第46話 大神の化身

 ルサードが寝物語として語ってくれたアザルヤードの神話には、続きがある。


 ナーサミーンの山々を削ろうとした風神ハヤルと海神バハルに、山神ルサドは立ち向かった。しかし二神の力にはかなわず、山は削られ、崩れた砂は積もって砂漠となった。


 瀕死の山神ルサドを助けようとして、削られて砂になったナーサミーンの山の向こうから現れたのは、巨大な白獅子ホワイトライオン

 白いたてがみに、雄々しくて立派な尾。

 そしてその白獅子の瞳は、深い瑠璃色だった。


 その巨大な白獅子は、名を大神アラシードと言った。


「アラシード……アル=ラシード」


 危険な状況も一瞬忘れ、私の口からアーキルの名がこぼれ出る。

 大神アラシードの化身ではないかと思えるほどに、その場に立つアーキルの姿は威厳に満ち、堂々として美しかった。


(アーキルが大神アラシードなら、風神も海神も彼の敵じゃないわ)


 その場になぎ倒した騎士たちからサーベルを奪うと、アーキルはそれを両手に一本ずつ持って構えた。アーキルの視界に入った者たちは、その瑠璃色の瞳から発せられる鋭い光に射抜かれて、一瞬で恐怖に凍り付く。


 カシムも神官たちも、アーキルはファイルーズ様に刺されたと勘違いしていたはずだ。獣の血で真っ赤に染まった長衣を着て、牙のように二本のサーベルを構えたアーキルの姿を見て、カシムも神官も腰を抜かした。


「アッ、アーキル……! お前、毒剣で刺されたのでは!?」

「ファイルーズに刺されたフリをして、お前の所業が暴かれるまで息をひそめていただけだ」

「……ひっ、卑怯だぞ! 死んだフリをするなんて!」

「笑い話はよせ。お前に卑怯と言われる筋合いはないぞ」


 苦笑しながらそう言ったアーキルの視線は、ゆっくりと神官に移る。

 アーキルに近付くこともせずカシムの皇位継承を宣言しようとしていた彼らは、怯えて後ずさった。


「神官たちよ。俺はまだ生きているし、そこにいるザフラの証言のおかげでラーミウへの疑念も晴れた。次は、カシムの罪を裁く番だな?」

「……アーキル皇子殿下!! ご無事で何よりでございます! しかし皇子が兄弟皇子を手にかけることは、ここアザリムでは正式に認められておりまして……」

「カシムが本物の皇子だったら、の話だろう?」


 アーキルの目配せに、アーキルの後方にいたファイルーズ様が頷いた。ガタガタと震えるカシムを真っすぐに見つめ、ファイルーズ様は口を開く。


「カシム、あなたは偽物の皇子。私が証明しましょう」

「ファイルーズ……」


 ファイルーズ様は、ご自分の銀髪に付けられた髪飾りを手にすると、それをスッと髪から引き抜いた。その髪飾りには、ナセルのものだと思われる魔石が施されている。

 思い切り腕を振り上げて、そのままファイルーズ様は髪飾りを甲板に打ち付ける。

 魔石は乾いた音を立て、その場に粉々に砕け散った。


「ファイルーズ……! またしても裏切ったな!!」


 上半身裸のままで腰を抜かしたカシムは、唾を飛ばしながらファイルーズ様に向かって叫ぶ。

 アザルヤードの山の陰から昇った陽光が、甲板に差し込んだ。すっかり明るくなり、皆の見ている真ん前で、カシムの胸からすうっと獅子のアザが消えていく。


「カシム殿下……? に、偽物ですと!?」

「魔石を使って、獅子のアザを作り出していたというのか?」


 騒ぐ神官たちを無視して、アーキルはカシムにサーベルの切っ先を向けた。

 カシムが皇子の名を語った偽物だと分かってしまっては、カシムの味方をする者はもう誰もいない。

 アーキルになぎ倒された騎士達も言葉を失い、カシムを助けようと立ち上がる者はいなかった。


 カシムは捕らえられ、これから牢に入れられるだろう。

 そして、ファイルーズ様も。


(最後はアーキルに付いたとは言え、皇子を偽るために獅子のアザを生み出す魔法を使うとは……ファイルーズ様の罪も相当重いわ)


 それを分かっているのか、アーキルの剣の前に項垂れたカシムを見つめるファイルーズ様の瞳からは、涙がこぼれ落ちていた。

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