私の勇者はジオゼイザー~異世界の手はデカくて喋るらしい~

一藤九曜

第1話 不屈の乙女(32)

 春先。陽気溢れる日に、若い男女の賢者達がつがい――――失敬、今世の戦友を求めて、白い大広間に集った。


 魔王が一定周期で現れては世界に仇なす様になって幾千年。人々は異世界から人間を召喚し、特別な能力を付与して魔王に立ち向かう〝異世界勇者〟を考案した。今回現れた魔王討伐の為、16歳で成人を迎えた彼等は、今日初めて、異世界からの召喚の儀式に臨む。


 青色混じる銀髪に、緑色の瞳を持つ、一回り長身で豊満な女性、アイズレラもその1人だった。




 御歳32歳である。




 アイズレラはヒソヒソ声を聞き取った。


「(またいるよ、アイブレラ)」

「(〝行き遅れアイズレラ〟が、懲りずにまた勇者召喚しようとしてるんだけどウケる)」

「(どうせまた召喚失敗して酒場で呑んだくれるんでしょ?)」

「(ババアが子供に混じって恥ずかしくないのかよ?)」

「(素直に諦めて結婚すればいいのに……)」

「(三十路のババアと結婚したいとか物好きだろ……)」

「(今回も喚べないに金貨5枚)」

「(チキン食べたい)」


(聞こえてるんだよクソガキ共があああぁぁぁッッッ!!! どいつもこいつも私の事を馬鹿にしてぇぇぇええええ゛え゛え゛!!! 恥ずかしくないの、の声、聞こえたぞ、ジャベジュの娘!! 後で覚えてろよ!! チキン食いたい奴は先食ってから来い!!)


 アイズレラは内心怒りに燃えた。年下のイケすかない、礼儀を知らぬガキ共に笑われ続けて早10年以上。成人してもなりたてのひよっこ共は依然としてガキ。何よりも、そんなガキ共に出来て、己に出来ないのが許せなかった。


 アイズレラは噛み締める。周囲は和気藹々、緊張、不安な感情に苛まれる中、ただ一人、殺気を放って臨んだ。辿り着いたのは、床に描かれた大きな魔法陣。魔法陣の中心で指にナイフを刺して血を垂らすと、今度は陣外にて、ポーチから道具を幾つか出す。


 指の止血用の治療品。

 勇者召喚に必要な特別な力、膨大な魔力を込められた手の平大の大きさの専用の道具〝魔晶瓶〟――を、10本。

 勇者召喚の儀式を補助する為の、幾何学模様と文字が書き込まれた札――の束、100枚。


 それを見た周囲は堪らず小言を漏らしてしまう。


「(うわ、何あれ……やり過ぎ……)」

「(ガチ過ぎてドン引きだわ)」

「(本気過ぎるわ、キモ……)」


(聞こえてるんだよクソガキ共がぁぁぁあああ!!! せいぜいほざえてろ!! 勇者召喚出来ればこっちのもんなのよぉお!!!)




 ○




「はぁ……はぁ……」


 1時間経過したが、アイズレラは勇者を召喚出来なかった。


 周囲では勇者を呼べた歓声が上がる。また1人、また1人と、大広間から人が減っていく。周囲では何やら小言が聞こえるが、疲労と苛立ちが募って彼女には届かない。


 ――白を基調とした、仕立ての良い服を着た黒い肌の男が、アイズレラに近寄った。


「ギブマン……何の用? 激励なら間に合ってるわ」

「そのつもりだったんだが……――気が変わった。アイズレラ、今回で召喚諦めろ。お前はよく頑張った」

「はぁ!? 何でアンタに指図されなきゃいけないのよ!! 4年で召喚諦めたアンタに!! 同期のアンタがそんな奴とは思わなかったわ!! 脱落者! 半端者! 卑怯、卑劣、根性無し! 嫁の尻に興奮する変態!!」

「やめろ!!! ――何故知っている!?」

「前にアンタの嫁と会って飲んだのよ。相手してて困ったって愚痴漏らしてたわよ。加減しなさい」

「ぐぬぬぬぬぬ~~!! ――確かに! お前の言う通りだ」

「尻?」

「違ぁう!! ――俺は同期のお前同様、勇者を喚べずに諦めずも4年で諦めた。その事は後悔していない。寧ろ賢明な判断だったとさえ思ってる。結婚して子供も生まれ、今や学校で教鞭を取って勇者召喚の監督もしてる。だのにお前はどうだ? お前の母親おばさん嘆いていたぞ? 良い条件の縁談が幾つも来ても蹴るわ、学校や軍とかの勧誘も蹴って出世街道捨てるわ。何をやってるだお前」

「やりたい事があるから選んだまでよ」

「その結果が32歳独身の未召喚そのありさまか?」

「――うるさいわ。集中したいから離れて頂戴」

「……――休憩がてら考えておけよ」


 ギブマンはひっそりとその場を後にした。アイズレラも脚を伸ばして座り込み、水筒を取り出して一服。一息入れて考える。


(クソォ~。どうして喚べないのよ~。術式も魔力も問題は無いのに! 16年間、試せる手段や変更点は殆どやり尽くした。本当に今回で諦め――)


 思考する中、不意に聞こえた女の叫び声に意識が向いた。また1人、若人が勇者を召喚したのだ。どうやら、歓喜の余りの叫び声だったのだ。自己嫌悪が加速する。あんなガ――若輩に出来て、倍を生きた自分が出来ないのだ。


 ――先程の少女賢者と青年勇者が目の前を通る。


「――あの人は?」

「アレは……ああ。ただの無能ですわ。いい歳こいて勇者を喚べず、諦めずに不様を晒す、世界を救う為に選ばれ、喚ばれた勇者様と違った能無しの役立たずの恥晒しの面汚しですわぁ~」




 ブチッ。




 アイズレラは右手にナイフを構えると、眼前の勇者達に歩み寄った。


「ちょちょ!?」

「暴力反対!!」


 怯える2人を気にせず陣の中央に止まると、空いた左手で自身の長髪を掴んで切り落とし、そのまま手首も切って床に叩き付けた。襲われると勘違いした小娘賢者は戸惑いながらも状況を整理し出す。


「え、ちょ、え……触媒の追加? 無能がかさ増ししたって所詮……」


 ギブマンが血相を変えて迫って来た。


「馬鹿野郎!! 〝生体還媒せいたいかんばい〟と〝直結供給ちょっけつきょうきゅう〟なんて……死ぬ気かぁあ!!?」

「上等よ!!! やってやろうじゃない!!! 生体還媒しからだくべ直結供給していのちそそいででも!!!」


 アイズレラの周囲を光が包み込む。切り落とした髪の毛も光り、風が巻き上がる。


「全員下がれ! 爆発するぞ!!」

(私は絶対! 勇者を喚んでやる!! 私だけの勇者……――私好みのイケメンイケボ勇者とのハネムーン!!!!)


 アイズレラもまた、つがいを求める1人だった。


 一帯を覆う爆発が起こり、衝撃と閃光が迸った――。



 大広間を埋め尽くす砂塵と土煙が晴れる。その場に伏せていたギブマンは起き上がると、急いでアイズレラの安否確認の為に駆け寄った。


「アイズレラー!!」

「ギブマン! やったわ!!」

「えぇ!?」

「勇者よ! 私はやったのよ!! 遂に勇者を喚んだのよ!! ホラ、見てみ」


 巨大な金属製の左手が聳え立っていた。


「手ぇぇぇえええ――――――!!?!?」

『おや? どうなってるかな?』

「シャベッタ――――――!!?!?」

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私の勇者はジオゼイザー~異世界の手はデカくて喋るらしい~ 一藤九曜 @fyroot1484

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