」

そんなはずはない。絶対に大事な物だ、だって、手にした瞬間に分かった。

「その時計には千年くらいの重みがあるもの。大事にしてね」

きょとんとした顔をすると、ぷっと笑い出した。

「なにそれ。そんな事ないわよ、変な事言わないで」

「えー?絶対あるよ!何か、持ったときにふわっと感じる物が…」

「はいはい。その辺にする。早く戻りましょ」

頭に手をぽんぽんと置かれ、歩き出す。急いでついていこうとすると、風の足跡が一つ、二つ。

不思議だった。私はこれを『足跡』だと思っている。何でそう思うのかは分からない。『足跡』なら、誰かがここを通った、という事だ。この星が何年前からあるかなんて分からないが、この場所を通った人なんて何人でもいるだろう。でも、それが見えるという事は、何かを私に伝えたいのかもしれない。

私はその『足跡』を辿り、家路に就く。誰かがそうしたように、私もそうする。私が『足跡』を残すのだとしたら、どんな事を伝えたいだろうか。

「そうだ。さっき起きたあの光、ミリルさんに聞いておかなきゃね」

「…うん。そうだね」

あの人なら、何か知っているだろう。薬草をたっぷり積んだ馬車を走らせながら、夕陽に向かって手を突きだした。黄昏の光は私の手を少しだけすり抜けて、いつもよりちょっとだけ眩しく感じた。

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