ep9.いっそ雪でも降ってくれれば

 十数分後、視聴覚準備室。


「ほうほう、ゴブリン寮・ウィズ・ヘミングウェイとは、こりゃなんとも意外な組み合わせだのう」


 台詞と口調が全然一致していない、そんな印象をウィリアムは抱いた。

 自分たちとヘミングウェイが一緒に居ることを、ティーチ先生は意外ともなんとも思っておらず、むしろどこかで予想すらしていたのではないだろうか。

 根拠はないけれど、なぜだかそんな気がした。


 そうしてやってきた自分たちが、こんな申し出をしていることも含めて。


「しかもその意外な組み合わせの君たちが、遠足の班まで一緒にしてくれとはのう」


 もはやわざとらしさすら感じる声で「予想外だのう、まるっきり想定外だのう」とティーチ先生。

 なんだかちょっと楽しんでいるようにさえ見える。


 しかしとにかく、それこそがウィリアムとビアンカが同時にたどり着いた結論だった。

 ヘミングウェイを自分たちの班に迎え入れること。迎え入れて、向けられる悪意から保護すること。

 お互いに言葉にはせず、しかし暗黙のうちに意見は一致していた。


 平静を装ってはいたけれど、内心、ウィリアムもかなり頭にきていた。

 相棒のストッパーという役回りがなければ、正直自分もどこまで紳士的な態度を保てていたかわからない。

 ああ、どうして友達に向かってあんなひどいことを言えるのだろう?



「なぁ旦那、頼むよ。どうせあたしとウィルは同じ班になるんだろ? だったらそこにココも突っ込んで欲しいんだ」


 仲間はずれが出るのは好きじゃないって旦那も言ってただろ?

 そんな風に必死を極めるビアンカの訴えかけを、ティーチ先生はふむふむと肯きながら聞いている。


 相棒が先生を説得するのを横目に見ながら、ウィリアムはヘミングウェイの様子を伺った。

 さっきから変わらず、吸血鬼の同級生はジッと黙って俯いている。


 無理もない。彼女はついさっき、仲の良かった友達から手酷い裏切りを受けたばかりなのだ(本当に、どうしてあんなひどいことを)。

 自分たち高校生にとって、人間関係の崩壊はそれこそ世界の崩壊にも等しい大事件だ。


 それに、ヘミングウェイはビアンカを苦手にしている。もっとストレートに、嫌っているとすら言える。

 辛い状況に出しゃばってきたのが僕たちだったのは、彼女にとっては地獄がまた別の地獄に変わっただけなのかもしれない。


「別に、僕たちと同じ班である必要はないんです」


 ウィリアムは言った。


「ただ現在、ヘミングウェイは過酷な人間関係の渦中にあります。ですから先生にはその点にご配慮いただき、トラブルのあった相手と彼女とを離した人事をお願いしたいんです」

「そう、それだ! あたしもそいつが言いたかったんだ! とにかくあのクソ女どもとは分けてやってくれよ。じゃなきゃココは大勢の中でもひとりぼっちだ」


 底が抜けた態度を装いながら実は生徒ぼくたちのことをよく見てくれているこの先生ならと、そう信じて口にした申し出に、相棒が力いっぱい賛同してくれた。


「ふむ、なるほどのう。だいたい事情は飲み込めたよ」


 そう言って、ティーチ先生はそこにいる三人に視線を配った。

 口調はのんびりしたものだったが、眼鏡の向こうの目つきは鋭い気がした。


「そうだなぁ、ヘミングウェイはどう思うかね?」

「……え?」


 急に話しを振られたヘミングウェイが、おずおずとティーチ先生を見た。


「さっきから黙りこくっておるが、そこの二人が必死になって訴えておるのは、そもそも君の処遇に関することなんだ。なのに肝心の君が他人事でいてどうする?」


 優しく、しかし叱って諭すようにティーチ先生は言って、続けた。


「のうココ、君の希望を聞かせてくれんかな? ゴブリン寮の二人と一緒の班がいいか、それとも別の班がいいか」


 どちらにせよ、悪いようにはせんから。

 ティーチ先生は最後にそう約束した。


 ヘミングウェイは少しだけ黙り込んだあとで、再び俯きがちになりながら。


「……一緒でいい……」

「うん?」

「……この二人と一緒でいい……です」


 ヘミングウェイのこの答えが、ウィリアムにはまったく意外だった。

 けれどティーチ先生の方には驚いた様子など全然なく、むしろ納得したように「そうかそうか」と笑顔で肯いた。

 そんな先生の様子は、やっぱりすべてお見通しという感じがした。


「それじゃああとは先生に任せて、三人とも今日は自分の寮に帰りなさい。週末を使ってしっかりと準備して、月曜日は大いに楽しんでおいで。心配はいらないから」


 先生にそう促されてその日はおひらきとなった。




「……先生、ありがとうございました」


 ヘミングウェイとビアンカが退出したあとで、一人残ったウィリアムはティーチ先生に向かって深々と頭を下げた。

 久しぶりに先生への尊敬心が刺激されていた。

 やっぱり僕はこの先生が好きだな、と少年は思った。


 しかし。


「……そうまっすぐに感謝されると言いにくいんだが、実はちと問題があってな」

「え? ヘミングウェイに関係することですか?」


 ウィリアムが問い返すと、いや、彼女のことじゃない、とティーチ先生は答えて。


「はっきりとしたことは言えんし、そもそも私にも全然事情が飲み込めておらんのだが……実は、グリーンバーグ教頭から妙なお達しがあってな」

「……教頭先生?」

「どうも良くない予感がするのう……杞憂だと思うがウィリアム、十分に気をつけて行って来るんだぞ? 帰寮してただいまを言うまでが遠足なのだからな?」


 ティーチ先生はそうウィリアムに念押ししたあとで、ため息交じりに独り言ちた。


「……いっそ、雪でも降ってくれればいいのだがなぁ」

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