23.懐かしい味
滞在2日目。
私たちは着実に資金を潤沢なものにしていた。
「今日は忙しいぞー。気合い入れてけー」
まず、斡旋された雑用を一通りこなしたことを報告に。
それに伴い、マリアとジャンヌに冒険者登録の試験を行ってもらう。
「アルティ、悪いけど二人を見てやって」
「わかりました」
「リコリスお姉ちゃんは来てくれないの?」
「来てくれないんですか?」
しょんぼりする二人のほっぺに、そっとキスをする。
「二人なら問題無いって信じてるだけだよ」
「そういうクサいのいいから行くわよロリコン」
「えぇ……今感動的なとこなのに……」
それに私はロリコンじゃない。
歳上もいけるンゴ。
「では行きましょうか、マリア、ジャンヌ」
「うん。行ってきます!」
「行ってきます!」
ま、アルティもついてるし大丈夫だろ。
私たちは安心して商業ギルドへ赴いた。
アンドレアさんとの契約のためだ。
「やあリコリスさん。本日もご機嫌麗しく」
「どうもアンドレアさん。今日も楽しく、お金の話をしましょう」
係の人に応接室に通される道すがら、ドロシーはこんなことを言った。
「あんたが男とまともに話してるのは、初めて見た気がする」
私は別に男嫌いというわけじゃない。
…………いや、人によるな。
恋愛対象、もとい性の対象として見てないのはたしかだ。
まあムカつけばぶっ飛ばすし、女の子より扱いはシンプルだという自負もあるけれど。
約一時間。
アンドレアさんが用意した契約書を、第三者のギルド職員と共に読み合わせ、私たちの業務提携はこれ以上なくスムーズに進んだ。
「こんなところでしょうか」
「そうね。今後とも良い取引が出来ることを祈るわ」
「こちらこそ」
と、アンドレアさんは紋章が刻まれた木札を渡してきた。
「これは私どもパステリッツ商会と繋がりがあるということを示す札。何かと役に立つこともあるでしょう。どうぞお持ちください」
「こんな高価なもの、貰うのは気が引けるわね。貰うけど」
「そりゃそうだ。んじゃーここからは上下無しの対等な立場ってことでいきましょう」
そう言って驚いた顔をしたのは、商業ギルドの職員だった。
無名の小娘が、商人たちを束ねる商人相手に立場を対等なんて言うんだから、怒りだすんじゃないかと内心ヒヤヒヤしてるんだろう。
「ハハハ、リコリスさんの豪胆さには気持ちよくさせられますね。ええ、そうしましょう。むしろそちらから対等と仰っていただけて光栄に思いますよ」
「あんた、人格者って言われない?」
「どういう意味じゃ」
「こんな異常者に、って意味よ」
「いえいえ。私は金にがめついだけですよ。あなたの目にリコリスさんは美しく可憐な紅蓮の花に映っていることでしょうが、私の目に彼女は地平が見渡せない金の海に映っているのです」
本人を前に金の海なんて明言するこの人も大概豪胆だ。
けど、裏表が無いだけ接しやすいし、無駄な読み合いも無くて助かる。
「おもしろい人間もいたものだわ。どうやらあんたもアタシと同じ、こいつの毒に当てられた一人みたい。仲良くなれそうね。いい付き合いをしましょう」
「どうぞお手柔らかに」
こうして私たちはギルド立ち会いの下、業務提携の流れに至った。
彼岸花商店、リコリスブランドの立ち上げの瞬間だ。
ひとまずとアンドレアさんから渡された肉は、およそ500キロ。
数についての言及はしなかったけども…
それを
以降はギルドを通し、納品依頼が都度私に知らされるようになる。
そのため月に一回は必ず商業ギルドを訪れなければならない。
面倒なのは面倒だけど、それも商売。
延いては明るい幸せな未来のためだ。
「そうそう。リコリスさんが希望されていたものの件についてお話しませんと」
お、来たね今日のメインテーマ。
アンドレアさんは、付き人の男性に木箱を2つと、布で包んだ板を持ってこさせた。
「ちょうど贔屓にしている取引先が見えてましてね。格安で譲ってもらえました」
受け取った箱の中身を確認。
ほうほう、これはこれは。
「んー懐かしき香り」
「白い穀物と……黒い液体? それに……泥?」
「米と醤油と味噌。ヒノカミノ国の主食と、一般的調味料だよ」
「リコリスさんは博識ですね。こちらの大陸では、ヒノカミノ国のことを知る者などほとんどおりませんのに」
元日本人なもので。
「見慣れぬ食材でさえ、あなたは金に変えてしまうのでしょうね」
「まあいずれは。けどその前に」
十八年来の飢えを満たそうじゃないか。
私はルンルン気分で宿へと戻ったのであった。
――――――――
「ああ来たね。
ギルドマスターのシースミスさんは、私たちが足を運ぶなり、マリアとジャンヌを筆記試験が行われる部屋に通した。
「行ってくるねアルティお姉ちゃん」
「行ってきます」
「二人なら大丈夫です。肩肘張らずに頑張りなさい」
どういう試験なのかと問題用紙を見せてもらったら、算数の問題と文章問題、それに道徳的な設問が幾つか。
文字と計算を覚えたあの子たちに心配は要らず、筆記試験は余裕で突破した。
次は実技。
相手は副ギルドマスターを務めているらしい男性、ハラッド=ナビコ。
筋肉を隆々とさせた斧使い。
「おれを倒す勢いで全力でぶつかってこい! お前たちの力を見せてみろ! 二人同時にかかってきても構わんぞ!」
なんてことを言うものだから、それを額面通りに受け取った二人は、最初から全開で試験官のハラッドさんを圧倒した。
ずば抜けた身体能力と、
一人ずつならまだ対処も出来たかもしれないけれど、あの二人に同時に襲われては思考さえままならない。
実技試験も程なくして終了し、二人は無事に冒険者として認められることになった。
「やった! やったよジャンヌ!」
「私たちも冒険者です!」
二人は手を繋いでピョンピョンと跳ねた。
嬉しそうな顔をしてこっちに手を振ってくると、それだけで自然とこっちも表情が綻んだ。
「おめでとうございます、二人とも」
「手続きをさせよう。二人ともギルドカードを作っておいで」
「「はーい!」」
係の者に案内させ、二人がカードを作っている間、私はもう少し待たされることになった。
席にはシースミスさんと、ボロボロになったハラッドさんもついている。
「こっぴどくやられたねハラッド」
「いやぁ面目ない。加減したつもりは無いんですが」
「それだけあの子たちが強かったんだろう。あんたならあの二人、どうやって抑える?
こっちの素性は当然のように知っていると。
「開始と同時に周囲一帯を氷漬けにしますね。あの子たちがいくら速かろうと封殺してみせます」
「さすが大賢者といったところか。戦略級兵器に数えられるような人間が、一人の娘に傅くとはね。そんなに魅力的かい? あの娘は」
変なことを訊くと私は思った。
それはそうだ。
「この私が選んだ、たった一人の女ですから」
シースミスさんは一瞬目を丸くし、それから上機嫌に笑った。
「ハハハ! そうかいそうかい! 愚問だったようだ。確かにあの娘は大した器量だよ。いつか大事を成すだろう。だがどこか浮世離れしているようにも思える。あんたがしっかり支えてやんな」
「言われなくても」
「フッフッフ。じゃあ仕事の話に戻ろうか。頼んでいた件はどうなってる?」
「街の外で数度スケルトンを見かけましたが、それだけです。
「そうかい。まあ、引き続き頼むよ。しばらくはドラゴンポートにいるんだろう」
「さあ。旅路はあの人の気まぐれで決まりますから。私が魔物発生の原因ごと街を氷で閉ざしていいなら解決も早いでしょうけど」
半分本気で言ったらシースミスさんは、いざとなったら頼むよと冗談混じりに笑った。
しばらくして二人がニコニコ顔で戻ってきた。
「アルティお姉ちゃん! カード作ってもらったー!」
「リコリスお姉ちゃんと同じ
「おめでとうございます。晴れて冒険者の仲間入りですね」
「そういえば、あんた以外は
「
すぐ同じランクになってやると言ったのに。
私は内心腹を立てた。
「そんなことならまたおいで。準備をしておこうじゃないか」
「ありがとうございます」
ともあれ、マリアとジャンヌは冒険者になれたことですし。
今日のところはお祝いしましょう。
私は二人を連れて街へと繰り出した。
「二人が冒険者になったお祝いです。何でも一つ、好きなものを買ってあげますよ」
これは私の
学生時代からコツコツとアルバイトなどで稼いだお金だ。
リコとドロシーもきっと同じことをするだろうけど、一足先に姉らしいことをさせてもらいます。
「本当? 何でも?」
「ええ。ご飯でもお菓子でも好きなものを」
「うーん…」
マリアが悩むと、ジャンヌは気恥ずかしそうに私の手を引いた。
「アルティお姉ちゃん、私……本が欲しいです」
「本?」
コクコクと頷く。
本が欲しいなんて、そんなに言いづらそうにすることでしょうか。
「普段からよく本を読んでいますからね。あるものだけでは飽きるでしょう。いいですよ、どんな本にしましょうか」
「あのね、何も書かれてないのがいいです」
「何も? 白紙の本ということですか?」
「前にリコリスお姉ちゃんが…ジャンヌも自分で本を書いてみたらいいよ、って言ってくれて……。いろんな本を読んで、私もこんな風に書いてみたいなって……。だから……」
何かを書いてみたい、何かを作ってみたい。
そんな胸を張れる素晴らしい原動力の、いったい何を恥じるというのだろう。
「もちろんいいですよ。ステキな表紙の本を探しに行きましょうね。それとペンとインクも」
「あ、じゃあ! 私に買ってくれる分で、ジャンヌにペンとインクを買ってあげて!」
「マリア……」
「お金のことなら気にせず、マリアは自分の好きなものを選んでもいいんですよ?」
「ううん。私がジャンヌに本を書いてほしいの。魔物を倒したりするのはお手伝い出来るけど、本を書くお手伝いは出来ないから。その代わり、おもしろい本が書けたら私にも読ませてね。約束だよ」
「……うんっ!約束!」
優しすぎていい子すぎて泣きそうです……
とびっきりいい本とペンを買いましょう……
私は潤んだ目がバレないように、天使を両手に駆け足で書店へ向かったのでした。
――――――――
「ただいま戻りました」
「おーおかえりプリティエンジェルたちよ……って、どうしたアルティ目ェ真っ赤だぞ」
「この子たちが可愛すぎただけです」
「?」
夕暮れの宿。
帰ってくるなり、二人は太陽にも負けない笑顔で私に抱きついた。
「リコリスお姉ちゃんっ、私たちも冒険者になれたよ!」
「試験受かったんだね。おめでとう」
頭を撫でてやると、これまた可愛い顔をするんだこの子たちは。
「見てください! この本、お祝いにってアルティお姉ちゃんが買ってくれたんです!」
「おーいいじゃーん。一足先にお祝いってか? お姉ちゃんしてんねー」
「うるさいです」
「ウヒヒ。大事にするんだよジャンヌ」
「はいっ!」
「よーしそんじゃー今日のディナーはリコリスさんのスペシャル料理でお祝いしてやるぞ」
「スペシャルー?」
「おおよ。美味しすぎて泣いちゃうかもしれないぞー? 私が」
「リコがなんですね」
「そろそろ準備出来たわよー」
お、ドロシーが呼んでおる。
「さあさあ、ご飯にしようっ」
宿の裏のスペースをちょっとお借りして石炉を作って、その上には鉄板を置いている。
パステリッツ商会で発注していたものの一つだ。
「なんですかこれは?」
「まあ、これはただの鉄板。熱いから気を付けたまえよ」
んで、この上で焼くのが…
「じゃんっ! お肉様だー! 今日はみんな大好き焼き肉だぜー!」
「大仰な」
「バッカおめーナメてると舐めちゃうぞ♡」
「鉄板の上で土下座させますよ」
焼き土下座になっちゃうだろ。
「とにかく期待しろ。まず鉄板に脂引いて、お肉を焼くだろ。いい感じに焼けたら〜ほいっ! このタレに浸けて召し上がれ!」
「タレ?」
「甘い匂いがします」
「昼からずっとこれに掛かりっきりだったのよこいつったら。何回も味見してたし、マズいものじゃないと思うわよ」
「たしかに、なんとも食欲を唆るような……。では、いただきます。はむ…〜〜〜〜!!」
はい、もうおいしそうな顔してるので私の勝ちでーす。イェイイェイ。
「リコ、なんですかこれ! いろんな味が複雑に絡まって……こんな玄妙な味の料理は初めてです!」
「お肉あまあまおいしい〜!」
「お口の中が幸せです〜!」
「本当……百年生きてて出逢わなかった味だわ……」
「フフン、おいしかろ?もっと食べな」
はー幸せ♡
久しぶりのこの味よ♡
醤油に砂糖、すりおろしたにんにく、しょうが、玉ねぎと数種類の果物、ミオさんにもらった酒を絶妙な分量でブレンドした超スペシャルタレ。
私作、渾身の一品だ。
「うっまァ…♡」
脳溶けちゃう〜。
服がはだけちゃいそうなくらいおいしい〜。
『お肉おいしー』
『うんイケる』
『美味でございます』
『最高なのでござるよ』
リルムたちにも好評。
周囲には煙と香ばしい匂いが立ち昇って、チラチラとこちらを見る羨ましそうな目がいくつか。
量産したら億万長者きちゃうわー。
が、それはそれとして!!
野菜を挟みつつも濃い味の肉だけでどうしても飽きるし、満足感には今ひとつ至らない。
そのお悩みを解決するのが……
「はいドーン!」
「今度は何ですか?」
これまたアンドレアさんに頼んで取り寄せてもらった土鍋。
蓋を開ければ甘い香りを含んだ蒸気と、ツヤッツヤの白いご飯。
よそうのが平皿なのが情緒に欠けるけど……それもまた良し!!
「このご飯と一緒にお肉を食べてごらん」
白いご飯にお肉をワンバウンド?
していいよ!
好きなように食べるのが一番おいしいだろ!
「これは……」
「ホカホカモチモチ……」
「ほいひぃですぅ……」
たまんね〜……
懐かしき味よ……
「リコ?」
「ほぇ?」
「あんた、なんで泣いてるの?」
言われて気付いた。
涙が流れてることに。
郷愁なんて似つかわしくないって思ってたけど、私はまだ前の世界に思いを馳せることがあったらしい。
「ニッシッシ。私の作ったご飯があんまりおいしくて泣けちゃっただけでーす♡」
この食事をきっかけに、私の元の世界への欲求は更に強まることになるのだけど。
まあそれは、追々。
ゆっくりと求めていくことにして、今はこのひとときを楽しもう。
はぁ、うンまぁ……♡
私は久しぶりの懐かしい味を堪能した。
密かに押し寄せる脅威に、未だ気付くこともなく。
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