樹海の下、静寂、宵から醒める程の絶望を
あり得ない。
その一言に尽きてしまった。
全てが想定外、全てがあり得ない事で溢れている。
夥しいほどの死体の数。
その全てが木の根に巻きつかれて干からびている。
吉崎大は、思う。
何故、死体がこんなにも転がっているのか。
——それは彼らが森へ入ってきた事による制裁。
何故、彼らは森へと入ってきたのか。
——それは承認欲求による人々の愚行。
何故、人々は僕の日常を壊していくのか。
——君の事なんて誰一人として見ていない。
……そうか。“僕”の事は誰からも認識されてないのか。
僕には何が出来るのだろう。
ただ、ここにいるだけで何もできない。
でも、僕は日常を守るんだ。
日常を壊すヤツらを殺すんだ。
日常を守る為に殺す。殺して日常を守る。
そうだ。守る為に殺す。
……日常って、なんだ?
僕は日常の為に、ここにいる。
僕の求めている日常は今ここに———
そこで気がついた。
周囲は森。その上には死体が転がっている。
その瞬間、僕は取り返しのつかない事をやってしまった事に気づく。
家がない。街がない。僕を見捨てた家族も、僕を虐げてきた友達も全てこの樹海の下に沈めてしまった。
「あ、ああああああああああああ!!!!!!!」
喉が張り裂けるほどに叫ぶ。
これが日常?これが守るべきもの?
こんなもの、僕は望んじゃあいない。
これじゃあ、ただの地獄じゃないか。
「そう!!ただの地獄だよ!!」
背後で甲高い声が響き渡る。
振り返ると、スーツを着た女性が笑顔で立っていた。
“誰だ”と言おうとして、その笑顔にぞくりと背筋が凍る。
知っている。
僕はこの女性を知っている。
だけども、それを思い出したくない。
心の底からあの女性と出会ったことを思い出すのを拒んでいる。
「君は日常が地獄である事を知っていた。全てに見下される事が嫌で死んだのに、結局君は様相が違うだけの地獄にいる」
その女性は、にこやかな満面の笑みを綺麗な顔に貼り付けて森の中を歩いている。
「これじゃあ、報われないよね。日常という君の行動の根本にあるものを全て否定されたんだもの」
ただ、その眼は笑っていなかった。
「君は、何も守れない。何も辿れない。“狂”の名を、原初の獣という存在を冠しただけのただの犬コロ」
僕の心の底まで見据えたような冷たい眼差し。
それでも笑顔のままでいる事に殺意が湧いた。
その刹那。
身体から黒い靄が飛び出す。
「urrrrrrrr……rrrrrrrrrraaaaaaaaa!!!!!!」
黒い靄は唸りを上げながら、女性に飛び掛かる。
「そんなに犬コロって言われたのが嫌だったの、原初の獣ちゃん?」
黒い靄が暴れる。
まだ僕と身体が繋がったまま、腕を振り上げて襲おうとしている。
しかし女性に手が届くことはなく、必死に空を掴んでいる。
「全く、しつこい……な!!」
女性の放ったパンチが黒い靄の頭頂部に当たり、その場に倒れてしまう。
「全く、テキサスから逃げたのを助けてやったってのに……」
黒い靄の頭らしき場所を足で踏む。
「arrrrr!!grrrrr!!」
その唸りがまるで泣いている様にしか聞こえない。
「それはね、君が平凡だからだよ」
また視線が僕を捉えていた。
「元々、原初の獣は王に宿る狂気の権化。戦争という厄災の根源になる存在……でもそれは王という称号を持った者の中に宿るという前提での話」
でも、と続けながら女性は笑顔を歪める。
「君はただの一般人。何にもなれない最底辺の一人。そんな君に封じ込めて良かったよ」
封じ込める……まさか、あの時に?
「原初の獣を容れる器は正直どうでも良い。でも、君がまだ生きてるのは予想外だった!!でも意外な事に樹海を創り、魔力を溜め込んでくれた。だから私は決めた」
その笑顔は狂気じみていた。
「要らなくなった君を殺そう……ってね」
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