第30話 ドームの真下

 石扉の中は、外とは打って変わって狭かった。

 建物の中心となるドームの真下の空間なのだろうか。天井だけはやけに高くて、下から見ると屋根は丸い形をしている。

 書棚を見てもドーム屋根を見上げてもあちらこちらが埃だらけ。すぐに息苦しくなって、私は思わず袖で顔を覆った。


「一体何年掃除していないんだろう……」


 一歩進むたびに床からは埃がふわっと舞い上がる。

 せっかくアーキルにもらった素敵な靴も、あっと言う間に真っ白になった。

 とりあえず適当な書棚の前まで進み、私はその場に座り込む。服は汚れてしまうが、他に座る場所もないので仕方ない。


「……げほっ! どこから手をつけようかしら」


 ラーミウ様はまだお小さいから、こんな場所に来ることはないだろう。侍女を連れて入るわけにもいかないし、パッと見た限り、ここにある本はラーミウ様が読むには難しすぎる。

 アーキルはここを訪れたことはあるだろうか。

 まあ、訪れたとしても、アーキルがこの場所を丁寧にお掃除するような人だとも思えない。


 とりあえず一冊、目の前に会った本を手に取ってみる。すると、その本の上からは塊のような埃が落ちて来た。


「……クシャン!」


 背後で小さなくしゃみが聞こえる。

 振り返ると、ルサードがてくてくと歩いて埃に足跡をつけていた。


「ルサード! あなたいつの間に? 私の後を付いて来ていたの?」

「にゃあん……クシャン!」


 猫にとって、この埃だらけの空間は辛いだろう。

 私だって、この汚さではゆっくり本を読むことも難しい。


(よし。まずは掃除をしますか。あの高窓、開けられるかしら)


 私は柱をよじ登り、屋根や壁を伝って高窓の枠に手を伸ばす。何とか窓は開けられそうだ。埃だらけの空気を入れ替えよう。

 部屋の隅の方に、言い訳程度に置いてある箒とハタキも見つけた。ルサードにも手伝ってもらいながら、私は順に埃だらけの書棚を掃除していく。

 埃を取ると、本の背表紙が露わになった。


(ここは外国語の文献。西洋のものかしら? お食事の絵がとても美味しそう)

(これは、古いお手紙ね。私信のようだけど……これは私が見てもいいの?)

(なるほど、これは国家秘密の書物だわ。時代は、五代ほど前のアザリムの皇帝の治世かしら)


 お掃除も最後の書棚に差し掛かり、背表紙すらついていない古い書物が山積みになっている場所にきた。

 紐のようなもので綴じられた書物をそっと手に取って、上に溜まった埃をはらう。

 現れた文字を読んでみると、どうやらこの書物は昔の神話のようだった。

 何枚かめくってみると、聞いたことのある言葉がところどころに書かれている。


「ねえ、ルサード。これって、ルサードが語ってくれたのと同じ神話じゃない? 風の神ハヤルの名が書いてある」


 一枚目に戻り、文字を目で追う。

 今と違って言葉の言い回しは多少古いが、確かにルサードが語ってくれた神話と同じ物語だった。

(こんな古い時代から語り継がれた物語だったのね)

 私は夢中になって紙をめくっていく。


「ルサードが語ってくれたお話よりも、もっと先があるじゃない。こんな結末だったんだ……」


 一体どれくらいの時間読みふけっていただろうか。

 ふと気が付くと、もう既に部屋の中が薄暗くなり始めていた。


(わっ! 駄目よ、今日の私はアザルヤードの歴史を調べにきたんだから!)


 慌てて神話を棚にしまうと、次の棚に取り掛かる。


「どこかしら……数百年前の書物なんて、もうボロボロになっているかも」


 その時、ルサードが私を呼ぶように「にゃあ」と鳴いた。

 急いでかけつけてみると、そこにはルサードの爪で埃が取り除かれた部分から、「系譜」の文字が見える。


(まさか、皇家の系譜……!?)


「これを遡れば、もしかしてイシャーク陛下のことも分かるかも」


 破れないようにそっと見てみる。

 しかし、そこには私の期待した内容は記載されていなかった。


「……これは、アザルヤードがアザリムとナセルの二つの国に分かれたあとの系譜だわ。私が知りたいのはもっと前、アディラ・シュルバジーがまだ生きていた頃のものよ」

「にゃあっ、にゃあーん!」

「あら、ルサード。まだ何かあるのね?」


 ルサードが前足で触れていたのは、木でできた小さな箱。

 棚の端の方に隠されるように置いてある。


 両手の上に乗せられるほどの小さな木箱には、この部屋に入る時と同じような魔石が付いている。

 恐らくこの魔石も、鍵になっているのだろう。ダガーの魔石をかざすと、カチャリと音がして蓋が開いた。

 中には筒状に丸まった小さな紙が一枚入っているが、既に部屋の中が暗くて文字がよく読めない。しかしこの紙もまた、皇統の系譜のようだった。


「イシャーク……イシャーク陛下のお名前があるわ!」


 ところどころ消えてしまってはいるが、恐らく私の今見ている箇所が、イシャーク・アザルヤード皇帝陛下の系譜だろう。

 イシャーク様には、当時まだ皇子はいなかった。

 帝位を継いだのは、誰だろうか。


「イシャーク様の次の皇帝は、サーディ……セリ……セリ=ア……?」


 部屋の中は暗くなり、もう肉眼では文字が読めない。図書館にはランプも置いていないから、また明日改めてここに来るしかなさそうだ。


「仕方ないわ。ランプの灯りから本に火が付いたら大変だもの。さすがに月明かりでは暗すぎて読めないし……」


(……ん? 月明かり? しまった!)


 恐る恐る後ろを振り返ると、ルサードは既に白獅子の姿に変わっている。


「わわっ! 高窓を開けたままにしていたから、月が見えてしまったのね。どうしよう……!」

『リズワナ。次に白獅子の姿になった時に絶対に伝えようと思っていたことがある。ハッキリ言おう、俺の前でアーキルといちゃつくのはやめろ』

「……えっ、ええっ!? いちゃつくだなんて、何を言っているの? それに、今そんなこと全く関係ないでしょ!?」

『目の前で生々しく口付けを見せつけられる俺の気持ちを考えたことがあるのか』

「やだやだ!! 何を言うのよ、恥ずかしいからやめてぇっ!!」

『俺を枕にしておきながら、寝ている時にまでいちゃつき始めたら……その時はどうなるか分かっているのだろうな?』

「やめて~!! ……って、そんなことより!」


 そんなことよりも、今はここからどうやって出るのかを考えなければ。

 きっとカシム様は、石扉の向こうで私たちを待っているはずだ。


(ルサードがこんな姿になったのに、どうやって外に出たらいいの?)


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