汚れなき手

鮎崎浪人

汚(けが)れなき手

 一


 麗奈、今日も君に会いに行ける。

 会場に向かう電車に揺られ、つり革につかまって窓外を流れる代わり映えのしない風景を視界におさめながら、水寺良夫みずでら よしお白峰麗奈しらみね れなに想いを馳せていた。

 片道およそ二時間もかかってたどり着いても、会って話せるのはほんの十数分だけ。

 コスパが悪いと他人は嗤うだろう。

 だけども、そんなことを俺はまったく気にしていない。

 行きの道程は、君と会ってどんなことを話そうかとあれこれ考えて過ごし、帰りは君との会話の余韻に浸る。

 そして、握手を交わしながらの会話、そのたった十数分間の交流が、永遠の思い出として心に刻まれるのだ。

 五十三歳の安月給の身としては、君に会うために犠牲にしなければならないことも、そりゃあある。

 ワンルームの狭い空間には、必要最低限の家具や家電。洋服だって、めったに買うことはない。食費も自炊で、外食なんてもってのほか。君に会う目的以外では旅行だってしない。大好きだったお酒もタバコもやめた。

 そうして残ったお金のすべてを君に会うためにつぎ込んでいる。

 だけど、一片の後悔もない。

 君の両手がふわりと優しく、俺の両手を包み込む。

 すると、その瞬間、全身に安らぎがしみわたる。

 純粋で無垢な心根を表しているような、汚れなき美しい手。

 その両手で何人もの心を救済してきたことだろうか。

 この俺ももちろん例外じゃない。

 決して大げさではなく、君のためならこの命を投げ出すことだってできる。

 だって、君は俺のすべてなのだから。


 二


 女性アイドルグループ「エターナル・イノセンス」のマネージャーである脇谷邦彦わきや くにひこは、本日の握手会イベントの会場であるTRセンターの一階搬出入口を出た。

 イベント開始一時間を前に、周囲の様子を確認しておこうと思ったからだ。

 五階建てのこの建物は、一階は丸々搬出入用のホールとなっており、二階以降がイベントスペースとして活用されていて、「エターナル・イノセンス」は三階のフロア全体を借り切っている。

 一階の搬出入ホールはおよそ二〇〇〇㎡という広さで、その奥の方には、他のイベントの車両と混じって、脇谷やスタッフ、メンバーが同乗してきた貸し切りバスや機材運搬用のバンが並んでいるが、このホールはイベント関係者の裏口としても使用されているのである。

 脇谷は搬出入口を出て数歩進んだところで、目の前の地面、建物の壁際に清涼飲料水のペットボトルが転がっているのに気づいた。

 それは空のボトルではなく、中身は透明な液体で満たされている。

 何気なく拾い上げてみたところで、後ろから声をかけられた。

「脇谷さん、それ、そこに落ちてたんですね?」

 振り向くと、そこには、珠夢羅早希たまむら さきが立っていた。

「ええ、そうなんですよ。誰が落としたんだろう?」

 脇谷が差し出したペットボトルを受け取って、早希も首をひねっている。

 先月に六一歳の誕生日を迎えた早希は、若かりし頃には美人であったと思わせるような面影がないこともないが、今はこの年齢の女性として、ごくごく平凡な顔立ちをしている。

 メイクも薄めで、いわゆる美魔女といったような無理に若作りをするようなタイプでもない。

 早希は、イベント開始までまだ余裕があるので、散歩にでてきたという。

 そんな会話を交わしていると、慌ただしい足音が建物内から響いてきて、本城ほんじょうカレンのすらりとした長身が現れた。

「あっ、それ、わたしのです! さっき、パパの車から急いで降りたら、コンビニの袋から落ちちゃったみたい・・・ 楽屋で気づいたんです」

 そう早口で言って、ひったくるように早希の手から奪い取ると、早足で建物の中へと消えていく。

 脇谷は、カレンが貸し切りバスの出発時刻に、寝坊のため間に合わなかったことを知っている。

 父親の自家用車で直接、会場に向かうということだったのだ。

 脇谷がさきほど三階の窓からしばらく搬出入口を見下ろしていたときには気づかなかったが、どうやらその後で到着したようだ。 

 カレンの後ろ姿を見やりながら、脇谷の胸に苦いものが込み上げてきた。

 二か月前の事件とその後の顛末を思い出したからだ。

 マネージャーという仕事は、一人前になるまで十年はかかると言われ、その業務内容は、ブランディングのための計画立案、営業活動、現場の仕切り、スケジュール管理、打ち合わせ、環境づくり、さらにはタレントのメンタルケア、タレントとの信頼関係構築と多岐にわたっている。

 十二年に及ぶマネージャー稼業で、脇谷の身にも様々な出来事が降りかかり、多くのトラブルをさばいてきたが、その中でも本城カレンの暴行未遂事件は衝撃的であった。

 全国コンサートで各地を巡っていた八月のある日、スタッフ・メンバーともども宿泊していたとある地方のホテルで、どうやって突き止めたのか若い三人の男がカレンの部屋の前で待ち伏せし、外出先から戻ったカレンを襲った。

 幸い、隣室のメンバーが異変に気づき事なきを得たが、カレンは数か所にアザをつくり、着ていた洋服も何か所か裂けてしまった。

 そうした物質的な被害もさることながら精神的ダメージが大きく、一時は休業を余儀なくされるほどであった。

 この件の報告を受けた支配人以下の上層部の判断は、しかし、沈黙だった。グループのイメージやカレンの気持ちを総合的に判断した上、という理由だった。

 警察に届けを出さず、運営会社内部での調査も行わなかった。

 この決定に罪悪感を覚えながらも、脇谷は組織の一員として従わざるを得なかった。

 持ち前の芯の強さで苦悩を乗り越えたカレンだったが、脇谷を含めた運営会社に対し大きな不信感を抱いたことは無論である。

 それどころか、犯人グループに指示したメンバーがいる、そのメンバーに復讐してやるとカレンが他のメンバーに触れ回っているという情報を二週間前に耳にして驚いた脇谷は、さっそくカレンを事務所に呼び出して事情を聴いた。

「わたし、黒幕を知ってるんです。ウチのメンバーであることは間違いないんです」とカレンは確信ありげに言った。

「エターナル・イノセント」の中で、最も人気のあるメンバーである二十一歳の本城カレン。

 細身のモデル体型とともに印象的なやや吊り上がり気味の切れ長の眼が、今はさらに鋭さを増していた。

「黒幕? ウチのメンバー? そんなこと、わかりようがないじゃないか」

 カレンは不敵な笑みを浮かべた。

「実は、あのとき、三人のうちのひとりが、メンバーの名を口走ったのを、わたし聞いたんです。でも、それを話したところで、どうせうやむやにされると思って、黙っていたんですけどね」

 図星だろうとばかりに、脇谷をにらみつける。さらに続けて、

「それで、個人的に私立探偵事務所に調査を依頼しました。その結果、犯人グループの一人と黒幕のメンバーが小学校の同級生だと判明したんです」

「誰なんだ、そのメンバーっていうのは?」

 脇谷はカレンを激しく追及し、また復讐なんて物騒なことはやめてくれと懇願したが、カレンは決して口を割ろうとはしなかった。

「じゃあ、わたし、まだレッスンがありますので失礼します」

 冷たい響きを残して、カレンは応接室から去っていった。

 困り果てて茫然と腰かけていた脇谷がやっと気を取り直して十分後に部屋を出ると、城戸楓きど かえでが廊下をこちらに駈けてきた。

 彼女もレッスン着に身を包んでいた。

「カレン、大丈夫でしょうか? なんか、心配で・・・」

 楓はカレンとは同期であり同い年でもあり、お互いを親友と呼び合う間柄だった。

 一部のファンの間では不仲説がささやかれているが、脇谷が見聞きしている限りではとてもそうは思えない。

 カレンに比して小柄で童顔、目尻のやや下がった柔和な眼が特徴的な楓は、性格はごくごく控えめでおとなしい。

 そんなところが男性ファンの父性愛を刺激して、グループ内ではナンバー二の座を占めている。

「う~ん」

 情けないことに、脇谷はうなり声を発することしかできない。

 そんな脇谷を明らかに失望したように眉根を寄せて見つめる楓は、大きなため息をもらした。

 つられて脇谷も、重いため息をつくことしかできなかった。


 三



 TRセンター三階のイベントスペースで、「エターナル・イノセント」の握手会が開始された。

 三十ほどのレーンにファンが整然と並んでいる。

 レーンとは、アイドルと握手をするためにファンが並ぶための通路で、低い鉄柵で仕切られていた。

 ただし、各レーンの列の長さはアイドルごとに異なり、本城カレンや城戸楓の場合は三十mにも及ぶまさしく行列をなしているが、数人しか並んでいないレーンもあり、そのアイドルの人気度が一目でわかるという、いささか残酷な仕組みとなっている。

 そのようにレーンによってにぎわいは違えど、それぞれのレーンはアイドルとファンとの楽しげな談笑の声でざわめいていた。

 その中で、白峰麗奈のレーンは、カレンや楓には及ばないものの、そこそこ長い列ができている。

 麗奈も他のメンバーと同様、にっこりと笑顔を浮かべ、ファンの両手をしっかりと握りながら会話を交わしていた。

 すると、突然、レーンの最後列に並んでいた中年の男が、列を乱して前方に進み出た。

 抗議の声にも耳を貸さずに、他のファンの体に接触しながら、また制止する腕を振り切ってずんずんと早足で最前へと向かっていく。

 麗奈との握手を目前に控えて待機している若い男性ファンの立ち位置にとうとう到達すると、その男性に無言でつかみかかった。

 つかみかかられた若者も応戦し、殴り合いになる。

 すぐに駆けつけた警備員二人がなんとか両者を引き離したものの、そのころには他のレーンからも人々が集まり、なごやかな会場の雰囲気は一変して騒々しいものとなった。

 その喧騒の中、白峰麗奈は蒼白な顔面を引きつらせ、焦点の合わない眼を天井へと向けながら、凍りついたように立ちつくしていた。


 四


 事件が起こったとき、脇谷は通常通り握手会が開始されたので安堵の気持ちがあって、イベントスペースの裏手で数人のスタッフらと雑談を交わしていた。

 話題は、本城カレンの遅刻に移っていた。

「いやあ、それにしても間にあってよかったですよ。カレンひとりのために握手会を遅らせるわけにはいかないですからね」

 ほっとしたように脇谷がそう口にすると、そばに立っていた器材係の加藤が応じた。

「ほんと、そうですよね。ちょうど僕が搬出入用ホールでトラックから器材をおろしていたきに到着したんですよ。

 それにしても、お父様も子煩悩だなあ。ほら、以前にグッズで各メンバーのマスコット人形を作ったでしょう、あれを自家用車のミラーから吊り下げていましたよ」

 そのとき、とても慌てた様子で場内整理担当のスタッフが脇谷のもとにくると、息せき切って告げた内容は、白峰麗奈のレーンでファン同士のケンカが起きた、というものだった。

 それからの脇谷は騒動の対応に追われることになった。

 麗奈にすぐに会い身体的な面では無事であることは確認したが、自分の目の前で起きた出来事から受けた精神的なダメージが明らかに甚大であるように見受けられたので、麗奈の握手会の中止の手配をした。

 その後は、場内整理担当や近くにいたファンたちから事件当時の正確な状況を聞き出すことに努めた。

 それによると、加害者は水寺良夫という五十代の中年男性で、被害者は鈴木航平という二十五歳の若い男性だった。

 水寺は百八十㎝を超える上背にがっしりした体つきをしており、一方の鈴木は中肉中背であったが、体格の差を若さで補ったというべきか、勝負は互角といったところで、また、どちらにも大きな負傷はなかった。

 だが、そもそも、どうしてケンカが勃発したのか、それがわからない。

 水寺は握手会ではいつも一番乗りだった。

 今日も握手会が始まるだいぶ前から最前で待機しており、最初に白峰麗奈と握手を交わしている。

 そして、二巡するために、いったん列の最後尾に回っておとなしく並んでいた。

 ところが、なんの前触れもなく列を離脱すると、前方に向かって無言で歩き出し、すぐ後に順番が来るのを待っていた鈴木につかみかかったというのである。

 鈴木が水寺に罵詈雑言を投げかけたとか、挑発するような行為があったとか、そのような事実はいっさい目撃されていない。

 そもそも、水寺はファン同士の交流を好むというよりは一匹狼的なタイプで、普段から他のファンと会話を交わすことはなく、鈴木とも接点はないのだ。

 また、鈴木が、周囲の人間が注意したくなるような握手会のマナーに反するような行動をとったという事実もなかった。

 さらに、水寺の普段の行動からして、突発的で暴力的な行為に走る人物だとは思われていなかった。

 たしかに他のファンとの接触はないが、それは別段威嚇するような態度をとっていたとか、奇抜な言動があったとかというわけではない。

 何人かのメンバーとの握手を掛け持ちするファンが多い中、水寺は白峰麗奈のレーンのみに並び、常に一番に握手を交わし、最後尾に並び直してという行動を繰り返していたが、いつも穏やかな表情を浮かべながら整然と列に並んでいたという。

 そのような、いわば常に紳士的な人物が、なぜ突然にまるで関わりのない人間に襲いかかったのか。

 状況の把握が進めば進むほど、脇谷にはその謎が深まるばかりであった。

 とりあえず、自分がつかんだ情報を上司に報告した脇谷は、張本人の水寺から詳しい事情を聴く必要があると痛切に感じた。

 脇谷は水寺と、イベントスペースの裏手にある小さな事務室で対面した。

 応接テーブルを間に、パイプ椅子に腰かけて相対した脇谷と水寺。

 脇谷が改めて水寺を注視すると、水寺は衣料量販店で売っているようなシンプルなデザインのグレーのチェックのシャツに、ベージュのチノパンツという服装であったが、それらは生地が少し色あせていて、着古したような貧相な感がある。

 さきほどの格闘で受けた傷が生々しく、左目は青あざで腫れて右手首には真新しい包帯が巻きつけられ、いっそう落ちぶれた印象を与えた。

 また、長身で大柄だが、姿勢はやや猫背で気弱そうな眼付をしており、威圧的な雰囲気は発していなかった。

 およそ突発的な暴力に及ぶタイプには見えない。不思議に思いながらも、脇谷は尋問を開始した。

 だが、まさに「のれんに腕押し」という表現が当てはまるような、手応えのない有様だった。

 水寺が黙秘を続けたからである。

「水寺さん、なんで突然あんなことをしたんです?」

「・・・」

「あんなことをするのには、必ずなにか理由があるはずでしょう?」

「・・・」

「あなたは、被害者の鈴木さんとは、どんな関係なんです?」

「・・・」

「わたしが調査した限りでは、あなたと被害者につながりはない。ならば、なぜ、あんなことを?」

「・・・」

「それとも、こちらでは把握していない関係が、あなたがた二人にはあるのですか?」

「・・・」

 水寺は背を丸めながら終始うつむいていて、そうしていれば、脇谷の執拗な追求の言葉という弾丸が自分の頭上をかすめていくとでも思っているようかのようだった。

 脇谷は別方面から攻めてみることにした。

「あなたのせいで、白峰の握手会は中止になってしまった。

 他のファンに悪いとは思わないんですか?」

「・・・」 

「それに、わたしどもも、返金対応など、コスト的に大損だ。

 いったい、どうしてくれるんです?」

「・・・」

 だが、依然として沈黙を続ける水寺。

 刑事でも弁護士でもない脇谷には、尋問のテクニックなど持ち合わせていなかった。

 万策尽きた脇谷は、最後に情に訴える作戦に出た。

「一番の被害者は、白峰本人じゃないですかっ。

 自分の眼の前で、あんな暴力沙汰が起こって、ショックが大きすぎて、握手会が続けられなくなってしまったんですよっ

 一ファンとして、心が痛まないんですか!」

 水寺のファンとしての在り方そのものを糾弾するようなこの一矢には、さすがの水寺も降参せざるを得ないだろう。

 そう確信した脇谷だったが、一瞬顔を上げた当の水寺にはなんらの表情の変化も見受けられなかった。

 むしろ自分はファンとして誇りを持っている、水寺の揺らぎのない無表情はそう語っているようにも思えた。

 万事休す。お手上げだ。

 それからしばらく、重たすぎる沈黙の時がゆっくりと刻まれていった。

 水寺の堅い口を開かせる材料をもたない脇谷の思考は自然と、今も控室で体を休めているであろう麗奈へと移っていった。

 白峰麗奈。

 数多くのアイドルを目の当たりにしてきた脇谷にとって、彼女は公平にみて模範的なアイドルである。

 現在、二十三歳の麗奈は、取り立てて容姿に恵まれているわけではないが、ファンの人気度は本城カレン、城戸楓にかなり引き離されてはいるものの三番手を維持していた。

 握手会におけるファンへの対応は丁寧でそつがなく、様々なファンの気持ちを瞬時にくみとって、相手の望むような言葉を返すことが得意だった。

 また、SNSもまめに更新し、なおかつ文章も巧みだったので、握手会などの直接会えるイベントがないときでも、ファンの気持ちをつなぎとめることができた。

 さらに、スタッフへの対応も申し分なく、常に礼儀正しく気配り上手なので、スタッフ間の評価も高かった。

 無論、スキャンダルなど無縁であり、ファンが安心して推せるアイドルであった。

 まさしく、努力の人なんだな、と脇谷はいつも感心している。

 だが、アイドルになるまでの麗奈の人生は、順風満帆では決してなかったと聞いていた。

 彼女が三歳の頃、父親が妻と幼い娘を残して家を出て行ってしまい、それ以後、麗奈は母親ひとりの手で育てられたという。

 経済的には苦しかったが、アイドルになりたいという麗奈の夢を常に母親は応援し、ダンスやボイスレッスンの教室にも通わせてくれた。

 そんな母親を麗奈は心から尊敬しており、母親からの人としての教えを忠実に守ってきた、だから今の自分がいるんです、と事あるごとに語っている。

 非の打ち所がないアイドルの優等生、というのが脇谷の偽らざる気持ちであった。

 ファンは推しに似る、とアイドル界隈ではよく言われるが、麗奈の人柄を反映してか、麗奈のファンは穏やかで優しく礼儀正しいという印象が強かった。

 なのに、なぜ、今回、こんな事件が起きてしまったのか。

 他のメンバーのファンならいざ知らず、よりによって麗奈のファンが・・・

 脇谷が最初の疑問に立ち戻ったところで、ドアがノックされた。

「誰?」という脇谷の反応に、「わたしです、白峰です」という返答があった。

 脇谷は急いで立ってドアに向かい、細目に開けた。

 そこには、いつもと変わらない麗奈のやさしげな顔があった

「どうしたの? 具合は大丈夫? 今、水寺さんと話をしているから、話があるなら後で聞くよ」

 脇谷はドアを閉めようとしたが、麗奈はその手をやんわりと止めて、

「わたしなら、もう元気です。

 実は、水寺さんと話をしたくて来たんです」

「え? いや、でも・・・」

「大丈夫ですから」

 きっぱりとそう言いきって、麗奈は事務室へと足をそっと踏み入れた。

 その姿をみとめた水寺が、はっとしたように立ち上がる。

 アイドルとそのファンは立ったまま相対し、数秒間、沈黙が流れた。

 そして、おもむろに、麗奈がある一言を水寺に放った。

 その言葉を聞いた瞬間、脇谷は不意を突かれて衝撃を受けた。


 五


 水寺は脇谷の激しい追及を黙秘でやり過ごしながら、今置かれている厳しい状況から逃避するように、麗奈との思い出を振り返っていた。

 北海道での握手会に飛行機で駆けつけた時、麗奈はこちらの事情を読み取ったかのようにねぎらってくれたっけ・・・

「わざわざ東京から来てくれたんですよね。ほんとにありがとう! 明日はお仕事なんでしょう? もしかしたら、日帰りなのかな? だよね。麗奈のために貴重な時間を使ってくれてありがとう! 体調を崩さないように、麗奈、祈ってるから」

 麗奈がシングルCDのメンバーに選抜されるように、握手券を「爆買い」したこともあったなあ・・・

「そんなにたくさん、握手券を買って大丈夫なんですか? いくら麗奈を選抜メンバーにするためだからって・・・ 麗奈が幸せになることで、ファンの方が不幸になったら悲しいな。あんまり無理しないでくださいね」

 麗奈の誕生日に合わせてプレゼントを贈った後の握手会で、俺が選んだワンピースをまとっているのを眼にしたときのうれしさといったら・・・

「プレゼント、ありがとう。このワンピース、お気に入りで、ふだんのお出かけのときにも使ってるんです。どう、似合うでしょ?」

 選抜メンバーから外れた麗奈が落ち込んでいる内容のツイートをしたとき、すぐさま長文のツイートを返した後の握手会では・・・

「はげましのツイート、読んだよ。ほんとに元気、もらったよ! 麗奈、これからもがんばるから、ずっと応援していてね! 見守っていてね、お願い!」

 勤めている会社から契約を更新しないと宣告され、「もう、オレは終わりだ」というツイートをした後の握手会では・・・

「この前のツイート、読みましたよ。麗奈も選抜落ちとか、いろいろ苦しいこともあるけどがんばるから、水寺さんもがんばって! これからも一緒にがんばろうね!」

 まだまだ、数えきれないほどの思い出があるなあ。

 そして、今日。人生最高といっても過言ではないような出来事が起こったんだ・・・

 水寺がそんな感慨にふけっているとき、不意に遠慮がちなノックの音が響き、脇谷との短いやりとりの後、麗奈本人が部屋に入ってきた。

 無意識に立ち上がった水寺を、何かを訴えるようにじっと見つめていた麗奈は、小さいがはっきりと聞き取れる声音で告げた。

「お父さん・・・ お父さん、どうして、あんなことをしたの?」


 六


 脇谷の脳裏にいくつかの事実がよぎった。

 他のメンバーには目もくれず、麗奈のレーンにだけ並んで・・・

 常に最前列に並び、麗奈と最初に握手を交わして・・・

 そして最後列に並び直すのを繰り返し・・・

 まさに一途なファン。

 そうは断言できたが、しかし、だからといって父親だなんて・・・

 脇谷の思考はしばらく混乱したが、今目の前にたたずむ水寺の、麗奈を慈しむようなまなざしに、ふっと納得できる気持ちが沸き起こった。

 そうだ、確かにこの男は麗奈の父親に違いない。

 麗奈は水寺に真っすぐに目を合わせ、優しく語りかけた。

「お父さん、お父さんがあんなことをしたのは、さっきわたしと握手したとき、わたしが『お父さんだよね』、って、呼びかけたことが関係しているのでしょう?

 それと、自分が父親であると名乗り出ることによって、わたしになにか迷惑がかかるかもしれないと思って、今まで黙っていたんでしょう?

 でも、わたしは周りの人に、水寺さんがお父さんだってことを知られても、ぜんぜん構わない。だから、ほんとのことを言って」

 そう促された水寺は、ありのままの事実を話す気になった。

 そう、父親として、麗奈を見守り続けたことを。

 水寺は長い沈黙を破って、ようやく口を開いた。

「麗奈のおっしゃるとおり、私は麗奈の父親です。

 といっても、父親としての役割などほとんど果たしてはいませんが・・・

 なぜなら、私は、妻と幼い娘の麗奈を捨て去ってしまったのですから。

 麗奈がまだ三歳のとき、私は家を飛び出しました。

 妻の親友と駆け落ちをしたのです。

 それ以来、妻とは一切の関係を断ち切って暮らしておりました。

 その数年後、その女性とは別れてしまいましたが、今さら、妻のもとへ戻ることなんてできませんでした。

 それ以来、私は今も独り身ですが、数年前、娘の麗奈がアイドルとして活動していることを知ったのです。

 かといって、妻と娘を捨て去った私が、父親であると名乗り出ることなんてできるわけがありません。

 私にも強い負い目がありましたし、娘だって、私を憎んでいるに違いないからです。

 でも、どうしても娘に会いたい。その気持ちだけは抑えることができませんでした。

 そこで、私は握手会に頻繁に通うようになったのです。

 一人のファンとして、麗奈に会い、麗奈の成長を見守ることにしたのです。

 それだけで私は幸せでした。

 握手を交わしながら、たわいのない世間話や、時には真剣な話をする。

 温かく柔らかな麗奈の両手に包み込まれながらのひとときは、安らぎに満ちた、まさしく至福の時間でした。

 純粋で無垢な魂そのものの象徴であるような汚れなき美しい手は、日々の鬱屈した日常に疲れ切った私の心を救ってくれたのです。

 麗奈がアイドルを卒業するその日まで、あくまでも一ファンとして接し、彼女を見守り続ける。

 それだけで私は満足だったのです」

 そこまで堰を切ったように語り続けた水寺は、ふと口をつぐんだ。

 リノリウムの床に目を落とし、なにか考えをまとめるふうだったが、やがて視線を戻して、

「ところが、今日、奇跡のような出来事が起こったのです。

 さきほどの握手でのことです。

 麗奈が私の話を穏やかにさえぎって、急に一言、『ねえ、水寺さん、水寺さんって、わたしのお父さんなんでしょう?』と。

 あまりに突然のことに、私は頭の中がぽっかりと空洞になった感じでしたが、次の瞬間には反射的に『うん』と答えていました。

 そう返事をしたときの麗奈の眼には憎悪の色はなく、どこか懐かしむような眼差しでした。

 私はその後に続ける言葉が見つからず全身が硬直したままで、握手は時間切れとなりました。

 地に足のつかないような無意識の状態で最後尾に並び直し、しばらく、ぼうっと突っ立って前方を眺めていました。

 すると、私の心に不可思議としかいいようのない気持ちが生まれていたのです。

 何人もの人間が入れ替わり、麗奈と握手を交わしては去っていく。

 一番奥に立ち続けて常に笑顔を絶やさぬ麗奈。 

 その光景はまるで・・・、まるで、そう、麗奈が興味本位の群衆に囲まれて、さらし者になっているように見えたのです。

 なんというか、アイドルという商品、それも寿命の短い消耗品として、あるいは意思を持ってはいないかのようなお人形さん、まるで魂がないかのようなモノとして、粗雑に扱われているように思えてしまったのです。

 今、振り返ってみれば、私と麗奈との関係が、アイドルとファンというそれから、父と娘というそれに変わったことが強烈に意識されてきたことが影響していたのだと思うのですが・・・

 次の瞬間、私の両足は最前に向かって踏み出していました。

 もうこれ以上、こんな野蛮な行為を娘に強いてはならない。

 不特定多数との握手をやめさせなければならない。

 その一心で、私は襲いかかってしまったのです。

 相手の方には、本当に申し訳ないことをしてしまいました。

 発作的とはいえ、ファンの方、スタッフの方にも多大なる迷惑をかけてしまい・・・、本当に申し訳ありませんでした」

 そう締めくくると、深々と頭を下げる水寺。

 そんな姿をいたわるように見つめる麗奈。

「わたしは、水寺さんと握手をしているとき、いつも不思議な気持ちでした。

 他のファンの方とはちょっと違う安心感みたいなものがあったんです。

 どうしてだろうって、思ってたんですけど・・・

 さっき水寺さんと握手したとき、急に、ひらめいたんです。

『あ、この人は、わたしのお父さんなんだ』って。

 それは奇妙な確信でした。

 それで思わず、そう口走っていたんです・・・」

 水寺と麗奈の告白を聞き終わった脇谷は、正直なところ、安堵していた。

 加害者が、精神に異常をきたしたような脇谷の理解不能なタイプではなく、少々行き過ぎではあるが娘を案じる父親だったと判明したからである。

 ややこしい展開にならずにホッとした脇谷は、すぐさま上司にスマートフォンで報告した上で、水寺を訓戒するにとどめ、警察沙汰にはせずに開放することにした。

 再び深々と頭を下げて感謝の意を述べた水寺は、「わたし、送っていきます」という麗奈に伴われて、事務室を出ていく。

 その二人の後ろ姿は、ずっと生活を共にしてきた仲の良い父娘のように、脇谷には微笑ましく映った。


 七


 それから三十分後。

 握手会の休憩時間に、イベントスペース裏手の短い廊下で、脇谷は本城カレンに呼び止められた。

 いつになく真剣な表情で、顔色がやや青ざめている。

「どうしたの? 具合でも悪いの?」

 そう問いかける脇谷に、カレンは黙って細い首を左右に振り、それから他人をはばかるように見まわしてから、震えがちな小声で口を開いた。

「あの・・・ この前、黒幕のメンバーに復讐してやるって言ってたことなんですけど・・・

 あれ、やっぱり、やめます」

「え?」

「だから、やめる、って言ったんです。もう変な気を起こしたりしませんから」

 それだけを早口で言い残して、カレンは足早に立ち去って行った。

 その姿を唖然として見送る脇谷。

 あれほどこだわっていたのに、急にどうしたんだろう?

 疑問は解けなかったが、握手会での乱闘騒動とカレンの復讐という懸案だった二件が一挙に解決し、脇谷の心は一気に軽くなった。

 足取りも軽く動き出したとき、スマートフォンに着信があった。

 誰あろう、ほかならぬ水寺からである。

 さきほどの会見で水寺とは連絡先を交換していたので、その意味では不思議はなかったが、一体どんな要件だろうと脇谷はいささか不審だった。

「水寺です。さきほどはどうも。

 実は、さっき言い忘れたことがあって、もう一度そちらに伺ってもよろしいでしょうか」

 脇谷は要件の中身を訊ねたが、それについては直接会って話したいという水寺の申し出を特に断る理由もなかったので、すぐに了承した。

 通話を切ったところで、控室に向かう途中だった珠夢羅早希に話しかけられた。

「さっきの麗奈ちゃんの件はどうなったんですか?」と問う早希の表情は真剣そのものだったが、その顔は満足げに少しほてっている。

 それは「仕事」をやり遂げたという充実感からに他ならなかった。

 ふわっとしたオフホワイトのシャギーニットにフリルショルダーがついたブルーのタイトスカートを合わせ、ピンクのパンプスという装いの早希。

 そんな彼女の「仕事」とは?

 そう、年相応のメイクではあるが、だいぶ若作りの感のあるガーリーファッションに身を包んだ早希の「仕事」とは、握手会への参加に他ならなかった。

 早希は六十一歳にして、四〇年以上の経験を誇る今なお現役のアイドルなのである。


 かつて「エターナル・イノセント」に絶大な影響力を及ぼした今は亡き総合プロデューサーには、アイドルが存在しうる環境に対する妄想ともいうべき彼独自の思考があった。

 彼は、世相とアイドルの存立を密接不可分な関係として位置付けていた。

 そして、世の中に負の感情や行動が蔓延しているからこそ、正の存在とでもいうべきアイドルが根強い支持を受けることができると信じていた。

 彼の思考では、まず負の現象ありきなのである。

 長引く不況がもたらすものは、絶望であり無気力であり、暴走する欲望である。

 そんな時代だからこそ、アイドルは輝くことができると考える。

 絶望の対比として、アイドルは夢や希望にあふれる詞を歌う。

 無気力の対比として、アイドルが全力でレッスンやパフォーマンスに取り組む姿を見せる。

 欲望の対比として、アイドルに恋愛の禁止を課す。

 彼は冗談めかして、「俗悪なる世界だからこそ、聖なる存在は輝きを増す。ある意味、暗黒時代が続いているからこそ、長い間、このグループが存続できた」と語っているが、これは彼の本心だろうと考えられている。

 そして、この、負の現象があってこそ正の現象が成立する、という彼独特の思考を、アイドルグループの内部でも実現させた結果が、現在六十一歳の現役アイドル、珠夢羅早希という存在だと言われている。

 ここで対比されているのは、いたって表面的ではあるが老いと若さである。

 また、醜と美である。

 アイドルを若さという美で輝かせるためには、若さの正反対である老いたる存在が必要だという彼の歪んだ思想。

 その妄念を成就されるために犠牲者として選ばれたのが珠夢羅早希であったと周囲は口々に言うが、当の早希はそのような見方をまったく気にかけていない様子である。

 わたしは強制的にアイドルを続けさせられていたわけでは決してなく、自ら望んで今もこの場所にいる。

 わたしは踊ることが大好き、歌うことが大好き。

 みんながわたしのパフォーマンスを見て笑顔になってくれれば、こんなにうれしいことはないと早希は常日頃から語っていた。

 そんないわば、自らの人生を以てアイドルを体現している早希ゆえに、他のアイドルのメンタル面も気にかけているに違いないと考えた脇谷は、麗奈にまつわる騒動が解決したこと、水寺が再訪してくることを伝えた。

 また、だいぶ気分が明るくなっていた脇谷は、ついでにカレンの件も早希に話した。

 脇谷にとって親の世代にあたる早希は、十代や二十代の他のメンバーと違い、気軽に打ち解けて話せる部分があり、また早希自身にも年の功というべきか聞き上手なところがあった。

 それはよかったですね。

 そんな感想を当然ながら予感していた脇谷の耳に届いたのは、「そんなことまでしてしまったんですね」という謎めいた呟きだった。

 さらに早希は続けて、

「麗奈ちゃんは、まだ残っていますか?

 まだ帰っていないなら麗奈ちゃんと事務室で会えませんか?

 父として娘としてお互いに名乗り合えたことを祝福してあげたいなって」

 なんでわざわざ体調が思わしくない麗奈を呼び出す必要があるのか、普段から思いやりのある早希らしからぬ言動だなと脇谷は不思議に思ったが、早希の口調には有無を言わせぬ断固たる響きと、そのことが必要だと思わせるような妙な説得力があった。

 脇谷はちょうど帰宅しようとしていた麗奈に声をかけ、これも不思議そうな表情を浮かべる彼女を連れて、二人で事務室に向かった。

 早希はすでに入室していて、立ったまま二人を待っていた。

「麗奈ちゃん、親子の名乗りを上げられて、ほんとによかったね」

 そう声をかけられた麗奈は、笑顔を浮かべてはいるものの、気分がまだすぐれないのか、やや蒼白な顔色をしている

 ついで早希は、なにを思ったか、さっと両手をさしだして握手を求めた。

「おめでとう。

 そんな素敵な体験ができて、うらやましいな。

 わたしにもなにかいいことがあるように、麗奈ちゃんにあやかりたいの」

 わかったような、わからないような理屈だなと脇谷は思ったが、それは麗奈も同じらしく、とまどったような表情で早希を探るように見つめている。

「ねえ、お願い、わたしと握手して」

 どうやら強引にでも早希は麗奈の手を握りたいらしいと脇谷は気づいた。

 その両手をぐいと麗奈にさしだす。対して、おびえたように麗奈は一歩退く。

 早希は年齢の割には敏捷に前に進み出ると、麗奈の両手をつかむことに成功した。

 お互い言葉を発しないままの握手。

 そのまま十数秒の時が流れた。

 その間、早希は、患者を診断する医師のような冷静な鋭い視線を麗奈の顔に据え、一方の麗奈はなにごとかに耐えるように必死の無表情とでもいうべきものを保っていた。

 だが、ふいに麗奈の顔がひきつるように歪んだ。

 両手を振りほどこうとする麗奈だが、早希は意外にも力強く握ったまま両手を離そうとしない。

「痛いってば!」

 麗奈は叫ぶように怒鳴ると、引きちぎるように握手をほどいた。

 だらりと垂れ下がった左腕を右手で押さえた麗奈の顔色は、いっそう青白さを増している。

 そんな麗奈の姿に冷徹な表情を向けていた早希は、低い抑えた声音で言った。

「やっぱり、わたしの考えたとおりだった・・・」


 八


「考えたとおり? それは一体、どういう意味なんです?」

 腕を押さえたままで苦痛に耐えている様子の麗奈を横目に見やりながら、脇谷は困惑して訊ねた。

「わたしがこれからお話しする結論に至ったきっかけは、カレンのついた一つのウソでした」

「ウソ?」とオウム返しに脇谷。

「ええ、握手会が始まる前のことです。

 カレンは集合時間に間に合わず、お父様の車でこの会場まで来ました。

 そのとき慌てていたので、コンビニの袋からペットボトルを地面に落とし、そのことに気づかずに楽屋に入ってしまい、その後、回収にきたという話でした」

「うん、そうでしたね」

「その話の内容からすれば、お父様の車は搬出入口の外で停車し、カレンはそこから歩いて、搬出入口を通ったことになる。しかし」と早希は、ここで語調を強めた。

「それは、ありえない。

 握手会が始まったときに、脇谷さんと器材係の加藤さんが雑談していましたが、まだ出番ではなかったわたしもその場にいたのです。

 そのときの加藤さんのお話しでは、加藤さんが搬出入用ホールでバンから器材をおろしていたときに、カレンのお父様の車がバンのすぐそばに到着したのを見た、ということでした。

 ということは、つまり、カレンのお父様の車は、搬出入口の外ではなく、搬出入用ホールにまで入ってきたということになります」

 脇谷はそのときの加藤の言葉を必死に記憶の中でたぐりよせながら、

「ん? そういう話でしたっけ?

 たしかに加藤さんは、搬出入用ホールからカレンのお父さんの車を見たというようなことを話していたとは思いますが、バンのすぐそばで見たとは言っていないと思いますが・・・

 だとすると、搬出入口の外に停まった車を見たのかもしれません。

 搬出入口の外に車があったとしても、それほど距離が離れていなければ、搬出入用ホールからでも車を目撃することはできるのでは?」と脇谷が疑問を口にする。

 早希は悠然と首を左右に振って、

「いいえ、加藤さんの言葉をもう少し細かく思い出してみてください。

 加藤さんは、カレンのお父様の自家用車のミラーに吊り下げられていたカレンのマスコット人形を見たと語っていました。

 脇谷さんが今言ったように、搬出入用ホールから、搬出入口の外に停まった車を見たのだとしたら、マスコット人形のような小物を認識できるわけはありません。

 つまり、カレンのお父様の自家用車は、搬出入口を通過して搬出入用ホールに入り、バンのすぐそばに車を停めたからこそ、加藤さんはカレンのマスコット人形だと分かったのです。

 従って、お父様の車から降りた後、搬出入口の外の地面でコンビニの袋からペットボトルを落としてしまったというカレンの話はウソ、ということになります」

「なるほど、たしかにそうですね」と脇谷は早希の語る内容には納得できたものの、まだ早希の話の行方がつかめなかった。

「カレンがウソをついたからには、ペットボトルが落ちていたことには別の理由があることになるし、また、その理由を隠さなければならなかったことになる。

 そこまで考えたとき、わたしの頭にふっと湧いてきたのは、カレンがホテルで暴行を受けた事件でした。

 カレンは、黒幕はメンバーであり、そのメンバーに復讐すると話していました。

 そのことを思い浮かべた瞬間、わたしはペットボトルが落ちていた理由に思い当たったのです。

 カレンは歩いていて偶然にペットボトルを落としたのではない、握手会のイベント会場になっているこの建物の三階から故意に落としたのだと」

「あっ」と思わず脇谷は声をあげた。

 単にペットボトルが地面に落ちていた事実が、意外にもカレンの黒幕に対する復讐へと結びついたのだ。

「ボトルの中身は液体で満たされていた。

 そのボトルを高所から投げつければ、それは立派な凶器になる。

 カレンは、黒幕のメンバーがちょうどこの建物の外を歩いているのを目撃し、これ幸いとばかりに三階の窓から投げつけた。

 ペットボトルは、黒幕のメンバーのある部位に命中し負傷しました。

 明らかにそのメンバーは被害者であるのですが、しかし、被害を訴えるということは、自分が事件の黒幕であることを告白せざるをえないことになる。

 それを嫌った黒幕のメンバーは、急いで立ち去り、その後も被害を受けたことについて、口をつぐんでいたのです。

 一方、加害者であるカレンは、その程度の傷を負わせたくらいでは復讐心は収まらなかったのでしょう。

 ペットボトルが落ちていた理由についてウソをつき、事件そのものを消し去ることによって、復讐をやり直すことにしたのです。

 こうしてお互いの思惑が一致して、この事件は闇に葬られることになった・・・」

「・・・」

 早希の語りの間、麗奈はややうつむきながら上目遣いで早希を見つめ、一言も口をさしはさまなかった。

「こいつはどこまで知っているんだろう」と探りを入れるようなまなざしだった。

 そんな麗奈の視線を跳ね返すかのように、早希はさらに容赦ない口調で話を続ける。

「そして、いよいよ握手会が始まりました。

 しかし、そのことは黒幕のメンバーにとって、非常に都合が悪かった。

 彼女はある部位を、ここではっきり言いましょう、すなわち腕を負傷してしまっていた

 ので、何十人いや何百人と握手をして、その度に腕を上げ続けることにとても耐えられなかったのです。

 そこで、彼女はとっさに、握手をしないで済む方法を考えたのです。

 最も簡単な方法は、急な体調不良を訴えて握手会を欠席することでしたが、それだと体調不良の裏には何か深い理由があるんじゃないかと勘繰られるのではないか、カレンの復讐発言と結びつけられるのではないか、と彼女は不安になったのでしょう。

 あくまでも外的要因で、握手会が中止になることが望ましいと考えたのです。

 そこで彼女は、一番手に並んでいた水寺さんに、あらかじめ書いておいたメモ用紙を、握手したタイミングで渡しました。

 そこには、二つの指示が書かれていましたが、その一つが、握手会で騒動を起こすというものでした。

 メモを見た水寺さんは、わけもわからずとても驚いたでしょうが、最愛の娘のためです、最後列に並び直すと、意を決してすぐに行動に移した。

 こうして、水寺さんが他のファンに襲いかかるという騒動が起こり、精神的ショックを受けたというもっともな理由で、握手会を中止にするという目的を彼女は達したのでした。

 つまり麗奈ちゃん、あなたがカレンへの暴行事件の黒幕だったのですね・・・」

 アイドルの模範と脇谷が考えていた白峰麗奈が黒幕だった?

 信じたくはなかったが、早希の語りと麗奈の負傷という事実が、そのことが真実であると指し示していた。

 いったん口を閉じた早希は、補足するように付け加えた。

「麗奈ちゃん、あなたはさっき、水寺さんと握手したとき、突然、水寺さんが父親であると気づいたと言っていたそうだけれど、あなたがカレンから攻撃を受けて傷を負った今日、水寺さんが父親であると気づいたなんて、とんでもない偶然というか、あなたにとって都合が良すぎる。

 あなたは本当はだいぶ前から、水寺さんが父親であると知っていた。

 にもかかわらず、知らないふりをしていたんでしょう?

 だけど、今回の件をきっかけに、あなたはその事実を利用し、水寺さんの父親としての情に訴えかけて、自分の思うままに操った。

 そうなんでしょう?」

 否定してくれ。脇谷はそう願ったが、麗奈はあっさりとうなずいた。

 もう逃げようがないから、なにもかも話してしまおう。

 そんな心理ももちろんあっただろうが、それよりも、そのふてくされたような表情から、自らの悪らつな行為に対する自責の念の欠如といったようなものを脇谷は感じ取った。

「すべて、あんたの言ったとおり。

 水寺を利用したのもそのとおりだし、以前からあいつが父親だと気づいていたのも事実。

 わたしは母に、とても熱心なファンとして水寺のことを話したことがあって、母はその人物が娘の父親であることをすぐに見抜いたからね。

 でも、今さら、わたしには父親のことなど興味もなかったし、母もそうだったから、このままアイドルと一ファンという関係を維持した方が、面倒なことにならずにすむという話に落ち着いたってわけ」

 娘と父の絆にまつわるさきほどの「いい話」があっけなく崩壊して、脇谷は失望を禁じえなかった。

 だけど、とすぐに思い直す。

 もし、もっと早い段階で、麗奈が水寺に父親であることに気づいていたと言ったとしたら、どうなっていただろう。

 心の中では、水寺は自分が父親であると気づいてほしくて、握手会に頻繁に通っていたのかもしれない。

 そうであれば、水寺の目的は達成されたことになり、以後、握手会への参加に興味を失ってしまうのではないか。

 ファンとアイドルとの良好な関係構築のためには適度な距離感が必要で、余りに近づき過ぎてしまうと、アイドルという偶像的な虚構性がはぎ取られてしまう。

 そうなると熱狂的なファンが一人欠け、麗奈の握手券の売り上げが激減するのは必至。

 それは、麗奈のみならず運営会社にとっても大きな損失になる。

 つまり、ビジネス上の判断としては、麗奈のそれは決して間違っていない。

 なおかつ、麗奈のファンへの対応は申し分のないものだから、ファンにとって費用対効果は抜群であり、その意味では麗奈は水寺に対してなんら非を感じる必要はないのだ。

 脇谷がそう考える裏には、これまで麗奈を人格者として信頼してきた脇谷の、少しでも彼女をかばいたいという心理が無意識に働いていた。

 そんな脇谷の心中を知ってか知らずか、麗奈の告白は淡々と続く。

「それと、カレンのこともそのとおり。

 カレンが調査したとおり、わたしは小学生の同窓会で犯人グループの一人と再会した。

 彼は熱狂的なカレンのファンで、何人かの素行の良くない『カレン推し』の仲間がいたの。

 カレンに会いたいという彼の熱意に圧倒されたのと、まあ魔が差したってやつかな、人気トップでわたしにはとても追いつけないカレン様を少し困らせてやろうという気持ちで、わたしは彼と連絡を取るようになり、宿泊先のホテルの部屋番号を教えたってわけ。

 本当にごめんなさい。大変申し訳ありませんでした」

 腰を九十度近く曲げて深い謝意を示す麗奈だったが、抑揚のない口調がその態度を完全に裏切っていたし、さらに謝罪の言葉が本心ではないことを知らしめてやりたいという欲求にさえ駆られているように脇谷には思われた。

 今まで目にしたことのないそんな麗奈の姿に驚きを隠せなかったが、怒りよりもむしろ悲しみや憐れみが自然とこみ上げてきた。

 どんな人格者であっても、人間である以上、嫉妬という悪魔に魅入られることはあるのだ。

 ましてや百花繚乱の様相を呈し、過酷な生存競争が日々繰り広げられているアイドル業界に身を置いていれば、そうした悪魔の誘惑に直面する機会に頻繁にさらされるに違いないことは、マネージャーの脇谷には痛いほど理解できるのだった。

 社会経験に乏しい少女が、SNSのフォロワー数、握手会やグッズの売上数など、厳然とした数字によって評価される世界で精神を疲弊していけば、ふとしたきっかけで嫉妬に限らず様々な負の感情にからめとられてしまうことは容易に想像ができた。

 かといって、カレンへの仕打ちはもちろん許されるものではないが、これからの麗奈の真摯な言動に期待しようと脇谷は切に思った。

「あなたの話はそれで全部?」

 早希が疑問を投げかけるように、麗奈に問うた。

 麗奈はきょとんとした顔つきで早希を見つめるばかりだし、脇谷も麗奈からこれ以上、話を聞く必要はないように思えた。というより、聞きたくもなった。

「麗奈は、正直に話してくれたんだし、もういいんじゃないですか?

 謝罪の言葉より、これからの麗奈の再出発に期待したいんです、僕は」

 早希は小さくため息をつくと、憐れむように脇谷を見やった。

「そうですか。わたしは麗奈ちゃんの口から、直接聞きたかったんですが、あくまでとぼけるつもりなのですね・・・

 わたしの話はまだ、終わっていないのです。

 脇谷さん、変だと思いませんでしたか?

 さっきカレンが急に、復讐を諦める、と言ったことについて?」

「ああ、あれは、カレンも気づいたんじゃないかな? 

 復讐なんて、無意味で不毛なことだって」

 すると、早希は、普段の彼女からはとても想像できないような、唇の端をつり上げた冷笑を脇谷に向けた。

「気の強いカレンが急に心変わりをしたと考えるほど、わたしはお人よしではありません。

 さきほどわたしは、麗奈ちゃんが水寺さんに、二つの指示をしたと話しました。

 その二つ目の指示が実行されたために、カレンは心変わりをさせられたとわたしは考えますね。

 それが、どんな指示か。脇谷さん、もうお分かりでしょう?」

「二つ目の指示? それって。まさか・・・」

「ええ、そうなんですよ。麗奈ちゃんはお父様を利用し、カレンを脅迫したのです。

 麗奈に復讐するのはやめろ、と」

「そんな、そんなバカな・・・」 

「麗奈ちゃん、今回のペットボトル事件では、あなたは被害者。それは間違いのない事実。

 だけど、元々は、カレンが襲われた事件については、あなたが黒幕であり加害者の立場でもある。

 ならば、あなたがカレンに謝罪するという選択肢もあった。

 にもかかわらず、あなたが選んだのは、カレンに謝るどころか、彼女を脅迫することだった。

 さきほど水寺さんは、あなたの手を『けがれなき美しい』と言ったそうですけど、それはあなたにぴったりの表現ね。

 純粋で無垢な魂の象徴だから、という理由なんかじゃない。

 カレンの事件でも、今回の事件でも、あなたは他人を操って目的を達し、自らの手は一切、汚さなかったのだから…」

 最後に痛烈な皮肉を添えて、語り終えた珠夢羅早希。

 彼女の言葉には、推理という枠を飛び越えた絶対的な重みがあった。

 四十年に及ぶアイドルとしての経験の中で、アイドルの喜怒哀楽を知り尽くした珠夢羅早希のみがなせる業。

 そんなふうに脇谷には思えた。

「あ、そうそう、水寺さん、そこに立って、ずっと聞いていたのでしょう。入ったらいかかですか?」 

 細目に開いていたドアがそっと開いて、おずおずと水寺が姿を現した。

 ぎょっとしたように振り返った麗奈の視線をさけるように、うつむいたままドアの前から動こうとしない。

 だが、「何か、おっしゃりたいことがあるのでは?」と早希に優しく促され、観念したように猫背の大男は告白を始めた。

「わたしは本当にうれしかったんです、麗奈に『お父さんだよね?』と呼びかけられて。

 その言葉を聞いた瞬間、今まで押し込められているように感じていた窮屈なこの世界が、突然パッと開けたような気持でした。

 夢心地で握手を終えて最後列に戻ると、自分の手がメモを握っていることに気づきました。

 相当に急いで書いたものなのか、そのメモはいたって簡潔な内容で明確な意図はつかめませんでしたが、大体の意味はわかりました。

 父親として娘から頼られたことで有頂天になったわたしは、メモの指示どおり、ファンの方と騒動を起こしたのです。

 騒動を起こした動機についてもメモには書いてありましたが、黙秘するようにとの指示もあったため、そのとおりにしました。

 そうして黙秘を解くタイミングを待っていましたが、やがて麗奈がこの事務室に現れて、『お父さん、どうして、あんなことをしたの?』と発言したので、その言葉を合図に告白を始めたのでした。

 そのときに告白した内容、麗奈とわたしの関係については真実ですが、あの騒動を起こした動機については、今も申し上げたように、麗奈の指示どおりです。

 さて、告白の後で拘束から解放されたわたしは、麗奈に見送られてこの事務室を出たのですが、そのとき、別れ際に二つ目のメモについて念を押されました。

 その指示どおり、この建物の裏手で、麗奈に呼び出されたカレンさんに会い、詳しい事情はわかりませんでしたが、とにかくカレンさんを脅しました。

 わたしの体格と必死の形相に、カレンさんはだいぶショックを受けた様子で、泣きながら逃げるように立ち去りました。

 わたしは麗奈のお願いをかなえることができたとホッとして帰宅しようとしたのですが、ふと、これでよかったんだろうかと後悔の気持ちがわき上がってきたのです。

 脅迫なんていう人の道に外れた行為はどんな理由であれ容認されるはずがない。

 やっぱり本当のことを脇谷さんに話そうと決意し、ここに戻ってきたのですが、早希さん、あなたが真相を看破されたようですね。

 お話の最初の方から、ドアをそっと少し開けて聞いていました。

 これが、あなたがおっしゃっていたメモです」

 そう言って、水寺はシャツの胸ポケットから白い紙片を取り出して、早希に手渡した。

 それは何の変哲もない二つ折りのメモ用紙だった。

 脇谷は早希の背後に回りこんで、走り書きのそのメモをのぞき込んだ。

「お父さんにお願いがあるの

 ・ファンとケンカして(動機→娘が見世物)、黙秘

 ・カレンをキョウハクして

 ※このメモはすぐ捨てて!」

 それはあまりにも明白な証拠だった。

 暗澹たる気持ちに陥った脇谷の耳に、麗奈の鋭い叱責が響く。

「メモは捨てて、って言ったでしょ!」

 キッとにらみつける麗奈の視線を黙って受け止めて、水寺は肩をすくめた。

「もちろん最初は捨てようと思ったんだけど・・・ でも、そんなことはできなかったんだ・・・ 私には無理だった・・・ 愛する娘がわざわざ自分あてに書いてくれた。そう思ったら、なんだかとてもその文字に愛おしさを感じたんだ・・・」


 九


 水寺はとぼとぼと重い足取りで、最寄り駅に向かっていた。

 脇谷や早希には自分がどう映っただろうかと考えながら。

 きっと、最愛の娘に都合よく利用された憐れな父親、そう見えたに違いないと思った。

 自分はそんな役割でも構わない。そう思っていた、さっきまでは。

 すっかりおびえきって「もう復讐なんてしません」と泣きべそをかいていたカレン。

 その姿を見送った後で、ふいに水寺の心の中で劇的な変化が起こったのだ。

 お父さんだよね?と呼びかけられ有頂天になっていた気持ちが、急速に冷めていくのを感じた。

 詳しい事情を知る時間はなかったものの、麗奈がなにか良からぬことを企んでいるのは明らかだったが、ただただ娘のためと思って無我夢中で二つの指示を実行した。

 そのことに強烈な罪悪感を覚えてきたのである。

 なんの非もない一人のファンにケンカを吹っかけてケガをさせてしまった。

 暴力の影をちらつかせながら、社会経験の少ない一人の女性を威嚇し、トラウマになるかもしれないほどの脅威を与えてしまった。

 そして、そうするように仕向けた白峰麗奈というアイドル。

 どんな事情があろうが、純粋で無垢なアイドルにはありえない所業だった。

 さらに、彼女の企みに呼応するような絶妙なタイミングで、お父親さんだよね?と呼びかけられたこと。

 彼女に忠実に動いてくれる人間が急きょ必要になったタイミングで、たまたま俺が父親であることに気づいた? 

 冷静になってみれば、そんな偶然を信じるわけにはいかなかった。

 以前から俺が父親であると気づきながら、知らんふりをしていたに違いない。

 俺は麗奈にとって、単なる金づるに過ぎなかったのだ。

 自分はそんな酷薄な娘に操られて、汚れ仕事に手を染めてしまったのだ。

 そう思うと無性に腹立たしくなった。

 麗奈に憎しみを感じた。

 だから、一度は捨てようと思っていたメモを手に、会場へ戻ったのだ。

 メモを脇谷に渡し、麗奈の罪を告発するために。

 愛する娘が自分あてに書いた文字が愛おしくて捨てられなかったというのは、まったくのでたらめだった。

 もっとも、自分が告発するまでもなく、早希の推理によって麗奈の悪行は白日の下にさらされていたのだが。

 とはいえ、あのメモはダメ押しの役目を果たしてくれた。

 早希といえば、その推理がカレン暴行事件の黒幕が麗奈であることをも暴き出したのだが、その事実にはただただ愕然とするしかなかった。

 今や水寺は、麗奈に対する一切の興味を失っていた。

 アイドルとしても、娘としても。

 水寺の味気ない人生に彩りを添えるかのように、麗奈によって与えられた心の安らぎや魂の昂揚のことは忘れ去り、今や残ったのは、幻滅と絶望だけであった。

 これまでに麗奈のために費やしてきた時間、彼女に会うために犠牲にしてきたたくさんのことに思いを馳せると、ただただ虚しさが込み上げてくるのだった。

 

 その後、水寺良夫が「エターナル・イノセント」の握手会に現れることはなかった。

(了)

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汚れなき手 鮎崎浪人 @ayusaki_namihito

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