19.土砂降りの雨

「雨だねぇ」


 途中立ち寄った農村で空き家を借り、私たち一行は雨宿りがてら旅の疲れを取っている。

 窓を叩く雨は強まり、しばらくは外に出ることもままならなそう。


「今年の雨季は例年より早いみたいですね」

「もう一週間も降りっぱなし。髪が湿気でベタつく嫌な季節だわ」

「どれどれ? クンクンクンクン、いい匂ォい!」

「もしかして違う言語圏で育ってきた?」

「よし、お風呂入ろっか!」

「ああ、生きてる世界線が違うのね」


 お風呂〜お風呂〜♪


「お風呂って、この家にはありませんよ?まさかこんな部屋の中でですか?」

「風呂桶でも作る気?」

「まあ見とけって。まず火と水の魔法を組み合わせてお湯を作るだろ? そこに土魔法のニュアンスを加えて、でっかいボールみたいなイメージで形整えて、あとは表面を固定してやれば……ほれ! 周りは濡れないどこでもお風呂の完成〜」


 触るとボヨンボヨンして、ウォーターベッドみたい。

 リルムをイメージして作ったつもりなんだけど、いざ目の前に置いてみるとドラ○もんのルー○スイマーみたいだな。


「世の魔法使いがブチギレるレベルの非常識ね」

「まったくです」

「でも気ン持ちいいぞぉ〜。ほれほれ、はよ入ってみやしゃんせ♡」


 部屋の中だから覗かれる心配は無いぜ。

 私がガン見するけどね☆


「じゃあアルティと入ってるから、あんたは外に散歩に行ってきていいわよ」

「サラッとハブんな何のために三人入れるサイズで作ったと思ってんだ。いいから脱げさもないとひん剥くぞ」

「言い方が暴漢のそれ」


 脱いだ。

 入った。


「くはぁ〜気持っちぇえ〜」

「表面の感触は粘土のようなのに性質は水……しっかりと身体もあったまって……はぁ」

「リルムに食べられたらこんな感じなのかしらね……ふぅ」

「どう? 気持ちいいだろ」

「はい……」

「最っ高……」

「ウッシッシ」


 こっちはお二人の湯だったほんのりピンク肌で眼福ですよーっと。


「でもこれだと髪は洗えないわね」

「確かに」

「私たちしかいないし湯船につけちゃっても問題は無いんだけどね。んー、じゃあちょっとこっちおいで」

「胸揉んだら引っぱたくわよ」

「揉めるだけの乳持ってきてから言えよ」


 パァン☆


「あと二百年もしたら姉さんみたいになるんだから見てなさいよ」

「首から上が吹っ飛んだかと思った……」


 ドロシーの髪に触れながら魔法を使う。

 白い光がドロシーを覆って消えた。


「なんか、身体の汚れが消えた……って! 今のまさか浄化ピュリフィケーション?!」

「いぇーい。ぴーすぴーす」

「【聖魔法】なんて……高位の神官クラスでないと使えない魔法まで使えるの……。一周回って異端者呼ばわりされそう」

「ま、私にかかればね」

「どうやって覚えたのむぐっ!」

「それ以上はいけない!!」


 アルティの劇物ご飯食べて覚えたとか、そんなん言えるか!




 それにしてもこのお風呂、永遠に入ってられるわ。

 雨で空気がひんやりしてるのもあるからかな。

 柔らかいクッションみたいだからどんな体勢でも楽だし、魔法で温度が調整出来るからお湯は冷めないし、このままご飯だって食べられちゃう。


「一生このまま生きよう」


 こたつ、ヨ○ボーに続くダメになるアイテムだ。


「これ商品化したすんぎ」

「魔石を核にして外付けしてしまえばいいのでは? 浄化を込めて」

「あーなるほどね。天才の発想」

「こんな奇抜な商品が受け入れられるかはともかくね」


 まあ、売れる人には売れるだろ。

 暇なとき量産してやろうかな。

 【薬生成】で美容成分と薬効成分が入ってるやつとか。


「ま、美少女と入れるのは私の特権ですがねぇ♡」


 両手に花サイコー♡

 勝利者〜♡


「ほんと、こんないい女に好かれてるんだから」

「もっと誇ってくださいね」

「はひゃあ」


 未だにヘタレるの我ながらカッコ悪い……




 結局ザーザー降りの雨は夜になっても続き、宿の中でゴロゴロして、一日を刺激という刺激もなく過ごした。

 娯楽が尽きるのは早く、本もボードゲームもさすがに飽きが来てしまった。

 アルティだけは、未だにチェスの連敗記録を更新し続けてるけど。

 何か新しいゲームでも考えようか。

 麻雀、人生ゲーム、ドミノに軍儀。どれも楽しそう。

 次の街に着いたら、新しい本を買うのもいい。

 いっそのこと自分で書いてみるか?

 …………妄想丸出しのエロ本が出来そうだ。

 とまあ、そんな風に暇を持て余していたからなんだろう。


「おい聞いたか?」


 食堂で晩ご飯を食べていた折、斜向かいのテーブルを囲む農夫たちの話に興味を惹かれたのは。


「聞いたってのは、肉屋のガンザスのことか?」

「ああ、あれだろう? 森で火の玉を見た〜とかいう。悲鳴を上げて逃げ帰ったらしいじゃないか」


 火の玉?

 こんな雨の中で?


「まさか魔物か?」

「奴があんまり怯えるもんだから後で確かめに行ったんだが、それらしいものは何もいなかったよ」

「ハッハッハ、あいつは昔から臆病だったからな。どうせ動物の目が光ったのを見間違えたのさ。奴は昔、野ウサギにも腰を抜かしたくらいだ」

「いやいや、もしかしたらゴーストが雨宿りの場所を探していたのかもしれないぞ」

「とびきり美人のゴーストならお目にかかりたいもんだがな」

「違いない、ハッハッハ」


 酒を飲んだおじさま方の話し声は大きいもんだ。

 しかし、火の玉ね。

 魔物の気配は無いし害は無さそうだけど、やけに気になるじゃないか。

 それがもし美人のゴーストなら、私もぜひお会いしてみたい!


「ってことで、みんなで森を探索しよう! 行くぞーおー!」

「嫌です」

「一人で行きなさい」


 リコリスしょんぼり。




 仕方なく一人で森へやって来た。

 夜の森は薄暗いどころの話じゃない。

 雨降りも加わって暗いというより黒い。

 まるで光を吸収してるみたい。

 【夜目】を使ってやっと動き回れるくらいだ。

 

「炎で灯りを……ってそれだと私が火の玉の正体になっちゃうか?」


 私はいるかどうかもわからないものを探して、森の中を散策した。

 夜の散歩は洒落てるけど、やっぱり一人は味気ない。

 そろそろ戻ろうと踵を返して、カサッと背後の茂みが揺れた音に足を止めた。

 獣……いや、そんな感じじゃない。


「誰かいるなら出ておいで〜。怖くないから〜」


 私が一歩近付くと、それは猛烈な勢いで飛び出して、抜き身の剣を突き出してきた。

 指で挟んで止めてみるとフードの奥の目が丸くなる。


「危ないよ」

「ッ!」


 べつに何もしないのに、飛び退いて警戒心と牙を剝いてグルルと唸った。


「子ども……?」


 まだ10歳かそこらくらい?

 髪も服も泥で汚れて、身体が痩せ細ってる。

 迷子? いや孤児?

 なんでこんなところに。

 それより警戒を解いてもらう方が先か。


「私はリコリス。冒険者だよ。あなたは?」

「フーッ、フーッ!」

「大丈夫。何もしないから」


 ローブを脱ぎ腰の剣をベルトごと放る。

 丸腰なのをわかってくれたのか、荒いでいた呼吸が少し収まった。


「あなたは誰? こんなところで何をしてるの?」

「来ないで!」


 近付くとまた警戒して剣を向けられた。


「落ち着いて。ゆっくり話して」

「来ないで!!」


 剣の先から炎が噴き出る。

 炎の魔法だ。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花……噂の火の玉はこの子が……

 興奮は冷めないらしく、止めるには…ちょっと荒っぽいけど仕方ない。


「私は敵じゃないよ」

「――――――――ッ!!」


 敵じゃないってわかってもらうにはこれしかないって、振られた剣をわざと受けた。

 向こうも本気じゃなかったようで、腕を浅く斬られただけで済んだけど、剣を落として青ざめたようにその場にへたり込んだ。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 冷たい身体をスッポリと包むと、その子は震えて泣いた。


「ひっく……うあぁ……うわあああん!」

「ゆっくりでいいよ。何があったか話してごらん」

「友だ……ぐしゅ、友だちを……助けぐすっ、助けてください…!!」


 ハラリとフードが脱げ落ちる。

 髪からピョコンと生えるネコの耳が、それはそれは印象的な金髪金眼の女の子は、ぐしゃぐしゃの顔でそう懇願した。




「火の玉探しなんて何を酔狂なと思えば」

「ついに女児誘拐を」

「児ポ案件じゃねえから青ざめんな」


 ベッドでは黒髪のネコ耳っ娘が眠っていて、金髪ネコ耳っ娘はベッドの横で不安そうにしてる。

 金髪っ娘の後をついて行くと、木のうろにこの黒髪っ娘が倒れていた。

 雨で冷えているのに身体が熱っぽく、息をするのもやっとなくらい衰弱してて、私は慌てて二人を宿に連れ帰った。

 濡れた身体をあたため、汚れを落として服を着替えさせて。

 黒髪っ娘は風邪を患っていて、これはドロシーの薬でなんとか熱を引かせることに成功したんだけど、体力の低下が著しくそのまま眠りについた。

 朝には目を覚ますだろう。


「大丈夫って言ったでしょ。すぐに良くなるよ」


 金髪っ娘は立ち上がると、涙ぐんだ目で丁寧にお辞儀した。


「ありがとう……ございます……。助けてくれて、ありがとうございます……」


 声が震えてる。

 まだ私たちが怖いみたいだ。


「獣人の子ね。親は?どこから来たの?」

「……ッ」

「ドロシー怖がらせちゃダメじゃん」

「怖がらせてないけど」

「外見は子どもみたいなんだからもっと優しくぼぶっ!」


 だから、そういうのだって……

 私は殴られた頭をさすりながら、金髪っ娘と同じ高さで視線を合わせた。


「こっちのお姉さんはドロシー。それにこっちはアルティ。二人とも見た目はキツいけど、とっても優しいから安心して。もし嫌なら聞かないけど、話してくれれば何か力になれるかもしれない」

「本当……ですか?」

「絶対に嘘はつかない。ゆびきりしよ」

「ゆびきり……?」

「うん。これはね、絶対約束を守ります、って誓いなの」


 金髪っ娘はおそるおそる小指を立て、私の指と絡ませる。

 今は手当てをされてるけど、このちっちゃい手は荒れていて、爪だって割れてた。

 小さな子たちがそんな目に会わなきゃいけないような、それだけの境遇にいたことは、なんとなくだけど想像についた。

 

「お名前は?」

「私、たちは……"奴隷"……です」


 そういう存在を知らないわけじゃない。

 だけど、いざ本当にそんな身分の人を前にして、私は鉛を背負ったような重苦しさを覚えた。


「犯罪奴隷……というわけではなさそうですが」


 金髪っ娘の手が震える。

 奴隷と聴いて私たちがどうかするかと思ったのかもしれない。

 私はそっと手を添えた。


「大丈夫だよ。ゆっくりでいい」


 金髪っ娘は泣きそうになりながら首を縦に振った。




 曰く、二人は元は緑豊かな獣人の国――――サヴァーラニア獣帝国の端。先住民が開拓した村の産まれらしい。

 貧しく困窮した実の両親に口減らしのために売られたと言う。

 10歳の子どもが震えながらだ。

 聞いてるだけで吐き気がした。

 この子たちを売った名前も知らない親を、この子たちを虐げた奴隷商共をぶん殴ってやりたい衝動に駆られ、爪が食い込むくらい拳を握った。


「リコ」

「……ぁ」


 アルティに袖を引っ張られるまで、形相が怒りに染まっているのに気付きもしなかった。


「本当……人種差別が撤廃されても、クズな奴らは根絶しないものね」

「でも…私たちを…助けてくれた人がいました…」


 一週間ほど前のこと。

 奴隷商の一味を、たった三人が壊滅に追い込んだ話を金髪っ娘はした。

 一味は瞬く間に一人残らず殺害されたと。

 檻の鍵を開けたのはどういう意図があったかはわからないけれど、話を聞く限りこの子たちを助けたわけじゃなさそうだ。

 恨みを買った誰かに報復されたってとこか。

 この子たちの恨みの対象である本人たちがいない以上、それは私たちがどうこう言う話じゃない。

 

「その人に言われました……。自分の足で立ち上がりなさいって……。だから私は……あの子を連れて……」

「他の子たちは? あなたたちだけじゃなかったんでしょ?」


 言いづらそうに沈黙した。

 何があったか、生き残ったのは二人だけらしい。


「それから?」

「木の実を食べて……雨水を飲んで……。どこへ行ったらいいのかもわからなくて……そしたら、この子が倒れて……。何とかしなきゃって思って、この村が見えたけど……また、捕まったらどうしようって思ったら、怖くて……。でも……ううぅ」

「つらかったね。友だちのためによく頑張った。だから今はおやすみ。朝までずっと一緒にいてあげるから。ねっ」


 どうやら安心してくれたらしく、金髪っ娘は糸が切れたように眠りに落ちた。


「友だちのために、精一杯気を張ってたのね。誰も頼れずに。信じられずに。たった一人で」

「こんなに平和な時代なのに。世界のどこかには涙を飲んで耐えるしかない人がいる。やるせない話です」

「そりゃ人間だもん。全部は救えない。この手で掴めるもので精一杯だよ。私たちは神様じゃないんだから」


 それで?とドロシーが訊いてくる。


「どうするの? この子たち」

「どうするってそりゃ……どうしよ」

「事情を説明して村に置いてもらいますか?」

「そんなにいきなり育ての親が見つかるわけないでしょ。それより次の街まで連れて行ってギルドに保護してもらうとか。幸い奴隷の契約は、契約者が死んだから破棄されてるみたいだし」


 たぶんそれが妥当だ。

 だけど、どうかね。

 この子たちを受け入れてくれる場所があったとして、この子たちがそれを受け入れるかどうかは別の話だ。


「何をするにも、まずは心と身体の回復だ。アルティ、ドロシー、この子たちに楽しい思いさせてあげよう」


 どんなことをしようか。

 喜んでくれるといいな。

 期待に胸を膨らませる私に、ドロシーは厳しい顔をした。


「あなたが何をしようとアタシたちは決定に従うけど、ちゃんと覚悟はしなきゃダメよ。人生を背負うのは、文字にするほど簡単じゃないんだから」


 さすが、私が何を考えてるかなんてお見通しだ。

 わかってるとも。

 だけど。


「知ったかぶりの同情に意味なんて無いけどさ、私は人の人生も背負えないような小さな女じゃない。二人がよくわかってるだろ?」


 歯を見せて笑うと、二人もはにかんだ。


「知ってるわよ」

「そういうあなたに惚れたんですから」

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