エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ

東雲佑

プロローグ

必殺ゴブリンパンチ

「ねえねえ、ねえ。なんかゴブリンくさくなあい?」


 校外学習のランチタイム。聞こえよがしの陰口が都市公園パークに響き渡った。

 一応の礼儀としてウィリアムが声のした方を向くと、案の定というべきか、視線の先ではいつもの吸血鬼バンパイア女子が仲間たちと一緒にこちらを指さして笑っていた。


 やれやれまたはじまったか、ウィリアムはため息をついて肩をすくめた。

 入学からこの方、どういうわけかあの吸血娘はやたらと彼に絡んでくるのだった。


 ウィリアムがまともに取り合わずにいると、吸血娘の悪口はさらにエスカレートしていく。


「ゴブリンとか超マイノリティ~」

「どうしてうちみたいな名門校にゴブちゃんがいるの~?」

「緑色のお肌超キモ~」

「ざぁこ♪ ざぁこ♪ 伝統的ざぁこ♪」


 そうした毒舌が立て板に水と続いた。なぜかスマホのシャッターまで向けられた。


「まったく、ひどいもんだな。ウィリアム君、あまり気に病むなよ?」


 同じクラスのエルフ男子が、気遣う言葉をかけてくる。

 だが実のところ、ウィリアムはそれほど気に病んではいなかった。

 紳士百箇条より第八条『相手がどういう人物であるかよりも、大切なのは自分がどういう人物であるかだ』、このゴブリンの少年はそのような信念を所有していた。

 そして自分がどういう人物でありたいかならば、ウィリアムは誰に聞かれても即答できる。


 生まれた種族はゴブリンでも、心はハイエルフたれ。

 それが彼の座右の銘だ。


「ありがとう、親愛なる友よオールドスポート。お気遣い痛み入る。だが――」

「確かに君はゴブリンだが、しかし生まれの種族しか誇るもののない奴などゴブリンにすら劣るというものだ。下等なゴブリン以下のゲスの極み、そうだろう?」

「……え? ……あ、はい」

「だいたい、エルフが八割を占める我が校においてはバンパイアだって少数派だろうに……まぁ下級種族のゴブリンと高貴種のバンパイアじゃ希少の意味も違うが……」

「う、うむ。そうだな」

「いやぁ! それにしてもありゃひどいな! よし、ちょっとこの私が、この高身長・高魔力に確かな家柄の、このディミトリ・レノックスが抗議してきてあげよう!」


 いやお気持ちだけ有り難く頂戴しときますんで、と。

 ウィリアムがそう遠慮を告げようとした、その時である。


「――おい」


 お手柄チャンスに浮き足立つ同級生より先に、何者かが状況に介入したのだ。


 ウィリアムたちと同じ学校の制服に身を包んだ女子生徒だった。

 スカーフの色からして彼や吸血娘と同じ一年生のはずだが、しかしはじめて見る顔だ。

 同級生らしい女の子は、毒舌を続けるもう一人の同級生にまっすぐ歩み寄り。


「テメェさっきからうるせえんだよ! このコウモリ女!」


 全身を使って殴り抜く、痛快なまでに豪快なパンチを放ったのだった。


 殴られた吸血娘が派手に吹っ飛んだその光景に、目撃した全員が我が目を疑った。

 吸血鬼は高貴な割に貧弱、かつ、晴れの日中にはその貧弱ぶりがさらに重篤化する種族である。

 なので殴られた側が簡単にノックアウトしたのはまぁ、驚きにあたいしない。


 みんなが目を瞠ったのは、鉄拳制裁を行った側にである。


「はっはぁ! どうだあたしの必殺ゴブリンパンチは! 恐れ入ったかクソ女!」

「い、いきなりなにすんのよ! なんなのよあんたは!」


 友達に助け起こされながら涙目で問う吸血娘に対して、パンチを繰り出した女子生徒はサムズアップからのサムズダウンでくたばれガッデムの意思表示。

 さらにFからはじまる四文字言葉フォーレターワードを口走りつつ、答えた。


「あたしはゴブリンだよ! テメェがさっきから散々ディスり倒してくれてるな!」


 その場の全員が、今度は揃って言葉を失った。


「はぁ!? なにそれ意味わかんないんですけど!?」


 全員が言葉を失いながら、全員が吸血娘に同意している。

 なにしろ、ゴブリンを自称するその女生徒は。


「あんた、どっからどう見たってエルフじゃん!」


 さらさらの金髪ブロンドに日差しを反射する白い肌。

 ついでに、凶悪な表情とのギャップがはなはだしい明眸皓歯ラブリーフェイス


 そう、その女生徒は誰の目にも、一目瞭然にエルフだったのだ。


「それってキャラ作ってんの? 高校生にもなって痛すぎなんですけど! やーい、オタク~! コスプレはハロウィンだけにしろ~!」

「……へぇ、年中ハロウィンみたいなコウモリ女が、まだまだ威勢いいじゃねえか」


 よせばいいのに挑むような憎まれ口を重ねる吸血娘に、自称ゴブリンのエルフ女子が不敵に口角を吊り上げる。

 それから、漫画コミックのキャラのように拳を鳴らして。


「オーケー、あんまりにヤワい殴り心地に一瞬やり過ぎたかと思ったけど、これなら遠慮はいらなそうだ。んじゃ、一試合連続第二号と行くか!」


 エルフ娘が拳を振りかぶり、吸血娘がヒッと小さく悲鳴をあげた。


「いくぜ、グランドスラムだ! 場外まで吹っ飛ばしてやんよ!」


 そして、今まさに二発目のパンチが繰り出されると見えた、その瞬間。


「――やめたまえ!」


 ウィリアムは走り出し、吸血娘を突き飛ばす。

 そして。



   ※



「……おいお前、何考えてんだ?」


 エルフの女子が、驚くと言うよりは心底呆れたように、問う。

 吸血娘の身代わりに必殺パンチを食らって吹っ飛んだウィリアムに対して。


「……お前を散々にディスり倒したクソ女を、どうしてそのお前が庇うんだよ?」


 たっぷり三秒もの滞空から地面に叩きつけられウィリアムは、みんなの視線を一身に集めながら、どうにか床ペロ状態から立ち上がった。

 立ち上がって、服装の乱れを正し、付着した土と埃を払って、にっこりと笑って。


「……いい質問だ、お嬢さんマドモワゼル。ああ、答えはこの上なくシンプルなものだ」


 心にハイエルフを宿したゴブリン少年は、胸を張ってこう言った。


「答えはずばり、『紳士として当然のことをしたまで』さ!」

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