砂漠の国の最恐妃 ~ 前世の恋人に会うために、冷徹皇子の寵姫になります
秦 朱音@書籍3作発売中!
第1章 私はランプの魔人ではありません!
第1話 砂漠の国と前世の記憶
私――リズワナ・ハイヤートは、砂漠の国アザリムの商人の末娘だ。
父は隣国ナセルとの交易で財を成したいわゆる成金で、アザリムとナセル両国の王族からも名を知られるほどの豪商。
この国の慣習に従って四人の妻を娶り、私はその四人目の妻の子として生まれた。
少しでも彼らに近寄れば
姉たちと顔さえ合わせなければ割と平和に暮らせるし、山ほどの財産を持つ我が家では、引きこもっていてもお金に不自由することはない。
時折、お母様が今も生きていてくれたら……と寂しく思うことはあるけれど、ここでの生活はおおむね気に入っている。
我がアザリムは剣の国、隣国ナセルは魔法の国。
アザリムの中でも砂漠に近いこのバラシュの街はナセルとの交易で成り立っていて、街中で毎日開かれている
実はこの魔道具の大半は、父がナセル商人から仕入れているものだ。
儲けることしか頭にない根っからの商人である父は、ナセルの隊商との商談の場には必ずと言っていいほど私を同席させる。
何を隠そうこの私。
絹のような滑らかな肌に、宝石のように輝く瞳。
すらっと伸びた腕は、ランプさえ重くて持てないのではないかと心配されるほどに細く、華奢で繊細な体は風に飛ばされてしまうのではないかと言われるほどだ。
そんな私の容姿を一目見ただけで、ナセルの商人たちは目を輝かせて骨抜きにされる。こちらが何も言わなくても、次々とこちらに有利な条件を提示してくれると言うわけだ。
もちろん、タダではない。
私を妻に迎えたいと申し出てくる商人も少なくなかった。
しかし商売に役立つ駒である私を、父が易々と手放すわけがない。商売上どうしても断れない縁談には、私ではなく義姉たちが呼ばれていった。
まるで生贄のように嫁がされる義姉たちが私を恨んでいびり倒すのも、仕方のない話だ。
これが砂漠の国アザリムの端っこに暮らす、私――リズワナ・ハイヤートの日常。
でも、皆が考えていることと、真実はちょっと違う。
本当の私は、決して女神ハワリーンの生まれ変わりなどではない。
実は、私の頭の中には前世の記憶が残っている。
私の前世は、数百年ほど前にこの地で生きた一人の女性。
アザリム史上最恐と言われる、女戦士アディラ・シュルバジーなのだ。
◇
「お父様! 今日いらっしゃるのは、アザリムの皇子様たちだっていうのは本当ですか?」
いつもよりも更に高く弾んだ声で、ザフラお姉様が騒いでいる。
何でも、アザリムの都からこのバラシュの街まで狩をするためにやってきた御一行が、砂漠の手前に天幕を張ってしばらく滞在するのだそうだ。
(狩りにやって来た御一行が、実は都の皇子たちだってことなのかしら?)
何もない灼熱の砂漠で、一体何を狩ろうと言うのだろう。
私は不思議に思いながら膝の上の愛猫ルサードの背中を撫でた。
「……ザフラ! そんな大声で言うのではない! 悪い奴に聞かれて、皇子様が命でも狙われたらどうする気だ!」
「えっ、でもぉ」
「我がハイヤート家は皇子様たちのお世話を仰せつかっている。街の者には彼らが皇族であることを絶対に知られるな。お前たちが御一行の世話をするんだ。皇子様に見初められでもしたらこれほどの幸運はないぞ」
「本当ね! 私、皇子様に見初められるように頑張るわ!」
二階にある私の部屋の窓の下で話すお父様とザフラお姉様の会話を聞きながら、私は首を傾げた。
「見ず知らずの方の妻になって、本当に幸せになれるのかな?」
ついつい漏れた私の心の声に返事をするように、膝の上のルサードが「にゃあ」と鳴く。
前世の私――アディラ・シュルバジーは女戦士として国中の戦地を周り、激しい戦いに身を投じた。
全ては国を守るため、国王陛下を守るため。
そして、私の愛する人を守るため。
戦いが終わっていつか平和な世が訪れたら、ずっと想いを寄せていた相手に自分の気持ちを告げるつもりだった。
その
私は戦地で、ナジルは都で。
それぞれの守るべきものを必死で守った。
しかし全ての戦が終わって都に戻った私を待っていたのは、ナジルが別の女性と結婚するという報せだった。
私の気持ちを知らないナジルは、この世の幸せを全て手にしたかのような笑顔で言った。
『ずっと愛していた人が、やっと私の妻になってくれるんだ』
聞けば、彼の結婚相手の女性は、美しくて優しくて穏やかで儚げな女性。戦いでボロボロになった傷だらけの私とは対極の人だった。
私は自分の恋心を押さえつけて、最愛の相手の幸せを祝福した。
でも、心の中は苦しかった。
『生まれ変わったら、来世こそ貴方の妻になりたい――』
戦勝を祝う船上の宴で、一人で海を見ながらそう呟いたところまでは覚えている。
が、その後の記憶はない。前世の私がその後どんな人生を送ったのか、どんな最期を迎えたのかも覚えていない。
(こうしてせっかく生まれ変わったんだから、今世こそは愛する人と結ばれたい……見ず知らずの相手と結婚するだなんて、私には耐えられないわ)
「にゃん!」
前世に想いを馳せて呆けていた私が手を緩めた瞬間、愛猫のルサードがひょいっと私の腕から飛び出した。
「やだ、ルサード! どこに行くの?」
「みゃあぁ」
窓の外に飛び出したルサードは、壁のくぼみを伝って器用に地面に降りていく。尻尾をフリフリ、呑気にお散歩に出かけるようだ。
「もう……! 今日は大人しくしておかないと駄目って言ったのに」
都から皇子たちがやって来る日に外出するなんて、面倒ごとに巻き込まれる予感しかしない。
私は急いで棚の上にあった面紗を身に付けると、もう一度窓から身を乗り出して左右をキョロキョロと見回した。
お父様もお姉様も既に屋敷の中に戻った後のようで、目の届く範囲には誰もいない。
(今なら、誰にも見つからずに近道できそう)
私は窓枠にひょいと飛び乗ると、両手を振って勢いを付けた。
そして思いっきり二階から地面に向かって飛び降りる。
空色のシフォンドレスの裾が風にふんわりと揺れ、私は音もなく地面に着地した。
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