ep2.あたしらが人類、守んぞ。

 ゴブリン寮のキッチンスペースで、ビアンカが料理の腕を振るっている。

 同じ室内ではココがサンチャゴにカツオブシをあげている。ウィリアムは友人用のココアと自分用のコーヒーをトレイに乗せてテーブルに戻る。


「それじゃあ、サンチャゴはもともと捨て猫だったんだね」


 ココの前にココアのカップを置きながら、ウィリアムは吸血鬼の友人に聞いた。


「うん、入寮の日に学校の前に捨てられてたのを、一番乗りしたわたしが見つけたの」


 指が一本余分だったのが飼い主さんに気味悪がられたのかなと、悲しそうにココ。

 多指症の猫を幸運の象徴と見做す文化圏もあるのに、とウィリアムも嘆息する。


「拾った時この子はまだ生まれたばっかりで、しかもかなり衰弱していた。助けるには使い魔にしちゃうのが確実だって吸血寮の先生に言われて、それで、即決したの」


 素晴らしい判断だ、とウィリアムが賞賛し、ココがえへへと照れ笑う。


 ビアンカが料理を運んできた。

 大皿の肉料理とシーザーサラダ、そして山盛りのポテト。バルボア家のスペシャルグレイビーソースも登場した。


 あらかじめプレート等に盛り付けられてはおらず各自が好きなように取り分ける大家族スタイルの食卓には、笑顔と会話が途切れることがない。


「しっかし、考えてみれば不思議な縁だよなぁ」


 二本目のコーラのプルタブを引っ張り上げながら、ビアンカが言った。


「最悪の出会い方をした『コウモリ女』が、今じゃあたしを『ヴィッキー』なんて愛称で呼んでるんだ。この世の中、なにがあるかわかったもんじゃない」

「……ビッキーって呼ばれるの、イヤ?」


 不安そうな目でそう聞いたココに、ビアンカが、バーカ、と返す。

 返して、笑う。


「嫌なもんかよ、ただしみじみ感じ入ってるだけだ。……ダウンエッグの公立校に通ってた時も、そういや愛称で呼び合うような女友達って、いなかったな。トイレで陰口たたき合うような文化があたしには受け入れられなかったし、あっちはあっちであたしに一歩引いてたと思う。

 ……だからあたしにとって、ココははじめての女の親友マブダチだ」


 述懐する口調で延べ挙げられるヤンキー娘の本音の言葉に、不安に揺れていた吸血鬼の瞳が、不安とは反対の感情に潤みはじめる。

 そんな二人の友情の場面を、紳士は黙って見守っている。

 第三十五条、『紳士は無粋な雄弁よりも小粋な沈黙を旨とすべし』。


 食卓に会話を呼び戻したのはテレビだった。

 見るともなくつけっぱなしにしていたイブニングニュースから、聞き覚えのある声が流れてきたのだ。


「おい、お姉さんだ! あのお姉さんが出てるぞ!」


 テレビ画面に映っていたのはレンジャーのロデオお姉さんだった。セントール用の松葉杖をついたお姉さんに対して、リポーターがあれこれと質問している。

 事件の当事者である彼女に対して、謎のベールに包まれた高校生ヒーローについての証言を求めている。


「プライバシーもあるので私からお答えできることはほとんどありませんが」


 マイクに向かって、ロデオお姉さんは言葉を選びながら答える。


「一つだけ言えるのは、彼と彼女が最高のバディだったということだけです」


 彼と彼女、つまり男子生徒と女子生徒!? 二人はカップルだったんですか!?


 リポーターはなおも質問を続けるが、パークレンジャーはそれ以上なにも答えなかった。

 代わりに最後にマイクを借りて、カメラ目線で誰かに向かって話しかけた。


「みんなたち! 絶対にまた来てね! 今度はジップラインをやりましょう!」


 公共の電波に乗せて届けられたメッセージをしっかと受け取って、C班の三人は互いに顔を見合わせて、誰からともなくにんまりと相好を崩した。


 そのようにして食事と歓談の時間は過ぎていく。

 サラダとポテトと肉料理の皿がテーブルの上を行き交い、グレイビーソースが繰り返し絶賛される。


 ビアンカがスマホも携帯も持っていないことを知ってアドレスを尋ねたココが驚愕する。

 いまだにココをヘミングウェイと呼ぶウィリアムに「ウィルもココって呼んで」とココが迫り、「ミスが取れただけでもこいつにとっちゃ頑張ってるほうだ」とケラケラ笑いながらビアンカがフォローを入れる。

 ココがやっている動画配信に他の二人が真剣な関心を寄せる。


 最近見た映画の感想が、学術誌に掲載されていた興味深い研究が、漫画の感動ポイントが。

 あらゆるジャンルの話題がごちゃ混ぜのちゃんぽんに語られる。


 時間はあっという間に過ぎ去り、窓の外はいつの間にか真っ暗になっていた。


「うーん、本当にヴァンパイア寮まで送っていかなくていいのかい?」


 帰り支度をしているココに、ウィリアムはもう一度だけ申し出た。


「大丈夫、夜は吸血鬼の時間だから。それにサンチャゴと一緒だから寂しくないもん」

「だけど、夜道を女の子一人で行かせるのは、紳士として抵抗を感じる」


 なおも食い下がるウィリアムに、ココはふんわりと微笑んで。


「えへへ、嘘ついちゃった。ほんとはね、ちょっとだけ寂しいかも」

「なら……」

「だからこそ、だよ。だからこそ、ここでおやすみを言ってバイバイしておかないと、きっと余計に名残惜しくなっちゃうから」


 そう言って、ココはウィリアムがなにか言うより先にドアを開けた。

 冬の夜の冷気が、忍び込むようにして室内へと流れ込む。


「ココ、これ巻いてけよ。寒いからさ」


 ビアンカがマフラーを持ってきて、手ずからココの首に巻いてあげる。

 ココはお礼を言って、幸せそうにマフラーに頬を埋めた。


「ねぇウィル、ねぇビッキー」


 別れ際、最後にちょっとだけ振り返ってココは言った。


「わたし、やっぱり二人はヒーローだと思う。だってあなたたちのおかげで、わたしは嫌な子を卒業できたんだもん」


 吸血鬼の少女はもう一度えへへと笑って、それから、おやすみを言って歩き出す。

 マフラーを巻いた吸血鬼と黒猫は、静かな十二月の夜の中へと消えていった。


「……なぁウィル」


 ココを見送ったあとで、ビアンカがウィリアムに言った。


「……あれ、ほんとにあたしがぶん殴ったコウモリ女と同一人物か?」

「……疑いたくなる気持ちはわかるけど、紛れもなく同一人物だよ」


 ウィリアムが肯定すると、ビアンカは弱り切った調子で頭を振って。


「……まいったな、保護欲ってのか? そいつが爆発しそうだ。今度あいつが誰かに意地悪でもされた日にはあたし、相手を半殺しにしないで済ます自信がない」

「……もしかして、あれが俗に言う吸血鬼の魅了チャームってやつなのかも」

「……おいおいおい、勘弁しろよ。自尊心を克服した吸血鬼がみんなココみたいになっちまうってなら、人類はたちまちヤツらに支配されちゃうぜ」


 これ以上ないほど巨大な主語が付与された相棒の台詞に、しかしウィリアムも真顔で肯き返す。

 無理もない。『嫌な子を卒業』したココ・ヘミングウェイは、それほどまでにスナオカワイイ良い子だったのだ。


「とにかく、この大いなる秘密は世界に隠し通す。それでひとまず世はこともなしだ」


 あたしらが人類、守んぞ。

 エルフとゴブリンは割と真剣シリアスに地球防衛を誓い合った。

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