ボクはネコ 短編版

三毛猫みゃー

ボクはネコ Valentine

「先輩好きです、これ受け取って下さい」


 制服のリボンの色から中等部一年生だとわかる。

 名前も知らない後輩が差し出してきた物はきっとチョコレートだろう。

 綺麗に包装されていて市販品か手作りなのかはわからない。

 それを見ながら、ボクは今日だけで何度言ったかわからないセリフを口に出す。


「ごめんね君の気持ちは受け取れない、それとボクはチョコレートが駄目なんだ」


 そう言って踵を返しその場を後にする。

 背後からは先程の後輩が泣き出したのがわかったがそのまま歩いて行く。


 そう今日は2月14日バレンタインデーだ。

 ボクのこの苦難は初等部の頃から続く、毎年この日にはどこかしらに呼び出され先ほどと同じ様に告白とチョコレートがセットでやってくる。


 それとチョコレートが苦手と言うのは本当の事。

 昔女友達に渡されたチョコに異物が入っていて気持ち悪くて吐いてしまったのが原因、おまじないだったらしいけど今でもトラウマだ。


 朝の靴箱に入っていた大量の荷物は事務所に拾得物として提出済み、中等部高等部と毎年の事なので事務員さんもテキパキと対応してくれる。今更ながら菓子折りの1つでも持っていったほうが良いかもしれないなと思った。


 もう放課後なので、また誰かに捕まる前に帰るとしよう。そして靴箱を開けると再び大量の拾得物が飛び出してきた。こういう事態を想定してカバンに入れていた紙袋を取り出し、全部回収した後事務所に向かう。


「すみません、また落とし物です」


「あらあら、あなたも毎年大変ね、はいこちらに名前を書いて、うんそれでいいわ、後はこちらで処理しておくわね」


「お願いします」


「相手がわからない物は私達で処理するから気にしないで、気をつけて帰りなさいよ王子さま」


 ボクは「王子さま」という言葉に苦笑を浮かべながら頭を下げその場を後にする。

 流石にもう靴箱に落とし物はないようだ。


「はーい、王理おうり今から帰り?途中まで一緒にいかない?」


 ローファーに履き替えた所で声をかけられた、彼女は初等部からの友達だ。


「ああ、いいよ」


 彼女が靴を履き終わるのを待ってから歩き出す。


「今年も大変だったわね」


「まあねでももう慣れたよ」


「でも女子校だからって女の子相手に告白しなくてもいいのにね」


「はは、でもボクはみんなの王子さまみたいだからね」


「もう、王理はいつもそう、無理だけはしちゃ駄目よ」


「気をつけるよ」


 そんな会話をしながら並んで歩く。


「じゃあ、私はあっちだからまたね」


「ああ、また明日」


 お互い反対方向に歩き出す、ボクが向かうのは実家ではなくルームシェアをしている女性専用のマンション。


 もうわかっていると思うが、ボクは産まれた時かられっきとした女性だ。

 髪型は硬い髪質なのでショートにしている、だからか昔から男の子に間違われがちだった、王理という名前からかいつしか王子になりそして王子さまと呼ばれるようになった。


 それと告白を断っているのは、相手が女性だからではない流石に初対面の名前も知らない後輩といきなり付き合うとかは無いけど、ボクには既に恋人がいるから断っているだけの話。


 夕食の買い物を済ませ帰宅する、同居人はまだ帰っていない、部活をやっているのでいつも帰ってくるのは19時過ぎだ。室内はまだ少し寒いのでエアコンをつける、お風呂を洗いお湯はりボタンを押す。続けて食事を作る今日の晩御飯はトマトパスタ、なんとなくバレンタインデーっぽい気もするけど本日はこれで。


 時計を確認すると19時までもうそろそろだ、同居人の彼女を迎えるための準備をしなければ。エプロンを外し自室に向かう、この日のために購入しクローゼットの中に隠していた衣装を取り出す。少し恥ずかしいが覚悟を決めて着替えを済ませる、時計を見るとちょうどいい時間だ、自室を出て玄関へ向かう。


 みんなボクの事を王子さまと言うが、ボクは王子さまなんかじゃない。

 こんなボクの事を分かってくれて受け入れてくれたのが2歳年下の彼女だけだった。そんな彼女にはじめて出会った瞬間からボクは彼女の虜になった。


 玄関に着くと丁度鍵を差す音が聞こえた、急いでボクは玄関で女の子ずわりをする。カチリと鍵が開く音と鍵を抜く音に続いて玄関扉が開かれる。ボクは彼女の顔を見つめ、手を猫の手の形にして「にゃー」と鳴いた。


 ネコのコスプレをしたボクを見て彼女は一瞬固まるが、急いで玄関扉の鍵を掛けると、満面の笑みを浮かべ靴を放り出すように脱ぎ、ボクを押し倒し丸出しのお腹へ顔を付けて猫吸いを始める。


「このー、ういやつめ、ういやつめ」


 ネコ吸いの後は手でこちょこちょしてくる、くすぐったくて悶てしまう。


 そうボクは決して王子さまなんかじゃない、ボクはネコなんだ。ネコと言ってもボクの格好でも動物のネコでもない、詳しく知りたい人はグーグル先生に教えてもらうといい。


「愛ちゃん、お風呂にする?ご飯にする?それとも……ボク?」


「もう、そんなの決まってるじゃない」


 ボクと愛ちゃんは熱いベーゼを交わす、もうこの時点でボクの心はトロトロに蕩けてしまっている。満足行くまでイチャイチャした後、ボクと愛ちゃんは連れ立って脱衣所に、流石に何をするとしても汚れを落とさないと。


 愛ちゃんはボクの脱いだコスプレ衣装を見ながら「また着てくれる?」と聞いてきたので「もちろん」と答えた。


 バレンタインデーの夜はまだこれから、今日は甘い甘い夜になりそうだ。

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