22.ようこそ彼岸花商店へ

「諸君準備はいいか! 仕事の時間だ!」

「おー!」

「おーです!」

「朝からテンション高いのウザいわね」

「それが私の可愛いところじゃろうて♡ ん?♡ ん??♡♡」

「リコリスお姉ちゃん可愛いっ」

「とっても可愛いです」

「お前たちのが可愛いて妹たち!!♡ ぎゅーってしたろ!!♡♡」

「「きゃー!♡」」


 うーん至福のひととき。

 なんてやっとる場合ではない。


「我々がやるべきことは、まず二つ。シースミスさんに斡旋という名の無理強いをさせられた依頼クエストの山をこなすこと」


 その中身は、掃除に配達、薬草採取に家の修理等。

 ようは雑用!雑用!雑用!

 魔物退治だけが冒険者の仕事じゃないにせよ、そりゃ不人気だという仕事ばかり。


「こっちは私とマリアが受け持つよ。リルム、シロン、ルドナ、ウルたちも連れて行く。アルティ、ドロシー、ジャンヌは商業ギルドで露店の許可をもらって薬売り。しっかり稼いでくれたまえよ」


 貯め込んだ素材と魔石を売ってそれなりに手持ちは増えたけど、それでも一月は食いっぱぐれない程度。

 贅沢には程遠い。

 せっかくの機会だ。

 稼げるだけ稼いでやろう。


「みんな、頑張るぞ」


 おー!と拳を突き上げる。

 さてさて、頑張りますかね。




 街の掃除はリルムの独壇場。

 手が届かない高いところから、手が入らない狭いところまで、リルムはキレイに汚れを食べてくれる。


「リルムすごーい!」

『エヘヘ、リルムすごいー』

「その調子で頼むよ。ルドナ、次はこの荷物」

『かしこまりましてございます』


 手紙から荷物まで、ルドナにかかればひとっ飛び。

 受領証にサインさえしてもらったらそれだけで済んじゃうんだから、飛べるっていうのは大きな能力だ。


「マリア、私たちは薬草の採取に行くよ」

「うんっ」

「なんか楽しそうだね?」

「だってリコリスお姉ちゃんとお出かけしてるみたいなんだもん」


 はーーーーマジで妹。

 ナチュラルに腕組んでくるじゃん。

 エロ漫画ならもうおセッセしてるとこだぞ。

 よかった私が一応の道徳と倫理を持ち合わせてて。




 街の近くの森で薬草採取。

 【鑑定】を使えば余裕だけど、ちゃんとマリアの経験にしてあげなくちゃね。


「これが薬草。どんな薬を作るのにも、これが基本になるの。んで、こっちのは毒草。見た目はよく似てるけど、葉っぱが棘々しいのが特徴ね。間違えやすいから覚えておくんだよ」

「はい、お姉ちゃん」


 マリアは楽しんでばかりじゃなく、覚えようとするときは真剣で、こっちも教え甲斐がある。

 この森は薬草が豊富で、依頼クエストとは別に個人的にもいろいろ採れて一石二鳥。

 ついでに木の実や山菜やらも採っていこう。


『主殿、ご覧くだされ。狩りの成果でござる』

『ふあぁ……』


 ウルとシロンは獣を狩ってくれてる。

 食料調達助かります。


「おっきい猪!」

「ひーふーみー……5頭か。丸々太ってて食べ応えありそうだね。どうやって食べようか」

「私、お姉ちゃんの作るハンバーグ好き!」

「お、そうかねそうかね。じゃあ今夜はマリアのリクエストを叶えてしんぜよう」

「わーいやったぁ! リコリスお姉ちゃんだーい好き!」


 もっぎゅーって。

 子ども柔らかぁ。

 どうか健康でいてくれぇ。


『スン……主殿』

『なんか嫌な感じがする』


 マリアの可愛さに酔って反応が遅れた。

 なんだ?

 魔物みたいだけど、気配が読みづらい。


「マリア、これを」


 【アイテムボックス】から剣を取り出しマリアに持たせる。

 前方の茂みが揺れ、それらは木の陰から姿を現した。

 剣と盾で武装した骸骨の集団。


「スケルトンか……」


 これがシースミスさんが言ってたやつか…




 ――――――――




「ここのところドラゴンポート周辺に、出るはずのないアンデッドが多く目撃されるようになった。こんなことは過去数十年類を見ない。その原因の発見と調査を頼みたい」

「いいんだけど…それ、こっちのお願いの対価を超えてません?いくら私たちが超絶可愛いパーティーでも、原因不明の調査なんてさすがに範疇外でしょ」

「調査自体は他のパーティーにも依頼してる。ようは頭数を増やして発見の確率を上げたいだけさ」


 そうでもしないといけないほど、状況は緊迫してるのか。

 頼み事に"解決"を付け加えない辺り、シースミスさんの譲歩というか思いやりだったのかもしれない。


「やるだけやってみますけど、あんまり期待はしないでくださいね」




 ――――――――




「お姉ちゃん……」

「怖がらなくても平気だよ。こんな数じゃ相手にもならないから」


 スケルトンは動きが遅いけど、動作は人間と変わらない。

 だから師匠せんせいに、対人戦の仮想敵によく戦わされたっけな。


「マリア、次は戦い方の勉強だよ。大きく息をして」

「すぅ……はぁ……」

「スケルトンは頭を砕けば倒せる。落ち着いて相手をよく見ること。慌てれば自分が怪我するだけだよ」

「うん、わかった」


 スケルトンたちが一斉に襲いかかる。

 だけどスピードでマリアには敵わない。

 

「うりゃあ!」


 的確に、正確に、スケルトンたちを一体ずつ着実に倒していく。

 マリアの何がスゴいって、特に教えたわけじゃないのに、剣の振り方が私のそれなんだよな。

 しかも私の体術も模倣してる感じだし。

 まだまだ荒く雑なところもあるけど、率直に戦闘センスがレベチ。

 よもすれば10歳のときの私より動けてるんじゃないかな。

 スケルトンたちは次々と、身体を素材と魔石に変えていった。


「最、後!」


 残ったスケルトンの頭が飛んで、マリアは見事勝利を収めた。

 ヤバかったら手を貸そうと思ってたのに、一人でやっちゃった。

 スタミナも多いし、これくらいの魔物なら余裕そうだ。


「お姉ちゃん、一人で出来たぁ!」

「おーよしよし。よく頑張ったね、偉いぞ」

「エヘヘ〜」


 もっと褒めてと、口にはしないけど尻尾がブンブン揺れる。


「マリアにはちょっと重いかと思ったけど平気そうだね。その剣はあげるよ」

「本当? 嬉しい! お姉ちゃんとお揃い!」


 おーおーはしゃいじゃって。

 何してても可愛いしか出てこん。


「しっかし、なんでこんなとこにスケルトン?」

「それって変なことなの?」

「まあね。スケルトン……っていうかゴーストとかアンデッド系の魔物って、魔力マナが人の負の感情で澱んだ場所を好むんだよ。墓場とか戦場跡地とか。こんな何でもないような場所に湧くことってほとんど無いっていうか」


 まあ全部師匠せんせいの受け売りなんだけど。

 なんだか妙にあの人のことを思い出すな。

 あの浮浪者は、今頃どこを彷徨っているのやら。


「さ、薬草採取の続きだ。それが終わったら次の依頼クエストに行くよ」

「うんっ」


 さてと、アルティたちはちゃんと稼いでくれてるかな?




 ――――――――




 商業ギルドで露店営業の許可証を発行してもらった私たちは、大通りの一角に借り物の屋台を建てて商品を売り始めた。

 ラインナップはドロシーの薬に、リコが打った剣やナイフ。

 彼岸花商店と銘打たれた店の出だしは、客足は疎らだろうという予想を大きく裏切った。


「さあいらっしゃい!エルフ特製の上級ポーションよ! 飲んでよしかけてよし、体力回復に増血、魔力マナまで回復する優れもの! 今なら1瓶たったの銀貨5枚! 早くしないと無くなっちゃうわよ!」

「い、いらっしゃいませ……! よく効くお薬売ってま、す……! うゅ……」


 気風のいいドロシーの呼びかけ、緊張しつつも頑張って接客するジャンヌのいじらしさがお客さんの目に留まり、店は瞬く間に繁盛した。


「上級ポーションをくれ!」

「こっちは中級を2本!」

「何だこの剣、めちゃくちゃ業物だぞ! いったい誰が打ったんだ?!」

「嬢ちゃん、この剣をくれ! こっちのナイフも!」

「は、はいっ! ありがとうございまひゅ! 〜〜〜〜っ」


 ジャンヌの可愛らしさに、お客さんだけでなく私たちもほっこりさせられる。

 開店して一時間もしないうちに用意した商品は底を尽き、並んだ露店の中でその日一番の売上を叩き出した。


「全然足りないわね……ドラゴンポートの人口を甘く見てたわ。それに看板娘の魅力が売上を上乗せしたみたいだし。ちょっと薬の材料を買ってくるから、悪いけど店番はよろしくね」

「売るものが無いので置き人形ですが。行ってらっしゃい、お気を付けて」

「行ってらっしゃいドロシーお姉ちゃん」


 ドロシーが言ってしまって、私とジャンヌはお留守番。


「お腹すいたでしょう。今のうちにお昼を済ませちゃいましょうか」

「はーい!」

「リコがサンドイッチを作ってくれましたよ」

「わぁ! おいしそうです!」


 ベーコンとレタスとトマトを挟んだサンドイッチ。

 びーえるてぃー?とか、リコはよくわからないことを言ってましたっけ。


「ちゃんと手を合わせて。いただきます」

「いただきます!」


 ベーコンの塩気と野菜の爽やかさとマッチして、シンプルながら絶妙な味。

 ジャンヌも気に入った様子で、ほっぺたを膨らませている。


「おいしいですねアルティお姉ちゃんっ」

「そうですね。ああ、そういえば今日はリコ特製のデザートがありますよ」

「やったー!」


 タルト・タルト。

 リコが作ったお菓子で、果物とクリームをふんだんに使ったタルト村の名産品。

 クローバー領を代表する名菓でもあり、また私の胃袋を掴んで離さないリコの得意料理でもある。


「じゃあ私、何か飲み物を買ってきますね」

「ありがとうございますジャンヌ」


 ジャンヌが向こうへと走っていったときだ。

 箱を開けたときに香りが漂ったのか、その人物は屋台の前で足を止めた。


「うまそうな匂いじゃのう」


 不可思議。

 その人に対しての第一印象がそれ。

 見た目こそ黒白の髪と薔薇の衣装を日傘で覆った女の子なのに、鼻から上を覆った髑髏の仮面が異質さを際立たせる。


「そこな娘よ。わらわにもそれを貰えぬか?」

「すみません、これは売り物ではないので」

「そう硬いことを言うでない。ここが何屋にせよ、そう腹の虫を喚かせる匂いを前にお預けは酷じゃ」

「まあ、確かにそうですね」


 相手が誰であれ無下に突っぱねるのは悪いと、良心が勝り私の分のタルトを少女に譲った。


「どうぞ」

「すまんの、ありがたくいただこう。あむっ…はむはむ……クハハッ」


 少女は小さな口でタルトにかぶりついて、美味しさのあまり笑った。


「相変わらず美味なことよ」

「食べたことがおありですか」

「うむ。これは王国の西の辺境の菓子じゃろう。よもやこんなところで目にするとは思わず、つい声をかけてしまった。不躾を詫びよう」

「いいえ。喜んでもらえたのなら私も嬉しいです」

「近年稀に見る心根の優しい人間じゃのう。魔力マナも澄んでおる。美しく煌めく銀の色じゃ」


 タルトの切れっ端を口に放り、少女は馳走になったと満足そうにした。


「さて、代価を払おう。と言いたいところじゃが、生憎金子は持ち合わせておらぬ」

「結構ですよ、そんな」

「ならぬ。恩には恩を。仇には仇を。等価交換は妾の信条じゃ。そなた、名は何と?」

「アルティです」

「うむ、アルティよ。そなたが困ったとき、妾が手を貸すことを約束しようではないか」


 等価交換というにはあまりに抽象的で、私は…


「はあ」


 と返すことしか出来なかった。

 

「そう怪訝な顔をするでない。約束は守ろう」

「期待しないで心に留めておきます」

「クハハハ。うむ、それでよいそれでよい。さらばじゃ、緋色に見初められし娘よ。いや…緋色に魅入られし、の方が正しかろうか」


 バッと振り向いたときには、少女はもう姿を消していた。


「あの人は、いったい……」

 

 しばらくしてドロシーとジャンヌが戻ってきたけれど、あの人のことを話そうとはならなかった。

 私自身、ただの幻だったのかもと疑っていたから。




 ――――――――




 夕方。

 キリのいいところで宿に帰ってきたんだけど、一日目の成果が凄すぎて百合生える。


「稼ぎすぎでは?」


 テーブルの上には金貨が13枚光り輝いていた。


「暴利的だな。帝○ファイナンスかここは」

「適正価格かつ良心的な店でしたよ。主に看板娘が活躍した結果です」

「エヘヘ」


 照れジャンヌ可愛えぇ。

 そりゃまあ、こんな美少女たちが売ってたら石とか草でも売れるだろうな。


「仕入れに少し使っちゃったから、実際はもうちょっと売上があったんだけど。明日もこの調子だと、手持ちのストックは使い切っちゃいそう」

「ふむ、じゃあドロシーちゃんには売上の半分で薬を作ってもらうとして、明日はガラッと売る商品を変えようか」

「何を売るつもりなんですか?まさか今から剣を打つとか?」

「おいおいアルティ、私は天☆才の名を欲しいままにする美少女だぞ?考え無しだったことが今まであったかね?」

「多々」


 それはさておき。


「コホン、私が売る商品は……これだ!」

「猪?」

「肉屋でもやるつもり?」

「チッチッチッ、甘い甘い。甘すぎてペロペロシー。まあまあ明日になってのお楽しみ」


 フッフッフ。

 久しぶりに見せてやんよ。

 レペゼン日本の美食の底力をな。




「全て任せろと啖呵を切って、用意したのはこれですか」


 なんだそのガッカリした顔は。

 甘く見とるな貴様。

 とはいえ、私が持ってきたのは炭と金網、それと肉だけだが。


「お姉ちゃん、このお肉色が変ですよ?」

「腐ってる?」

「違う違う。まあ見てなさい」


 ちょっと表面を切ってやったら…


「ほわぁ!」

「キレイなお肉です!」

「リコ、これは?」

「熟成肉って言ってね、肉の旨味を高める調理法っていうか、まあそんな感じのやつ」


 温度と湿度管理を徹底して、尚且つ一ヶ月以上かけないと出来ない代物。

 その美味さたるや、一時期美食大国日本を席巻したほど。

  

「とりあえず味見してごらん」


 石炉で炭に火を起こしたら金網を置いて、串を刺した肉をなんかいい感じに焼く。

 味付けはこれまたリコリスさん特製の香味塩。

 適当にハーブやらをブレンドして香り付けしたやつ。


「ほれ」

「いただきます。ん…!」

「おいっしいー!」

「お肉ホロホロ……肉汁ジュワってします!」

「じゃろう。ニシシ」


 熟成肉は旨味と食感を極上のものに変化させる。

 ただ肉を焼くだけとは格が違うのだ。


「よくこんなことを思い付きますね」

「フッフッフ。もっと褒めてくれていいんだぜ♡」

「さすがリコです」

「おお……」


 頭撫でりゃりぇた……

 どストレートに褒めるじゃんアルティすちぃ……


「お姉ちゃん、もう一本食べたいなぁ」

「食べたいですぅ」

「あざとっ♡ もう二本だけだぞっ♡」


 下手したら私たちだけで食べきっちゃうからはよ売ろ。

 一分後。

 ワイワイガヤガヤ。

 めっちゃ売れた☆




 長い行列を捌き切り、一息ついていた折。


「やあ。いい匂いをさせていますね」


 隣で店を出してる紳士が話しかけてきた。

 初老くらい?清潔感があって礼儀正しく、帽子を持ち上げて挨拶した。


「失礼ながら話を聞かせていただいておりました。そちらの商品だとか。よろしければ私にも一本いただけませんか?もちろんお代は支払います」

「いいですよ。はい」

「どうも。んん、これはうまいですな。肉にこのような食べ方があるとは。長く商売を営んでいますが、これほどうまい肉は初めてです。お嬢さんはさぞ、名のある料理人とお見受けしますが」

「いえいえ。ただの冒険者です」


 言うと、男の人は驚いた顔をした。


「なんと。ああ、いや失礼。私はアンドレア=パステリッツ。しがない商会の会頭をやっている者です」

「どうも。リコリスって言います」


 すると今度はアルティが目を丸くした。


「パステリッツ商会の会頭……」

「すごい人?」

「食材から日用品までありとあらゆるものを取り扱う、王国を席巻する商会の名前を知らない人生ってどうやったら歩めるんですか」

「知らぬものは知らぬ」

「ハハハ、私どもがまだまだ半人前というだけのことです」


 人当たりのいい人だ。

 なんていうか、偉ぶったりしないから人に好かれやすそう。

 

「そんで? そんな有名人が、私たちに何か用ですかね? まさか本当に食欲をノックされただけ、なんてことはなさそうですけど」


 これ見よがしに串焼きをヒラヒラさせると、アンドレアさんは裏表なく言った。


「ええ。その肉、うちに卸すつもりはありませんか?」

「取り分は?」


 間髪入れずに返したら、虚を突かれたみたいに言葉を詰まらせた。


「いや失礼。これほど商談がスムーズに進もうとしているのは初めての経験だったもので」

「お金の匂いには敏感なんですよ。アンドレアさんと同じで」


 国中に名前が知れ渡るほどのネームバリュー。

 偶然とはいえ、そのトップが直々に目を留めてくれたんだから、それを利用しない理由がない。


「こちらの条件を呑んでもらえれば取引に応じます」

「聞きましょう」

「まず、取り分は8:2。こっちが8です。譲歩はしません。必要な肉の仕入れ、販路の確保、宣伝、その他必要な経費は全てそちら持ちでお願いします」

「ハハハ、豪胆な。いきなり吹っかけますね」

「私は特殊な製法でこれを作っていますが、本来は一月以上、徹底した温度管理と適切な環境でしか作れない上に、失敗したときのリスクが大きすぎるんです。だから今現在これを作れるのは私だけになります。ちなみに正規の手順の製法はこちらになります」


 サラサラっと紙に作り方と注意事項を書いて渡す。

 

「確かにこれは難しそうだ。しかしよろしいので? 正規の製法で熟成肉を作れるようになれば、契約を打ち切っても構わないと。そういう風に捉えられてしまいますよ?」

「そういうつもりですよ。自分たちで作れるならですけど」


 ぶっちゃけ、正規の製法で熟成肉を作るのは、この世界ではほぼ不可能に近い。

 温度管理と湿度管理なんて、魔法を使ったとしても完ぺきにするのは熟練の魔法使いを雇ってやっとなんとかなるレベル。

 大商会なら当てはあるかもしれないけど、私が作るものとそうでないものには、一つ大きな差がある。

 それが、浄化ピュリフィケーション

 熟成肉を作るときの肝である、肉の臭みや雑味、雑菌をゼロにした超高品質肉だということ。


「重ねて言いますけど、私が作るのは特製です。他の誰が作ってもここまでの味は出せませんので、そこだけは念頭に置いておいてくださいね」

「わかりました。それでも8:2は暴利と言わざるを得ませんが」

「この契約が独占的なものとしても?」


 アンドレアさんの目の色が変わって、私はニヤリと口角を上げた。


「他の商会には卸さないし、もちろん製法を商業ギルドに伝えて特許を取ることもしません。私とアンドレアさんだけの利権です」

「それだけでは理由としては弱いですね」

「またまた。そんなこと思ってないくせに」


 誰もその味を知らない、売れることが確定した商品にく

 高級志向の王族貴族は元より、使用する部位によっては庶民にも手が届く。

 そんな金のなる木を、商人が手を出さないわけがない。


「あ、ちなみにこれと同じくらい、もしくはこれ以上に売れる商品のアイデアがまだまだありますから損はさせません。食品、雑貨、服に装飾品。アンドレアさんの商会が王国を席巻するなら、私のアイデアは世界を掌握してやりますよ。なんてったって、私はリコリス=ラプラスハートですから」

「商人を初めて三十年近く。あなたほど末恐ろしい才覚に出逢ったのはこれが初めてです。これほど速く商談を結んだのも、金貨の降る未来が見えているのも。あなたとは長い付き合いになりそうだ。どうかよろしくお願いします、リコリスさん」

「こちらこそ」


 合縁奇縁。

 妙な偶然で隣り合っただけだけど、王国一の商会とのパイプを取り付けることに成功した。


「細かいすり合わせは、うちの経理担当に任せますので」

「では契約書を作成して、ギルドを中立な第三者として立てた上でということで。明日にでも使いを寄越しましょう」

「無いとは思いますけど、契約書の"不備"を見落とすようなことは気を付けてくださいね」

「わかっています。あなたを敵に回すのは怖そうですから」

「シッシッシ。そうだ、一つお願いが」

「お願いとは?」

「"あるもの"が欲しいんです。王国一の商会なら取り扱ってるかなって」


 ゴニョゴニョ。


「そんなものでよろしければ。明日用意しておきましょう」

「リコ、何をお願いしたんですか?」

「アルティ」


 私は盛大にニヤついた顔でドヤった。


「世界が変わる瞬間を見せてやるぜ」

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