夢先継承
森本 晃次
第1話 音を気にする少女
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。
中学時代には、目立つことなどしたことがない少女が、高校生になって急に目立ちたがりになるというのは、それほど珍しいことではないだろう。ただ、目立とうとしても実際にまわりが注目しなかったり、タイミングの悪さからか、滑ってしまい、まわりに顰蹙を買ってしまうことで、最初の意気込みとは裏腹に、急におとなしくなってしまいそうになる。
そんな人は目立とうと思ったことさえ、まわりに悟られることもなく、最初から影のような存在にしか思われていないだろうから、目立とうと感じた人は、実際にはもっとたくさんいたに違いない。
そこに男女の差はないのだろうが、女の子だとすれば、そんな女の子の存在に気付く男の子がいれば、その二人は運命のようなものではないかと考えるのは、メルヘンチックすぎるであろうか。
彼女の名前は釘宮麗美、中学時代は目立たないだけではなく、極端にまわりから離れていた。そんな彼女が苛めを受けることがなかったのは、クラスに別のターゲットがいたことと、人と離れている距離が絶妙な距離感だったからなのかも知れない。麗美のことを鬱陶しいと思いながらも苛めに走る人がいなかったのは、その気になるまでに気持ちが冷めてしまっていたからだ。
中学時代の麗美には親友がいた。名前を新宮留美という。
留美は裕福な家庭に育った、いわゆるお嬢様で、いつもまわりに男の子が群がっているようなのだが、他の女の子から嫉妬を受けることのない得な性格だった。
「留美だったら、しょうがないか」
と皆から言われていたが、留美本人はそれが嫌だった。
「まるで特別扱いを受けているようだわ」
と言っていたが、そう感じるようになったのは中学二年生の頃くらいだった。
それまでは、本当にお嬢様らしく、まわりから何を言われていても、言われていることにさえ気づかないほどの天然さで、そのうちに言う方が疲れてしまったのだろう。それが彼女の得な性格の象徴なのだが、言われなくなってから、逆に彼女の中で意識し始めるというのも、おかしなものだった。
そんな留美と麗美が仲良くなったのは、偶然だったと言ってもいい。
麗美は子供の頃からトラウマがあった。
「私は音に対して、いつも恐怖を感じているの」
と、麗美は留美と知り合った時に話をした。
この話は、誰にもしたことがなかった。親も知らないことだったに違いない。しかもこの話を留美にしたのは、留美と知り合ってから間もない頃で、留美がどんな女の子なのか分かっていない時だった。
――どうしてあの時、留美に違和感を感じなかったのかしら?
音の話をした時、自分の中で
――この人に話さなければ、話す機会は二度と訪れない――
とまで感じていた。
留美と出会ったのは、小学校の帰りでのことだった。
いつものように学校を出てからまっすぐに家に帰っている途中のことだった。
麗美の住んでいる街は中途半端に都会で、そのせいもあってか、まだ田舎の道も残っていた。マンションが立ち並ぶ住宅街が駅前にあるかと思うと、少し離れたところでは、まだ田んぼが残っていたりと、完全な都会へのベッドタウンに変わってしまった今となっては信じられない光景が広がっていた。
学校からの帰り道は、住宅街を超えてから、一度田舎道に入り、さらに少し離れたところにある住宅街へと差し掛かるところまでを通学路としていた。
麗美が学校を出てから田舎道を通りかかる時間帯は、通る車もほとんどなく、ただ日差しが照りつけるだけの、夏の時期は虫の声と暑さで、耳鳴りがしてくるほどだった。
ちょうどその時期もまだ夏の暑さが残った頃だったので、歩いていても汗ばむほどだったのを覚えている。
「バババババッ」
と、遠くの方から音が響いてきた。
「何なの? あの音は?」
恐怖から、一瞬身体が凍り付いた。
一度噴き出した汗が一気に冷えてしまって、すべてが冷や汗に感じられた。
身体の震えが止まらずに、萎縮してしまっている自分を感じると、恐怖が耳を通り抜け、暑さすら感じなくなっていた。
「バイクの音」
ということが分かると、その音がどこからしてくるのかを探してみたが、探せば探すほど分からなくなっていた。
――どこからしてくるのか分からない音ほど、怖いものはない――
というのが、麗美の思いだった。
音に恐怖を感じるようになった時、一番怖いと感じたのが、出所の分からない音を感じる時だったのだ。
後ろから音がしてくるような気がしたが、怖くて確認するだけの勇気を持つことができない。まるで背中からナイフで脅されていて、今にも突き刺されそうな雰囲気を感じているかのようなものだった。
背中に、異様な汗が滲んでいる。その滲んだ汗に乾いた風があたって、冷たさを重たさが感じられた。
冷たさよりも重たさの方が恐怖を煽った。後ろを振り向くことのできない恐怖と相まって、勝手に足が先に進もうとして、金縛りに遭っているかのような気がしてくる。
「バババババッ」
もう一度、激しく空気を煽った。
その音はずっとしているはずなのに、いきなり思い出したかのように空気の揺れを伴って恐怖を煽るのはなぜなのだろう。
二度目は最初に比べて、そこまで恐怖を感じることはなかった。
しかし三度目の轟音は、間髪入れずにやってきて、三度目の恐怖が、一度目よりも強かったことで、麗美の恐怖は最高潮に達した。
完全に萎縮してしまってその場に立ちすくんでいると、今度は顔の横から、まるでカッターで切り裂くかのように猛スピードで走り抜けていくバイクの存在を感じた。
そして、その時の音は最初の二回とは違った音で、風を煽る程度ではなく、地響きを感じさせるほどのものだった。
――もうダメだわ――
何がダメなのか分からないまま、そう感じた麗美は、さっきまで忘れていた暑さが急にぶり返してきて、そのせいなのか、身体に噴き出した汗も感じるようになった。
それまでの感覚が異常なのであって、これで元に戻ったと言ってもいい、そう思うとそれまで感じていた恐怖がウソのように感じられ、戻ってきた現実への感覚が、恐怖を煽っていた自分をウソであったかのように思わせた。
しかし、本当の恐怖は次の瞬間に訪れた。
「バババババッ」
またしても、音が響いた。
――どうなっちゃったんだろう?
そう感じた瞬間に、自分の意識が遠のいていくのを麗美は感じていくのだった。
「ああああっ」
目の前に蜘蛛の巣が張っているかのように感じられたその瞬間、昼間なのに夜のような真っ暗な光景が浮かんできた。
それなのに、蜘蛛の巣が張っているように感じられたのはどうしてだろう? 一緒に感じたわけではなく、最初に蜘蛛の巣を感じ、そしてその後に真っ暗になっていくのを感じたのではないだろうか。
蜘蛛の巣が一瞬のことで、暗くなっていったのは、徐々にだったと思ったのはだいぶ後になってからのことで、その時は、本当に一緒に襲ってきたことのようにしか感じることができなかったのだ。
前のめりに倒れるのでなく、背中から後ろに倒れていくような感覚だったのは、目を瞑ると瞑った瞬間から、眩しさを感じたからではなかったか、自分が向いているのは足元ではなく、空の方だという自覚を感じたのだろうが、目を開けていると真っ暗に感じるのに、瞼を閉じると明るさを感じてしまうという感覚に、思ったよりも自分が冷静でいられていることに驚いているそんな不思議な状況だった。
気が付くと、ソファーの上に寝かされていた。気が付いたのは、顔に日差しが差し込んできたのを感じたからで、さっきまで感じていた暑さの中での眩しさとはまた違った感覚だったことで、その場所がさっきまでいた場所とまったく違っていることを感じさせた最初の感覚だった。
ソファーの上に寝かされていると感じたのは、目を瞑ったままで感じてみた感覚を、正直に著したものがソファーだった、クッションの具合から考えて、そこがベッドの上ではないことはハッキリと分かった。
普段から布団でしか寝たことのない麗美に、どうしてベッドの感覚が分かったのか不思議だったが、その時の麗美には、
――布団で感じることすべて、ベッドの上でも同じように感じられるはずだ――
と感じていた。
クッションはベッドよりも固かった。それでいて、宙に浮いているような感覚があったのは、ちょうどお尻の部分が深く沈んでいて、それは布団の中で感じられるものではなかったという理由だったのだが、寝たことのないベッドとどうやって比較できたのか自分でも分からなかったが、目を覚ます時には、ベッドの中よりもはるかに違和感なく目を覚ませそうだと感じたことで、ソファーだというのが分かったのだろう。
「ここはいったい?」
目が覚めて目の前にあったのは、天井からぶら下がっているシャンデリアだった。
まだ表が明るくて、表から差し込む日の光があるせいで、室内をすべて日の光によって蹂躙されているようだった。
シャンデリアから伸びる影が天井に不気味な線を浮かび上がらせ、
「まるで、蜘蛛の足が伸びているようだわ」
と、気持ち悪さを醸し出していた。
――どうして、こんなに気持ち悪いことばかり発想してしまうのかしら?
シャンデリアの形からして、その部屋が優雅な空間を醸し出していることは、ちょっと冷静になれば分かることだっただろ。
自分の中では冷静でいるつもりでも恐怖さを隠しきれない状態で見ていると、不気味さが浮き彫りにされたかのようで、蜘蛛のような気持ち悪い動物を、想像しなければいけなかった自分を擁護できないでいた。
「お目覚めになられましたか?」
そこには、燕尾服の男性が立っていて、それはドラマで見た執事のようないでたちに見えた。
「私、どうしたのかしら?」
と聞くと、
「あなた様は、道で倒られておられました。それを私どもが見つけ、このお屋敷へとお運びいたしました」
という執事に、
「それは親切にありがとうございました」
と、麗美は言った。
――あれ? 私、小学生なんだわよね?
まるでお嬢様になったかのような言葉が、意識することもなく勝手に出てきたことに、子供である自分ではなくなってしまったかのように感じた麗美は、しばらく自分の状況を計り知るまでに時間が掛かるのではないかと思うのだった。
「私、どれくらい意識を失っていたの?」
自分の中では一時間程度のものだと思っていたが、
「そうですね。お嬢様を発見されてから、三時間は経っているのではないかと思います」
というと、
「三時間ですか」
という麗美の曖昧な態度に執事は、
「もっと短いとお思いになられたようですね?」
「どうして分かるの?」
と麗美が聞くと、
「私どものお仕えしておりますお嬢様の雰囲気にとてもよく似ておいでですので、お嬢様の雰囲気から察すると、短いと感じられたのではないかと私は思いました」
「そうなんですね」
執事のいうお嬢様という人が自分に似ているという。
麗美はそのお嬢様がどんな女の子なのかという興味よりも、自分とどのあたりがどのように似ているのかに興味があった。
――私のような女の子って、そうはいないはずだわ――
といつも感じている麗美だけに、執事の言葉は複雑に感じた。
似ているということは気が合うということでもあり、
「友達ができるかも知れない」
という高ぶった気持ちがあったのと、
「私は自分の個性が自分の存在意義のように思っていた」
と感じていただけに、執事の言葉で、まるで自分の存在意義を否定されたかのようで、
――この執事の目が節穴であってほしい――
と感じたのも事実、そういう意味で複雑な気持ちになっていた。
――でもやはりここのお嬢様が私に大きな影響を与えるというのは、ウソではないんでしょうね――
と感じていた。
「お嬢様というのは、今日は?」
と麗美が聞くと、
「先ほどまで病院に行っておられましたが、先ほど帰ってまいりまして、まもなくこちらに来られます」
と執事は言った。
「何か病気なんですか?」
と麗美が聞くと、少し言いにくそうにしていたので、
――こんなこと聞いちゃいけなかったんじゃないかしら?
と麗美は感じた。
人のプライバシーに立ち入ることは悪いことだという意識をずっと持っていたことで、どうしても目立つことをしないようにしようと思っている自分だったのに、たまに無神経なことを言って、自分でもハッとすることがあったが、今がそれだった。
――やはり私は、無神経なんだわ――
特に、初対面の人を相手にした時、無神経になりがちなことを憂慮していた。
ただ、それも相手がどんな人なのか分からないということで、どう接していいのか分からないことがきっかけになっているのに、余計なことを口にしてしまう自分が矛盾していることに気付いていなくて、自分で自分を追い詰めているような気がしてしまっていたのだ。
執事は一瞬曇った顔をしたかのように見えたが、さすが人間ができているのか、すぐに表情を戻した。その変化の早さに、
――よく気が付いたものだわ――
と麗美は自分に感心したものだった。
麗美はお嬢様がもうすぐこの部屋に入ってくるということを意識した瞬間から、時間がゆっくり流れてしまうのではないかと感じていた。
実際に意識は扉の方にしか向いていない。執事もそんな麗美の様子に気付いたのか、余計なことを口にしないようにしていた。
普通なら、その場に取り残されてしまったかのような状況の執事だったら、どうしていいのか少しは狼狽しそうなものなのだろうが、その時の執事は、かなり落ち着いていた。相手に意識させないかのように、気配を消していたと言ってのいい。そのおかげで麗美は思ったよりも時間の流れを遅く感じることもなかったようだ。
程よい時間に、お嬢様は入ってきた。その姿を見た瞬間、それまで長かったかのように思えていた時間の感覚が、あっという間だったように感じると、ホッとしたような気分になり、どうやら微笑んでいたようだ。
お嬢様は最初から微笑んでいた。その様子を見て、自分も安心したのかも知れないと麗美は思ったが、緊張しているところで相手に微笑まれると、癒されているかのように感じ、ホッとするのではないだろうか。
「初めまして、新宮留美と言います。お身体の方は大丈夫ですか?」
と、落ち着いた面持ちで言われると、麗美も恐縮してしまって、
「はい大丈夫です。お連れいただいてありがとうございました」
「いいえ、いいんですよ。困った時はお互い様ですからね」
と、留美は当たり前のことを、淡々と言った。
その様子は子供とは思えないほどの落ち着きで、大人だったら当たり前の表現に、子供ならではの雰囲気を留美には感じたので、どこか新鮮な気がした。
そんな留美を見ながら、
――本当にお姉さんの雰囲気だわ――
と、自分が小学生だということを忘れて、大人に近づいたかのように感じているのは、留美の雰囲気が、無駄にだだっ広い屋敷が、本当は無駄なところなどどこにもないと言われているように感じさせ、自分も大人になったように感じてしまうことに違和感を感じることはなかった。
麗美は、ちょうど最近、母親から、
「あなたにはお姉さんがいたのよ」
という話を聞かされて間がなかったこともあって、その話を聞いた時から、
――お姉さんってどんな感じなんだろうか?
と、今生きていたらどんな雰囲気なのかをいつも想像していた。
絶えず想像していると、急にそれまで想像できなかった姉というイメージが、急に出来上がったかのように思い、姉との会話を思い起こしたりしていた。しかし、会話が完結することはない。麗美の方では、すっかり話題が失せてしまっているのに、姉の方に話題が途切れることはなかった。そして、そのうちに姉のイメージが勝手に消えていくのを感じると、最初は、
――早く会話を終わりたい――
と思っていたのが、いつの間にか、
――会話を終えたくない――
という気持ちに変わっていた。
その気持ちの変化は、姉の面影が消えていくのを阻止しようと思うためだった。
姉のイメージを思い浮かべるのはあっという間のいきなりだったにも関わらず、忘れていく時は、ゆっくりとそして影を残しているかのように、忘れたくないという思いを最高潮にさせる余計な感情であった。
そのため、消えゆく姉の印象を、頭の中に残しておきたい気持ちを隠したくなかった。普段、母や家族の前で姉の話をするのは気まずいと思っていた。その反動からなのか、姉を思い浮かべた時は、なるべく忘れてしまいたくないと感じるのだ。
会話を早く終えたいと思ったのも、会話をしている姉に変化が感じられないからだ。せっかく姉をイメージした思い浮かべている時間に浸っているのだから、限られたその時間にできるだけたくさんの姉のイメージを残しておきたいと感じたのだ。
ただそれはあくまでも、いもしない姉を思い浮かべているからで、
――姉のことを何も知らない自分に、勝手な想像が許されるのか?
という思いが頭をよぎる。
姉は、麗美が生まれる前に、赤ん坊の時に亡くなったという。
「だから、お父さんもお母さんも、あなたが生まれた時、とっても怖かったの。思っていたことは一つ、元気に育ってほしいということだけだったの。あなたのお姉さんが死んだ年まで生きてほしいと最初は思い、そしてそれを超えると、お父さんやお母さんよりも、ずっと長生きしてほしいと思う。それが私は親心なんだなって感じたのよ」
と、母親は言っていた。
姉の話をしてくれるまで、母親とはあまり会話をしたことがなかった。
――どこかぎこちない感じだわ――
と、母親に対して感じていた。
子供心に、
――これって本当の親子って言えるのかしら?
と、あまりの会話のなさに、麗美は違和感を覚えていた。
他の家族のことをそんなに詳しくは知らないが、学校で話題になる子供の会話の中で結構頻度の高いものは、家族の会話であった。
「お父さんとどこどこに行った。お母さんとどこどこに行った」
そんな会話が気が付けばまわりから聞かれていた。
小学生では、ひそひそ話をすることはあまりなかった。だが、声を抑え気味の人は少なくなく、大声を出して話す人と、か細い声で話す人とが両極端だった。だが、そこにぎこちなさがあるわけではなく、中学生になってから感じた違和感が、そのまま苛めに繋がったりしたのを、後になって思い出すことになった。
――家族の会話って、楽しいものなんだわ――
と、いまさらながらに感じさせられたような気がした麗美だったが、自分が晩生だという意識はまったくなかった。
なぜなら、家族の会話が楽しいと思うようになって、すぐくらいだっただろうか、母親が姉の話をしてくれたのだ。
「お母さんは、あなたのお姉ちゃんのことをずっと後悔していた。あの子が死んだのも、私がもっと注意していれば、死なずに済んだかも知れないと思ったからなの。でも、あなたに対してはそんな思いをしたくなかった。だから、あなたと会話することで、お母さんの意識があなたに悟られるということが、私に厭な予感を与えるようで、それが怖かったのよ」
と、母親は言ったが、
――これって、子供に話すことなのかしら?
と麗美は冷静に感じた。
これまで避けられていたと思っていた親から、口を開けばまるで愚痴を聞かされているかのような会話に、
――これが家族の会話なのかしら?
と、家族の会話の意味をまったく理解できないまま、学校での家族の会話を聞かされたことで、いまさらながらの、
「家族の会話って楽しい」
というイメージを植え付けられたのだ。
「ねえ、お母さんから見てお姉ちゃんはどんな感じだったの?」
と聞かれて、あまりにも漠然とした質問だったからなのか、母は一瞬、ボーっとしているかのような表情になり、苦笑したかと思うと、
「まだ赤ん坊だったのよ。何も分かるはずないじゃない」
と、答えた。
それを聞いた麗美は、
「じゃあ、お母さんは何もお姉ちゃんに後ろめたさを感じることなんかないんじゃないのかしら?」
と答えた。
「えっ、お母さんはそんな意識はないわよ」
という母親は、あからさまに動揺していた。
「お母さんが私を避けてきたのは分かっていたわ。でも、それがどうしてなのか分からなかったけど、まさか、それが私の知らない姉の存在があったなんて私にとってはビックリだわ」
と、麗美はまるで他人事のように答えた。
その答えがまた母親の心を抉ったのか、
「あなたを避けてきたわけじゃないのよ。ただ、私はあなたの成長に余計なことをしたくなかったの」
と言ったが、言い終わった瞬間に、急に不安になったのか、どうしていいのか分からないという表情になった。
自分の口から発した言葉に後悔したのだろう。
「じゃあ、私はどうすればいいのよ」
と、麗美は素直に気持ちを母親にぶつけた。
それがよかったのだろう。その後、会話がぎこちなくなり、その日はそれ以上の会話はなかったが、翌日から何かに吹っ切れたのか、母親は麗美に対して積極的に話しかけてくれた。
会話の内容は、そのほとんどが他愛もないことだった。
しかし、小学生の女の子と母親の会話など、そもそもが他愛もないことのはずである。麗美は会話では、どこか大人っぽいところがるので、他愛もない話をする雰囲気がなく、そのせいもあってか、学校では誰も麗美に話しかけてくることはなかった。
当然、麗美の方から話しかけることもない。
――そんなに会話の何が楽しいのかしら?
と、小学生の会話がくだらなく見えて仕方のなかった麗美は、
――私は、皆とレベルが違うんだ――
と勝手に思い込み、会話をしないことへの正当化を図っていた。
そんな麗美は、いつも何かを想像するのが癖になっていた。
想像すると言っても、小学生なのだから限界がある。しかも、家族との会話などのような他の子供が普通に経験していることを経験していないだけに、想像も人に言えるものではなかっただろう。
想像するということを悪いことだとは麗美は感じていなかった。
――想像するって、いいことよね。想像しないよりもよっぽど時間を有意義に使っているように思えるわ――
麗美は決して合理主義者ではない。だが、想像するというメルヘンチックな発想に、時間を有意義に過ごすというちゃっかりした発想は、どこか矛盾を孕んでいた。
小学生の麗美は、そのことが矛盾しているということまでは分かっていなかったので、自分の中でどうしても消化できないモヤモヤしたものが残ってしまったことへのわだかまりが、頭の中にあった。
そのせいか、学校では目立たないようにしていて、少しでも奇声をあげて騒いでいる連中を見ると、ゾクッと背筋に寒気が宿るのだった。
「私、大きな音がトラウマなの」
と、中学生になってから友達に話していたが、
「そのトラウマっていつからなの?」
と聞かれて、
「さあ、いつからだったかしら?」
とごまかしてはいたが、本当はそれがいつからだったのか、想像がついていた。
――そうよ、あれは想像するってことが楽しいと思い始めたことからだったわ。楽しいと思っているのに、急に大きな音が怖くなってきたのは、自分の中に何かの矛盾を抱えていたからなのかも知れないわ――
と、ここまで分かっていたのに、時間を有意義に使うという発想をした自分に合理主義的な考えを抱いてしまったことが矛盾に繋がっているということを、やっと今になって分かってきたということを理解できるようになっていた。
――皆矛盾を抱えているんだわ――
と感じていた。
麗美が中学時代に友達と大きな音がトラウマだという話をしている時に思い出したのが、小学生の頃に知り合った留美のことだった。
留美の家で、気絶した自分を介抱してくれていた執事のおじさんが、お嬢様の話をしてくれている時、まだ麗美は自分がどうして気絶をしてしまったのか、その理由を知らなかった。
自分が知らないのだから、誰にも分かるはずはないと思い、意識しないでおこうと思っていたその時、留美が入ってきたのだ。
姉へのイメージを感じたことで、母親の苦悩を知った麗美は、自分がバイクの音で気絶していたことに気付いた。まったく母親の苦悩と自分の気絶は関係のないことのはずなのに、どうして気付いたのか分からなかったが、
「人が気絶する時って、何かのショックを受ける時が多いということですね。そういえばあの時、バイクの轟音が響いていたのを私も感じましたわ」
と、留美が語った。
留美の言い方は、まるでついでの話をしているようなさりげなさがあったが、麗美にとっては衝撃的だった。
――まるで私の気持ちを見透かしているかのようだわ――
自分が気絶したのがバイクの轟音によるものだと気付いたのが早かったのか、それとも留美がさりげなく語った言葉の方が早かったのか、示し合わせたかのような一致に、ただの偶然だというだけの根拠を、麗美は感じることができなかった。
――こんな偶然なんてあるのかしら?
留美が自分の目の前に現れたことで、それまで感じていたモヤモヤしたものが少しずつ晴れていくのを感じた。
子供としての意識が、ここまでハッキリしているわけはなく、何かの力が働いているような気がして、その力が何かといえば、留美により加えられた力であると言っても過言ではない気がしていた。
初めて出会ったその時から、留美は麗美の考えていることをほとんど看破しているのではないかと思えてならなかった。
「私って、そんなに分かりやすいのかしら?」
と、留美と知り合ってから結構早い段階で聞いてみたが、
「そんなことはありませんわ。麗美さんは分かりやすい部類ではないと思いますの。でも私は麗美さんを見ていると、なぜか分かってくる気がしてくるのが自分でも不思議ですの。それって、誰にでも一人くらいはそんな相手がいるんじゃないかって私は思うの。私にとってそれが麗美さんだというだけのことなんじゃないかしら?」
と、麗美が感じているほど深くは考えていないように聞こえた。
「留美さんって、淡泊なんですね」
と、思わず口から出てしまった。
普段から思ったことをすぐに口にするタイプなのえ、人から嫌な目で見られることが多かった。しかし、いつも気付くのが遅く、相手の視線を感じ、
――しまった――
と先に感じることで、あとから後悔しても遅いというのがほとんどだった。
――こんな性格、損なだけだわ――
と分かってはいるが、どうしようもなかった。
この性格はその後も治ることはなく、
「人って、誰にでも生まれつきの染みついた性格というものがあって、それってえてして悪い性格であることの方が多いんじゃないかしら?」
と、高校生になって友達がそんなことを言った時、誰よりもは早く頷いたのは、麗美だった。
高校生になる頃には、大体自分のことを理解しているつもりだったこともあって、誰よりもリアクションが早かったのだろう。
高校時代から見れば、小学生時代の麗美は、自分でもビックリするほどしっかりしていたという意識しかない。それはもちろん、小学生時代に感じたことではなく、高校生になって感じたことで、だからと言って、成長していないとは思っていない。
――ませていた?
という意識があるわけでもなく、大人になりたくて背伸びをしていたわけでもない。
ただ感じていることとすれば、
――一生懸命に自分というものを見つめていたような気がする――
というだけだった。
それも、
――気がする――
という曖昧で不確かな意識が残っていて、自分の中で信憑性に欠いていた気がしたのだった。
思ったことを口にするのも、自分のことを見つめているもう一人の自分が、客観的に見て感じている本当の自分を表現しているだけなのかも知れない。
――二重人格なのかしら?
と感じたが、まさしく二重人格なのだろう。
しかし、世間でいう、いわゆる
「ジキルとハイド」
のような、善悪の正対性のようなものではなく、善悪とは違った次元の二重人格性が自分を支配しているように感じた。
だから、世間でいう二重人格のような、悪しき性格ではないと麗美は思っている。
――これこそが私の性格の核心なのかも知れない――
とも感じたほどで、世間一般に言う二重人格とどこが違うのか、考えてみたりした。
麗美が感じたこととして、
「普通の二重人格は、一つの人格が表に出ていれば、もう一方は隠れているものだって言えるんじゃないかしら? 途中まで猫をかぶっていた性格が急に表に出てくることで、本人は意識していない。だから自分を二重人格だという意識はない。しかも、相手によって性格を分けているので、面と向かって付き合っている人に対して、二重人格であることを示すことはない。それなのに私の場合は、一つの性格が表に出ている時も、もう一つの性格が表に出ていることもある。ただ、一緒に表に出ているからと言って、そこに葛藤のようなものがあるわけではない。そんなことのできる人間などいるはずがないと私は思うのよ」
と話をしたことがあった。
それを聞いた友達は、
「麗美の言いたいことはなんとなくだけど分かる気がするのよ。私も麗美と話をしていて、あなたの中にもう一人の誰かがいるような気がしていたの。それはあなたではなく、あなたに乗り移った他の誰かという印象しか私には分からないんだけどね」
と言われた。
「そうなの? 私にはどちらの性格も分かっているつもりなの。だから誰か別の人が乗り移っているという意識はないんだけど、まわりから見てそう見えるということは、その目を信じないわけにもいかないのかも知れないわね」
と、麗美は言った。
「これは、もはや二重人格という言葉で言い表せるものではないのかも知れないわね。本人が意識できる性格が多重で存在しているとすれば、それは夢の世界をも凌駕している意識が存在しているのではないかって私は感じるの」
彼女の発想は突飛ではあったが、そんな突飛な発想を理解できる人がいるとすれば、それは自分だけなのだろうと感じる麗美だった。
――彼女だから、私も話ができるのかも知れないわね――
と思うと、同じような感覚になったことがかつてあったことに気付いた。
それが、小学生時代に知り合った留美だったのだ。
麗美はいつも何かを考えていて、考えていることがループすることが多かった。
――堂々巡りを繰り返している――
と、最初は感じていたが、どうやらそうでもないようだ。
堂々巡りは、どの場所を基点にグルグル回っているのか分かっているつもりであるが、麗美の考えているループは、どこが基点なのか分からない。つまりは、抜ける場所も分からないのだ。堂々巡りの場合は、抜ける場所は分かっているのに、抜けることができないもどかしさを感じるのだが、ループの場合は、そんなもどかしさを感じることすらできない。
――どちらがいいのか?
と感じるが、それは一概には言えることではないだろう。
発想が堂々巡りを繰り返すことはあるが、自分の考えていることが、ふと立ち止まって考えられるその時は、ループに入っているのだと、麗美は感じていた。
こんな難しいことをいつから考えるようになったのだろう?
高校時代にはある程度まで発想は確立していたのだから、中学時代くらいではなかっただろうか? しかし、どこかに分岐点となるきっかけが存在しているのだとすれば、それはさらに過去にあるもので、小学生の頃だったと思えてならない。
その時に感じるのが留美との出会いで、留美が麗美と知り合ったことで、お互いが自分を写す鏡のようなものではないかと感じていたのは、間違いないだろう。
麗美が留美を初めて見た時、
「お姉さん」
と思わず口にしたのを覚えている。
ただ、それは見た瞬間に口にしたわけではなく、いろいろと話をしている間に、ふいに思い出したように口にした言葉だったのだ。
本人には違和感がなかったが、留美は一瞬、凍り付いたかのようなリアクションだった。そのリアクションから、麗美は思わず、
――これって言ってはいけないことだったのかしら?
と感じたが、口に出してしまったものはどうしようもなく、元に戻せるわけもなく、
――覆水盆に戻らずだわ――
と感じた。
口に出してしまったことを後悔しても仕方がないという思いから、麗美は自分の性格が思ったことをすぐに口にしないと仕方のない性格であるということを改めて思い知らされた。
それなのに、何度も同じことを繰り返してしまうのを感じた時、
――私って、案外この性格を悪いことだって思っていないのかも知れないわ――
と感じていた。
楽天的な性格では決してないはずの麗美だったが、時々、
――自分に甘いんじゃないかしら?
と感じることがあった。
だが、それも悪いことだとは思っていないのではないか、口に出したことを後悔することが少ないという思いが、そう感じさせるのだった。
――私がこのことに気付いたのは、自分で気付いたというよりも、誰かと一緒にいる時に感じたのが最初だったような気がするわ――
それを麗美は、留美と一緒にいる時からだとずっと思っていたが、高校生になる頃には少し違った考えを持つようになった。
確かに留美と一緒にいる時、この思いを感じていたと思うのだが、それは留美が直接に感じる相手ではないから、留美を感じることで自分の中で辻褄を合わせようとしていると感じたのではないか。
――ではいったい誰なのか?
と感じた時、思い出したのが、いつも留美のそばにいる執事の存在だった。
彼は、いつも留美を真剣に見ていた。
そばにいて決して離れることはないのに、近づきすぎない絶妙の距離を保っているように思えてならない。
しかも、留美を真剣に見つめているのに、留美にはその意識がプレッシャーとして感じさせない。
相手を真剣に見つめているとすれば、相手には少なからずのストレスを与えることになるのは必至で、ただそのストレスが、言葉通りのストレスではないことを誰が分かっているというのだろう。
――ストレスというのは、心地よいものである場合もあり、それをどうその人が感じるかというのは、その人の性格によってくるものではないか――
と、麗美は思うようになっていた。
「麗美さんは、私と一緒にいて楽しい?」
知り合ってからしばらくすると、留美は何度も麗美にこのことを聞くようになった。
「何言ってるの。楽しくなかったら一緒になんかいないわよ」
と、まるで、相手の思い過ごしを諭すような言い方になっていたが、何度も繰り返して言っているうちに、
――本当にそうなのか?
と次第に疑心暗鬼に包まれてきた。
そのうちに不安が募ってきて、
――このままだと鬱になってしまうわ――
と感じた時、留美からまたしても、
「私と一緒にいて楽しい?」
と聞かれる。
すると同じように諭すような言い方をすることで、今度は自分の考えがループしていることに気付かされる。
――どこから繰り返しているのかしら?
と感じると、これ以上感じることは、無駄でしかないと思うようになった。
そのおかげでループを抜けることができ、二度と同じ思いで悩むことはなくなっていたのだ。
だから、麗美は時々考えがループするわりには、同じことで悩むことはなかった。どうしてなのか分からなかったが、そのことを分からせてくれたのが過去にいたとすれば、それが留美だったのだ。
ループしていると思ったが、気が付けば抜けている。それは留美を思い出すことで分かったのだが、同じループであっても、一度目と二度目では微妙に感じ方が違っている。だからいつの間にかループを抜けてしまっているのだ。まるで遠心分離器にかけられたようなものではないか。
麗美が思ったことを口にすることで損をしたのは数限りない。
――しまった――
と思っても後の祭りである。
この感覚は麗美に限ったことではなく、余計なことを言って損をする人皆に言えることだろう。
そんな人はタイプとしては大きく分かれる。それは、余計なことを言って後悔した姿をまわりに見せて、
――この人は、余計なことを言っちゃう人なんだ――
と他の人に悟らせてしまう場合だ。
しかもその中にも二種類いて、まわりに悟られていることを感じている人と、まったく感じない人だ。どちらの方が多いのか分からなかったが、まわりに悟られていないと思う方がいかにもと思うのは、本当の私感なのかも知れない。
もう一つは、余計なことを言ってまわりの雰囲気を壊しても、それを本人が意識していないとまわりに感じさせる対応である。ただこちらのパターンは、あまりいないような気がする。まわりだけが気付いてしまっても、気付いた人がその人に指摘したりするはずはない。
――それこそ余計なことをして後悔してしまうパターンだ――
と、ミイラ取りがミイラになってしまった感覚になるだろう。
麗美のそんな性格をクラスメイト達は気付いていた。特に男の子たちからよく苛められていたが、その理由は男の子はハッキリとは言わない。
「どうして私を苛めるの?」
と聞いても、
「理由なんかない。お前がお前だからだ」
という訳の分からない理由を言われて、理不尽さを感じるしかなかった。
だが、理由が理解できないということは、却って気が楽でもあった。
――そうか、理由が分からないということは、この人たちだけが嫌がっているだけなんだ――
と感じたからで、他の人は見て見ぬふりをしているだけだと思ったからだ。
だが、そのうちに別の感覚が芽生えてきた。
――苛めている一部の人間の方が、態度がハッキリしている分だけマシなのかも知れない――
と思うようになった。
苛めを受けている麗美を誰も助けようとはしてくれない。確かに苛めを仕掛けてこない人たちには理不尽さは感じないが、苛立ちを感じるようになった。それは自分を助けてくれないからではない。自分に対してまったくの無関心で、存在を消しているわけではないのに、まわりによって自分の存在が否定されているように感じたからだ。
最初のうちは、まわりから陰口を叩かれているように思っていた。
「お前は鬱陶しい。そばに寄ってくるな」
であったり、
「頼むから、こっちを見ないでくれ」
というのを、訴えているように見えたからだ。
そばに寄ってくるなという陰口は、自分が近くに寄った時、相手は反射的に避けているように感じたからだ。
だが、実際には違っていた。誰かの近くに寄った時、無意識に避けているのは麗美の方だった。麗美は腰を引いたりしていたが、まるで磁石の同極が反発しあっているかのようで、自分が相手を避けているわけではないという意識が強いからか、自分が避けられていると勝手に思い込んでいた。
実は麗美に対して苛めている人の中には、そんな麗美の態度に業を煮やしていた人も少なくない。麗美が苛められていたのは、余計なことを言うだけではなく、無意識に人を避けているところからの苛めであった。
無意識に避けられた方は、
――まるで俺が汚いもののようじゃないか――
と思わされたからで、自分が汚いものだという意識がない中で一人だけ自分を避けている人がいれば、その人を排除したいと思うのは無理もないことだろう。
――なんとなく鬱陶しい――
と感じるのはそのためで、苛めをしなければいけないという絶対的な理由にはなっていないが、苛めをしないことで自分にストレスが残ることは否めないと感じているからであろう。
ただ、麗美は実際に露骨な態度に出る相手もいた。
小学生の低学年の頃、クラスの男子生徒の中で、まだおもらしをしている人がいた。皆知っていたのだが、知っていて黙っていた。
担任の先生から父兄に対して通達があったようで、
「○○君に対して余計なことを言っちゃだめよ」
と言われていた。
ほとんどの生徒は、
「はい」
と言って従っていたが、麗美だけは理不尽さが残ってしまって、
――何が余計なことなのかしら?
と、親のいうことが分からなかった。
――余計なこと?
小学生の低学年の生徒に、そんな漠然な言い方をして分かるのだろうか? 麗美は何が余計なことなのか、その時から余計なことという言葉が気になって仕方がなかった。
実際にクラスで麗美はその生徒の席に近かった。冬の寒い時期、教室は密閉されて暖房が入っている。
――うっ、臭い――
ツンという刺激臭が鼻を襲った。
まわりを見ていると、皆顔をしかめていたが、その様子は一種異様だった。誰も何も言わず、声を発することもできない苦痛に耐えていた。
それは麗美も一緒だったが、誰も何も言わないことに、次第に麗美は苛立ちを覚えていた。
頭の中に、
「余計なこと」
という言葉がよみがえってきた。
しかし、麗美はまわりを見れば見るほど、何も言わずに堪えている皆を見るのが耐えられなくなった。この耐えられない状態を自分に与えたのは、臭いのせいではなく、まわりの我慢している状況だと、麗美は判断した。
すると、まわりに対してどのような態度を取っていいのか分からないでいると、何を思ったのか、
「何か臭いわね」
と、口から出ていた。
まわりは凍り付いたように麗美を見た。その表情は先ほどの臭さを耐えている表情ではなく、視線は完全に麗美に寄せられていた。まるで苦虫を噛み潰したような表情だったのだろうが、小学生低学年の生徒にそんなことが分かるはずもなかった。
それでも、
――よかった――
と感じた。
自分に対しての表情に哀れみが含まれていたのだろうが、それも分からなかった。ただよかったと感じただけだった。
だから、麗美は自分の一言が、
「余計なこと」
だとは思っていない。むしろ、
――これでこの場の空気を変えることができた――
と考えたのだ。
なぜなら、さっきまでのいつまで続くか分からない臭さに耐えている表情が、自分に向けた表情に変わってすぐに、皆の顔がいつもの無表情に変わったからである。
さすがにいいことをしたとまでは思わなかったが、自分を犠牲にしたことで、この場が正常に戻ったという感覚が、小学生低学年であるにも関わらずあったのだ。
自分のことをその時から皆が一目置くようになったと麗美は感じていた。決定的に「痛い」と思える勘違いなのだが、そのせいからか、
――自分が余計なことをしている――
とは感じなくなっていた。
あれは三年生の頃だったか、学校から友達五人で下校していた。
一人の友達は持病を持っていた。麗美はそのことを知らなかったが、たまに発作を起こすことがあるという病気だった。
この際、病名はどうでもいいが、もちろん命に関わるような大きな妙気ではない。だから親も言わなかったのだろう。
ただ、他の三人は知っているようだった。
学校を出てから少し行ったところで、その友達は発作を起こした。何も知らない麗美はビックリして、何もできないでいたが、他の友達は冷静で、携帯を使って学校に連絡したようで、学校から数人の先生が急いでやってきた。
「君たち、ありがとう。救急車は呼んであるのですぐに来ると思うから、心配しなくてもいいよ」
と言った。
その言葉を聞いて、緊張で張りつめていた空気が少し和らいだことで、何が起こったのか分からずに固まっていた麗美は落ち着きを取り戻した。今まで痺れていたと思っていた指先に感覚が戻ってきて、凍り付いたように冷たかった指に暖かさが感じられるようになっていた。
「先生、彼女、大丈夫なんですか?」
と、何も知らない麗美は聞いてみた。
「ああ、大丈夫だよ。発作が起こっただけなので、救急車がもうすぐ来るので、あとは任さればいい」
と言って、救急車が来るのを待っていた。
「ピーポーピーポー」
救急車が到着する。
その時の麗美は、
――本当にピーポーピーポーっていうんだ――
と感じた。
今までにも救急車の音を聞いたことがないわけではなかったはずなのに、いまさらながら初めて聞いたような気がしたのは、それだけ自分に関係のないことは左耳から入って右耳に抜けるという感覚だったのだろう。
先生は救急隊員に的確に説明していた。その場が緊迫した場面であればあるほど、麗美には自分がまるでその場で取り残されているのだということを思い知らされたような気がしていた。
――やばい――
という思いが頭をよぎった。
何がやばいのか、分かっていないのに感じたやばさは、
――ここで目立たなければいけない――
という思いに駆られた。
救急隊員がせわしなく動いている姿には、テキパキとした正確さがあった。それだけに事の重大さを感じた麗美だったが、その重大さの正体が分かっていないだけに、余計に取り残されたことへの焦りが強くなってきた。
――何かを言わないと――
と考えていた。
救急隊員が、
「先生、同行願えますか?」
と言われて、
「はい、分かりました」
と言って、先生は救急車に乗っていくことになった。
そこに残されたのは、最初の生徒五人のうちの発作を起こした生徒以外の四人であった。
「ピーポーピーポー」
先ほどよりも重低音で救急車が走り去っていく。
ドップラー効果など知る由もないので、その音にビックリしながら、走り去る救急車に向かって、
「ちゃんと医者に診てもらうんだよ」
と、叫んでいた。
それを聞いた一人が、
「麗美、余計なことを言わないで、救急車で運ばれている今の状況、分かるでしょう?」
と言われた。
それは、悪意に満ちた言葉に聞こえ、今まで何も言わなかったまわりの雰囲気を気まずいものに変えた。
「ごめんなさい」
と言って、麗美は萎縮したが、麗美は自分がどうして萎縮しなければいけないのか、訳が分からなかった。
むしろ、自分だけを置いてけぼりにしていたまわりに対し、
「あなたたちのせいよ」
と心の中で叫んでいた。
遠ざかっていく救急車の音が、本当であれば小さくなっていくはずなのに、麗美にはさらに大きく聞こえてくるようだった。
――戻ってきているのかしら?
と思えたほどで、そのうちにどこから聞こえてくるのかすら分からなくなっているようだった。
見えなくなるまでには結構早かった。道がカーブしていて、そのためにすぐにマンションの影になって救急車は見えなくなった。ちょうどその頃から音が響いているように感じたのだ。
その日は綺麗に晴れていたのに、マンションの影に救急車が隠れたのを見た時、まるで霧がかかっているように思えたのは錯覚だったのだろうか? 湿気で身体に気持ち悪いものがへばりついているようで、音が籠って聞こえたのも、そのせいではなかったか。
対象物が見えなくなると、音が響いていても、それがどこから聞こえてくるのか、ハッキリしないようになったのはその頃からだった。ハッキリとカーブを曲がって行く救急車を見ていたはずなのに、どこかハッキリと自信が持てない自分が不思議で、そのため、大きな音を後ろから追いかける時、恐怖を感じるようになっていた。
この救急車での経験が、留美と出会った時とどっちが先だったのか、麗美には思い出せない。ただ一つ言えることは、留美が発作を起こし、救急車を呼んだ時は、その友達の事件の後だったように思う。急に麗美が苦しみだし、どうしていいのか戸惑っていると、執事が飛んできて、冷静にテキパキと救急車を呼んだりして、すぐに騒ぎは収まった。それでもまだ胸の鼓動が収まらない麗美に対して、
「大丈夫ですか? お嬢様は時々こういうことがございますが、私やまわりでお世話をしております人は皆承知しているので、冷静に対応ができます。麗美様も落ち着かれても構いませんよ」
と、執事に言われ、
「分かりました」
と、言葉だけで答えたつもりだったが、答え終わると不思議なことに、自分が落ち着いてきているのが分かった。
どうやら、ここの執事は自分の発する言葉が相手を落ち着かせる何かがあると自覚しているのかも知れない。少し落ち着いたことでビックリしている麗美を見て、まるですべてをお見通しのごとく微笑んでいたのは、麗美が落ち着いているのを看破したからだったに違いない。
麗美は目立たない子ではあったが、アイドルに憧れていた。
その頃のアイドルは、歌がうまいだけではなく、いろいろなエンターテイメント性が豊かでないと、生き残っていけない世界だった。
母親に、
「ダンスを習いたい」
と言って、習わせてもらったが、目立って上手なわけでもなく、アイドルになるには程遠かった。
クラスメイトの中には、アイドルになれそうな女の子もいて、実際にスカウトされたと言って、小学四年生の頃から、本格的にダンスを習うようになり、あっという間に麗美は追い越されてしまった。
「やはり、彼女には敵わないわ」
と思って諦めた。
その友達とはしばらく仲が良かった。名前は河村晴美と言ったが、晴美は留美とも知り合いだった。
そのことを教えてくれたのは留美だった。
「麗美ちゃんは、晴美ちゃんとお友達なの?」
「ええ、同じクラスなのよ」
「そうなんだ。私は幼稚園の頃から、晴美ちゃんと一緒だったんだけど、私が病気になって、学校を休みがちになった時も、よく家に遊びに来てくれていたわ。いつも明るくて元気で、私はそれが羨ましかった」
とそう言って、少し悲しそうな顔になった。
留美としてみれば、自分は病気で元気に立ち回ることができないのに、晴美の元気で明るい姿を見ると、羨ましく感じるのも仕方のないことだった。
麗美はその時の留美の表情を、そう解釈したが、実際にはそうではなかった。
留美は晴美を確かに羨ましく思っていたが、それ以上に、元気な留美と仲がいいことを誇りのように感じていた。しかし、晴美の方が萎縮してしまい、自分の元気さが留美を悲しくさせていると思い、少し距離を置いてしまった。晴美としては遠慮のつもりだったのだろうが、それこそ余計な心配であった。留美はそんな晴美が自分を避けるようになったのを、自分が晴美と一緒にいることがふさわしくないと思うようになったようで、内に籠るようになってしまった。
留美が家を出なくなったのはその頃からで、執事も誰も留美に対して助言するようなことはない。
この状況は、執事が把握していた。留美の病気が悪化の一途をたどり、もう助からないと分かった時、執事は麗美に留美の事情を話した。
「留美お嬢様は、人に誤解されやすいところがございます。麗美様にも分かっていると思いますが、私は麗美様には、ずっと留美お嬢様のお友達でいてほしいと思っています」
と言っていた。
麗美はまさか留美の命が長くないなどとは思っていなかったので、執事にそう言われた時、
――私はそこまで信用されているんだわ――
と感じたものだ。
自惚れであったが、麗美という女の子が、自惚れれば自惚れるほど人の気持ちを汲むことができるということに、執事は気付いていたのだ。
麗美は、晴美とはどうしても一線を画していたが、晴美が目立つのは嫌ではなかった。
最初は自分が目立たなければ意味がないと思っていたが、留美を見ていると、自分が暗い顔をしたり、元気がなかったりした時、まるで別人のようになることがたまにあり、それが嫌で嫌でたまらなかった。
――どうしてあんな表情をするのかしら?
と思うのだが、留美のことを二重人格だとはどうしても思えなかった。
晴美がアイドルへの道をまっしぐらに進んでいる時、彼女の家庭は複雑なことになっていた。
「どうやら、河村さんのところ、離婚するらしいわよ」
という声が聞こえてきた。
その声は麗美の母親のもので、それを父は聞かされていた。
「あそこは、仲がいいって話じゃなかったのかい? 何か原因でもあるのか?」
聞かされていると思っていた父親も、話を聞いているうちに興味が出てきたのか、質問するようになっていた。
「原因に関してはハッキリとは分からないのよ。どちらかが不倫をしたというような話も聞かれないし、ただ急に仲が悪くなったのは、お嬢さんが習い事を始めてからだっていうお話よ」
と母が話した。
麗美の家では、あまり人の家庭の話をする雰囲気ではなかっただけに、聞こえてきた内容は少しショッキングで、もし母親がそういう話を始めたとしても、父親が止めるくらいの状況であってほしいと思っていただけに、父親までもが会話に参加しているのを聞くと、あまり気持ちのいいものではなかった。
他人の家庭の話を母親が始めて、それに対して父親がいなす姿も、娘としてはあまり気持ちのいいものではないが、父親も一緒になって会話に参加するというのと比べると、どうなのだろう?
――やっぱりお父さんがいなす姿を見ている方がいいかも知れない――
と感じた。
それは、二人が一緒になってウワサを続けていれば、その場の雰囲気は次第に息苦しいものになり、他の誰も入り込むことのできない世界を、二人だけで作り上げているように感じるからだ。
――それにしても、晴美の家がそんな風になっているなんて――
麗美は自分の家庭が平和であることを嬉しく感じていた。
人のうわさ話で盛り上がっているということは、自分たちが平和であるということの証拠である。そう思うと、父がいなそうとしなかったのは、平和という意味で考えると、よかったのかも知れないと感じた麗美だった。
――もし、自分が部屋に籠っている時、リビングで両親があからさまに喧嘩を始めたら――
と思うと、急に怖くなってきた。
父親と母親、どっちが強いのかを考えていると、
――そういえばお父さんの怒鳴っている姿、見たことないわ――
と感じた。
夫婦喧嘩を見たことがないわけではない。母親が父親の何かを見つけて、それをいさめることで始まる喧嘩が多かったのだが、いつも一方的に母親が攻撃し、父親は防戦一方だった。
「もう、いい加減にしろよ」
というのが、父親の口癖だ。
そういう言葉を言い始めると、父親がその喧嘩をうざいと感じ始めたのか、逃げ出しそうになっているのを感じる。
母親も、そう言われてしまうと、口撃することを渋ってしまうことが多かった。
もし、一方的に母親が父を攻撃しているのであれば、父親が、
「もう、いい加減にしろよ」
というと、逆にかさにかかって攻撃してくるのだと思っていたが、まるでこの言葉で母親の方も冷めてしまったかのようになり、深いため息をついているのを感じた。
ここで、実質的な喧嘩は終わりを迎えた。どちらかが逃げに入ると、片方は追いかけようとしない。それが麗美の両親の喧嘩だと思った。
――もし、立場が逆で、お母さんがいい加減にしてと言ったとしても、お父さんはこれ以上攻撃することはしないんでしょうね――
と感じた。
――結局、似た者同士なんだわ――
中学生になった頃の麗美は、そこまで感じるようになっていて、両親が喧嘩をしても、別に気にならないようになっていた。
むしろ、喧嘩がない方が怖かった。
「喧嘩をするほど仲がいい」
というが、まさしくその通りなのだろう。
ただ、晴美の家庭の話をしている両親は、その時は珍しく、喧嘩にはなっていなかった。普段から他の家庭の話をすることのない両親の会話で、気が合うというのは、どこか不思議な気がしたのだ。
実際にこの話は現実のものとなった。
その話を聞いてから半年もしないうちに晴美の両親は離婚した。
晴美は母親に引き取られて、しばらく二人で暮らしていたようだが、ほどなくして、母親は再婚した。
相手は、晴美が通うダンススクールのインストラクターで、晴美の母親よりも、十歳以上年下だった。
「やっぱりね」
と、晴美の母親がインストラクターと結婚するという話が出回った時、近所では完全にウワサになっていて、当時中学に入学したばかりだった麗美にも公然とそのうわさが入ってくるほどだったからだ。
晴美の両親の離婚の原因が、再婚したインストラクターにあったというのは、もう隠しようのない話に違いない。
麗美は、なるべくその話に触れることのないようにしていた。うわさ話はクラスでも公認のようになっていて、自分の母親に悪いうわさが立っているのに、晴美はあまり嫌な顔をすることはなかった。
そのおかげか、晴美はクラスで浮くことはなく、むしろこれだけ堂々としている性格と、元からのアイドル志向の姿勢から、クラスで人気者になっていった。
「晴美がアイドルになったら、俺が親衛隊でも作ってやるよ」
と、クラスの男子からそう言われて、
「ありがとう。ファン第一号になってくれて光栄だわ」
と明るく答えていた。
この時の晴美の明るさは、小学生時代の無意識に醸し出された明るさや元気とは少し違っていた。
それは、大人に近づくにつれて自分の性格が固まっていく中で、自覚しているところが無意識というよりも必然的に表に出ているのではないかと感じさせた。
「晴美のような女の子が、アイドルになっていくんでしょうね」
と、別の女の子がそういうと、まわりは、うんうんと頷いて、誰も意義を唱える人はいなかった。
いつの間にか晴美はクラスでのアイドルとなり、学校中でもアイドルとなっていった。子供の世界では、両親のことなどどうでもよく、晴美の表に出てくる明るさは、誰の目から見ても、本物にしか見えなかった。
だが、実際の苦悩は晴美にしか分からない。
家に帰れば晴美は別人だった。
新しく父親になったインストラクターとは、ダンス教室では話をするが、家では一切話をしない。完全に晴美が義父を避けているのだ。
義父も避けられていると分かってはいたが、それを気にすることはなかった。むしろ母親の方が、間に挟まっている感じで、
「何とかしないと」
と思っていた。
晴美が一度、麗美に相談してくれたことがあった。麗美は空気を読めないところもあるが、なぜか人から相談されることも多い。晴美曰く、
「麗美には、何でも話せちゃうのよね」
ということらしいが、自分自身ではどうして皆がそう思うのか、よく分からなかった。
「私なら、麗美という女の子に何でも話せちゃうとは思えないけどね」
というと、
「自分のことだからよ。他の人とは見え方が違っているの」
と晴美は言ってくれたが、
「そう?」
というだけで、納得はできなかった。
晴美と同じことを、留美からも言われた。
「麗美を見ていると、話をしたくなるの。きっと何でも分かってくれるような気がしてくるからなのかも知れないわ」
というのが、留美の意見だった。
「私は空気も読めないし、口も軽いかも知れないわよ」
と言ってみたが、余計なことを話さないという自信はあったので、口が軽い方だとは思っていなかった。
だが、空気を読めないということは、言わなくてもいい余計なことを口にするからだと分かっていた。それなのに口が軽いわけではないと思うのは、
「余計なことを言うかも知れないが、人の秘密を話すようなことはしない」
ということだと思うようになった。
留美に言われるまでは、余計なことを言うのと、人の秘密をベラベラ喋るのとでは同じ性格から生まれるものだと思っていたが、どうやら違うことに麗美は気付いた。
それは、きっと麗美自身が、
――自分は空気が読めない――
と自覚しているからで、自覚があるからこそ、人の秘密は話さないのではないかと思っている。
空気が読めないというのは、目立ちたいという気持ちが先行していて、、
「このまま黙っていると、存在を忘れられてしまうようだわ」
と感じるからだった。
目立ちたいという気持ちがいずれアイドルになりたいという気持ちに繋がってきたのかも知れないが、空気が読めないことと、目立ちたがりだということを一番最初に結びつけて考えられなかったことで、大人になるまで、この二つを同じ次元で考えることができなくなっていた。
同じ余計なことを言うのでも、人の秘密を話すということが悪いことだというのは、子供でも分かることだった。
――自分の秘密を誰かにバラされたら嫌だわ――
と、人の秘密を知った最初に感じたことだったことで、麗美は決して人の秘密をしゃべることをしないと思うようになった。
これは、意識してのことだというよりも、無意識のうちに感じていることだ。
ツバメの子供が生まれた時、最初に見たものを親だと思うのと同じ感覚ではないだろうか。最初に感じたことがそのまま自分の理念になる。それは誰にでもあることだが、麗美の場合はその考えが強かったのだ。
麗美は晴美と話をしていて、
――彼女には何か私には分からない秘密があるんだわ――
と感じていた。
「私のお父さんは、義理の父親なのよ。お母さんと離婚してから、私はお母さんに育てられたんだけど、そのうちにお母さんには好きな人ができて、あっという間に結婚してしまったのね」
と晴美がいうと、
「晴美には、相談してくれなかったの?」
と麗美が聞くと、
「多分、まだ子供なので、相談しても結論が出ないと思ったんじゃないかって思うの」
「そうかなあ?」
麗美は、自分の中では明らかに違うと思っていたが、何とか晴美の気分を害さないように曖昧な答えを返すにとどまった。
「うん、そのお父さんというのが、私の本当のお父さんとは似ても似つかない人でね。私は嫌いなのよ」
「似ても似つかないって、それは顔のことではなくって?」
「うん、お母さんよりもだいぶ年下だということもあってか、ふわふわしているように見えるの。本当のお父さんはタバコを吸う人ではなかったけど、義理の父はタバコを吸うの。しかも、家の中で平気でね」
「それはひどいわね」
「お母さんも、前はタバコなんて吸ってなかったのに、最近は吸うようになったのよ」
「それは義理の父親の影響なのかしら?」
「私も最初は、そうなんだって思っていたけど、実は違っていたの。どうやらお母さんは夜の仕事をしているようなの」
「夜のお仕事?」
「うん、スナックのようなところで働いているようなんだけど、以前は私のお弁当を作ってくれていたりしたんだけど、義理の父と結婚してから、お弁当を作ってくれなくなったの。夜になると出かけていくし、深夜になって帰ってくるのよね。下手をすると、朝方帰ってくることもあるの。そんな時は完全に酔っぱらっているんだけどね」
「じゃあ、早朝に帰ってくる時というのは、すぐに寝ちゃうんじゃないの?」
「うん、玄関先で寝ちゃうこともあるくらいで、私が必死で起こして、何とかお布団を敷いて、そこに寝かせるんだけど、本当にお酒臭くって、たまらないのよ」
「その時、義理のお父さんは?」
「あの人は何もなかったかのように寝てるだけ。普段から朝はずっと寝ているのよ。あの人もよく夜になると出かけていくわ」
話を聞いていると、ロクな親ではないようだ。
「義父さんはインストラクターなんでしょう? 疲れているんじゃないの?」
と、心に思ってもいないことを麗美は言った。
すると、あからさまに嫌な顔をした晴美は、
――何も知らないくせに――
と言わんばかりの視線を、麗美に向けた。
「インストラクターなんてとっくに辞めてるわよ」
「えっ? いつから?」
「お母さんと結婚してから、二か月もしないうちに辞めたらしいの。それから義父はいつも家にいて、私は家に帰るのが嫌だった」
と晴美が言ったが、
「そういえば、ちょっと前まで、晴美はよく誰かの家に遊びにいくことが多かったわね。それは家に帰りたくなかったから?」
「ええ、そうよ。家に帰って義父と二人きりなんて、想像しただけでもゾッとするわ」
麗美は晴美の話を聞きながら、自分が同じ立場だったらと思うとゾッとする。
肉親でもない人が、しかもいるだけで鬱陶しいと思っている人と二人きりになるなど、息苦しさで身体中のいたるところから、汗が滲み出てくるようで気持ち悪かった。
麗美はいつも相手のつもりになって考えることが癖になっていた。時々空気を読めずに余計なことを口にしてしまうのは、相手のつもりになって考えることに対しての弊害のようなものだと思うようになっていた。
「晴美はアイドルになりたいから、ダンスを習っていたんじゃないの?」
「ええ、そうよ。でもね、そのせいであんな男が義理の父親になるという原因を作ったのは私がダンスを習いたいと思ったからなのよね。だから私はダンスを辞めた。アイドルになるという夢も、捨てたくなかったけど、私は捨てることにしたの」
晴美は怒っているようだった。
無理もないことである。あれだけアイドルになりたいとまわりに豪語して、その気になっていたのに、たった一人のロクでもない男の出現が、晴美の生活に多大な影響を与え、子供心に抱いた夢を、無残にも打ち砕く結果になってしまうとは、話を聞いているだけで腹が立ってくるというものだ。
確かに子供の頃に抱いた夢をずっと持ち続けるというのは難しいことだろう。麗美がそのことを実感したのは、もっと大人になって高校生になった頃のことだった。
その頃になると、
「彼氏がほしい」
と、まわりの女の子と同じような発想を抱いていて、それが思春期であるせいだということも当然分かっていた。
好きになった男の子もいて、
「お付き合いしてください」
と、自分kら告白して付き合い出したことがあった。
彼もまだ誰とも付き合ったことのない男の子で、麗美は彼を見ていて、彼が誰とも付き合っていなくて、過去に付き合ったことがないということも分かっていた。
その頃の麗美は、一緒にいるだけで、相手のことが分かるような気持ちになることが多かった。
子供の頃から同じような感覚はあったが、結構的中していた。
的中しないまでも、間違っているとは言えないほどの感覚が、麗美の中にあったのだ。
「ああ、いいよ」
彼は、そう言って、快く承諾してくれた。
それから二人の交際が始まったのだが、いざ付き合い始めるということになると、お互いに気を遣ってしまい、気まずい雰囲気になることもしばしばだった。
しかも、彼は猜疑心が強いところがあって、麗美が他の男子と話をしているのを見ただけで、露骨に嫌な顔をするようになった。
最初は、
「二人の関係は、まわりに知られないようにしましょうね」
という麗美の言葉に、
「いいよ」
と、二つ返事で答えていた彼だったが、そのうちに、
「まわりにも知っておいてもらった方がいいんじゃないか?」
と言い出すようになった彼を見て、
「どうしてなの?」
と聞いてみると、
「俺は君を独占しておきたいんだ。二人が付き合っているということを公表しておけば、君に近づいてくる男子はいなくなるんじゃないかと思ってね」
その言葉を聞いて、
「そうね」
と答えたが、これも曖昧な回答だった。
相手に対して曖昧な相槌を打つ時の麗美は、心の奥に反発心が芽生えかけている時であった。その意識はありありで、本当は、
――あなたに私のこの苛立ちを分かってほしいの――
と言いたかった。
いや、分かってほしいのではなく、思い知らせてやりたいという気持ちの方が強いだろう。曖昧の言葉の奥に、怒りを押し殺しているだけに、相手は麗美がそんな感情を持っているなど認めたくないという思いから、理解しようとはしないのではないだろうか。
麗美はその頃になって、やっとあの時の晴美の気持ちが分かってきたように思えた。
あれから晴美は引っ越していったので、晴美があれからどうなったのか分からないが、中学生になるまでは、晴美のことを忘れたことはなかった。
麗美の中に、誰か意識している人がいることを、留美は理解していた。理解はしていたが、それを確かめようとは思わなかった。
確かめたとしても、
「だから?」
と言われてしまうと、会話も続かないし、
――その場に置き去りにされてしまった自分を自覚するだけで、自分にとってロクなことはない――
と、留美は感じたことだろう。
ただ、中学生になって麗美は急にアイドルになりたいという気持ちが芽生えた。
何かれっきとしたきっかけがあったわけではない。ただ、一途にアイドルになりたいと思うと、その気持ちに引っ張られる形で、ずっと以前から思っていたことのように思えてきて、いてもたってもいられなくなるのだ。
――そういえば、晴美がアイドルになりたいと言っていたわね――
と、いまさらながらに思い出した。
いまさらながらに思い出すほど、彼女のアイドルへの憧れが薄かったとは思えない。
むしろ、その気持ちの強さを一番知っていたのが、麗美だったのではないかと思うようになっていた。
それでも麗美が思い出さなかった理由の一番大きなものは、
――彼女の記憶が、かなり昔の記憶に思えてならない――
と感じたからだ。
それだけ遠い存在だったと思っているが、実際には一番近かったように思う。
――近いと思っている中で、その中での一番遠い関係――
それが、架空の感覚を作り出し、その感覚の中に記憶と意識を曖昧にする効果があるのではないか。
つまり曖昧というのを、
――正副、相反するものが互いに打ち消しあう感覚に似ている――
と定義づけていたのだ。
中学生になってから、麗美は留美の病気を意識しないようになっていた。麗美と仲良くなってから四年くらい経ったが、最初の頃に教えられた、
「留美は、重い病気に罹っている」
という話を忘れかけていたのだ。
頭の中には留美が病気だということを意識しているかも知れないが、あまりにも他の人と変わりない態度を取っている留美を見ていると、
――本当に病気なのかしら?
と思えてきた時期があったのを思い出していた。
小学校五年生くらいまでは、留美はいつ死んでもおかしくないとまで思っていたのだが、実際に彼女と一緒にいる時間が一番長いのが自分であると感じる時期が何年も続いていると、少しでも普段と違うと、かなり違っているように思えていた。肉親や彼女の世話をしているヘルパーさん、そしていつも影のように寄り添っている執事以外では、明らかに麗美が留美と一緒にいる時間が長かったのだ。
それでも、留美のことはあの執事よりも自分の方がよく分かっていると思うようになったのは、執事の表情にまったくのブレが感じられないからだった。
――いったい何を考えているんだろう?
と思うと、感情を表に出す自分の方が、本当の留美を分かっているのではないかと思うようになっていた。
小学生の頃までは、どうしても留美に気を遣っていたこともあって、自分が目立ちたいなどとなるべく思わないようにしていた。ただ、その反動か、余計なことを口にしてしまい、他の人に白い目で見られることがあったのは、しょうがないことだと、中学生になってから感じていた。
そんな麗美だったが、留美ばかりを見ていることに正直疲れてきていることに次第に気付くようになっていた。
そう思うと、彼女の病気が進展していないことを不思議に感じるようになり、
――本当に病気なの?
と思ってしまったが、そのことを誰に確認するわけにもいかない。
本人や肉親はもちろん、ヘルパーや執事にも確認できなかった。
ヘルパーに聞いてしまうと、聞いてしまったことが、本人や肉親にバレないとも限らない。そうなってしまうと、留美とは気まずい雰囲気になり、修復が難しくなるのは必至だった。
かといって、執事に聞くわけにもいかない。
執事に聞いても、なるほど本人や肉親には、麗美が聞いたということを口走るはずはないと思ったが、それ以上に、執事が本当のことを話してくれるとは思えなかった。
「心配には及びません」
という返事が返ってくることは麗美にも分かっていたのだ。
そう思うと、確認のしようのないことで一人悩んでいることが、何かバカバカしくなってきた。
さすがにバカバカしいというのは不謹慎なのかも知れないが、麗美の本心はその言葉が一番適切であった。
麗美は、留美と少し距離を置こうと考えた。ほとんど毎日のように一緒にいる相手だったが、そんなに毎日一緒にいる必要もないと思ったのだ。頭の中のほとんどが留美のことでいっぱいだった麗美は、もう少し自分を解放してあげたくなったのだ。
麗美はどうしてそう思うようになったのかというと、思春期になったからなのだとあとから感じたが、その時は分からなかった。中学生の頃は、
――彼氏がほしい――
とまでは思わなかったが、まわりの女の子がどこかギクシャクしているのに、仲良くしているのを見ていると、違和感を感じるようになっていた。
――見た目は仲がいいとは思えないのに、どうしていつも一緒に行動しているのかしら?
と思っていた、
そう思うことで、麗美は自分と留美の関係も、ひょっとしてまわりから見ると、どこかぎこちない関係だったのではないかと思えてきた。友達だと豪語しながら、ぎこちなく見えているのを感じると、自分も誰か友達がほしいと感じないと思っていた。
しかし、留美との距離を置くことで、一人の孤独が恐怖に変わることを不安に感じ、ぎこちない関係であっても、表向きだけであっても、友達だと言える人がいるのは安心できることだと思うようになっていた。
小学生の頃は、
――友達なんかいらない――
と思っていた。
自分には留美がいるからだと感じていたが、本当にそれだけだったのかを考えてしまう。
麗美は自分のことを自分では分かっていないと思っていた。それだけに人から自分の中を見られるのが怖いと思っていた。
だが、留美に対してだけは違っていた。留美は麗美に対して、決して嫌なことはしない。麗美の考えていることの邪魔をするような女の子ではなく、いつも持ち上げてくれているように感じた。
それだけでは友達関係を続けていけないと感じた麗美は、
――私も留美に対して気を遣ってあげなければいけない――
と感じるようになっていた。
この感覚は無意識のもので、意識していたとすれば、きっとぎこちなくなって、留美とは一緒にいることができないと感じたことだろう。
留美と一緒にいる時でも、まったくそんな気持ちになったことがないわけではなかった。何度か、
――留美と一緒にいていいものなのか?
と考えることがあったが、すぐに、
―ーいいのよ。私は留美と一緒にいることが一番いいことなの――
と自分に言い聞かせた。
それは、留美が重い病気に罹っているということを聞かされたからではないだろうか。
留美は自分が重い病気に罹っていることは分かっていた。いつまで生きられるか分からないという気持ちもあったようで、それでも、麗美の前ではそんな気持ちを表に出さないようにしていた。
麗美は事情を知っているだけに、留美のそんな思いに敏感になり、初めて、
――自分を犠牲にしてでも、この人のために――
と感じたのだ。
だから、留美と二人きりの時間をなるべく長く持つことを選んだ。留美に対して気を遣っている自分を感じながらも、それを悪いことだと思うことはなかった。
――こんなに素敵な性格の持ち主である彼女が、どうして重い病気なんかに――
と、運命というものを呪ったりもした。
だが、ずっと二人きりで一緒にいる時間が何年も続けば、次第にぎこちなくなってきても仕方がないのかも知れない。
小学校を卒業してから、中学に入学した頃、
「私、今度小学校に戻れることになったの」
と言っていた。
「えっ? 何年生からなの?」
「六年生からやり直すことができるのよ。勉強は今まで家庭教師に教えてもらっていたので、五年生くらいまでの学力はあるということで、特別に六年生から戻ることができるように教育委員会が取り計らってくれたの」
と留美は楽しそうに話した。
麗美は中学生になり、留美は小学六年生からやり直すことになる。一年すれば、留美は同じ中学に入学してくることになるのだ。
「それはよかったわね。おめでとう」
と素直な気持ちをぶつけると、
「ありがとう。私も楽しみなのよ」
とこちらも素直に喜んでいる留美の姿があった。
留美は小学六年生として、転校生扱いになった。クラスメイトの父兄は彼女の事情は知っていたが、クラスメイトは知らなかった。知っている人もいるかも知れないが、そんな人は誰も留美に興味を持つことはなかった。
「初めまして、新宮留美と言います。仲良くしてくださいね」
と弾けそうな笑顔で言われると、クラスメイトの数人はすぐに留美に話しかけてきた。
「新宮さんは、スポーツがダメだって聞いたんだけど、どうしてなの?」
と何も知らない生徒が一人、心無い質問をした。
だが、何も知らないのだから仕方のないことで、事情を知っている人は、一堂に苦虫を噛み潰したような嫌な表情をしたが、聞いた本人は、まったくそのことに気付かない。
留美もあっけらかんとしていて、
「私ね。病気なの。だから激しいスポーツは医者から止められているのね」
と言った。
その表情に嫌味な感じはまったくなかった。
そう、麗美に最初に出会った時のような表情で、あっけらかんと言ってのけたのだ。
その人はそれ以降、留美に話しかけることはなかったが、留美に対して気を遣うこともなかった。留美の方としては、
――その方が気が楽だわ――
と感じたが、まさしくその通りだった。
留美にとって小学生最初で最後の学年が六年生である。一年生から五年生までの記憶がない状態で六年生を迎えたのと同じだ。
だが、留美を転校生として見てくれているクラスメイトも、次第に留美と距離を置くようになった。その理由は、留美に話しかけても、その距離が縮まっていることを感じなかったからである。
別に気を遣わなければいけないことが距離を置く理由ではない。留美のような曰くのある女の子は、それまでまったく利害関係の一致がない人と関わっている方が、一番合っているのかも知れない。
体育の時間はほとんどが見学だった。それを見ていて、
「何かかわいそう」
と思っている人もいれば、
「羨ましいな」
と感じている人もいた。
クラスに何十人もいれば、必ず体育は皆好きだとは限らない。人と比較するのが勉強だけで十分だと思っている人の中には、運動も苦手な人もいるだろう。
――せっかくの勉強以外の科目でも、得意不得意が歴然として見えてしまうなんて――
と感じていた。
勉強であれば、テストや通知表の結果は、本人か肉親にしか分からないが、運動であれば、明らかにその場にいた人が見て判断がつくものである。体育の授業のほとんどは人との競争ではないか。陸上競技、水泳、球技、すべてにおいて誰が見ても得意不得意が分かる。クラス対抗の競技大会など、選抜されない人は、明らかに分かるだろう。
最初から、
「体育の授業は嫌い」
と言っている人は、明らかに苦手な協議があるからで、
「仮病を使ってでも、体育の授業を受けたくない」
と思う人もいるに違いない。
だが、留美の場合は違っていた。小学生にしては背も高く、スラリと伸びたその体型は均整のとれたものだった。
「きっと走らせると早いんだろうな」
と、誰もがそう思っているかも知れない。
それだけに、毎回のように見学している姿を見るのは痛々しいものだった。
ただ、それも運動にコンプレックスを感じていない人だけで、コンプレックスを感じている人は、
――僕だって、体育の授業、できることなら見学していたいよ――
と思っていたことだろう。
留美には、その素直さに対しての憧れや慕う視線とは対照的に、嫉妬に近い視線を送っている人がいるということを、誰が分かっていたことだろう。ただ、誰にでも自分を慕ってくれる人もいれば、嫉妬を込めた思いを抱いている人もいる、留美に限ったことではないのだろうが、留美に対して憧れを感じている人は、
――彼女には、憧れを感じさせる要素があるんだから、彼女を悪く思っている人なんていない――
と感じていたが、逆に彼女に嫉妬を抱いている人は、
――自分がこれだけ嫉妬心を掻き立てられているんだから、他の人も同じだよね。彼女に同情的な人なんていないだろうな――
と思ったことだろう。
それだけ、留美に対しての視線は、他の人に向けられる視線と違って、自分の主観がすべてではないかと思わせるところがあったのだ。
そんな留美に対しての視線は、小学校を卒業するまでずっと続いていて、留美はその視線を感じていたのかいないのか、相変わらず素直さが前面に出ていた。
中学に進学してきた留美は、自分が知っている留美とは少し違っていると感じた麗美だった。どこが違っているのか、最初はよく分からなかったが、その理由はすぐに分かることになった。
麗美が中学に入学し、留美が小学六年生として編入してくるまでは、二人きりの時間が圧倒的だった。お互いに、光の部分も影の部分も知り尽くしている仲だったと言ってもいい。
そんな留美のまわりには自分以外の人がいる。そして留美への視線を見た時、そこにあるのが両極端に対照的な目であることに気付いた麗美は、
――他の人には感じることのできない感情を、留美には感じてしまう――
と、分かっていたはずの留美が見えなくなってしまいそうなことに、自分から距離を置こうと考えた自分に後悔していた。
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