ハンド・メイド

カフか

ハンド・メイド

染粉が落ちてきた赤みのあるボブヘアの私は、会社の規定を守った七三黒髪女上司にお叱りを受けていた。

書類の数字はもちろん誤字脱字がひどいらしくかなり険悪ムードだった。

「パソコンで書類作成してますよね、誤字がひどいのは読み直しをしていないからではないですか?」

正論だった。

私はタイピングするとき手元の指を見てしまう。

派手なマニキュアを塗れないので自爪の綺麗さに気がとられてしまうのだ。

家に帰り簡単な食事を済ませてから風呂に入り、柔らかくなった爪と葛藤する日々だ。

友人はヘアケアに力を入れていて会うたびに天使の輪をアクセサリーにしていた。

整った顔立ちをしているわけでも目指そうとしても駄目な私は、手元に自分の軸を見いだした。

それ以来、自分でハンドメイドのネイルチップを作って細々と販売したりしている。

会社の人にも友人にもあまり言ってない。センスが悪かったらどうしようと少し羞恥心があるからだ。

かなり形にはこだわっていたので段々と周りの人たちの爪まで意識し始めた。

あの人の爪、元々スクエア型なのかなとか、広い爪幅、キャンパスみたいに描きこめそうとか。

淡々とデスクトップを見ながら説教をしているこの上司の爪が特に私好みだ。

綺麗なラウンド型。

どんなマニキュアでも似合いそうだし、元々整っているのかネイルチップも微調整ぐらいで済むぐらい綺麗な形だった。

「すみません、確認不足でした。再度見直しをするように心がけます。」

お辞儀をして自分のデスクにつくとポンとメールが届いた。

さっきの書類の件に関して見直し点と改善策とついでにプチ𠮟責が上司から送られてきた。

具体的で参考になるのだが付箋やなにかメモで渡したほうが早いし感じも良いのではと毎回思ってしまう。

当たり前のことすぎていちいち手で文字に起こすなんて面倒くさいんだろうな、と鈍くさい自分を戒めた。

家に帰り素麺を茹でながらパソコンをチェックすると新作のネイルチップが売れていた。

伏し目がちだった瞳がSOLD OUTの文字をよく見ようとして大きく開かれる。

前までは一か月に一つ売れればいいかなと思い、そこまで売上は気にしていなかった。

趣味の範囲だし三週間売れなければ休日に自分で使ってしまえばいいのだから。

しかし最近は一か月に二回、いや三回は売上を残している。

買っていくのは不特定多数の誰かではなく『mi4ko_718』さんという人だけ。

特に購入の際声掛けは不要でお願いしているので、急に売れた通知がくるととても嬉しい。

特定の誰かがずっと買ってくれていると想像を膨らませてしまう。

"mi4ko"ってみよこって名前なのかな。あとの数字は何だろう。

…案外誕生日だったりしてね。

いつもシックなデザインを買っていくみよこ(仮)さんはきっとロングのマーメイドスカートが似合う女性なんだろうな。モチーフは必ず花の模様がついているものばかり。

七月が誕生日なら向日葵もいいし朝顔も可愛い。薔薇だって満開だし、いや意外と蓮もいいかも。

会ったことのないみよこさんに似合うようなデザインをいくつも考え出していつの間にか鍋がふきこぼれていた。

購入した後のやりとりはいつも丁寧で以前買った作品のことまですごく褒めてくれる。

休日や誰にも会わない日につけて楽しんでいるそうだ。

誰かに見せるためではなくて自分だけで楽しむのってなんかいいなあ。

私も趣味でハンドメイドをしているけど、やはり誰にも興味を持たれないと楽しむことは難しい。

同じモチーフでもこの形かそれともあっちの形かパーツを吟味したり、その場で想像を膨らませて組み合わせを考えて帰ってからくっつけてみると全然合わなかったり、そんな試行錯誤の繰り返しだ。

沸々としたお湯を冷ましながら私の中で何かが湧きたった。

もし彼女(?)が本当に誕生月だったら自信を持たせてくれたお返しになにかプレゼントできないだろうか。

いやハンドメイド作家が購入者に会いに行ってプレゼントです、なんて悪質ないたずらだと警戒されてしまう。

なにかないだろうか。考えに考えて伸び切った素麺はお腹に溜まった気がしなかったので食パンを一袋食べた。

翌日は休みだったので買い出しとついでに夏服でも新調しようかと思いショッピングモールにやってきた。もちろんハンドメイド素材の品定めも欠かさない。

丁度花のことを考えていたので朝顔の刺繡が入ったスカートを買い、雑貨屋さんに向かった。

『mysa』というここ半年ずっとお世話になっているお店だ。

"mysa"(ミーサ)というのはフィンランド語で心地よい、暖かいという意味で内装はもちろん品揃えも華奢なパーツよりいろんな人が身に着けやすいものを取り扱っている。

私のイメージは、子供が憧れるかわいいよりも少し成長した人間の目をひくさりげない可愛らしさがメインで心がけている。端的に言えばフェミニンに該当するのかな。

でもフェミニンだと少し落ち着きすぎて私には質素に見えてしまうから、こういう暖かいパーツで指元を見たときほっこりしてほしいんだ。

お店に入って全体を見ているとレジの近くにフライヤーが貼ってあった。

「再来週イベントやるんですよ。色んなハンドメイド作家の人たちが集まって自分の作品を売り出したり、その場で作ってもらったり。大人も夏休みにはいるから楽しんでくれたらなあと思って。」

カウンターのお姉さんが話しかけてくれた。

ハンドメイドのイベント。


これだ!


私はカウンターに半ばかぶりつきながら

「これって初心者でも出店できますか…!?」

と紅潮しながら聞いた。

「ええ。まだ出店申し込み受付中なのでよろしければ用紙お渡ししますね。」

と落ち着いた様子で申し込みに必要な書類と、どこになにを記入すればいいか教えてくれた。

「お客様の買われていくパーツのチョイス私好きなんです。楽しみにお待ちしてますね。」

そう言ってお姉さんはお会計を済ませ入り口まで見送ってくれた。

袋をぎゅっと握りしめて私は帰路についた。


再来週、七月十一日。

よし、と意気込んだ私はスケッチブックと色鉛筆を取り出しデザインに取り掛かった。

夏休みのイベントだから季節感を大事にしたい。

今日買ったこのパーツと前に買っておいて使わなかったのを組み合わせたらなんだか一つできそう。

向日葵は大きく存在感を魅せたいけどジェルにしてしまうと可愛らしさが強くなってしまうから、いっそブラシでモチーフを描いてグラデーションを上から施してみようか。

いや、それよりも朝顔のデザインだ。

単調だからこそ慎重に丁寧に。

肩が盛り上がってきたのに気がつき一旦息を抜く。

私のハンドメイドのHPはブログのような機能がついているので告知をすぐに発信した。

色んな人に見てもらう機会だと思うのと同時にみよこさんへ届くよう祈りを込めて。

まるでラブレターみたいだ。


会社の昼休みもサンドウィッチ片手にスケッチブックとにらめっこしてはあーでもないこーでもないとうんうん唸っていた。

気になった前のデスクの女子社員が二人ぐらいで私の方を向き、

「佐田さんってイラストの副業でもしてるの?」

と聞いてきた。

興味を持たれたのが面映ゆくて

「は、ひぁあの。…ハンドメイドのデザインを…」

とサンドウィッチを飲み込むのを忘れて話してしまった。

ハンドメイド、と聞いて目の色を変えた女子社員は私のデスクの方にまわり、手元を覗き込んだ。

二人はじっと見てから

「えーすごい。今度作ってほしいー!」

「わかる。この素朴さ?佐田さんらしいっていうか。」

「やだ!素朴じゃなくて暖かみ、っていうんだよう」

と二人で大きな声を立て私に変人注意の看板を立てた。

私は『mysa』のお姉さんの言葉をフラッシュバックさせていた。

「パーツのチョイスがいい。」でも世の中の流行りじゃない。

流行りじゃないものに真剣に取り組むのは無駄。

流行ってなきゃ理解されない。人間は理解されてこそ生を感じるのに。

私は自分を貫けるほど強くない。

どうでもいい人の言葉でスケッチブックがゴミに見えるぐらいなんだから私は弱いな。

食べかけのサンドウィッチを袋に戻そうとした瞬間、上司が通りがかった。

「佐田さん、ご飯はしっかり摂ってください。午後からの仕事に差し支えますので。」

くしゃくしゃな気持ちだった私は

「いいんです。ダイエット中なので。」

と普段言わないようなことを彼女に言っていた。

「手元のそれ、栄養がなくちゃいいものも作れませんよ。」

そう言って彼女は自分のデスクに戻っていった。

目で追うとなにやら真剣にパソコンへ向かい大切に文章を打っていた。

取引の連絡だろうか。

誰かに褒められたり賞賛されたり同年代から理解を得られているようなタイプではないのに真面目に仕事に取り組む彼女は流行りもののなにかを身に着けるんだろうか。


少しやる気は落ちたがそれでも確実に作品は出来上がっていった。

ブログの告知はして何件かいいねはついたが肝心のみよこさんからのリアクションがなかった。

ネイルチップをUV硬化させている間にSNSのチェックをしていると一件通知が来た。

みよこさんだ!

メッセージを開いてみると

『七月十一日のイベント、仕事が入ってしまって行けません。とても行きたかったのに残念です。』

と一文目に書いてあり私は頭が空っぽになった。

いや元々約束なんかしてたわけじゃないし、期待した私が悪いんだからしょうがない、大人な文章が頭の中に流れてきて自分を洗脳しようとした。

『生で色んなネイルチップ見てみたかったです。またshiori(佐田のHN)さんの作品チェックして買いますね。』

最後にそう添えられており、作り終わって袋詰めされたネイルチップ達を見比べた。

快晴に負けないぐらい艶やかに咲いた朝顔、暑さではなく暖かみを感じる細筆の向日葵、夏の湿度をポップに吹き飛ばした風変りな蓮。

今日まで私だけがこの子たちの理解者だった。

そんな寂しい気持ちも明日で終わりだ、そう言い聞かせて根詰めた。

きっとみよこさんにしか売れないよ、と悲しさを引きずって当日を迎えた。


モールの一階には大広間があってイベント事があると必ずそこで行われる。

設営は各出店の人や『mysa』のスタッフさんたちも手伝ってくれてスムーズに終わった。

時間は昼十二時からモールの閉まる夜十九時まで。

中高生のお友達同士やカップル、子供が興味を持ってそのままハンドメイド体験していく親子と様々だった。

向かいのブースの作品は私が避けているフェミニン調のものですごく綺麗、店先には人がどんどん集まってくる。きっと私なんかよりしっかりしたアーティストなんだろう。

私の方は人が覗いたり、たまに名刺を持って行ってくれる人がまばらにいただけでとくになにもなかった。

すこし席を外して色んな出店者のブースを見ていると本当に色んなジャンルでファッションの一部なんだということがよくわかる。ロリータ系、ロック系、フェミニン系、なかなか見ないネイティブ系、ポップ系。ネイルに合うようにと指輪まで供えてるところもある。

シルバーの薔薇がサイズ様々に輪っかに巻きついている指輪で細いチェーンがついている。

「これも自分で作られたんですか?」

グレーアッシュの髪をみつあみにまとめた女性は

「そうなんです。手元って自分が一番見るから完璧を求めたいんですよね。」

悪戯っぽい笑みでそう言って名刺を差し出してくれた。


自分のブースに戻りSNSを見たり本を読んだり接客したりしながら作品はぽつぽつと売れていった。

接客なんて高校生のコンビニバイト以来だなと思って腕時計を見やるともう十八時四十五分だった。

やっぱり彼女のことを期待してしまっていたが、仕事ならどう頑張っても来れないな。

そろそろ店じまいのこと考えるかなと思っていた時だった。

向こうの方でスタッフさんになにか聞いている女性がいる。

スーツをきっちり着こなしてかっこいいのに肩で息をして慌てている。

頑張って向こうの会話を聞こうと背伸びしたとき、綺麗な黒髪の七三分けがみえた。

そしてこちらのブースに目を光らせるとずんずんと向かってきた。

ヒールを履いていてコッコッという音なのに背後のオーラからはずんずんと聞こえてきた。

私の目の前に立ち、女性は

「見てもいいでしょうか。」

と呼吸を整えて言った。

「ど、どうぞ。」

作品に夢中で私に気づいていないのか。

真剣に静かに何も言わず一つずつ袋を手に取っていく。

「どれも夏にぴったりの作品ですね。」

「はい。実はいつもご贔屓にして下さる方がいてその方を思い浮かべてたら自然と。」

特定の誰かのために出店なんて不埒だなと思われそうで嫌だったが傷心中で頭は冴えなかった。

女性はいいですね、と呟いた。

「私もここのハンドメイド作品すごく好きで、大人なデザインの中に上手く子供心が潜んでるんです。私、夏生まれで自分のために絶対買いたいって思って仕事急いで切り上げてきたんです。」

饒舌に語る彼女に驚いた。

「あの、もしかして『mi4ko_718』さん、ですか?」

彼女は初めて私の顔を見て顔を赤くさせた。

七三分けだからはっきり彼女の顔が見える。みよこさんは上司だったのだ。

「私も本名文字ってやってたんです。佐田小織、HNはshioriで。」

本当に気付かなかったようでみよこさんは耳たぶまで真っ赤にしている。

淡々と仕事をしてかっこいいシャープなイメージしかない彼女はこんなにも可愛らしくて、私の作ったものを可愛いと好いてくれていたんだ。

彼女はしょぼくれていた私に暖かみをくれた大切なパーツだったんだ。

少し落ち着いた様子でみよこさんは涼しげな朝顔のネイルチップを買った。

本当に綺麗と呟く彼女の頬の熱は落ち着いていたが、耳たぶだけがいまだに赤くて可愛らしかった。

お店がちょうど終わりの時間だったので撤収をし、そのまま二人でカフェに向かった。

短い時間で見てもらうには惜しいから、彼女にだけ特別の個展を丸テーブルで開いた。

目を輝かせているみよこさんにずっと疑問だったことを聞いてみた。

「仕事で指示を出すときにどうしてメールで全部送るんですか?手書きが早いときもあると思うのですが。」

みよこさんの視線は卓上から膝に移り、冷めた熱を取り戻すように頬を赤くさせて言った。

「字が、すごく汚いの。新人の時に読めないって同僚とか上司に笑われちゃって。だから質素だけどメールならフォントで誤魔化せるしいいと思ったの。」

私が鈍くさいからメールにしてたわけじゃないんだ。

どんどん嬉しい気持ちになってきて

「なんなら私が教えますよ。誤字脱字はみよこさんが教えてくださいね。」

なんてどきどきしながら冗談を言うと彼女は少女みたいに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハンド・メイド カフか @kafca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ