不滅ノ花ヲ貴方ヘ・・・
木子 すもも
前編
――誰かが言った。
貴方の『満足の行く死とは?』
――誰かが言った。
貴方の『後悔の無い死とは?』
それにあたしはこう言った。
この世に『満足の行く死』も『後悔の無い死』もない。
いつだって死は理不尽で残酷で容赦なんてこれっぽっちもないからだ。
――でも、〝一つだけ言えることがある〟
『死とは救いだ』
〝死があるからこそ生は輝く〟
〝死があるからこそ生は美しい〟
〝死があるからこそ生は引き継がれる〟
『死』は『生』
これは、余命幾ばくもないあたしが、永遠を生きる少女と出会った物語――。
*
死なない〝わたし〟は生きていない。
死なない〝わたし〟は終わっている。
死を願う〝わたし〟は、『本当の意味で死んでいる』
わたしにとって、今更。本当に今更なのだけど、わたしはあの頃の自分に戻りたい。
あの、儚くも美しい〝死〟がある頃に――。
〝幸いなる死があるあの頃に〟
――しかし、〝死を渇望するわたしは、もう生きることはない〟
*
ええと、初めに自己紹介をしよう。
あたしの名前は
今年高校二年生になる十六歳だ。
初めに言っておく。これからあたしが話す話に救いは無い。
現実は目も当てられないほどに冷酷無情で、希望なんてこれっぽっちもなく、あるのはただただ絶望という名の
たった一つ救いがあるとすれば、それはあたしという不幸のどん底が、貴方にとって、生きる活力になるということだ。
貴方はきっと思うだろう。
『自分なんかまだマシだな』、と。
ぶっちゃけあたしにとって、それは非常にむかつく。
当たり前だ。
考えてみて欲しい。
自分の不幸が他人の幸福に繋がるなんて、そんなのふざけているとしか思えないだろう。
他人の不幸は願いたくない。けど、あたしは他人の幸福も願いたくない。
だって、あたしに対してもみんなそうだったから。
友達だって人の幸福を願えるのは、極一部の最高に恵まれた奇特者だけだ。
大半が友達の幸せすら願っていない。
あたしもその中の一人だ。
そんな捻くれた性格だからか、あたしは最大級の不幸に見舞われた。
あたしの身体は病魔におかされ、あと余命三年の命らしい。二十歳までは生きられないと告げられた。
突然のことに目の前が真っ暗になった。
考えたくないが、これからあたしの身体は、どんどん弱って行く。
正直、自分が変わって行くのが怖い。そして、第一に死ぬのが怖い。
もしも可能なら、他人を犠牲にしてでも生きたいが、そんなことは不可能だし、そもそもそんなことを思い付く性格だから、こんなことになったのかもしれない。
これまで何度も自分の人生なんてどうなってもいい。こんな世界どうでもいいと思ってきた。
友達や家族と別れることになっても、〝鬱陶しさから解放されて良いじゃん〟とすら思っていた。
それなのに、自分がいざ死ぬと分かってからは、手の平を返すように、死ぬことへの恐怖に怯えている。
夜が怖い。寝るのが怖い。
楽しそうにしている人が妬ましい。将来を語れる人が妬ましい。
我ながら、身勝手な性格だなって思う。
でも、それがあたしだ。
そして、残り少ない人生を、あたしは、好きに生きることにした。
何にしろ、いつ動けなくなるか分からない身体だ。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなり、あたしは、ずっと興味のあったことをやろうと思った。
その中に、俗に言う心霊スポット巡りがあった。
寿命が近い今となっては、幽霊などまったく怖くはない。
むしろこれから死ぬあたしにとって、幽霊の存在は安心感まである。
たとえ死んでも〝死後の世界〟があるのだから。
あたしはインターネットで話題になっていた種々様々な心霊スポットへと赴いた。
しかし、どこに行っても幽霊とは出会えず、あたしは心の底から落胆した。
やはり死後の世界などはこの世に存在しない。
そう確信しそうになった頃、あたしは〝彼女〟と出会った。
この世の理から外れた不老不死の存在。〝いま〟を永遠に生きる少女〝ありす〟と――。
*
〝死ぬのが怖い〟
いつかのわたしはそう思っていた。
死んだら何もかもがそこで終わってしまう。
今まで築いてきたもの、培ってきたもの、その全てを失うことが、わたしは何よりも嫌で嫌でしょうがなかった。
だから、わたしは〝永遠に生きたい〟と思った。
――それが、わたしのもっとも嫌悪することとは知らずに。
*
ありす。
今となっては、彼女が名乗ったこの名前が、本名だったのか偽名だったのか、それすらも分からない。
地元で有名なとある心霊スポットで出会った彼女は、〝
ありすは言った。
当初は自分も長く生きられない身体だった。
が、ある日偶然たどり着いた心霊スポットで、不滅花を食べたと。
それからはもう、百年の時を生きていることを伝えられた。
その話を聞いたあたしは『まさか』と一笑に付した。
しかし、思いつめた表情で、ありすはこう言った。
〝これが嘘ならどんなに救われることか……〟
さらにありすはこう言った。
〝不滅花は希望を騙る底無しの絶望だ〟
――もし、見付けても、絶対に手を出しては行けない。
あれは〝生きたいという人の未練が集まった呪いの花だ〟と伝えられた。
あたしは、不滅花はどんな花で、どこで見付けたの? と聞いた。
が、ありすからの返答は何もなかった。
*
ありすは生まれつき色素が少ないアルビノという体質だった。
一言で言ってとにかく白く、純白という言葉はありすの為にあるような言葉に思えた。
心霊スポットにこの姿、話に聞くだけならまさに幽霊と見間違えそうな印象を持たれそうだが、唯一色を持った赤い瞳が宝石のような優美な輝きを携えていて、彼女に幻想的な印象を与えていた。
ありすはその赤い瞳で、あたしのことをよく見つめた。
そして、一言だけ羨ましいと呟く。
あたしが返す言葉はいつも一緒だ。
これから死ぬあたしが羨ましい?
本気で言ってるの? と、怒ったように詰め寄る。
しかし、ありすはどこか遠い目をした後、いつも『キミは美しいよ』と言った。
あたしにとっては、ありすこそが美しい。
そして、永遠を手に入れたありすはその姿を失うことはない。
〝死なない生き物のなんて美しいことか〟
あたしはありすに〝歳を取ることは悲しいよ〟と言った。
ありすは眉根を寄せながら、〝それこそが正しい生き物の姿だ〟と言った。
が、あたしはこう返す。
〝これから死ぬあたしは醜くなる。それが正しい生き物の姿だよ〟、と。
すると、ありすはこう言った。
『それでも、それでもキミは美しいよ』
*
ありすはあたしと出会った心霊スポットに常に居た。
薄暗い廃墟が建ち並ぶ大きな水辺で、ぼんやりと遠くを眺めては、たまに近くの石を思いっきり投げる。
そんなことを延々と続けている彼女を見て、あたしは退屈そうに溜め息を吐いた。
――不滅花が欲しい。
眉唾ものだが、あたしは彼女の話を信じた。
もし、不滅花があれば、あたしは永遠に死の恐怖から逃れることが出来る。
その時、あたしの頭は、不滅花でいっぱいになっていた。
ありすからどう不滅花の在り処を聞き出すか。
彼女なら、きっと、いや、絶対に不滅花の在り処を知っているはず。
あたしはまずシンプルな作戦に出た。
つい先日。あたしはありすに友達になってと言った。
しかし、ありすは困ったような顔をして、静かに首を横に振った。
『友達はいらない。わたしを残して死んでしまうから』
伏し目になった彼女の赤い瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。
たった一人で百年……。
ありすが生きて来たという年月……。
未だに信じられないが、それが本当だとしたら、それは孤独の年月だ。
死なないことは素晴らしい。
その考えは今も変わらないが、彼女にとってのそれは、きっとくだらないことと同義なのだろう。
だからと言って、あたしもここで引き下がるわけには行かない。
あたしはあたしの人生がかかっている。何としてでも彼女の懐に入り、花を手に入れなくてはならない。
身体が動くうちに何とかしなくては――。
しかし、その後、何度彼女に会いに行っても、彼女はあたしに一定の距離を保ち続けた。
それから半年――。
お互いの距離は平行線のまま、しかし、あたしの身体は確実に病魔におかされ続けていた。
たまに体調を崩すようになり、毎日は会いに行けなくなった。
そして一ヶ月、一ヶ月と時間が経つごとに体調不良になる日は増え、ついに入退院を繰り返すようになった。
いつものように水辺に佇むありす。あたしはその横に座り、そっと手を添える。
ありすは躊躇いながらもその手を避けて言った。
『あなたまで不幸にしたくないから』
思ったより早い病気の進行への焦りと、なかなか心を開かないありすに苛立ちを覚え、
〝あたしの不幸は死ぬことだよ!〟と、つい声を荒げてしまった。
一度堰を切った思いは止めることは出来ず、〝花の在り処を知っているなら、ケチケチしないで教えてよ!!〟と言ったところでようやくあたしは我に返った。
『……ごめん、言い過ぎた。でもあたし、死ぬのが怖いの……』
初めて伝えた本当の思い。
そんなあたしの震える手に、ありすはそっと手を添えてくれた。
〝一人で生きる者〟
〝一人で死ぬ者〟
相反する奇妙な関係性だが、そんな関係性があったって良いじゃないか。
あたしは彼女――不老不死のありすと、真剣に友達になりたいと思った。
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