第2話

 その日、遥は担任に呼び出されていた。

 連日の遅刻ギリギリの登校に加え、塀を飛び越えた事、そこで危うく事故に繋がる様な事が起こったのが原因だった。

 男子生徒側が先生に報告したのかと思いきや、そうではない様で、たまたま見かけたご近所さんが通報してしまった様だった。


「だいたい、早風さん、あなたは校則も違反していますよ。短いスカートに、茶髪。一体何を考えているんですか」


 茶髪は地毛だしスカートの下にはスパッツを履いている。

 スカートも、短いと言っても校則ぎりぎりのラインで調節しているため、厳密に言うと違反ではない。

 担任――斎藤は、今日もジャージ姿で遥を叱る。


「じゃあ測りますか」


 遥が真顔で言葉にすると、斎藤はレンズ越しに眉を吊り上げる。

 だが、遥は気付きながらも、更に言葉をかさねる。


「それに地毛なら茶色でも良いって。校則、書いてましたよね。地毛なんですけど」


 何ともふてぶてしい態度に、つり上がった斎藤の目は、今度こそ般若の様に表情を変えた。

 遥はそれを見ながら、斎藤の頭のそばにあるバーが、とうとうゼロになった事を確認した。


「口答えするのはやめなさい!」

「事実じゃないですか。校則に書いてあるから、そう記載してますよって言っただけですが。何をどうはき違えたら口答えになるんですか。間違ってる事を間違ってると指摘してはいけないという事ですか。それは教育現場としてはいかがなものかと思うのですが。先生はそこのところ、どうお考えなのですか。教えてくださいよ。


 まくしたてる遥に、斎藤は顔を赤くし勢いよく睨みつける。

 だが、遥の言葉に対し返す言葉が見つからなかったのか、金魚の様に口を開けたり閉じたりを繰り返すばかりだ。


「私が悪かった点は、危険行為だと把握できずに塀を飛び越えた事。それから、日ごろ余裕を持った行動が出来ない事。そこはご指摘の通りだと思います。ですが校則に則った髪色やスカート丈まで言われるのは別の話ですが」


 遥の冷めきった表情とは反対に、斎藤の表情は先ほどから般若のままだ。

 それでも遥は、まくしたてた事を撤回しようとはしない。

 見かねた別のクラス担当している高島が苦笑いを浮かべながら席を立つと、斎藤と遥の間に割って入る。


「あ~…斎藤先生、もうその辺で…下校時間も過ぎてしまいますし」


 結局その日、高島によって遥は職員室から解放された。


 廊下を出て歩いていく。

 心の中で舌を出した。




   ***




 翌日、遥はいつもの様に遅刻ギリギリで登校し、いつもの様に席につく。

 勿論、クラスメイトへのファンサービスも忘れずに。

 そして一分後に教室の扉が開く。

 入ってきたのは、遥を職員室から解放した高島だった。

 斎藤はどうしたのかと、クラス中がざわめいた。


「えー、斎藤先生は本日体調不良でお休みです。そのため、臨時で僕が担当する事になりました」


 見た目は陸上系スポーツマン、ジャージだが清潔感があり、若い事もあってか、特にクラスの女子は色めき立った。


「高島先生――ご自身のクラスはどうなさったのですか」


 ふと、遥の隣に座っている優斗がいつもより鋭い目つきで口にする。

 言われた高島は、爽やかな笑顔を向けた。

 白い歯がきらりと光って、印象的だ。


「副担任の先生に任せたんだ。このクラスは副担任がいないだろう?それで、俺がこっちに来ることになったんだ。まあ、斎藤先生の体調が回復するまでの間だ。なんだ、俺じゃ不満かな?」


 高島の言葉にクラス中の女子が、それはもう、まるでアイドルでも囲っているかの様な反応を見せた。

 歓喜の声をあげ、「そんな事ないです!」「寧ろ高島先生にずっと担任してほしい~!」なんて声も聞こえる程だ。


――年頃の女子、若くて格好いい先生に目がないな。


 そんな感想を遥は抱く。

 当の遥はというと、似た様な、言ってしまえばキラキラ系の兄がいるためか、寧ろ女子の反応を見て楽しんでいた。

 女の子が喜ぶ姿というのは、眼福の極みである。

 そう心が告げている。

 だが、妙な引っかかりを覚えた。

 副担任はいなかったか?

 そう思うも副担任という存在自体、あまり学校の表舞台に立たない人だ。

 思い出そうとしてみたが、あまりに影が薄すぎて思い出せなかった。


 優斗は、人知れず高島を睨んでいた。


 高島を臨時の担任として迎えたクラス内は、いつもに増してやる気が―特に女子の―あった。

 授業では積極的に担当の先生にものを聞き、家庭科の実習では、誰もが高島先生への差し入れと言って見栄えにもこだわった。

 男子にとってはつまらない事なのかと思いきやそうではない様で、昼休みには高島を誘ってサッカーをするほどだった。

 高校生がまるで小学生の様な事をするな、と思いながらも、遥は教室でその光景を微笑まし気に眺め、優斗と過ごしていた。


 お昼も終わり、残りの時間を過ごしていた。

 優斗は本に視線を向けていたが、ふ、と、遥へと視線を向ける。


「人気、とられて悔しくないのね」

「ん?なに、急に」

「珍しくあなたの周りに人が居ないから」

「ああ~」


 なるほど、と遥は頷く。

 確かに、昼食が終わった頃合いになると遥の周りには数人のクラスメイトがやってくる。

 女子からは家庭科の実習で作った差し入れをされ、男子からはサッカーに誘われる。

 正に、そのポジションは高島に移行した。

 遥はただ、笑みを浮かべた。


「いやぁ、男子も女子も喜んで笑ってるのが良いんじゃん。眼福だよ、眼福。綺麗、美しい、可愛い、素敵、まさにその光景を見られるなら、何だってかまいやしないよ」


 はは、と笑う遥の笑顔に曇りはない。

 優斗はわざとらしく身震いをしてみせ、これまたわざとらしく眉間にしわを寄せた。


「そんな一昔前のキザなセリフ、よく言えるわね」

「いやいや、私の本心だよ?え、疑われてるの?」

「はいはい」


 自分から聞いてきたのに最後にあしらわれてしまうとは。

 しかし遥は、それでも微笑を浮かべ、本に視線を戻した優斗を眺めていた。

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