ep4.こんなに幸せでいいのだろうか?
名物の
文房具をはじめとした学校用品や注目の書籍はもちろん、倉庫型の店内には生活用品や電化製品、さらには冷凍のそれを中心とした食品・食材も取り揃えられている。
冬休みの開始を翌日に控えた夜、親しい友人たちと少し早めのクリスマス・パーティーをすることになった。
参加者はドラゴニュートのリンドバーグと、あのエルフとドワーフのオタク三人組、そしてもちろん、親愛なる吸血鬼のココ・ヘミングウェイ。
会場であるゴブリン寮に向かう前に、みんなで食料調達に繰り出した。
ショッピングカートはたちまち一杯になった。支払いには学食と共通のミール・カード(食品類の購入に使えるプリペイドカード、週一回学校から定額がチャージされる)が利用できるしレジは割り勘決済にも対応しているのでそこは問題ないのだが、買い物袋は四袋にもなってしまった。
「ったく、なんでうちの学食は夜間営業やってねえんだよ」
「生徒の生活力を養うためじゃないかな? 三食学食頼みだと自活しないからね」
帰寮して早速料理に着手しながらぼやいたビアンカに、ウィリアムが答えた。
やれやれとなおもぼやく相棒の声には、言葉とは裏腹の楽しい気分が溢れだしていた。
当日になって突発的に企画されたクリスマス・パーティーには丸焼きのドードー鳥もロースト・ジャッカロープもなかったけれど、テーブルには大量のスナック菓子と冷凍のピザとポテト、それに余り野菜のポトフと全員分のコップがある。
子供用のノンアルコール・ネクタルで乾杯して、メリークリスマス! と合図不要で全員が声を合わせて、そんな風にして今年最後のパーティーははじまった。
最初に持ち出された話題は『ヴィーガニズムとバロメッツ』のことだった。
「ヴィーガンはわかるけど、ハートフィールド氏、バロメッツってのはなんだい?」
「ええとね、バロメッツは半分植物で半分動物という奇妙な草本植物で、これは、果実ではなく羊を実らせるんだ。合衆国では主に牧場のサイドビジネスになってる」
「羊って、メェメェいう、あの羊ちゃんですかぁ?」
「うん、正真正銘の生きた羊。サイズはせいぜい大玉のメロンくらいで、これなら普通に羊を育てたほうがよほど効率がいいと、これまで作物としての価値はあまり認められていなかった。
しかし昨今、ある運動の隆盛によって、急速に需要が高まっている」
「あ、わかったぞ! ズバリ、そのバロメッツは半分動物だけどもう半分は植物だから、菜食主義者でも食べられるってことじゃないか?」
ご名答、とホビットの同級生に肯くウィリアム。
半植物半動物(慣例的な分類でいえば『半魔獣』である)のバロメッツは動物食を否定するヴィーガンの一部にも受け入れられており、クリスマスにはロースト・バロメッツの需要も高まっているらしい。
例によってナショネオから仕入れたトピックは直後にビアンカが発した「そんな言い訳がましい真似しねえで、肉が食いたきゃ素直に羊食った方が早いし安上がりだろうがよ」というごもっともな感想によって終わってしまったが、そこを皮切りに、今度は各種族の『クリスマス観』の微細な違いで盛り上がった。
ホビットは集まって酒を飲み、ゴブリンは食器や家具の手入れをし、吸血鬼は棺桶に引きこもる(ヘドの出そうな吸血鬼アピール、とココは小声で毒づいた)。
知られざる隣人の文化が浮き彫りになったが、各種族に共通しているのは『クリスマスは家族で過ごす日』というエンパイア的な原則。
しかしこれがジパングになると『クリスマスは恋人と過ごす日』が一般認識だそうで、国と国の文化の違いもまた面白かった。
クリスマスの話が終わると、今度は冬休みの予定の発表会になった。
ビアンカは弟妹を映画に連れて行くと話し、オタクトリオは
リンドバーグは引きこもって過ごすと言い(ドラゴンっぽいでしょお? と彼女は笑った)、里帰り予定のココは帰りたくないとビアンカに泣きついた。
時間は過ぎていく。料理とお菓子は減っていく。
しかし話題と笑顔はどこまでも尽きない。
ホビットたちにかつてやっていた動画配信を話題にされたココが「黒歴史だからやめてええ!」と本気の悲鳴をあげ、実は隠れリスナーの一人であったメガネエルフが「あれはバーチャルすら超越した至高の
学食の夜間営業についてリンドバーグが陰謀論めいた噂話を披露し(実はレストランホールには秘密のお部屋があってね、夜はそのVIPルームで重要人物をもてなしているのだぁ!)、そこからはじまった『プラード七不思議』という噴飯物のエピソード群に、話者であるドラゴン娘を含むみんなが爆笑した。
時計が九時半を指す頃、流石にそろそろおひらきという空気が漂いはじめた。
パーティーの最後に、ビアンカはバルボア家秘伝のホット・チョコレートをみんなに振る舞った。
湯気の立つマグを口に運んだ瞬間、そのあまりのおいしさにみんなの表情がぱっと輝いた。
その様子を見ながら、ウィリアムは、こんなに幸せでいいのだろうか、と思った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
来年もよろしくね、と言ったココに、気が早えよ、とビアンカが返す。
「まだ明日も授業があるだろ? 半日だけだけど」
「うん。でも……でも、来年もよろしくね!」
ココがそう言うと、少しの間の後で、リンドバーグも同じように言った。
続いてメガネのエルフも、二人のホビットも、口々に「来年もよろしく」が飛び出す。
「……おう、みんな、来年もよろしくな」
根負けしたようにビアンカも言って、それでその日は本当におひらきになった。
満たされていた。なにもかもが満たされていた。
以前は広すぎるとすら感じたゴブリン寮が、ついさっきまで、大勢の友達で手狭に感じられるほどだった。
そして彼らが去った今もまだ、みんなが残していった何かで、一杯になっている。
すべてが順調だった。
一切が順風満帆だった。
こんなに、こんなにも――。
「……あのさ、ウィル」
想いに打たれて言葉もないウィリアムに、ビアンカが言った。
ぼそっと、言った。
「……その、来年もよろしくな……あたしの飼育員さん」
こんなに幸せでいいのだろうか? 紳士はもう一度、心の中でそう呟いた。
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